6-9 種
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閉ざされた玄室から視線を逸らし、リアンはメティスへと振り返った。
「僕、きちんと見送れましたかね?」
「あんなに明るい彼らは初めてじゃったから、大成功だったんじゃないかのぅ。それじゃ、アレ、返してくれるかの?」
「あ、はい」
求められるまま、ベルトに吊るしておいた小袋を外しメティスへ渡す。
小袋の中身を取り出した彼女は、それを親指と人差し指で挟み、目の前に掲げ、凝視した。
「いい感じ? かのう? まぁ、実験してみないとわからんけど」
そう言うと、メティスが中身――種を握り込んだ。次、手を開いた時、種は光に包まれており、斜めにされた彼女の手の平から下へと落ちる。
床に当たって転がるかと思ったのだが、光る種は床など無いようにそのまま下へと消えて行った。不思議な現象ではあるけれど、神のやる事なので深く考えないでおく。
「あれって、何の種だったんです?」
「ユグドラシルの種じゃよ。上手くいけば、生贄いらなくならんかのぅと思うての」
「それって、いつ発芽するんです!? 発芽したらユリア達も帰って来たりするとか!?」
リアンはメティスの長衣の首元を思いっきり掴んだ。
「ぐ、ぐるじい、首、首っ」
潰れた蛙のような声でメティスが喘ぐ。リアンが慌てて手を離すと、彼女はわざとらしく咳をした。そして、首元をさすりながら言う。
「そんなん儂もわからんよ。これもまた、数ある実験の一ケースにすぎんしの」
「実験って。そもそもですよ、なんでこのタイミングに種蒔きなんです? ユグドラシルの寿命が近いのが分かってるなら、もっと早く植えてやれば、わざわざ贄になる必要もなかったんじゃ?」
「まぁ、そう考えるわな。儂も最初はそう考えた」
メティスは人差し指をピンと立てると、少しだけ上を見た。
「でのぅ、ユグドラシルの一部から種を作って蒔いてみたんじゃ。普通の生物はそれで代をつなげるからの。しかし、これがのぅ、蒔いても蒔いても発芽しなくてのう。悔しいから、ちょっとずつ条件の違う種を作ってみたりしたんじゃ。それでも、一つも発芽しない」
「一つもですか」
「そうなんじゃよ。で、ちょーっと疲れた時にの、ものぐさして、器達を見送りに来たついでで種を植えた時があったんじゃ。そしたらじゃよ?」
メティスが目を見開いてリアンに顔を寄せてくる。
「そしたら?」
リアンも調子を合わせて、少しだけ顔を彼女に寄せる。
「なんと発芽したんじゃよ。すぐに枯れたんじゃがの」
メティスは喜びを表現するかのように両手を広げ、すぐに閉じた。
「で、その後も種蒔きのタイミングを変えて試してみたんじゃが、どうにも、棺に贄が入っている時だけ発芽するみたいなんじゃよね。だから、今のタイミングになったんじゃ」
「今度はきちんと育ってくれそうな感じなんですか?」
「分からんのぅ。なにせ、これまで試してきたものは全て失敗じゃったし。だから、儂はただ様子を見守るだけじゃ。これまでと同じくの」
失敗。
その言葉がリアンに重くのしかかる。
これまで成功例が無いのならば、今回も失敗する可能性が高いのだろう。
そんなわずかな希望にすがっては、駄目だった時にきっと立ち直れない。なので、発芽の可能性はこの際除外しておく。
けれど、どうしても不思議だった事を尋ねた。
「ところで、ユグドラシルの種って貴重なんじゃないんですか? どうしてそれを僕に?」
「んー。"可能性"が欲しかったから、かの?」
「可能性?」
コクリとメティスが頷いた。
「色んなユグドラシルの種を作ってみたって言ったじゃろ? 詳しくはの、種に色んな要素を入れてみたんじゃ。けど、どれも上手くいかんくて。で、何が必要なのか考えて、思いついたのが"可能性"、細かく言えば、"未来への可能性"かの」
「?」
「今のユグドラシルは死に直面してて未来が無い状態なんじゃ。そんなユグドラシルから作った種も、もちろん未来が無い。だから発芽しないのかなーと思うてのぅ。人は産まれてくる時に様々な可能性を持って産まれてくるじゃろう? 若いお前さんも、まだ、多くの可能性を持っておる。そのお裾分けが欲しくての」
「それなら僕じゃなくてゼフィール達でも良かったんじゃないですか? 彼等の方が強い力も持ってるし、効果ありそうですけど」
「彼等は産まれ落ちた時から未来が断絶しておるからの。そこのところ、君は未来があるし、ユグドラシルとも縁がある。その上運がいい! これが素晴らしい! きっとあの種にも御利益があるぞい!」
メティスが目を輝かせながらリアンをバンバンと叩く。
先程発芽の可能性を考えない事にしたリアンとは対照的に、彼女の瞳は可能性を信じて輝いているように見える。
神が運頼みというのはどうかと思うのだが、そんなものにすら縋らなければならぬほど、手詰まりな状況なのかもしれない。
けれど。
リアンがメティスの立場にいたとしても、やはり、わずかな可能性を信じて希望を託すだろう。信じぬ事には、そのわずかな可能性さえ掴めぬのだから。
そもそもがだ、万能なはずの彼等でさえ、破滅を回避する為に贄を差し出す事しか出来なかったのだ。それすらも回避しようというのだから、どんな要素でも無視できないのかもしれない。
「やる事は終わったし、帰ろうかのう」
ウロの出口からメティスがリアンに手を差し出す。
彼女の手を握り、ウロを出ようとして、リアンは玄室の扉を振りかえった。そして呟く。
「やっぱり僕も信じて待っててあげるからさ。帰っておいでよ、二人とも」