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第5話 ナイト・オブ・ザ・ローゼス

 翌日。

 不破さんが二日酔いでダウンし、とばりさんは研究室に引き籠ってしまったので俺は一人で街の散策に赴くこととなった。

 アルヴィーやまり子ちゃんや風月に案内してもらった方がいいだろうが、こちらから頼めるような立場じゃないことくらい理解している。大切な人が消えてしまった直後の彼女たちに、そんな楽天的なことを頼むのも酷な話だろう。俺が『入れ替わり』な分、尚更な。

 幸いなことに、ここは異世界でも日本だ。俺の全く知らない場所じゃない。一人でもなんとかなると思う。

 そう、一人でもなんとかして元の世界に帰る方法を探さねえと。もちろん、東條健と入れ替わり以外の方法で帰るのは却下だ。

 かといって手掛かりはとばりさんに預けた水晶以外だと皆無。俺はあてどなく街をぶらつき、気がついたら中京区の三条まで来ていた。

「ハァ~~~~……今日は出勤日なのにどうしたネ、東條サン」

「連絡もよこさないで、なにかあったんでしょうかね?」

「無断欠勤……でしょうか?」

「ケェーッ! ドーセまた仕事サボっテ充実してルに決まってルネ! 許サないヨ、ウゲェー!!」

「か、係長!」

「落ち着いてください! 血圧上がっちゃいますよ!」

「どうか怒らないで下さい、帰ったらお茶淹れてあげますから~」

 なんか市役所の前で三人のOLと上司っぽいおっさんが騒いでいる。下手に首突っ込まない方が幸せだろうね。市役所に用があるわけでもなし。

 にしても本当に手掛かりがねえ。このままじゃただの京都観光になっちまう。

 ……それもいいか。

 どうせ闇雲に動いたところで牡丹餅は降って来ない。『果報は寝て待て』って言葉もあるし、ここは割り切って修学旅行の下見と思って観光するのもアリだな。

 帰れれば、が前提だけど。

「あの、少しよろしくて?」

 いや、弱気になっちゃダメだな。帰ること、これは絶対だ。

「そこのあなた! 無視しないでくださいませ!」

「?」

 怒声に振り返る。そこではフリルがついたカーキ色のブラウスとロングスカートという格好の少女が俺をきつく睥睨していた。膝上まで伸びた薔薇色の髪を後ろで一本の三つ編みに束ね、綺麗で清楚な顔立ちに青い目をしている。その肌は透き通るように白い。一言で言えば美人だ。

「お、俺?」

「そうです。あなた以外に誰がいますの!」

「いや大勢いるだろ」

 ここは天下の京都市役所前の大通りだ。普通、自分に声がかけられたなんて思わない。まして俺はこの世界に知り合いはほとんどいないんだ。

 こっちに来てからやたら美人との遭遇率が高いなぁと考えていると、少女は「まったく」と溜息をついて腰に手の甲をあてる。

「む……京都のお方は皆このように無礼なのですか?」

「俺は京都人じゃねえよ」

「あら? そうでしたの? ということは、あなたは観光客の方なんですか?」

「そんなもんだ」

 間違っちゃいないだろ。現に観光しようと思ってたところだし。

「では二条城の場所ってご存知ありませんか? わたくし、京都へは休日を利用して友人と旅行で来ているのですが……はぐれてしまって」

「あー、道を聞きたかったのか」

 俺は携帯を開いてタウン情報を確認する。同じ日本だから電波入るしネットも使える。本当に異世界って感じがしないな。

「この通りをまっすぐ行ったらあるみたいだぞ」

「そうですか。ありがとうございます。それと、先程は無礼と言ってしまい申し訳ありません」

 ペコリ。淑女然とお辞儀する少女に俺は「別にいいよ」と軽く手を振った。『無礼』を言われる程度で気を悪くできる周囲環境だったらどれだけ楽なことか……。

 とててて、と駆けていく少女を見送っていると――


 ゾワッ。


 俺の危険予知が嫌な感覚を背筋に走らせた。

 次の瞬間、大通りの影や隙間から大量のなにかが飛び出してきた。

 黄金色の毛並みとしなやかな体躯をした四足獣――ライオンだ。それも雌ライオンの群れ。

「なんでこんなところにライオンが!? どっかの動物園から逃げてきたのか!?」

「なにを仰ってますのあなた! これはシェイドですわ!」

 さっきの女子生徒が血相を変えて立ち止まっていた。確かによく見れば尾が二本あったり顔が普通のライオンよりも厳つかったりして化け物じみている。いろんな種類があるみたいだな、シェイドって。

「シェイドだ!?」「うわぁあああああっ!?」「助けてぇーっ!?」「食べられる!?」「逃げろ!?」「早く逃げろ!?」「いやぁああああっ!?」

 大パニックになる大通り。人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。だが、人を襲うはずのシェイドは逃げ惑う彼らを追わなかった。

 ライオン共が一様にそのギラつくハンターの目を向けているのは――ああ、俺ですね。

 円形に陣を組み、じわじわと輪を縮めてやがる。こいつら、よく訓練されてるじゃねえか。

 包囲されては逃げられない。昨日のゾンビもどきとは比較にならんほど『個』としても強いと思われる。そいつが群れていたんじゃ、一対多が苦手な俺としては笑えるほど大ピンチだなクソッタレ。

 ――ガルルル。

 痺れを切らしたのか、一匹のライオン型シェイドが俊敏な挙動で飛びかかってきた。

「チッ」

 仕方ない。他の人はみんな逃げたようだし、包囲を一点突破して俺もトンズラするっきゃねえな。


〈魔武具生――「はぁあああっ!!」


 武具を生成する寸前、真横から突進してきた薔薇色の人影が俺に襲いかかるライオンを弾き飛ばした。

 そいつは、レイピアを握ったさっきの少女だった。

「あなた、どうしてお逃げにならないのですか!」

「まさにこれから逃げようとしてたんだけどね」

 驚いた。この女、相当なやり手だ。

 自惚れるわけじゃないが、刺突武器の扱いは間違いなく俺以上だろう。

「でしたら早くお逃げください」

「あんたは逃げないのか?」

「シェイドを殲滅し、人々を守ることはエスパーであるわたくしの使命ですわ。逃げるだなんてとんでもない!」

 そうか、エスパーね。なるほどなるほど。となると後は彼女に任せて俺はさっさと退散すればいいわけか。

 ――って考えられれば長生きしそうだよなぁ、俺。

「な、なにをしていますの!? そっちは敵だらけですよ!」

「いやね、女の子一人を置いて逃げられるほど俺は人間できちゃいなかったってことだな」


〈魔武具生成〉――クーゼ。


 俺の右手に集めた魔力が魔武具として具象する。馬鹿長い柄に馬鹿でかい刃。巨大な包丁を思わせるこいつは、ドイツの宮廷に仕えた近衛兵が使用していた長柄武器で、敵を斬り伏せた時の威力はそりゃあもう絶大である。

 加えて〈魔武具生成〉で作られた武具は、敵には重く、自分には軽いという都合のいい特徴がある。一度に多数の敵を薙ぎ払わなけりゃいかん時には本当に助かるぜ。

「なにもない空間から武器を……あ、あなたもエスパーでしたの!?」

「うん、もうなんか面倒だからそれでいいや」

 いちいち説明する時間が惜しい。俺はこの世界にいる間は『エスパー』ってことにしておこう。

「そんで言っとくけど、いくら余裕があるからって戦場で油断するのはよくないぜ」

「え?」

 ――斬ッ!

 俺は少女を押し退け、背後から襲撃を仕掛けていたライオンの喉笛をクーゼで掻き斬った。ライオンは紫色の血を撒き散らして絶命し、空気に溶けるように霧散する。

 さらにもう三体、鋭い爪を立てて飛びかかってきたやつらをクーゼの一閃で薙ぎ伏せる。そいつらもやはり死骸は残らず、幻のごとく消え去った。

「いい加減に、こいつらは待っちゃくれない」

「あ、ありがとうございます。助かりました。ですが、わたくしにとっては無用な忠告ですわよ」

 少女がフッと意味深に笑ったその時、どこからともなく薔薇の花弁が舞った。

 不自然に風が吹き荒び、異常な量の花弁が周囲を深紅に染め上げる。

 俺たちを包囲していたライオンの群れが花弁の嵐に呑まれ、悲鳴を発しながら巻き上げられる。

「まとめて斬り刻んであげますわ! ――リーフストーム!」

 続いて少女の周囲から木葉状の刃が舞い飛び、花弁と合い混ざって宙のライオンたちを一斉に細かくスライスした。

「す、すげぇ……」

 これがエスパーの力ってやつか。何十頭といたライオンの群れを一瞬で殲滅しやがった。

「どうです? これがわたくしの力ですわ。この程度のシェイドが何体集まろうとも敵ではありませんわね」

 やや高飛車に胸を張る少女。実はけっこう大きなそれがたゆんたゆんと揺れ……ふう、空が青いなぁ。

「そう言えばまだ名乗っていませんでしたね。わたくしは葛城あずみと申します。東京の高天原たかまのはら市にある私立天宮学園に通う高校二年生ですの」

「俺は白峰零児。私立伊海学園に通う同じく高二だ」

「伊海学園? 聞いたことありませんわね」

「俺としては天宮学園ってのも知らねえんだけどな」

 というか東京に高天原たかまのはら市なんてあったっけ? その辺はやっぱり異世界なんだな。

「それでは、わたくしはこれで」

 葛城は優雅な仕草で踵を返した。

「ごきげんよう、また会う機会があることを祈っていま――」

 彼女の言葉は最後まで続かなかった。

 突如として車の影から現れた何者かに顔面を掴まれ、凄まじい力で投げ飛ばされたからだ。

 一瞬の出来事だった。

「葛城!?」

 ファッションショップのウィンドウをその身で砕いて店内に消えた彼女の名を叫ぶが、返事はない。

 ついでに、他人のことを心配している場合でもなさそうだ。

「ニャッハハハハァーッ! 過ぎた力を持った人間はまったくもって隙だらけだねぇ。すぐに敵を全滅した気になって簡単に奇襲も成功しちゃうわ。こりゃもうレオ様が相手をするまでもないんじゃないかしらん」

 葛城を投げ飛ばしたやつは、アフリカ系の民族衣装を纏った長い金髪のスレンダーな女だった。そいつは猫のような瞳孔をした目で俺を見ると、犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべて告げる。


「さぁてさて、次はおめぇが死ぬ番よ」


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