3日目 (その5)日向寿司
『目的地周辺です、音声案内を終了いたします』
ナビの音声ガイドが目的地である日向寿司が近いことを告げる。それは同時に安価主に近づいたことを意味する。
「木本そっち側には無いか?」
「え~っと……」
「あの看板ではないですか?」
金城が指さす先には小さな看板があり、日向寿司という名前が載っていた。
駐車場に向かい車を止め、日向寿司ののれんをくぐる。
「らっしゃい!何名様で?」
出迎えてくれた店員は若く、おそらく件の店長ではないだろう。
しかし、いきなり来て店長を出せというのも変な話である。
「3人ですがカウンターは空いてます?」
「3名様でカウンターですねどうぞ!」
店員に連れられカウンターの席へと向かう俺たち。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
金城が店員にお礼を言っている。一方木本はおそらくこういう寿司屋にあまり縁が無いからだろう珍しそうに見ている。
「何から握りましょう?」
目の前の板前が聞いてくる、結構な風格があるが店長か?というと微妙な所だ……
「店長のオススメとかはあるかい?」
ここで後の流れを作りやすいように店長の名前を出しておく。
「いや、うちじゃ店長は握らないからな、板長のならがヒラメがいいのはいってるからオススメだよ」
「じゃあとりあえずそれを一つ」
「俺は赤身で~」
「私は卵から行きますかね」
3人とも注文が始まる、ちなみにこのお店のお値段はまあまあするが、払えないほど高額というわけでもない。安価主はこんなお店でワサビ10倍なんてことを注文したのか……
「ところで、店長は職人じゃないってことは普段は何をしてるんですか?」
板前に話しかける一応話の流れを装っているがちょっと強引かもしれない
「あ~色々だよ、接客の指導とか味見はやってるな、舌は確かだよ」
「なんかイメージと違うっすね」
木本が俺に小声で言ってくる。まったくだ。
「色々と厳しい人なのかい?」
「まあ、商売人ってやつだよ、はい、ヒラメお待ち!」
俺の前にヒラメがやってくる。早速いただくと言っていた通り新鮮なのだろういい触感がした。味の方は俺にはそんな繊細な舌は無いので猫に小判とか豚に真珠というやつなわけだが。
「美味しいですね」
ふとみれば、いつの間にか金城の方にも卵が置いてあり、彼はそれを食べて感想を言っていた。彼はある程度の違いがわかる男なのか……自分の貧乏舌がちょっと嫌になる。
「つぎ、ウニくださいっす」
木本は普通に食事を始めている、というか、こいつは高いネタを頼む気満々だ……
「えっと、お味噌汁ってあるかい?」
「あるよ、これらから選んでくれ」
「じゃあシジミで」
「はいよシジミの味噌汁頼むわ」
「はい!」
どうやら味噌汁は他の人の担当らしいおそらく前にいる彼より年期が少ないから修行中でそういった仕事の担当なのだろう。よく見ればお茶を運んだりしている。
「シジミの味噌汁お待ち道さまです」
「ありがとう、おっと」
そういって受け取るときにわざとちょっとこぼしてやる。
カウンターに少し味噌汁の水たまりができる。
「すみません、ふきんか何かをいただけますか?」
「こちらこそすみませんすぐ代わりのお味噌汁もお持ちいたしますので」
「いやそこまでしていただかなくてもいいですよ」
完全にわざとやったのだからこれのせいで彼の立場が悪くなっても困る。
「お客様大丈夫でしょうか?」
店の奥から別の人がふきんを持ってやってくる。
「いえ、大丈夫ですよ。すみません俺の不注意でお店のカウンターを汚してしまって」
「大丈夫ですよ、お味噌汁もすぐにお取替えいたします、君たのむよ」
「はい、店長」
上手く店長を釣り出すことに成功した。いや普通に呼べば来たんだろうがいきなり呼んで安価主の事を聞くなんてのはあまりに露骨すぎる。
「店長さんでしたか、すみませんねありがとうございます」
「いえいえ、お構いなく」
「先輩、高いお店慣れてないから」
「おや、会社の休憩時間ですか?」
明らかに私服の3人組なのに先輩という木本の言い方にちょっと興味を持ったのか日向店長が聞いてくる。
「いや、俺とこいつは休日も一緒に遊んだりするんですよ。今日はちょっと富士山を見にこっちの人はちょうど同じ目的で来てたもんだから意気投合して」
「へ~そうなんですか」
「そういえば店長、このお店にさっきワサビを10倍にしてくれってお客来ませんでした?」
木本が本題を持ち出す。ここからが本番だ。