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07 鳥竜とヘルプス通り


 ランチを食べた後はいよいよ買い物だ。いつまでも借りているわけにはいかない服を筆頭に、細々とした日用品も揃えなければならない。


「女の人がショッピングを楽しむなら南の方がいいと思うんだけど、今日は服だけじゃないから西のヘルプス通りにしようか」


 トラッツェンは東西南北で大まかに特徴を分けると、東が主な住宅街。マンションや民家が一番多く集まっている地域。そして西には娯楽都市の本領発揮とも言える繁華街。ジャンルを問わず大中様々な店が軒を連ね、衣服や日用品からシンの好む所謂オタク的なもの、更に冒険者に必要な装備品の類まで大抵のものは揃うそうだ。繁華街の治安が問題視されるのはここでも同じようで、夜は一人で行かないようにと注意された。南は少し裕福な人が集まる地域になるようで、敷居の高いレストランやこの世界での高級ブランド店が多く立ち並ぶらしい。高級と言っても庶民が奮発すれば手の届くものもあるので、お洒落な雰囲気と相俟って女性のショッピングには人気だという。ウィンドウショッピングをして、お洒落なカフェでお喋りするだけでも女性は満足するものだから意味は分かる。最後になったが、北の中央門から続く通りが観光客向けの出店や屋台、お土産店が多く並ぶ賑やかなメインストリート。食べ歩きにはもってこいな場所だ。


「今から歩くとちょっと時間かかるな。…鳥竜(バードドラゴン)使ってみる?」

「…とても嫌な予感がするんですけど」


 ファンタジーな言葉には驚かされてばかりだ。警戒するあたしにシンは空を指差した。指の先へと空を見上げると、昨日も見た大きな鳥のような生き物が優雅に飛んでいる。


「まさか、あれに乗るっていうんじゃあ」

「そのまさかだよ。大丈夫、保護の魔術使ってあるから落ちることはないから!」

「そういう問題じゃないでしょー!」


 完全に面白がったシンに腕を掴まれ、すぐ近くにあった中央政府へと戻る。中へ入ってすぐ脇に逸れると魔術陣が並んでいた。シンに押し込められるようにして乗り、転移した先は誰も居ない中央政府の屋上だった。


「高いところじゃないと呼べないんだ。すぐだから待ってて」


 シンは邪気のない笑顔でそう言うと、少し離れた場所で人差し指を口元に寄せる。何かを唱えているようだったが、屋上は風が強いせいで小さな声は聞こえない。やがて指の先に光が灯り、その光の球体をそっと空へと放った。ぐんぐん上がっていく球体が一際強い光を放つとその場で霧散して消えた。きっと呼ぶと言っていたから、あの光が合図のようなものなのだろう。眩しさの残像に瞬きをしているうちにシンがあたしの隣へと戻ってきていた。


「詩子さん、来たよ」


 頭上で大きな羽ばたきの音がした。恐々と顔を上げれば、そこにいたのはドラゴンの顔をした鷹のような生き物だった。鷹の身体から生えるドラゴンの首と顔。鳥と爬虫類が混ざったような独特の瞳がじろりとあたしを見下ろしている気がした。巨体とは思えないしなやかさで着地すると、背に乗っていた騎手が降りてくる。羽の飾りがついた兜のような帽子、口元を覆うマスクで顔の全ては分からない。


「行き先はヘルプス通り」

「了解した。雷雲亭の上でいいか?」

「いいよ。それとこっちの人は鳥竜初めてだから気をつけて」

「善処しよう」


 あたしを見て口角を上げた騎手の声は女性のものに聞こえた。中世的な低音だったから、もしかしたら男性なのかもしれない。


「さ、行こう」


 乗りやすいよう伏せた鳥竜へ騎手を先頭にあたしを挟んでシンが背後に座る。鳥竜の背に装着されている鞍は小さな持ち手も付いていたが、立ち上がったときの揺れに思わず騎手へと抱きついてしまった。


「最初は仕方ない。私に掴まっていると良い」


 小さく笑われて羞恥心が生まれたが、その言葉に甘えて抱きつかせてもらうことにした。…柔らかな感触に女性だと確信したというのも抱きつきやすくさせた要因だ。これが知らない男性だったらもっと迷っていた。

 そして、鳥竜が大きく羽を動かす。目を開いていられないほどの風圧と地から足が離れた浮遊感を感じたのも束の間に、薄い膜のようなもので身体が覆われた。風は感じるが格段に弱くなっている。シンが言っていた保護の魔術の一つだろうか。そう考えているうちに鳥竜は気流へと乗り上空を羽ばたいていた。あっという間に街が眼下に広がる。とても早いスピードに恐怖心も生まれるが、風圧と風の音を感じないからだろうか。新幹線や飛行機に乗って移動している感覚だ。


「ほら、姉さんの魔道機関車だよ」


 背後から身を寄せたシンが囁く。魔道機関車よりも高いところを飛んでいるので紫色の屋根を見下ろす形だ。シンの声が騎手に聞こえたのか、鳥竜が首を下げたかと思うとぐんっと落ちるようにして高度を下げた。


「きゃああ!」

「口を閉じろ。舌を噛むぞ」


 前からそんな声が飛んでくるが無茶を言わないで欲しい。叫ぶような状況を作った張本人じゃないか。慌てて口を閉じ歯を食いしばると、鳥竜が水平へと姿勢を戻す。

 隣には魔道機関車が平行して走っていた。機関車の窓からこちらを見ているお客さんの姿が見える。小さな子供がぶんぶんと手を振っていた。その子供たちを置き去りにして速度を上げると先頭車両だ。操作室というのだろうか。窓ガラスの向こう側には機械のようなものが並び、魔術陣が時折光る。中央に水晶が設置されたハンドルを前に真剣な表情をして前を見つめるエリィさんの姿があった。白と紫の制服を身に纏った姿から昨夜のほんわかとした穏やかな雰囲気は感じられない。同じく操作室にいた男性というには幼く見える人がこちらに気付いて、エリィさんに声をかけた。振り向いたエリィさんは目を見開いてから、眉を吊り上げてシンを見つめる。


「うわぁ、姉さん怒ってるよ」


 頬を膨らませて握り拳を自らの掌に当てる。その仕草のあとには優しく微笑んであたしに手を振ってくれた。抱きついたまま手を離せないあたしは笑顔を浮かべて返事にした。


 そのあとは再び上昇して目的地までひとっ飛びだ。高層マンションの横すれすれを飛んだり、他の鳥竜と擦れ違ったりとスリル満点だったが最後には楽しい気持ちが勝っていたからよしとする。雷雲亭の屋上に到着するとシンが料金を支払っている間に鳥竜の顔の前に移動した。大きな顔はやっぱり少し恐い。


「楽しい空の旅をありがとう。またよろしくね」


 そう声をかけると、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。そんな様子に苦笑を浮かべていると支払いが終わった騎手が鳥竜の背に戻る。見送ろうと見上げるあたしの頭を鳥竜は鼻先で突いて再び空へと飛んでいった。


「びっくりした」

「鳥竜はあんな顔だけど人懐っこいから」


 「また乗ろうね」と誘うシンに迷わず頷いた。 




 雷雲亭は三階建ての宿屋兼食事処だ。三階以上の建物で、周囲に障害物となるものが無い屋上には鳥竜の発着が認められているらしい。もちろんそれは建物の持ち主の許可があってこそだ。

 トラッツェンにはいくつか移動手段があるが、目的地付近に真っ直ぐ行ける鳥竜はタクシーに近い。魔道機関車はそのまま電車だ。どちらも空路を行くので渋滞などは関係ない。魔道機関車はどちらかといえば観光客や遠出する人に人気で、鳥竜は最短で目的地に行きたい街の住人がよく利用するそうだ。


 屋上から階段を使って建物を降りていく。三階と二階は宿屋で扉がたくさん並んでいた。一階まで降りるとテーブルと椅子が並べられて食事を楽しむ客の姿が目に入る。お客さんを横目にシンは女性店員に近付くとお金を数枚渡す。


「屋上使わせてもらったから」

「はーい、有難う御座います!今度はご飯も食べていってくださいね!」


 ウインクしながら愛想良く答える店員さんの可愛いこと。濃紺の髪は首元で揃えられたショートカット。地毛なのか染めたのか、金色のメッシュが左右のこめかみ辺りに伸びる。夜にきらりと光る猫に似た金の瞳はきつい印象を与えるが、屈託無く浮かぶ笑顔に塗り替えられて愛嬌となっている。きっとこの店の看板娘なのだろう。周りのお客さんから「レベッカに誘われてんだから絶対来いよ!」と囃される声を後ろに店を後にした。

 

 雷雲亭を一歩出ると、そこは賑やかな繁華街だった。鳥竜で降りるときにも賑やかそうな街の雰囲気は伝わってきたが、実際に立ってみるとその忙しなさに圧倒される。隙間無く立ち並ぶ様々な店、呼び込みの店員さん、行き交うお客さん。何より驚いたのが街中にいくつものモニターが設置されているのだ。どうやら色んなお店の新作やお得な情報を流しているらしい。


「初めてみる景色なのに、ちょっとあたしのいた街と似てる」


 街中の巨大画面。都心の繁華街ではよく見た光景だ。人々の姿は全然違う、取り扱っている品物もはじめて見るものばかり。世界が違っても繁華街というのは似るものなのか、どことなくリンクするものを感じて呟いた。


「詩子さんのいたところはこの世界から派生したものなんだろうし、似たところがあってもおかしくないよね」 

「そうなのかな」


 そうだった。あたしのいた日本はこの世界の誰かが想像して作り上げたもの、という話だった。なんてことのない事実を語るシンの横顔が少しだけ遠く感じられた。


 逸れないようにとシンに手を引かれて次々と買い物を済ませていく。日用品からあたし用の食器類、衣服は着まわし出来そうな数着だけのつもりが、一週間分も購入することになった。エリィさんに言われていたらしい。その流れでシンに下着類を買いたいと言うと顔を真っ赤にされた。会計のときだけ呼んでくれと店の外で待っていたのだが、支払い時のとても居た堪れない表情には店員さんと一緒になって笑ってしまった。

 服のほかにも靴や鞄、手帳や財布といった小物も揃えるとかなりの大荷物になる。持って帰れるのかと思っていたら、購入したお店の配達サービスを使って預けてしまったので手荷物は全く増えなかった。転移の魔術陣でマンションまで送ることが出来るらしい。便利だ。


「ごめんね、何から何まで買ってもらっちゃって。働けるようになったら返すから」

「別にいいって。俺と姉さんがしたいからしてるんだし」


 一通りの買い物を終え、噴水のある広場で一休みしたところだった。周りにはあたし達と同じようにベンチや噴水周りに座って談笑するものの姿が多い。ここにもモニターは設置されていて、それを眺めて次の行き先を決める人も少なくないようだ。

 シンが買ってくれたベリーシュという果実のジュースを飲みながらあたしも映像を眺める。武器屋のタイムセール告知のあとに映ったのは真っ白な画面とオルゴールの音。


「あ」


 隣でシンが声を洩らす。流れ始めたのはピュアメモの新作CMだった。見覚えのある花、そして五人の女性。聞こえてきた声は、学年一の美少女だったクラスメイト。


一色(ひとついろ)さん…?」


 呆然と見つめるうちにCMはどんどん流れていく。あたし(・・・)のシーンになると、自分そっくりな声で言ったこともない台詞が紡がれた。ざわりと鳥肌が立った腕を無意識に擦る。数分間のCMはあっという間に最後を迎え、別のCMに切り替わる。しかしあたしの気持ちはそう上手くいかなかった。


「あはは、参ったなぁ…あたし、本当にキャラクターじゃない」


 乾いた声で笑ってみても気持ちは浮上しない。ゲームのパッケージを見ても、ゲーム説明の内容を見ても、いくらシンに二次元の存在なのだと言われても心のどこかで信じていないあたしがいた。それが例え事実だとしてもあたしはあたしなのだと前向きでいようとした。でも、やはり大衆向けにこうして二次元を叩きつけられると精神的にきついものがある。

 あたしって何なんだろう。地球って、日本って、西崎詩子ってなんなんだろう。この世界のゲーム会社によって作られた架空の世界、架空の存在なのだろうか。目頭が熱くなって、喉が痛くなる。泣いてもどうにならないんだから泣くな。泣くな。そう思っても視界は確実に滲んでいく。思わず俯けばぽたりと雫が地面に落ちた。


「詩子さん?泣いてるの?」


 シンの戸惑いが伝わる。それを笑って誤魔化そうとしても、焼け付いたようにひりひりと痛みを訴える喉は声を出してくれなかった。せめてもと思い首を振ると、ちょうど吹いた風に帽子がはらりと飛ばされる。咄嗟に顔をあげて帽子を目で追うと、涙を流すあたしに驚くシンの顔。その向こう側で飛んだ帽子をキャッチした男性と目が合った。


「これ飛んで…あ…」


 男女のカップル。二人ともがあたしを見て目を丸くする。女性の方が指を差して声をあげた。


「西崎詩子!詩子ちゃんそっくり!!」


 広場にいた人たちから多くの視線が集まる。静寂、そして広がるざわめき。


「やだぁ、コスプレ?」

「すっげぇ似てるし。あのゲームにモデルなんかいたか?」

「何かのイベントかな」


 遠巻きに見ている人たちが徐々に近付いてきているように感じる。どうしよう。どうしよう。とても恐ろしい人たちに見つかってしまったような感覚。この人たちにとってあたしは何なの?珍獣でも見世物でもない。あたしはゲームの西崎詩子じゃないのに!

 

 言葉に出来ない恐怖心にがたがたと体が震える。助けを求めたいシンの顔すらも見ることが出来なかった。だってシンは、あたしが西崎詩子(・・・・)だったから助けてくれた最初の人だ。あたしを二次元として見ている人間だ。それがなかったらきっと助けてくれなかったに違いない。


 集まりつつあった人々の中から一人の青年が歩いてきた。怪訝な瞳を向けてくる青年は、御伽噺から抜け出してきたかのようなローブを羽織っている。

 

「シンシア。お前、何してるんだ」


 手に持っていたクレープを一口食べて、彼はシンの名を呼んだ。


 

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