表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白花の咲く頃に  作者: 夕立
水の国《ライプツィヒ》編 狂楽の祀り
17/104

2-7 潜入

 ◆


「見つけた! 見つけたのよ、あいつを!」

「うわぁっ! と、ちょっとユリア!」


 宿に帰ると、ユリアはリアンに抱きついた。リアンが驚いてオロオロしているが、そんなことはどうでもいい。ゼフィールがあの屋敷にいると分かっただけでも嬉しかった。


「ちょっと落ち着きなよユリア。僕、話分からないんだから、説明してくれない?」


 ユリアの腕から抜け出したリアンが寝台に腰かけた。どっしりと構え、すっかり聞く姿勢になっている。この時になってようやく、ユリアはリアンが屋敷の中での事を知らないことに気付いた。

 興奮すると説明が疎かになってしまう。自覚しているのだが中々直せない。悪い癖だ。


「屋敷の中からね、竪琴の音が聞こえたの!」

「で?」

「あれ絶対ゼフィールが弾いてたのよ! 曲の感じ、あいつがいつも弾いてる感じだったもの」

「彼が弾いてる所は見たの?」

「見てないけど、間違いないわ」


 断言できた。

 ゼフィールとの付き合いも十年を越える。その間、彼の奏でる曲も随分と聴いてきた。弾き方の癖だって知っているつもりだ。

 何より、あの旋律。あれは、何か考え事をしている時のゼフィールがよく弾いていた曲だ。聞き間違えるとは思えない。


 しかし、ユリアとは対照的にリアンは肩をすくめた。


「喜んでるところ水を差して悪いんだけど、それ、ほんとにゼフィールが弾いてたの? 竪琴弾ける楽師くらい、貴族の屋敷なら沢山いそうじゃん? そもそも彼、竪琴持ってるの?」

「竪琴ごといなくなってたじゃない」

「竪琴も無くなってたからって、ゼフィールが持ってるとは限らないでしょ?」

「う……」

「ユリアが喜ぶのも分かるんだけどさ。ゼフィールが弾いてるっぽい竪琴の音がしたってだけじゃ、彼がいるっていう証拠には弱いんだよ。まぁ、どうにかやって屋敷の中探れないか考えてみるから、ちょっと大人しく待っててよ」


 このようなやり取りで、無闇に動かぬようにと釘を刺されたわけであるが。




 翌日の夜、ユリアはクリストフ家の古い通用門の前にいた。

 そっと扉を押してみるとすんなり開く。まだ修理されていないようだ。昨夜と同じく扉の隙間に身体を滑り込ませ、塀の中に侵入する。


(リアンの石頭。リアンだって、あの音を聞けば、ゼフィールだって思うに違いないのに)


 慎重なリアンが不満だった。彼の言うことも分かる。心配して言ってくれていることもだ。


 けれど、慎重に慎重を重ねても事態は全然進展しない。祀りが殺し合いだなどという話は聞かないが、庭師の話が正しければ、腕っ節の弱いゼフィールでは危険だろう。

 祀りまでの期間はどんどん短くなっている。今動かなければ、彼を連れ戻す機会を失ってしまうかもしれない。


 ゼフィールの無事を確認することが今晩の目標だ。救出できれば尚良い。ユリアの中で、ゼフィールがこの屋敷にいることは、確信に近い何かがあった。


 服に忍ばせた小剣を確認して館に向かい歩き出す。

 街路を歩くとき余計な詮索を受けぬよう、いつも使っている剣は宿に置いてきている。使い慣れている武器ではないが、お守り程度にはなるだろう。


 庭木の陰に隠れて移動し、館まで辿り着いた。

 改めて館を見る。四階建ての建物だが、一階あたりの天井高が高い。手を掛けられる場所も少なく、外から登るのは難しそうだ。


 壁に身体を付けたまま館への侵入口を探す。

 窓から漏れてくる光はほぼ無い。建物は広いが、使っている部屋は少ないのかもしれない。暗がりが多いのは隠れて移動するには有利に思える。


 窓が開いている部屋があった。

 そっと中を覗いてみたが、灯りはついておらず、人の気配も無い。


(ついてる)


 ユリアは静かに室内へ侵入した。

 部屋の中にあるのはいくつかの調度品。ユリアに物の価値など分からない。それでも、高価なのだろうなと思える程度に、置かれている物はひんが良い。


 扉から部屋を出ようとして――ユリアは左に身をかわした。

 扉に一本の投げナイフが刺さっている。さっきまで彼女の頭があった辺りだ。改めて部屋を見回してみると、カーテンの裏に、頭からつま先まで黒い衣服で身を包んだ人物がいた。まるで影のようだ。

 影が腰に差した二本の小太刀を抜き、両手に構える。


「あなた、誰?」


 尋ねてみたが返答は無い。やはり、というか見た目どおり、友好的な人物ではないようだ。ユリアも忍ばせておいた小剣を構え、影の動きを観察する。

 互いに間合いを取り合う中、影はジリジリと横に動くと、後ろ手に窓を閉めた。逃がしてくれるつもりはないらしい。


 壊れたままだった通用門に、人のいない部屋の開いた窓。狙ったかのような奇襲。


(罠……だったかしらね)


 ユリアの口元が歪む。慎重に動けと言ったリアンが正しかったわけだ。


 音も立てず影が迫ってきた。突き出された白刃を小剣で流す。いつもならここで反撃するところだが、剣が違うせいで上手く感覚が掴めない。

 慣れない剣では、影の変則的で苛烈な攻撃を流し、たまに弾き、なんとか凌ぐので精一杯だった。


(強い!)


 手の平にじわりと汗が滲む。

 数回斬り結んだだけで影の強さが分かった。武器の不慣れだけが劣勢の原因ではない。相手の方が数段上手だ。


 影が投げナイフを取り出し投げてきた。今度は二本。

 ユリアは手近にあった寝台の掛け布を翻し、投げナイフを巻き取った。翻る布で一瞬だが視界が一面布だけになる。


 視界をおおった布に紛れて影が一撃を放ってきた。布の向こうから突き出された刃が突然目の前に迫る。

 ユリアは慌てて身体を反らすと、影の方へ転がり込むことで白刃を回避した。同時に、扉に刺さっていた投げナイフを引き抜き、影へと投げる。


 投げつけたナイフを影は手で弾いた。乾いた音を立てて投げナイフが床に落ちる。手甲でも着けているのだろう。まったくもって用意がよい。


(このままだとジリ貧ね)


 影と距離を保ちながらユリアは部屋の中を観察した。せめて、いつも使う剣と同じくらいの長さの物がないかと探してみたが、見つからない。

 今手にしている小剣で影に勝てる見込みは正直薄い。可能性があるとすれば、部屋の外に出て物陰に潜み、機会をうかがって奇襲を仕掛けることくらいだろうか。


(外に逃げるのは窓を割ればいい。だけど、それだと目的は何も達成されない。私はゼフィールを探しに来たんでしょう? それなら、行くのは内側にしかありえない。しっかりしなさい、ユリア!)


 自らに喝を入れると片足を半歩だけ前に出した。

 苦しい時こそ前に出る。それだけはいつも気を付けている。気持ちで負けてしまえば、その時点で勝負はお終いだ。


 さらに半歩踏み出すと、手にしたままだった掛け布を丸めて影に投げつけた。

 それを避けようと影が動いた所に、すかさず部屋にあった椅子を投げる。これにはさすがの影も反応が遅れた。広がった掛け布が邪魔で、視界が悪かったのだろう。


 椅子が見事に当たり影がひるんだ。その一瞬の隙をついて、ユリアは扉に駆け込む。幸いなことに鍵は掛かっていない。


 部屋から転がり出ると全力で廊下を駈けた。

 人払い済みなのか、廊下に使用人の姿は見られない。扉をいくつか通り過ぎたが、調べるのは後だ。今はまず、あの影をまかねばならない。


 それにしても、貴族の屋敷というのはどれだけ広いのだろう。どこまでも似たような廊下が続く。

 走り続けると中庭を臨む廊下に出た。

 その庭は、石畳の広場を中心に多くの花樹で彩られている。暗い中ぱっと見ただけだが、実に様々な花が植えられているようだ。心持、薔薇が多い。

 これだけ手の込んだ庭なら、花樹の陰に隠れ待ち、奇襲も仕掛けられるかもしれない。


「――っ!?」


 ユリアは中庭の様子に気を取られていた。そのせいで気付くのが遅れてしまった。

 通り過ぎようとした扉の中から伸びた手に部屋に連れ込まれ、口を塞がれる。


(誰!? 離して!)


 誰かがユリアを強く抱いていた。その腕から逃れようともがいたが、拘束は解けない。小剣を握る右手も、手首を抑えられていて動かない。


「んんんっ! んんっ!」

「しっ。ユリア、静かに」


 聞き覚えのある声に、ユリアは自分を拘束している相手の顔を見た。

 長い銀髪に緑の瞳。左耳に揺れるサファイアのピアス。

 ユリアが探している人物がそこにいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ