クアレンタベインテ
元6代目大江佑司組長の1人息子であり、大江建設の代表取締役だった、大江佑司は10年前に亡くなって以来、その息子一希が大江総合建築設計株式会社の代表として活躍を見せていた。大江会は、裏では極道を極め、表向きでは極一般の会社を演じている。会と呼ばれるのは、会社側と組を合わせた物で、大江組経営方法の両方知っている組織は少なくない。大江会は、会社では建築設計から大工まで一つになっていて、組では主に博打にホストクラブ、キャバクラ等の風俗経営を、他にも株でとてつもない利益を上げていた。これらを一希は組と会社を支える中心的存在で、その一希を支える、世話係は若頭補佐の淳平だ。
「こんな夜中に何事だ、淳平」
立っていた淳平は脱力したように膝を崩し、半膝立ちの状態になった。「何でもありません」本当になにもなければと願わずにはいられない。
すると、まるで女性の様な奇麗な指をしている一希の手が差し伸ばされていた。淳平は目を見開いた。
「いや、違います……これは私の怪我ではありません」
何度も殴ったのだろう部下達の血がその淳平の指を伝っている。腕を伸ばし、一希の手をかり立ち上がろうとした途端、淳平の手が雑に振りほどかれる。
「違う。右手に持っている物、見せてくれ」
その手の中の握っている物の為に、随分派手にやったな、と言われている感覚がした。びっくりした様な可愛い小さな微笑みを見せる一希はさらに腕を伸ばした。息を呑む淳平に気づき、部下達が輪に割り込んで入る。淳平の後ろに部下二人並ぶとすぐに頭を床につける。
「一希さんっ!ホンマに申し訳ありません!」
がたいの良い筋肉質の男が二人同じ言葉を叫んだ。
淳平は動けずに膝立ちのまま顔を隠す様に無言で頭を下げる。一希は驚く様子で今度は奇麗な軽い笑いを見せると、一歩踏み出し、淳平のもっていた無数の写真をゆっくりと奪いとった。
血と淳平の手で潰されていた写真を自分の腹近くまで持って行くと頭を下ろさずに瞳だけをじろりと動かし優しく写真を開いた。淳平は抵抗なく写真を奪われ、自分の足で立つと、周りに散らばっている組員に言う。
「お前ら、自分の仕事に戻れ」
組員は若頭補佐の命令に従い、写真を淳平に渡した部下等以外はその場から立ち去った。
「お前達ももういい。下がれ」
淳平は先ほどより少し声を上げていた。
落ち着いた態度にも見えたが、淳平の背中を見ている部下二人、淳平のテンポの早い呼吸におびえながら何も言わずに廊下を去る。廊下に一希と淳平の二人になった。
「一希……っ…」
何かを言おうと口を開くも、やり過ごせないこの事実に淳平は自分の額を抑える。
一希は体勢を全く変えずに無数の写真を一枚、また一枚ゆっくりめくっていた、その目には怒り以上を感じさせる畏怖の念を感じた。
淳平は震えていた。
皆から気味が悪いと怯えられる淳平でさえ、今の一希が怖かった。正面を向いているのに、瞳だけは自分の腹の前の写真を睨んでいる。何度も何度も同じ写真をめくっては、瞬きも見せずに睨んでいるのだ。
「もういいだろう…一希…おい!一希……っ…いっきっ!」
強く一希の肩を両腕でがっしりと掴んだ淳平が叫ぶ。片方の眉を上げて疑問そうな美しい顔をふと上げると、我に返ったように、にっこりと子供の様な笑顔を浮かべるとまるで何もなかった様に呟く。
「こんな事で人を殴っていては、そのうち誰にも相手にされなくなる。ヤクザというだけで上を慕うのも尊敬されるのも暴力じゃない、子供じゃないんだ何度も言わせるな淳平」
優しい仕草で肩を掴まれてた淳平の手を振りほどかれた。
透き通った声ではっきり聞きとると、一希は場所を変えようと、視線で淳平に言う。「ああ」分かりましたという合図に溜息のような疲れた音声で淳平は一希に付いて行った。