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3話 定



そして、8月中旬の生暖かい吹きはじめたそよ風に一気に押された———




「———!」








予期しない強風に咄嗟に一歩踏み出し、目障りな黒いサングラスを彼から奪いさった。




「…っ!」





彼は瞬時に気づき止めようと腕を上げる前に事は起こった。


そこには、揺れる赤毛が再びその瞳を隠すも、風が止むのと同時にそこは露になる。





思っていた以上の美しい顔だった。


人間味を感じない整っている表情を向けられるその視線の中の瞳は、まるで暗闇の中で懐中電灯の光を当て、奇妙にその眼を反射させる猫と同じに、彼の瞳の一部が妙に光っている。



彼も同様に驚いていた。


奪い取った彼のサングラスを手に、信じられないものを見ているかのような表情を浮かべる。

今、彼に止められた理由も、今、自分が奪い取った物もこの一瞬どうでも良かった。新鮮な空気にお互い眼を逸らさない。それよか、彼はどんどんに体を近づけて来た。引き寄せられたかの勢いに任せ、お互いの視軸が縮まって行くと、地面の砂がノドカの後ずさりの重さと圧にジャリジャリとなり出すと勝手に視線が下に逸れる。




距離がほんのわずかになる所でノドカは小さな悲鳴を上げた。




「はっ…」






ノドカが腕を曲げ抵抗を見せると、奪い取ったサングラスを持っている指が絡む感覚に襲われる。



キスをされると思ったのは大きな勘違いで、彼はサングラスを取り戻そうと近づいただけの事に、ノドカは赤面する。



「あっ!サングラス!あ!すみません!あの……と、徳倉と、も、申しますっ!、あのさっきはごめんなさいっ!私が皆に花火をしようと誘ったんです!あのっ…怒るなら私にっ!あ…でも親に連絡とかされちゃいますか!?あのそれは困るんです。説教なら何時間でも聞きますから!親にだけはっ……——……」




我に返ったノドカは何度も頭を下げた。自分でも何をしたのか分からない。

クスクスと笑う彼は可愛らしく、まるで子供の様だった。



さっき公園で聞いた声とは異なり、割と高い質音が耳に響いてくる。微かに目尻にシワを作り、取り戻した物を片手で顔を隠す様にそそくさと戻してしまった。



ノドカは胸の奥、心という名の心臓のあたりに、誰にも刺激された事のない感情をこの男に引き起こされた気がした。いずれこの感覚が自分に害を及ぼすかもしれない。そんな邪悪ともとれる気だ。



そんな気分をくれる何か、心の一番深い所の隅に触れつつ、現に自分が止められた理由は一つしか考えられず、きっと怒られるのだと、口を結び待ち構えた。





「説教か…そういう堅苦しい事はお父さんにして貰いなさい。俺はただ君に、しつ…」





ピリリリと着信を知らせる音がなる。





言いかけた言葉は彼の口を半開きの状態で止められた。スーツの裏ポケットから携帯を取り出したと思えば、携帯の画面を見るなり、そそくさに着信を切った。






彼が吐く溜息に少し違和感を憶える。辺りはとっくに日が暮れていたが日付が変るこの時間帯に月は今の状況の二人には明る過ぎる光を与えていた。


説教などどうでも良かった。ノドカは自分が今さっきとった行動に恥ずかしさを感じていた。初対面の相手に、それもあの4人、あの自我の強い公平を手下におく彼に、とんでもない事してしまったと、隠しきれない後悔を見せる。






しかし、彼からサングラスを奪わなかったら、きっと後で後悔していたのかもしれない。




どちらにしろ時は帰って来ず、今の彼女にこの場を凌ぐそんな余裕はなかった。

彼に掛かってきた着信は、ノドカを落ち着かせるどころか、増々焦らせる一方だ。


家まで送られ、父に、夜遊びをして更に煙草まで吸っていました。等と突き出されるに違いないと更に落ち着きを失う。


すぐに着信の音は消えるも、彼は黙ったままこちらに視線を向けてくる。

落ち着きのない彼女に、さっき触れたサングラスの感触が指に残っていて、指先を揉む様に擦り出す。




違う。それはサングラスではなかった。




彼が自分の指にささやかに絡む感覚を味わっていたのだ。



なんとか思考はしっかり働いているが、この少し先の未来を考えては焦って、体は、感じた事のない行動を彼女にとらせるまでに麻痺していた。








「まぁいいよ、それより…あの子らと仲良くしてくれてありがとう。」








彼が口にした言葉は予想外だった。

思わず顔をあげてしまうノドカの視線の先には、彼の口元が優しく微笑んでいた。

彼女を責めるどころか感謝を現す彼の音程はとても上品に聞こえる。





「そんなっ!とんでもないです!私の方こそ仲間に入れてもらってる立場なのに…」




普段から目上の人に敬語なんて使った事もないのに、なぜか固い口調になってしまう。



 如何にも値段の高そうなスーツを着こなして、彼の風味、容姿、話し方、全てが紳士的で上流階級者というならまさに彼を指す事だと思わずにはいられない。






「公平っていいだろう?」





のどかは驚くばかりだった。さっきまで彼女に煙草という有害物を誘惑しようとした人を彼は奇麗な歯列を見せ、にっこりと笑いながら褒めたのだ。



「最近いないんだよ…アイツみたいな子供がね」





「公平くんは……いい人です…とても…」





ノドカは戸惑いながら会話にのると、彼はさらに笑顔を返した。


 雲が転々と広がる空に月が隠れ始めた。


明かりのないこの小さな公園に暗闇が訪れると彼は空を仰ぎながら深く息を吸う。足の小さなズレにも砂はジャリジャリと微かな音を二人は逃がさなかった。


なんとなく誘われて上を向いた。


これは怒られる事も送られて父にバレる事もないと安保の気持ちと、胸の奥を突く小さくて鋭い矢にノドカはこれは何かと気づいた。だがそれを知った所で感情を表に出す事など考える前に消え去って行く。

上を向くも、ノドカの瞳の先には美しい男が映っていた。一瞬しか見ていない彼の顔がフラッシュして頭の中に現れてくる。




このまま彼の名前も、何も知らないまま、きっとさようならをしてしまって、女の勘と呼べるものなら、きっと私たち5人がまた次に悪さをしても、この人は現れない予感がしていた。

二度と会えなくなってしまう。そんな気に押し潰れそうになる。

たった今、この5分とも経たない間に出会った人間に、人はこれ程までに執着心が湧くというのか。骨格の見えない奇麗な指が互いに絡んだ感覚を忘れられるのか。全てが鮮明に残っていた。




 遠くから、不規則な足音が砂の鳴る音に変わったのは、誰かが公園に入って来たという合図だった。

姿はまだ見えないが、二人は早くも振り返る。



「いっきっ!」




息を切らせて1人の男がこちらに向かってきた。










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