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白花の咲く頃に  作者: 夕立
火の国《ハノーファ》編 死に至る病
25/104

3-4 寂れた村 中編

 ◆


 翌朝、エミを隣家に送り届けた三人は雑貨屋に向かった。小さな村なので、店はそこ一軒しか無いらしい。


 携帯食料や日用品を補充したかったのだが、残念ながら買えなかった。先日襲われた馬車に雑貨屋の商品も乗っていたらしく、特に食品は、猛烈な品薄になっていたのだ。

 宿に泊まっている間は酒場で食事を取れば事足りる。急ぎでなければ次の商品入荷まで待ってくれと言われれば、それに従うしかなかった。


 予定外に空き時間ができ、ゼフィールが村の中をブラブラ散歩していると、他の子供達と遊んでいるエミを見つけた。エミもこちらを認識したらしく、大きく手を振りながら何やら叫んでいる。


「ゼフィールさん! もうどこか行っちゃうの?」

「いや。雑貨屋に品が入るまでお預けだ。しばらくこの村で骨休みだな」

「そうなの? それじゃぁ、また一緒に遊べるね」

「そうだな」


 嬉しそうにエミがはしゃぐ。頭を撫でてやったら更に嬉しそうにしていた。そんな二人の周囲を囲みながら、子供達が疑問の声をあげる。


「エミ、このマント誰だ?」

「ゼフィールさん? んと、一緒に村に帰ってきたお友達!」

「こんなおっきい人が友達なわけねーじゃん」

「おっきくても友達になってくれたんだもん! だよね、ゼフィールさん!」

「そうだな。友達になるのに歳は関係ないから」


 強い調子で肯定を求めてきたエミに苦笑交じりの答えを返す。そこまでムキにならなくても良いと思うのだが、エミにとっては重要なことなのだろう。

 仲良しであるとアピールするかのように、エミはゼフィールのマントの裾を掴み、ピッタリとひっついている。


「ゼフィールさんはすごいんだからね! けがはすぐに治しちゃうし、すごくきれいなんだから!」

「けがなんて、傷薬ぬればすぐに治るんじゃないの?」

「ちがうもん。こう、手を当てただけで治しちゃうの。それにね、すごく長くてきれいな銀――」


 エミがゼフィールの外見を言いそうになったので、慌てて口をふさぐ。村の子供相手に口外したところで問題は無いだろうが、子供達が親に話し、親達が誰かに話すといった調子で話が広がっても困る。

 しゃがんでエミと顔の高さを合わせると、人差し指を口にあて、内緒のジェスチャーをした。


「ダメなの?」

「俺のことは内緒だ。友達なら約束できるな?」

「うん!」


 エミが大きく頷く。一応指切りもしてエミに口止めをし、ゼフィールは立ち上がった。エミを子供達の方へ向かせ、背を軽く押してやる。


「ほら、俺はもう行くから、友達と遊んでおいで」


 エミは子供達の方へ数歩歩き、すぐにゼフィールの方に戻ってきた。彼の手を掴むと、子供達がいる方向とは違う方向へ引っ張る。


「エミ?」

「今日はゼフィールさんと遊ぶ。とっておきの場所教えてあげるね」

「友達とはいいのか?」

「うん、今日はいいの! みんな、ついてきちゃダメー」


 二人の後ろをついて来ようとした子供達を制し、エミはゼフィールの手を引き、どこかへ向かい歩いて行く。家の立ち並ぶ中心地を抜け、郊外というにも村から離れた場所まで来た。


 ゴツゴツした岩と低木ばかりの景色の中、たまに大樹があった形跡が見られる。枯れた樹木の一部が残っているだけなのだが、昔はここにも大樹があったのだという、時の移ろいを感じさせてくれる。


 そんな大樹の痕跡の一つの、ウロの中にエミは入り込んだ。続いて中に入ってみると、外から見た感じより広い。ゼフィールが両手を広げても、端にわずかに届かない程度の広さはある。幹が途中で折れているお陰で、空からの光も入ってきて、程良く明るい。

 それだけならただの仕切られた空間なのだが、この場所の特異性は足元にあった。


「花か。珍しいな」

「でしょ? これだけ沢山咲いてるのって、この辺だとここくらいしかないんだよ?」


 ちょこんとしゃがんだエミが愛おしそうに花を見つめる。足首まで伸びた緑の先に、小さな白い花が咲いていた。小指の爪程しかない小さな花だが、それが、ウロの中で所狭しと咲いている。

 この村の周囲では花を付けぬ草木しか見ていなかったので、純粋に珍しい。


 なるべく花の薄い場所を探すと、そこに腰を降ろし、ゼフィールは息を吸い込んだ。心持、ウロの外より空気が潤っている気がする。一面草に覆われているお陰かもしれない。

 一本だけ花を千切り、目の前で眺めた。

 白くて素朴な花だ。《シレジア》で春先に咲き誇る空木うつぎも白く可憐な花だった。見た目は違うが、とても懐かしい。


 エミがゼフィールの脇に移動してきた。そして、目をキラキラさせながら見上げてくる。


「気に入ってくれた?」

「ああ。凄くいい場所だな」

「えへへ」


 照れたように笑うと、おもむろにエミは立ち上がり、ゼフィールの顔の方へと手を伸ばしてきた。何をするのだろうと様子を見ていると、彼女はフードの中へと手を入れて、彼の髪を一房外へと掴みだす。それをまじまじと見ながら、ぽつりと呟いた。


「ゼフィールさんはどこか遠い所から来たんでしょう? ゼフィールさんのいた所ってどんな所なの?」

「どうして俺が遠くから来たと思うんだ?」

「ゼフィールさんみたいな見た目の人、この辺じゃ見ないから。お婆ちゃんの家の周りでもこの村とは違うけど、もっと遠ければどんな景色なんだろうと思って」

「そうだな、俺の産まれた所は――」


 わずかに目を細め、ゼフィールは祖国に想いをはせた。奇しくも、先程《シレジア》のことを考えていたので、国の様子はすぐに思い出せる。

 何から言えばいいのだろうか。

 《シレジア》を表現するのに一番相応しいものを選び、言葉を紡ぐ。


「ここと違って寒くてな、一面雪という事も少なくなかった。雪に塗れながらよく遊んだな」

「雪?」

「この国は温かいから雪は降らないか。どう言ったらいいかな。冬に凄く寒くなると、雨の代わりに、白くて冷たい綿みたいなのが降ってくるんだ」

「ずっと、その……雪? におおわれてるの?」

「いいや。暖かくなると雪は溶けて水になるんだ。代わりに木々の緑が芽吹いて花も咲く。この花より大きいが、白くて小さな花が国のあちこちで咲いてな。それを見る度に、春が来たって感じるんだ」


 今でも鮮明に思い出せる、春が来た喜び。春は空木うつぎの白で、冬は雪の白で染まる国。最後の記憶は青い色で染まった酷いものだったが、愛しい祖国であることに違いない。

 花を見つめるゼフィールを見ながら、エミが呟く。


「ずいぶんとこことは違うんだね」

「そうだな。隣国でさえこことは随分違う。どこに行っても同じ所は無かったな」

「そうなんだ。ねぇ、あたしも大きくなったら、ユリアお姉ちゃんみたいにゼフィールさん達と旅出来るかな?」

「エミは旅がしたいのか?」

「うん。このウロの中と外だけでも違うんだよ? もっと遠くに行けば知らない世界が広がってそう。見てみたいな、あっちこっち。ゼフィールさんの故郷も」


 広い世界を表現するように、エミが両手を大きく広げる。その顔はまだ見ぬ未来への希望であふれていて、見ているこちらが眩しい程だ。

 そんな彼女が微笑ましくて、ゼフィールはエミの頭を優しく撫でた。


「あと一○年もすれば、エミもあちこち行けるようになるさ」

「一○年かぁ。長いなぁ。早く大きくならないかなぁ」


 エミが唇を尖らせてぼやく。ゼフィールは小さく笑うと、エミの前髪をクシャリと指に絡ませた。彼の突然の行動にエミの口から不平が漏れる。


「ゼフィールさん、何するの!?」

「そう急いで大きくなる必要もないさ。今しかできない事もあるからな。とりあえず、お父さんが帰って来たら、旅の話でも聞いてみたらどうだ?」


 盲点だったとばかりに、エミが目をぱちぱちさせる。


「そっか。お父さんもどこか行ってるんだもんね。早く帰って来ないかなー」

「旅の途中でエミのお父さんに会ったら、早く帰るように言っておこう。お父さんの名前は何て言うんだ?」

「お父さんね、ホルガーっていうの。あたしと同じ髪の色してて、お髭がもじゃもじゃしてる」


 エミが指をアゴの周りで動かした。髭のつもりなのだろう。なんとなく目をキリリとさせて口を引き結んでいるのは、父親の真似をしているのだろうか。

 本人は真面目なつもりなのだろうが、傍から見れば面白い顔をしているだけだ。うっかり笑いそうになるのを堪え、ゼフィールは問いを続ける。


「ホルガーだな。どこに行ったとか、おばさんから聞いてないか?」

「わかんない。お医者さんと難しい話してから出て行ったっていうのは聞いたけど」

「ふーん。まぁ、期待しないで待っていてくれ」

「え、そこって、嘘でも期待しててって言うんじゃないの?」

「俺は正直者なんだ」


 エミが笑いながらゼフィールをポカポカ叩いたが、その手には力が全く入っていなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだどんな展開になるかは分かりませんが、ゼフィールの帰りたいけど帰れない望郷の思いと、幼女の無邪気な夢の対比は、なんつーか刺さるもんがありますね! 素直に夢が叶ったら、どんなに良いことか。…
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