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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
26/104

3-5 寂れた村 後編

 ◆


「何も、今日雨が降らなくてもいいのに」


 雨粒が打ちつける窓から外を眺めつつユリアがぼやいた。彼女はしばらく景色を眺めていたが、ため息をつくとカーテンを閉め、寝台の上で柔軟運動を始める。大人しく部屋の中で時間を潰すことに徹するようだ。

 そんなユリアの様子を横目で見つつ、リアンが寝転がったままぼやいた。


「いくら雑貨屋に商品が入荷するっていっても、この雨じゃね~。僕もわざわざ濡れに行きたくないし。それにしても暇なんだけど。ゼフィール、君、何か暇つぶしのアイデアとかないの?」

「俺も困ってる。そういうのはリアンの方が得意だろ?」


 ゼフィールも寝転がったまま返事をする。村に着いてすぐの頃だったなら、寝転がって一日を過ごすのも楽しかっただろう。だが、既に一週間にもなる。旅の疲れもすっかり取れていて、逆に運動不足なくらいだ。


 これまでなら竪琴を奏でていれば勝手に時間は過ぎていたので、わざわざ暇潰しをする必要もなかった。しかし、最近は竪琴に一切触れていない。楽器を弾けるというのもゼフィールを特定する材料の一つだと思うと、自粛せざるをえなかった。

 この雨なら外を歩く者も少ないし、雨音が音色を消してくれそうではある。弾けない事もないだろうが、危険を冒してまで弾くほどのものでもない。


 結果、時間を潰す手段が無くて途方に暮れていた。いっそ、ユリアの真似をして、軽く運動をするのもいいかもしれないとさえ思える。


 とりあえず起きるか、と、上体を起こしたところで、誰かが扉をノックした。その音に全員が緊張する。


「はーい。どちら様ですか?」


 素早くリアンが起き上がり、扉の前へ移動する。その間に、ゼフィールは壁に掛けておいたマントを頭から被った。


「酒場の主人です。ちょっとお願いがあるんですが、いいですかね?」


 外から聞こえてくる声は、間違いなく世話になっている酒場の主人だ。

 リアンは、ゼフィールがマントを被っているか確認するようこちらをチラリと見、扉を開けると、笑顔で対応した。

 扉の外にはペコペコと頭を下げる主人の姿が見える。それともう一人、頭から黒いマントを被っている人物。

 あれは誰だろう。


「どうかしました?」

「いや、それがですね。こちらのお客さんなんですが、相部屋をお願いしたくて。何せうちにはこの部屋しかないもので」

「私からもお願いします。おくつろぎのところ邪魔をするのは心苦しいのですが、雨の中野宿というのは辛いので」


 黒いマントの下から低く落ちついた声が流れてきた。相手は男のようだ。よく見てみると、彼のマントは濡れていて、足元に小さく水溜まりを作っている。この雨の中やってきた客なのだろう。

 困り顔のリアンが振り向いた。


「どうする?」

「この雨じゃ仕方ないんじゃないかしら」

「だな」

「らしいんで、僕達は構いませんよ。困った時はお互い様ですし」


 リアンの返事に主人は何度も頭を下げた。それが終わると、黒マントの男に振り返り、申し訳なさそうに言う。


「後はご自分たちで話をして、色々と決めてもらうことになりますが。それで」

「いえ、話を通して頂いてありがとうございました」


 軽く頭を下げた黒マントにも礼をして、主人は酒場へと戻って行った。残された黒マントはその場でマントを脱ぎ、濡れた面を内側にして簡単に畳みこむ。

 そして、顔に薄い笑みを浮かべながら、挨拶と共に部屋へと入ってきた。


「相部屋を承諾して頂いてありがとうございます。明日には発つつもりなので、今夜一晩よろしくお願いします」

「一番奥の寝台が空いてるから、そこ使って」

「はい」


 ユリアに指示されるまま男は奥の寝台へ向かう。黒髪に黒目、着ている服も全て黒。そんな男が歩く度に、腰に吊るした剣がカチャカチャと音を立てる。

 自然と、ゼフィール達三人の視線は男の剣に集中した。

 あからさまな視線に男も気付いたのか、少しだけ困ったような表情を浮かべる。


「これですか? 警戒されているようですが、商売道具なので手放すわけにもいかないんですよね。私、しがない護衛業を営んでまして。今もこの村行きの馬車に乗ってきたばかりなんですよ。道中獲物が多くて金の入りは良かったんですが、少し苦労しました」


 男は腰から剣帯ごと剣を外すと、マントと共に壁に掛ける。ゆっくりと部屋を眺めると、寝台脇に立てかけられたユリアの剣を指さしてニコリと笑った。


「見た所、あなた方も剣をお持ちのようだ。貴女のような可憐なお嬢さんが剣を振るわねばならぬとは、悲しい世の中ですね。あ、自己紹介が遅くなりました。私はヨーナス。よろしくお願いします、美しいお嬢さん」


 歯の浮くようなセリフを吐きつつ、ヨーナスと名乗った男はユリアのもとへ行き、彼女の手を取った。握られた手を邪険に振り払いながら、仕方なしといった様子でユリアが挨拶を返す。


「私はユリア。そういうこと止めてもらえない? 止めなきゃ廊下に追い出すわよ」

「おお、これは怖い。気を付けましょう」


 ユリアに追い払われようが全く堪えた様子もなく、ヨーナスはリアンへと握手を求める。


「ヨーナスです。よろしく」

「リアンです。よろしく」


 リアンは無難に笑顔で握手を返す。当然のようにヨーナスはゼフィールのもとへもやってきて手を差し出した。


「ヨーナスです。よろしく」

「よろしく」


 ゼフィールはその白い手を軽く握り返し、それ以上何も言わなかった。勿論フードも被ったままだ。

 名乗りもしない、顔も見せないというのはあまりに失礼な気もするが、剣を持つ相手を無警戒に受け入れる気にもなれない。


 そんなゼフィールの態度に、ヨーナスは大袈裟に傷付いたような素振りを見せた。


「何もしていないつもりなのですが、私は嫌われているのでしょうか?」

「あー。彼、人見知りなだけなんで、気にしないでいいですよー」

「そうなんですか? それを聞いて安心しました。危うく私のノミの心臓が潰れるかと思いましたよ」


 これまた大袈裟にヨーナスは心臓を手で押さえる。そのままヨロヨロと出入り口付近まで歩んで行った時、部屋の扉が勢いよく開いた。

 小気味の良い音を響かせた彼は、頭を抱えその場にうずくまる。


「あれ? 何か変な音がした気がするけど」


 部屋に飛び込んできたエミが不思議そうに周囲をキョロキョロ見回した。うずくまるヨーナスと立ち尽くすエミを見比べながら、双子はなんとも複雑な表情をしている。


 普段の出迎えと違うせいか、エミも何やら困惑気味だ。ゼフィールはそんな彼女のもとに行くと、エミを連れ、自分の寝台に腰かけた。エミを膝の上に座らせてやり、ヨーナスのことは一先ず忘れて話しかける。


「こんな雨の中遊びに来たのか?」

「うん。おばさんと買い物に行ったらいいもの買ってもらえたから、おすそわけに来たの!」


 そう言うと、エミはポシェットから小さな小袋を取り出し、中から小さな塊を取り出した。それをゼフィールの目の前に見せつけるように差し出す。


「飴、か?」

「そう! 甘くておいしいんだよ! ゼフィールさんにもあげるね。お口あけて?」


 言われた通り口を開けると、エミはゼフィールの口の中に飴を放り込み、満足したように頷いた。彼の膝の上から滑り降りると、ユリアとリアンの所にも行き、同じように飴を口の中に放り込んで行く。

 その途中で扉の脇にうずくまるヨーナスに気付いたようで、首を傾げた。


「この人誰?」

「あー。今晩この部屋で一緒に過ごす人なんだけどね。さっきエミちゃんが扉開けた時に、思いっきり頭ぶつけちゃったみたいなんだよね。わざとじゃないのは分かってるんだけど、謝ってあげてくれないかな?」

「うん。ごめんなさい。えと、お兄さん? おじさん? にも飴あげるね」


 エミはペコリと頭を下げると、ヨーナスにも飴を差し出す。彼はそれをおずおずと受け取り口に入れると、頭を擦りながら立ち上がった。顔に笑顔を浮かべてエミへ話しかける。


「いえ、気にしないでください。可愛いお客さんのようなので、私は酒場にでも行っていますね。ごゆっくり」


 そう言うとヨーナスは部屋を出て行った。彼の出て行った扉を眺めながら、ユリアが呟く。


「騒がしい男だったわね」

「ユリアに手を出すとか、自殺行為だよね」

「どういう意味よ、それ」

「言葉の通り……っうわぁ! 暴力反対! 暴力反対!」


 笑顔で近寄ったユリアが放った裏拳をスレスレで躱しながら、リアンが訴える。いつもの調子で喧嘩を始めた二人の様子を横目に見ながら、エミはゼフィールのもとに戻ってきて、彼の膝の上へよじ登った。


「ユリアお姉ちゃんとリアンお兄ちゃん、今日も仲良しさんだね」

「そうだな。あれがあいつらのコミュニケーションなんだろうな」

(俺は巻き込まれたくないが)


 ゼフィールは口の中だけで呟き、二人の喧嘩の様子を眺める。

 口の中で転がる飴が甘い。

 その甘さで、エミが買い物に行ったと言っていたことを思い出し、彼女に尋ねた。


「雑貨屋に品物は補充されてたか?」

「うん。いっぱい来てたよー。なんかね、まだ棚に置いてる途中だった」

「そうか。じゃぁ、俺達も買い物できるな」


 この先を言うべきかゼフィールは少しだけ悩み、しかし、言葉を続けた。


「なぁ、エミ」

「なぁに?」

「俺達は近いうちにこの村を発つ。雨が上がれば明日」


 ゼフィールの突然の宣言に、エミは目を見開いてゼフィールを見つめた。何か言いたげに口を開きかけたが、何も言わず、力無くゼフィールのマントの裾を掴む。


「うん。さいしょからそう言ってたよね。忘れてたけど。ゼフィールさんたちは旅人さんだもんね。いつまでも、この村にはいれないよね」


 小さく呟きながら、エミは涙を流し始めた。段々泣き声が大きくなるエミを胸に抱くと、ゼフィールはその背を優しくさすってやる。

 別れを告げれば泣き虫なエミが泣くのは予想がついていた。ここまで大泣きされるとは予想外だったが。随分と懐かれたものだ。


 エミの泣き声に、ユリアとリアンの喧嘩もいつの間にか収まっていた。



 ◆


 母の胸から剣が引き抜かれると、血が部屋中に飛び散った。

 ずっと眠ったままだった母は叫ばない。ただ、勢いよく胸から血を撒き散らしているだけだ。もう苦しそうな息使いも聞こえない。

 その点に関してだけは、母にとっては救いだったかもしれない。


 男は剣を振るい刀身についた血を払うと、部屋の隅にうずくまるエミに向かって歩いて来る。


(怖いよ。誰か助けてよ。ユリアお姉ちゃん!)


 頭の中の冷静な部分は狂ったように逃げろと言っているけれど、身体は震えるだけで言うことをきかない。

 なぜこんなことになったのか分からなかった。リアン達がいなくなると聞いて、寂しくて、母の所に報告に来ただけだ。


 そしたら襲われた。


 雨の音に紛れて物音に気付かなかった。いや、そもそも男は音を立てていなかった。

 気付いたら彼はエミの後ろにいて、眠る母に剣を突き立てていた。


「君達に恨みは無いのですが」


 男が近付いて来る。そして、白い手でエミの視界をふさぎながら優しく囁く。


「君が傷付けば彼は悲しみますかね? まぁ、それを確かめる為の実験でもありますが。お母様も一緒に連れていってあげるのは、私からのプレゼントです」


 一瞬だけ冷たい感触が首に触れ、すぐに燃えるような熱さがエミを襲った。


(お兄ちゃん、お姉ちゃん……)


 さっきまで共にいた大好きな三人に手を伸ばすが、その手は届かない。

 エミが倒れた音は降り続く雨音にかき消され、誰の耳にも入らなかった。

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