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クアレンタベインテ


 夜中2時、三日月が黄色く星の見えない夜空にひとり輝いてる。本部内で唯一室内から、空が見える十五帖程の角部屋に斜めの天井があり直径1メートルを超す天窓が不思議な空模様を映していた。ここは若頭、一希の書斎であるにも関わらず、いつの間にか物置き場になっていた。本が大量にかさばっている部屋に、明るい木製のシンプルなイスが3つ置いてある。歩くのがやっとな程に本が床に積まれていては歩き場もない事に、淳平が軽くつまづいてしまった。

 



「一希さん…」





困った不気味な笑いを見せる淳平に一希は子供の笑いを返す。    




「いや…いつか掃除しようと、本当に思っているんだよ」



男でも惚れてしまいそうになる彼の可愛らしい笑顔に淳平はふいと目を逸らしてしまった。




 一希が空が良く見える位置にイスを二つ、程度の距離をおきながら並べた。すると、本棚の奥に隠してあっただろうホコリにまみれた古くさい酒を二つ床に置くと、すかさず淳平が両方の酒を手にとり、鋭い目つきで一希の部屋を見渡す。



「全部出して下さい、散らかしているのはそのせいですか……やる事がいちいち狡いんですよ貴方は」



呆れた口調で部屋を捜索し出す淳平に、小さな溜息をボソッとつく一希は早くもガラス製の凝った作りをしているグラスを一つ手に乗せていた。

 

「コップ一つしかなかった。ごめん」


実に残念そうにゆっくりと先ほど並べた椅子に向かう。


「まぁいいよ、南米流の飲み会だな」と言い放ち、淳平から一つ取り上げると、早速ボトルを開け始めた。

淳平は一希が並べた椅子のの真後ろにいて、一希の後ろ姿が月明かりに照らされていた。電気を付けていない部屋でも月の光はその場に必要な明かりを照らしていたが、不思議な事に天窓の真下だけにまるで天からの光の様に、一希のみを明るく照らしていた。


「………いっ…き…?…」


その光の下の一希の赤毛はなぜか白く光っていて、黒い洋服は姿を消し、その細身を理解するのがやっとだった。明るいものは白く輝き、暗いものは光に反射しようとはしなかった。



 黄色い月に青白い眩しい色を放つその男に思わず淳平は息を潜め、目を細めながら少し顔を傾け、自分は今、神か天使でも見ているのか、天才とも囁かれているこの男は自分がこう映る事を知っていて俺にわざと見せているのか?淳平はその説明のしようがない現象に浸る。

 



「まぁ…喜びや祝福の席ではないけれど、乾杯しようか淳平」



 

 注ぎ終わっただろうボトルを床に音をならさずにそっと置くと一希は、体勢を立て直し深く椅子に身を預けた。左の手に酒を軽い動作で揺らす。黒いジーパン質のズボンを下半身に纏い足を組むと、ロングの黒い首まで伸びたコートに顔を埋めた。女性の様な細身であるはずなのに、なぜか立派な影が床を黒く染めていた。


 淳平は忘れていたかの態度で一希の方に向かう。本当は、写真の事実よりも今は、一希の方が心配で、物心が付く頃からの一希の馴染みは今や淳平ただ一人で、この美しい男が実は誰よりも弱い事を知っていた。

 決して、涙を見せたり、弱音をはく様な男ではないからして、人より溜め込んでいるに違いがなかった。弱い所を絶対に見せない弱さ。それが淳平の知っている一希の大切な一部で、隣に着くなり、淳平は深く腰ごと頭を下げた。膝に手をつけ、スーツをぐしゃりと握る。


「本当に何と言ったら良いか……すまねぇ……」




血まみれの掌をこれでもかと握り、やっとの事で発した。



 

 無言、無音の空気が1分以上続くと淳平は一希の応答が気になり出し、酒が細い喉を通る卑猥な音が度々と部屋に響いた。淳平は耐えきれずに不気味な目つきをしながら恐る恐る顔をあげていく。



 「あはっ!はっはっは!」

そこには待ってましたかの様な生意気な笑い声が部屋に渡った。「なっ!」膝から崩れ落ちるというのはこういう事を言い、 悔しさと怒りで今にも涙が零れそうだった淳平はこれ以上崩れようのない顔を引き攣らせる。目の前で、また一希の声を耳にする。



「まぁ、座れよ淳平」



クスクスと笑いながら一希はグラスを空にする。先ほど開けたボトルを手に取り、キラキラと黒く光るアルコールの液をグラスに半分以上に注ぐと、それを淳平に差し出す。




「二度も言わせるな」




命令口調になると途端に、淳平はグラスを勢いよく奪い取る。すると、一希はそのまつげに隠れた青白い瞳を露にした。「驚いた」といいながら奇麗に並んだ歯を見せてにっこりと笑う。




「ちっ……………こっちが心配してやってんのによっ!ほらよ!」淳平は一瞬空になったグラスを睨むものも、久しぶりに一希の顔をまともに見たと少々の戸惑い気味に眉を歪ませる。正式に差し出された晩酌を断る理由も見つからなく、逆らわずに受け取った酒をグイッと逆さまにし一気に飲み干すとグラスをその場で本人に返した。隣に用意されている椅子に浅く座ると、淳平は頭を抱えながら深いため息をつく。


「なんだよ…こんな不味い酒ぇ、初めてだ…」




「こう見えても、こいつは中々お高いんだ。」




迷いなく言い返し、クスクスと喉をならすと、新たに注いだ酒にゆっくりと美しい唇をグラスつける始める。淳平がようやく椅子に背中をつけあちらに視線をやる頃には一希はいつもの哀れな微笑みを見せていた。



ふと、その異様な空間に、淳平は進められるがままに斜め上を向いた。


「こんな奇麗な眺めを本にとられるとは…」


「淳平は耳の調子が悪いのか?」


「こっちはな!何千回も言ってるんだぞ!ちたぁ片付ろよ、…手伝うからよ!」


天井を見上げると、月がちょうど二人の間にいた。よく目を澄まして見れば、星が転々と輝いており、主役の月を上手に祭り上げているかの様にも見える。実際、大量の積まれた本はどうでも良くて、今は例の写真の事で頭がいっぱいだった。

 


 双方、話題は一つしかない事に気づいているものの、どこからどう切り出せば良いのか分からなかった。少なくとも淳平から話し出す事はあり得なく、一希が何をどう話し出すのかが今の問題だった。ふいと一希の方に視線を向けると、ついさっきまで肩流れの奥に映る風景を見ていたかと思うと、一希はなぜか顔の半分以上を首元までの長いコートに隠していた。月の光によって白く光る髪がコートにかかっていて瞳も確認できない。それどころか、一希は今、目を開けているのか。という事も確認できない。考え込むとすぐに下を向く癖があるのは知っていたが、確かに、この姿に見慣れてはいたものの淳平は無言が漂う空間に戸惑いを見せ、下唇を尖らせた。何を考えているのかが知りたかった。早く口を開いてくれと、胸が痛む。



 ふと思い出したのは、それほどの容姿をしているにも関わらず、この人は自分を見せる事を嫌うのだ。仕事上、一希は欠かせない会社の顔として、多くの人に会い交流を持ち多彩な人望や大物の接客には何一つ欠けていなく世間にも数えきれない人を味方にし、また敵にも回す。組と会社を仕切るリーダーとし、きちんと顔を出していたが、本人いわく、私は大の人見知りだと言う。



 息を呑む程美しい風貌を本人が嫌うのを、淳平からしたら唯一可愛らしい所だった。


それ以上に、絶対にその美貌を武器にしない一希にみな尊敬の念を抱いては、敬い、また彼の行為や業績は日本中を騒がせてきている。この絶頂のタイミングで写真に映っている事実は会社の利益に影響しかねなかった。




 「貴重な本……なん…だ…よ」








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