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白花の咲く頃に  作者: 夕立
終章 ユグドラシル
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6-8 玄室

 ◆


 《ドレスデン》北部ウルズの泉。

 その中心にある小島にゼフィールとユリアは降り立った。

 先客のメティスとリアンはだらしなく寝転がり、緊張感の欠片もない。ゼフィールが呆れながらその様子を眺めていると、ひょいっとメティスが起き上がった。


「他の三人も細々とした事は終わったみたいじゃよ」

「それじゃ、喚び寄せるか。お前の千里眼は便利だな」

「世界の真理は見えんがの」


 ひょっひょっひょと、メティスは皮肉たっぷりに笑う。

 彼女の持つ能力"千里眼"は、どれだけ離れていようと見たいと思ったものを視れる。その能力を使い、メティスは大陸と王家を見守ってきた。

 そんな彼女は器達の最期には必ず立ち会う。

 永い時を一人で過ごし、同胞の死を繰り返し見送る生と、長い眠りと短い生涯を繰り返す生。どちらが辛いのかは分からない。比べるべきものでもないのだろう。


 孤独な同胞にわずかながら憐憫を感じながら、ゼフィールはここにいない三人を召喚した。喚ばれた三人は辺りをキョロキョロと確認し、リアンの上で視線を止める。


「なんでリアン君がいるの?」

「俺が聞きたい。メティスが連れてきたんだ」

「どういうつもりですの? メティス」


 リアンの上で止まっていた視線がメティスへと移動する。それを適当に流しながら、彼女は皺くちゃな顔をさらに皺くちゃにさせた。


「たまには見送りを豪華にしようかと思ってのぅ。ひょっひょっ」

「ゼフィールとユリアが寂しがるかと思ってさ~。僕ってば優しいよね」


 二人の返答は本当のようでどこか白々しい。けれど、突っ込んでも本心は答えなさそうな感じだ。

 全員それを感じ取ったのだろう。場に白けた空気が流れた。ライナルトに至っては、深く溜め息までついている。


「まぁいい。マルク、道を」

「はいはい。んじゃ、虹の橋(ビフレスト)を出して頂戴。運命の女達(ノルニル)


 マルクが声をかけると、それまで目の前にあった像が消えた。代わりに現れたのは三人の女性達。普段は石像となって眠る彼女等は、ウルズの泉の意思ともいえる存在である。

 運命の女達はこちらに一礼すると、三人で手をつなぎ口を動かし始めた。不思議な旋律が彼女等の口から流れ出る。それに伴って、島から空へと虹の橋が伸びていく。


 旋律が止むと、運命の女達は端に避け動かなくなった。出来上がったばかりの虹の橋にマルクが軽快に飛び乗る。


「橋も出来たし、行きましょ」

「うむ」

「ちょっとぉ、何もアタシの後ろにライナルトが来なくてもいいじゃない?」


 マルクが振り返り足を止めた。そして、明らかな不服顔で文句を並べ始める。そんな彼をライナルトは一睨みすると、腕を組んで言い放った。


「何を馬鹿なことを言っている。眠るまでに少しでもお前の性格を矯正するには、この時間しかあるまい」

「はぁああ!? あっちに着くまで説教ってこと!?」

「後がつかえてますから、先に進んでいただけませんこと?」

「きぇえええ! ここにきてアナタ達アタシを見捨てるの!?」

「お前の身から出た錆だろ。俺達まで巻き込むな。そして、早く行け」

「師匠、諦めは大切だと思うの」

「ユリアちゃんにまで諭されるだなんて。孤立無援ってやつ!?」

「やかましい!」


 ライナルトがマルクの尻を蹴飛ばす。そうやって、なんとかマルクを先に進ませ、人一人分の幅しかない虹に順次乗り先へと進み始めた。


 しばらくは淡々と歩いていたけれど、先頭のマルクとライナルトが非常に騒がしい。その上、言い合いの内容は実に不毛だ。


(あの騒ぎ無駄に続きそうだな。少し距離を取るか)


 そう思い、ゼフィールは立ち止りなんとなく後ろを見た。

 そうしたら人数が足りない。地上を見下ろしてみると、リアンはまだ小島にいる。

 あれだけ来る気満々だった彼が付いてきてないことが不思議で、ゼフィールは小首を傾げた。


「リアン、来ないのか?」

「来ないのか? って、どうやって行けっていうのさ? そりゃ虹の橋って物語では出てくるけどさ、実際渡れるはずがないじゃん?」


 橋のたもとでリアンが腕を振りまわした。彼の腕は見事に虹の橋をすり抜けている。


「そういえば、神力が無いと虹の橋は渡れないんでしたわね」


 ぽつりとゾフィが呟く。「あ」と、全員が今思い出したとばかりに声を漏らした。


「リアン。メティスに手をつないでもらえ。そうすれば渡れるはずだからな。ただし、手を離すと落ちるから気を付けろ」

「うへ。なんかそれ、凄い怖いんだけど。あ、メティスさん宜しくお願いします」

「いやー。すっかり忘れててすまんのう」


 メティスはひょいっと島に戻ると、リアンの手を取り再び虹の橋に飛び乗った。最初はメティスにしがみついていたリアンだが、恐る恐る足を虹の橋に付け、落ちないと確認すると及び腰で渡りだす。


「ていうかさ。わざわざ虹の橋なんて渡らないで、転移すれば早いんじゃないの?」


 純粋に怖いから渡りたくないだけなのだろうが、至極もっともな質問をリアンが投げかけてくる。

 軽く虹の橋の先を見やり、ゼフィールは答えた。


「ユグドラシルのある地はこっちと位相がズレててな、それを越えるにはアホみたいな魔力が必要なんだ。全員転移させた日には、捧げる為の魔力がごっそり持って行かれる。その点、虹の橋なら、渡るだけで位相を越えられるからな。無駄死にみたいなことをするくらいなら、虹の橋も渡るさ」

「あれ? 捧げるのって魔力なの? 君、生命力を運ぶって言ってなかったっけ?」

「お前、結構細かく覚えてるな」


 ゼフィールは小さく笑い、後ろを振り向く。


「生命力と魔力は相互変換できるんだよ。ベースが人間の俺達の生命力だけじゃ、ユグドラシルを若返らせるには足りない。だから、魔力を生命力に変換して食わせるんだ。そこら辺は棺桶が勝手にやってくれるから、俺達は寝てるだけなんだけど、なっ!?」


 よそ見をしながら歩いていたせいで虹から足を踏み外した。かといって特に何の問題もなく、普通に浮遊して列に戻る。

 それを見ていたリアンが羨ましそうな声をあげた。


「それは分かったからさ、今君が飛んだみたいに、僕を浮かせて連れて行ってくれると嬉しいんだけど? 歩くの怖いんだよね~」

「ついて来ると言ったのはお前だ。自分の足で歩け」

「ひょっほっほ、厳しいのぅ」

「本当ですよ。ユリアには激甘なのに」


 後ろで騒ぎ声があがった。あえて見なかったが、姉弟喧嘩が始まったのは分かった。




 そうこう騒ぎながら虹の橋を進んでいると終着点が見えた。辿り着いたのはユグドラシルの幹にあるウロの中で、そこが、神力により小さな部屋として加工されている。

 今いるここは前室。奥に見える小さな出入り口をくぐった先が玄室であり、ゼフィール達の眠る場でもある。


 枯れかけたユグドラシルの幹で作られている壁は色がとてもくすんでいる。触ってみても、乾燥していて潤いは全く感じられなかった。

 いつもの事ではあるけれど、若々しい頃の姿も知っている身としては切ないものがある。


 前室を中ほどまで進んだ所でゼフィールは片手を肩の高さまで上げた。ちょうどそこを歩いていたリアンが手に阻まれて歩みを止める。


「ここまでだ、リアン。この先は玄室。お前が立ち入る場所じゃない」


 先を歩いていたライナルト、マルク、ゾフィが振り返った。彼らは少しだけ引き返してくると、真っ先にライナルトがリアンに手を差し出す。


「メティスの我儘で連れて来られたのだろうが、足を運んで貰ってすまなかった。私は君とは直接の面識はないが、君の将来が明るいものとなるよう祈ろう」

「あ、いえ。こちらもユリアがお世話になったようで。ご丁寧にどうも」


 おずおずとリアンがライナルトの手を握り返す。そんな彼の肩をマルクがバンバンと叩いた。


「それじゃぁね、リアン君。可愛いお嫁さん見つけるのよ」

「料理、裁縫、掃除。どれをとってもリアン様の家事は完璧ですもの。嫁くらい簡単に見つかりますわ。わたくしが保証してもよろしくてよ?」

「やーね、ゾフィ。普通、それお嫁さんに求める条件じゃないの……」

「あら、そうですの?」

「まぁ。普通は」


 引きつった笑みを浮かべながらリアンがライナルトの手を離した。

 三人はリアンにもう一度笑みを向けると、勝手に嫁予想などしながら玄室へ歩き出す。最後の最後がこんなに騒がしく、日常の延長のように感じられるのは初めてで、ゼフィールは口元に笑みを浮かべた。


「こんなに騒がしくて明るい最期になったのはお前のお陰かもな。ありがとうリアン。俺達の分まで生きてくれ」


 ゼフィールはリアンに拳を突き出した。


「やだな。ゼフィールがそんなに正直に褒めると気持ち悪いから止めてよ。でも、まぁ? 最期だから素直に感謝を受け取るけど」


 突き出された拳にリアンも自分の拳を合わせる。互いに笑いながら少しだけ押し合い、そして離した。

 そんな様子を横からユリアがじっと見ている。


「リアン……」

「なんだよ、ユリア。ユリアが元気ないと気持ち悪いんだって。ほら、シャキっとしなよ。って、今から生贄になる人にシャキっとしろっておかしいか」

「もうっ、馬鹿っ!」


 目の端に涙を浮かべながら、ユリアが必死に笑顔を浮かべようとしている。それを見て、リアンが肩を竦めた。


「ユリアも随分涙もろくなったね~。ゼフィールの泣き虫が移ったんじゃない?」

「は? 俺のせいなの?」

「違うの?」

「二人のせいでしょ!!」

「「あいたっ!」」


 責任のなすりつけ合いをしていたら、二人揃ってユリアから頭にチョップをくらった。地味に痛い。本当に、いつものよくある光景過ぎて、三人の口から笑いが漏れた。


「リアン、俺達ももう行く。お前は気を付けて帰れ」


 これ以上話していると玄室に入る決心が鈍りそうで、ゼフィールは適度に話を切り上げた。


「リアン、元気でね」


 別れを告げると振り返らず玄室の入口をくぐる。ゼフィールとユリアが入口を通過すると、その後ろで石扉が降り、出口を塞いだ。今更引き返すつもりはないが、これでもう逃げられない。


 先に玄室に入った三人がそれぞれの棺の前で待っていた。五つの棺のみが置かれた狭い部屋、それが玄室。


「今世は悪くない最期でしたわね」

「そうねー。今度から、見送りはメティスだけじゃなくて、他にも連れて来てもらおうかしら?」

「メティス次第だからなんともだな。あいつの気紛れっぷりは私には分からん」

「そもそも、リアンってば、いつの間にメティスと知り合いになったのかしら?」


 それぞれの棺に入りながら軽口を叩く。

 本当に、悪くない最期だった。


「ではまた次の黄昏の時に会うとしよう。皆、良い夢を――」


 ゼフィールの呟きと共に全ての棺の蓋が閉ざされ、玄室は静寂に沈んだ。

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