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Anecdoter`s-眼の無い主と双子の従者-




むかしむかし、或るところに。


この話はそこから始まります。


貴方は同じような冒頭の物語を、何度読んだことがあるのでしょうか。


この話も、その一つです。


登場人物の数は3。


その、日常です。


変わらない、あまりに変化の無い、無常とは掛け離れた。




   これは或るお話。




昔、昔。或るところに、双子の従者がいました。

二人には、エンリケという名前の一人のご主人様がいました。

二人には、名前がありませんでしたがエンリケによってヴァレットとヴァリットと呼ばれていました。

二人は、エンリケが大好きでした。

二人は、今日もエンリケを起こしに寝室へ向かいます。

『おはようございます、主様。起きる時間です』

ヴァレットとヴァリットは、エンリケの枕元に立って声をかけます。エンリケの目が薄く開かれると、ヴァレットはカーディガンの準備をしました。

「おはよう、私のヴァレット、ヴァリット。今日の機嫌はどうだい?」

『相も変わらずに』

ヴァレットにカーディガンをかけてもらい、エンリケはベッドから下りて二人の頬にキスをしました。そして顔を洗い、歯を磨き、また部屋に戻ってきました。二人はずっとエンリケの後ろについています。

「ヴァレット、今日の予定は何かな?」

「今日のお客様は三人。午前に一人、午後に二人です」

エンリケは脱いだ服をヴァレットに渡しました。

「今日の朝食はなんだい、ヴァリット?」

「今日はワッフルをご用意しました」

ヴァリットから服を受け取って、エンリケは着替えを済ませました。

そして食堂へ向かいます。二人はエンリケの後ろについています。

「いただきます」

『いただきます』

高い天井と、長いテーブルのある部屋で、エンリケは朝食を食べます。体が半分くらい小さく見えるところで、二人も食事をしています。

「ごちそうさま」

『ごちそうさまでした』

食事が終わると、二人はエンリケが仕事に行く用意をします。

コートを着るのを手伝い、帽子を差し出します。エンリケはりっぱな紳士姿になって、そして階段のところに立ちました。

ヴァレットは、細くて長い剣を持ち、ヴァリットはエンリケの鞄を抱えて階段の下に立っています。

すぐに乾いた音が聞こえてきました。馬車が迎えにきたのです。

ヴァレットがドアを開けると、エンリケとヴァリットが乗りました。ヴァレットはドアを閉めると、馬車の前の所に座り、ぴしりと鞭を打って馬を促しました。

ゆっくりと、馬車が動き出しました。エンリケとヴァレットとヴァリットだけを乗せて、二頭の馬はヴァレットのたずなのとおりに進みます。

右にも左にも樹木しか見えない景色が続く道を、一台の馬車が軽快に進みます。

声は何も聞こえません。蹄の音と、車輪の音と、馬車が軋む音以外は森の音しかしません。

しばらくすると、大きな門がありました。その両端は、ずっと遠くまで塀が続いています。ヴァリットが馬車から降り、ポケットから大きな鍵を取り出して門を開きました。馬車が門の外に出た後、鍵をしてヴァリットはまた馬車に乗り込みます。

門の外は、たくさんの人が行き交う賑やかな街でした。土から石畳に変わった道を、馬車は軽快に進みます。そして、もっと賑やかになってきた道に出ると、端に寄せて停まりました。ヴァレットは駆け寄ってドアを開けます。

最初にヴァリットが降りてきて、目の前に建つ建物へ走って行きました。次にエンリケが降りてきました。ヴァレットはドアを閉め、エンリケの後ろに続きます。

ヴァリットが開けた扉にエンリケとヴァレットが入っていき、ヴァリットは最後にドアを閉めて鍵をかけます。道路には、たくさんの馬車が走っていました。

建物の中で一番大きな部屋に着くと、エンリケはヴァレットにコートと帽子を渡し、奥の椅子に座りました。ヴァレットがコートと帽子を掛けている間、ヴァリットはエンリケに紅茶をいれます。

それとは別のティーセットを用意し、部屋の真ん中にあるテーブルに置きました。

エンリケは窓辺の近くの椅子に座り、静かに紅茶を飲んでいます。ヴァレットとヴァリットは、部屋の隅で静かに座っています。外では馬車の音と人の声が行き交っています。

突然ヴァレットが椅子から立ち上がり、部屋から出ていきました。ドアが閉まると、ヴァリットはポットを持って別のドアから部屋を出ていきました。下の階から女の人の声がします。

「貴方がMr.Henrique?」

「えぇ、マダム。まずはこちらへ」

ヴァレットが戻ってくると、その後には女の人と男の人が一人ずついました。エンリケが女の人に椅子を勧めると、ヴァリットが戻ってきて、テーブルの上のカップに紅茶をいれました。

そして二人は元のように部屋の隅に座りました。

女の人は、じっとエンリケを見ています。

男の人は、ずっと女の人を後ろから見ています。

二人は、ただその三人を見ています。

エンリケは、手を組んで座っていました。


エンリケの仕事をするための建物には、いつも難しい顔をした人がやってきて、難しい話しをエンリケとして帰っていきます。

二人は、やってきた人を出迎えたり、送ったり、紅茶をいれたりすること以外は、動かずにずっと座っています。

二人は、エンリケが何の仕事をしているか分かりませんでしたが、何も気にしませんでした。知る必要はないと思ったからです。

二人は、エンリケの仕事をする姿が大好きでした。

エンリケの今日の仕事が終わります。


「それではこれで」

「はい、本当に…ありがとうございました」

今日最後の難しい顔をした男の人が椅子から立ち上がりました。ヴァレットが開けたドアから外に出ていきます。

ヴァリットは、男の人が飲んでいた紅茶を持って、別のドアから部屋を出ていきました。エンリケは、紅茶を飲んでいます。

「それじゃあ、ヴァレット、ヴァリット、お家に帰ろうか」

『はい、主様』

「ヴァリット、今日の夕食はなんだい?」

「今日はローストビーフとローズマリー油のリキュールをご用意しました」

飲み終わった紅茶を、エンリケはヴァリットが持つトレーに置きました。

「昨日は何の話をしたかな、ヴァレット?」

「昨日は荊の城で眠るお姫様のお話をしてくださいました」

ヴァレットが掲げたコートに袖をとおし、帽子を被り、エンリケは朝と同じ姿で扉へ向かいました。ヴァレットは細くて長い剣を持って、エンリケのためにドアを開けました。ヴァリットは鞄を抱えて、エンリケの後ろに続きました。

館をでると、エンリケは左の方へ歩き始めました。ヴァレットはドアを閉め、ヴァリットは鍵をかけて、エンリケの後ろに続きます。

朝通った門の所まで、エンリケも、ヴァレット、ヴァリットも口を開きません。

朝と同じように、ヴァリットが鍵を開けて、中に入ります。

今度はヴァレットとヴァリットの後ろに、エンリケが続きます。

「今日は高い塔に住むお姫様のお話をしよう」

『はい』

森の中に一本しかない道を歩きながら、エンリケは二人が知らないお話をします。それを二人は静かに聞いています。

ガサリという音がして、黒いものが飛び出してきました。

ヴァリットは、エンリケの前に立ち、黒いものが投げてきたキラキラと光るものを掴みました。ヴァレットは、持っていた剣を鞘から抜き、黒いものへと走り寄りました。

ヴァレットの手が物凄い速さで動き、素早く動く黒いものを二つ、三つにしました。

別の所からまたキラキラと光ものが飛んできましたが、ヴァリットの手に捕まります。それが飛んできた所に、ヴァレットが駆け寄り、別の黒いものを五つにしました。澄んだ音がして、ヴァレットの持つ細い剣が折れました。

ヴァレットの体は、黒いものから出た水で汚れてしまいました。ヴァリットの手は、たくさんの裂け目が出来ていました。

二人が振り返ると、エンリケはニッコリと微笑みました。そして、途切れたお話の続きを続けました、また、ヴァレットとヴァリットは、エンリケの後ろに戻りました。

道には暫く、ヴァレットから滴る雫が続いていました。

館に着くと、もう真っ暗です。

ヴァリットはエンリケからコートと帽子を受け取り、仕舞いに行きました。そして、夕食の準備をしに行きました。ヴァレットはエンリケと一緒にお風呂に行きました。エンリケと一緒に服を脱ぎ、大きなたらいに水を張って全身に付いた汚れを洗ってもらい、エンリケの背中を流しました。

エンリケが泡でいっぱいのバスタブに入ると、ヴァレットは出て行き、今度はヴァリットがやってきて体を洗ってもらい、エンリケの髪を洗いました。そして、出て行きました。

エンリケは、泡の中でまどろんでいます。

『夕食の用意が調いました』

うつらうつらとしていたエンリケは、二人の声に顔を上げ、体の泡を洗い流しました。

綺麗になった体を、ヴァレットとヴァリットは大きなタオルで拭き、新しい服を着せました。

「いただきます」

『いただきます』

高い天井と、長いテーブルと、何本もの蝋燭がある部屋で、エンリケは夕食を食べます。体が半分くらい小さく見える所で、二人も食事をしています。

「ごちそうさま」

『ごちそうさまでした』

食事が終わると、エンリケは寝室である温室へ行きます。

ヴァレットは朝の分とまとめてお皿を洗い、片付けをして、ヴァリットは紅茶を用意して、エンリケの所へ行きます。

エンリケは、月明かりの下に座っていました。


一日が終わった後、エンリケは二人が眠くなるまで色々なお話を聞かせてくれます。それは、二人が全く知らない国の話です。

この時、エンリケの所にはお客さんがやってきます。二人の眼にはふわふわとしていて、透き通った様に見えるお客さんは、二人に分からない言葉でエンリケとお話をして帰っていきす。

二人は、エンリケが話す声が止まってしまうので、お客さんがくると少し残念に思いますが、お客さんの声は綺麗なので、嫌とは思いませんでした。お客さんが出ていくと、エンリケはお話の続きを続けます。

二人はエンリケの話すお話が大好きでした。

エンリケのお話が、終わります。


「おいで、私のヴァレット、ヴァリット」

二人が眠そうになった頃、エンリケは二人を呼びました。

この時だけ、二人は仕事以外でエンリケの近くに行けます。

ヴァリットは、喜んでエンリケの膝の上に座ります。

ヴァレットは、遠慮して足元に座りました。

「おやすみ、可愛い私のヴァリット。良い夢を」

「おやすみなさいませ、主様」

エンリケは、ヴァリットの背中を軽く叩いて、額にキスをしました。

「おやすみ、私の愛しいヴァレット。良い子で」

「おやすみなさいませ、主様」

エンリケは、ヴァレットの頭を撫でて、額にキスをしました。





そして二人は、


目を閉じ、


眠りにつきました。


そして、目を開きました。


二人は、硝子ケースの扉を開けると、エンリケを起こしに彼の寝室へ行きます。


横たわるエンリケの枕元に立ち、声をかけます。


ずっと


ずっと。


二人はエンリケが大好きでした。


とても


とても、


大好きでした。



end



謎は謎のままで。

明かされるのはもう少し先、ということで。

二人はいつでも主と一緒なのです。


誤字脱字がありましたので修正しました。

お知らせして下さった方ありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
[一言] ヴァレットとヴァリットの正体に「してやられた!」という感じでした。短編集みたいな感じで何作かまとめて出版されたら買うと思います。
[一言] 初めまして。読んだ後、不思議な物語だなと感じました。  登場人物が何なのか段々と気になりました。ハッキリと明かされず少し残念でした。二人の従者、人ではない?  最後は過去形の言い方のためか…
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