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第6話 黄色い獅子

 アフリカ系の民族衣装を纏った女が姿勢を低くし、爆発的な瞬発力で俺との距離を一瞬で詰める。鋭利な爪が俺の頚動脈を切断する――寸前、どうにか後ろに飛んでかわした。

「なんだてめえは!」

 クーゼを横薙ぎに振るうも、女は身軽にジャンプして避けやがった。

 こういう相手に小回りの利かない長物は厳しい。俺はクーゼを捨て、新たに魔力を右手に集中させる。


〈魔武具生成〉――日本刀。


 俺の右手に生成された日本刀を見て、女がニヤリと笑う。

「ひゅー♪ 珍しい力だねぇ。流石は異世界人だニャー」

「なに!?」 

 こいつ、どうしてそれを知ってるんだ?

「不思議そうな顔してるねぇ。でもこれから死ぬおめぇに教える必要はないんだなこれが!」

 獣じみたスピードで女が迫り拳を放つ。日本刀の腹で受け止めたが、あまりの威力に俺は後方へ吹き飛んでしまった。

 どうにか受け身を取って立ち上がり――気づく。

「おめぇを、ブチ! 殺す! ことがレオ様からの指令なのよねぇ。できれば抵抗せずに大人しく死んでくれないかしら?」

 俺と女を中心とした周囲八方を、先程と同じライオンの群れが取り囲んでいた。その数は何倍もある。

「レオ様って誰だ? どうして俺を狙う?」

 俺は周りを警戒しながら問う。

「ニャハッ! そんなの東條健を異世界から戻れなくするために決まってるっしょ!」

 楽しそうに吊り目を細めて猫のように舌なめずりをする女。たぶんこいつは、アルヴィーやまり子ちゃんと同じ人に化けたシェイドだろう。

 そして、ここにきて重要な手掛かりを見つけた。

 俺と東條健は事故で入れ替わったんじゃない。そこには人為的な意図があった。具体的に言えば、こいつらの仕業だ。

 なぜそんなことを行ったのか? そこまでは知ったことじゃない。どうせそれはこの世界の事情であって、俺は巻き込まれただけに過ぎないのだろう


から。

 重要な点は、こいつらを叩き潰せば元の世界に帰れる方法がわかるかもしれないってことだな。

「おやおやぁ? なんか急にやる気になったみたいだねぇ」

「ああ、そうだな。相手してやるよ、猫女」

 俺はこの女に用がある。安否のわからない葛城を置き去りにするわけにはいかない。そしてなにより、この数で囲まれちゃ逃げようがない。

 戦うか諦めるかの二択だってんなら、最後まで抗ってやるよ。

「異世界人のくせになんとなーく場慣れしててムカつくわねぇ。それとあたしゃ猫じゃねえ。ジャッロレオーネ――レオ様と同じ気高き獅子だ! 覚え


てから死ね!」

 ぶわっ! と女――ジャッロレオーネの金髪が静電気に引かれるように逆立った。と思えば、次に手足が人間のそれから短く黄色い毛で覆われたネコ


科の物に変わり、三つ股の尻尾が生え、頭に丸い耳がぴょこんと飛び出した。

 獅子女。半獣化したそいつはまさしくそう呼ぶにふさわしい姿になった。

「おめぇら、さっさとあの異世界人を食い殺しちまいなさいなぁ!」

 ジャッロレオーネが手下のライオン共に指示を出す。さっきよりも統制の取れた動きでライオン共が一斉に襲撃してくる。

「くっ……」

 武器を替えるか?

 いやダメだ。そんな暇をあのジャッロレオーネは与えてくれない。

 一人で多数を相手取ることが不得手な俺が、果たして日本刀一本でどこまで戦れるだろうか? しかも相手は雑魚だけじゃない。司令官のジャッロレ


オーネは一対一に持ち込んでも勝てるかどうかわからないんだ。

 それでも、やるしかねえんだよな。こんなところでくたばってたまるか!

 限りなく勝率の低い戦いに改めて覚悟を決め直したその時だった。


「――サンダーストライク!!」


 一条の雷光が迸り、ライオンの包囲網の一画を吹き飛ばし爆散させた。

 続いて灼熱の青白い火炎が横を通り過ぎ、そこにいたライオン共を呑み込んで一掃した。

 さらに別の場所で複数のライオンが不自然に宙へ浮かび上がったかと思えば、その肉体が捻じれ、千切れ、紫色の血を雨と降らしながら霧消した。

 こ、これは……

「おい、零児。無事か?」

「不破さん!」

 金髪色黒の男――不破ライが雷を帯びたランスを片手に歩み寄ってきた。

 と、俺の周囲に影が落ちる。

「一人で戦おうなどと、お主、無謀にも程があるぞ?」

 見上げれば、東洋風の美しい白龍が空中に浮いていた。今の声、まさかアルヴィーか?

「フフッ、零児さんはまだ死ぬべきじゃない。せめて、健お兄ちゃんとの入れ替わりに失敗した時までは持ってもらわなきゃね~」

 この幼い声で凍えるほど恐いこと言ってくるやつは……ああ、やっぱりまり子ちゃんだ。念動力で捻り殺したライオンの血霧の中で妖艶に微笑んでい


る。でら恐ぇ。

 ついでに遠く離れた安全地帯にとばりさんと風月の姿も見える。どうやったのかは知らないが、俺の危機を察知して駆けつけてくれたようだな。

 ――ありがたい。

「助かった、みんな。そして聞いてくれ、どうやらこいつらが俺と東條健の入れ替わりを企てた犯人らしい」

 不破さん、アルヴィー、まり子ちゃんが同時にジャッロレオーネを睨む。

「なるほどな」

「やはりヴァニティ・フェアか。そんなことだろうと思っておった」

「ふぅん、あなたが出てるってことは、主犯は幹部崩れのレオさんかしら? 子猫ちゃん」

 威圧感全開の三人にジャッロレオーネは忌々しげに舌打ちする。そこへ――

「先程はよくもやってくれましたわね!」

「!」

 真横から吹き荒れた花弁の竜巻をジャッロレオーネは咄嗟に飛んでかわした。見ると、ファッションショップの砕けたウィンドウから服装以外ほとん


ど無傷の葛城が這い出てきた。「葛城殿!? なぜ京都ここに!?」と天空のアルヴィーが驚いている。知り合いなのか?

 まあなんにしても、形勢逆転だな。

「これはちょーっと分が悪いっかニャー。一度退散するっきゃないわねん」

 さっと後ろに飛び退るジャッロレオーネ。生き残ったライオンたちもそれに続く。なんて潔さだ。

 だが、せっかくこちらが優位に立ったんだ。この機を逃す手はない。

「待てよ! こっちにはまだ訊きたいことが山ほどあるんだ!」

「ほう、追ってくるのねぇ。少しだけ永らえた命だってのに強気なもんだ、異世界人」

 俺の振るう日本刀を飛んで跳ねてかわし、ジャッロレオーネは建物の影の中へとダイブする。

「ばいばぁーい、次は確実に息の根を止めてやるよん! せいざい首を洗って待ってなさいなぁ!!」

 底抜けに調子のいい捨て台詞を残し、ジャッロレオーネの姿は完全に影へと消えた。

「くそっ」

 流石に、追えなかった。

 そう諦めかけた直後だった。


「ニャーんて、ただ尻尾巻いて逃げるってのは癪なわけで」


「なっ!?」

 たった今逃げられたはずのジャッロレオーネが再び影から飛び出してきた。

 それも、俺の影から。

「どうせなら手土産のひとつくらいは欲しいっしょ。おめぇも一緒に来てもらおうか」

 がしっ、と背後から襲われた俺はあっさり羽交い絞めにされる。なにやら柔らかい感触が背中から伝わるが、それがなにかを考えている余裕はなかっ


た。

「くそっ、放せ!」

「やーよやーよっと、暗闇の旅へお一人様ご招待ニャー」

 ジャッロレオーネは俺を羽交い絞めにしたまま影の中へと沈んでいく。無論、俺ごと。

「零児殿!?」

「零児さん!?」

「零児!?」

 アルヴィーたちの悲鳴を聞いたのを最後に、俺はジャッロレオーネと共に完全に影へと引きずり込まれてしまった。


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