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第4話 天才科学者

 西大路の一画にとんでもなく目立つ豪邸があった。

 余裕でサッカーができそうな広い庭にガレージ、何部屋あるのか数えることすら億劫な二階建ての洋館だ。「~ザマス」とか言いそうなおばさんが出てきても全く違和感がない。

 で、ここが白峯とばりの屋敷なんだと。

 その白峯とばりと古くからの知り合いだという風月がインターホンを鳴らす。しばらくすると、インターホンから若い女性の声で「どうぞ~、待ってたわ」と促された。

 豪邸の中はやはり広かった。どこの城だと思わず叫びたくなる赤い絨毯の敷かれた廊下を進み、リビングに入ると俺はさらに唖然とした。置かれている調度品はどれもこれも高級そうな煌めきを放っており、天井から吊るされたシャンデリアなんて壊した日には絶対弁償できない自信がある。

 まさに豪華絢爛。貧富の差を感じずにはいられないな。

「いらっしゃーい。あ、その子が例の異世界人?」

 リビングにある別の扉が開き、一人の女性が入ってきた。どこか子供っぽい明るい声でそう言った彼女は、一言で表すならとんでもない美人だった。

 年齢は二十代半ばといったところか。青みがかった黒髪のロングヘアーにくりっとした大きな金色の瞳、顔の輪郭は有名画家が描いたように整っている。細身でスラリとしているのに胸がやたら大きくて、グラビアモデル顔負けだな。写真を撮ったらそれだけで美術館に飾れそうだ。

 ただどういうわけか白衣を羽織っていた。胸がでかくて白衣と聞けばどこかの誰かを彷彿とさせるが、この人の無邪気そうな笑顔はあいつには到底似合わんな。

 あと白衣は白衣でも、この人は医者のそれではなく、どちらかと言えば研究者といった雰囲気の白衣だった。

「こんばんは、白峯さん」

「こんばんは~、みゆきちゃん。東條くん、大変なことになっちゃったみたいね」

 この白衣の美人が白峯とばりさんらしい。大まかな事情は電話で話ていたので、一から説明して信じてもらう努力はしなくてもよさそうだ。

 でも自己紹介はちゃんとしておかなきゃな。俺はアルヴィーとまり子ちゃんにも笑顔で「こんばんは」と挨拶しているとばりさんに軽く頭を下げる。

「あ、俺は白峰零児です。もう知っての通り、こっちの世界の東條健と入れ替わりで異世界から来ました」

 先生以外に真面目に敬語使ったのはいつ以来だろうね。

「わぁ、私も白峯よ。異世界人と苗字が同じなんて凄い奇跡ねー」

「そ、そうですね」

 なんだろう? 俺の周りにいる年上の女性と言えば邪気を孕んだやつらばかりだから、こういう無垢な感じの人とは話にくいなぁ。あとやっぱり漢字が違う気がする。

「白峰くん……だと私が言うとちょっと変ね。零児くんって呼んでもいいかな?」

「あ、はい。呼び名は『レイちゃん』『ゴミ虫』『レイ・チャン』以外なら別になんでも」

「……何それ。あだ名?」

「いえ、悪口です」

 ここはきっぱり断言しておこう。異世界にまで来て変な名称で呼ばれてたまるか。うん、なんか苛められっ子を見るような憐憫の視線が周りから刺さるけど気にしない。俺、強い子。

「ところで……」俺は改めてとばりさんの姿を見る。「なんで白衣なんですか?」

 しかしこの人といいアルヴィーといい、まったくもってけしからん体してるな。特に、その、胸辺りが。俺の目のやり場はどこに持っていけばいいんだよ。

「白峯さんはIQ160の天才科学者なのよ」

 風月が少し自慢げに胸を張って語った。なるほど、それが本当なら確かにこの人に相談するのは間違ってないだろう。異世界関係に通じているかどうかは別として。

「丁度今も新発明の実験をしてたんだけど、科学者的に言えば異世界にはすごく興味があるの。まず、零児くんが異世界人だという証拠を見せてくれないかしら? みゆきちゃんたちを信じてないわけじゃないけど、あなたの見た目は日本人と変わらないし、言葉も日本語だからどうもピンとこないのよ」

 流石は科学者だ。さっきのたこ焼き屋みたく話を聞いただけで鵜呑みにはしないか。

「異世界は異世界でもパラレルワールドみたいなんです。俺だって一応日本人だし、言葉だって日本語を話します。たぶん、これがなくても言葉は通じると思いますよ」

 俺はポケットからペンダント型の意思疎通魔導具――〈言意の調べ〉を取り出してテーブルの上に置いた。

「それはなに? 宝石もついてて高価そうなペンダントだけど」

 とばりさんが興味津々と〈言意の調べ〉を見詰める。言葉はちゃんと理解できた。

「本当だ。綺麗ねー」

 うっとりする風月。言葉はちゃんと理解できた。

「……お主、こんなアクセサリーをつける趣味があったのか?」

 意外そうにアルヴィーが俺を見る。言葉はちゃんと理解できた。あとそんなチャラい趣味はない。

「お兄ちゃんにプレゼントしたら喜んでくれるかな? フフッ!」

 まり子ちゃんが物欲しそうに言う。言葉はちゃんと理解できた。今回予備はないから盗らないでね。

「それは持ってるだけで言葉の通じない相手と意思の疎通を可能にするアイテムです。たぶん、この世界にはない技術でできてると思いますけど、それじゃ証明になりませんか?」

「調べてみないとわからないわね」

 ごもっともな意見だ。

「なら」

 俺は〈魔武具生成〉で右手に日本刀を出現させる。反射的にアルヴィーとまり子ちゃんが身構えたけど、俺に攻撃意識がないと悟ったのかすぐに戦闘態勢を解除してくれた。

「〈魔武具生成〉っていう、自分のイメージできる近接武具を右手に具象させる異能力です。こういう能力者はこの世界にはいないんじゃないですか?」

「残念だけど、この世界にはエスパーって存在がいるの。確かに珍しい能力ではあるけど、それで異世界人を証明するには弱いわね」

 難儀な世界だった。シェイドはともかく、エスパーってやつらの異能は実際に見てないから試したけどダメだったか。

 でも、ととばりさんは続ける。

「そんな異能力を持ってるのにエスパーも知らず、証明のために力をドヤ顔で披露しちゃうような人はこの世界にはいないわね。うん、零児くんが異世界人だということを一旦信じることにするわ」

「そうですか……」

 信じてくれたのは嬉しいんだが、なんか釈然としないな。保留にされたみたいだからかもしれん。ていうか、ドヤ顔て。

「一応、このペンダントは預かってもいいかしら?」

「なくても言葉は通じますし、構いませんよ。その代り、調べ終わったら返してくださいよ」

「任せといて♪ ちょっと分解して弄り回すだけだから、ね?」

「ちゃんと返してくださいよ!?」

 子供みたいに無邪気に笑うとばりさん。本当に笑顔の似合う美人だよなぁ。

「あ、そうだ。肝心なことを忘れてた」

 俺は例の虹色の水晶を取り出してとばりさんに見せる。

「これについてなにか知ってませんか? これが俺と東條健を入れ替える原因になったものだと思うんですけど」

 とばりさんは虹色の水晶を手に取って思案顔になる。

「う~ん。オパールに似てるけど、透明度が高いし、材質は水晶に近いわね。見たことない鉱物だわ。あれ? なにか刻まれてる。――【同居人はドラゴンねえちゃん 世界コード:n1403p】……なんのことかしら?」

 どうやらIQ160の天才科学者でも全く知らないらしい。俺は思わず溜息をついた。お先真っ暗だ。

「これも調べてみるわね。なにかわかったら教えてあげるけど、零児くん、どこか泊まるところってある?」

「……」

 ない。ていうかあるわけがない。ここは異世界なんだ。ホテルか旅館に泊まれるほどの金も財布にはないし……困った。

「うむ。健と入れ替わったのだから、ウチに来ないかの?」

 アルヴィーさんが魅力的な提案を持ちかけてきた。だがまり子ちゃんが速攻で否定する。

「嫌よ。健お兄ちゃんの部屋を知らない人に勝手に使わせるわけにはいかない。シロちゃんが許してもわたしは許さないから。レージさんはあの公園で野宿でもしてれば?」

「まり子、言葉が過ぎるぞ」

「シロちゃんだって本当は嫌なんでしょ?」

「う、それはまあ……」

 俺は苦笑するしかない。当然と言えば当然だが、俺、嫌われてるなぁ。たこ焼きを奢ったくらいじゃ好感度は上がらないか。

 縋るように風月を見たが、彼女も俺から目を逸らした。そりゃ恋人いるのに知らない男を泊めるわけにはいかんよな。野宿決定。寝袋くらいなら買えるよね。

「それなら私の家に泊まればいいんじゃない? お部屋ならたくさん余ってるし、なにかあった時すぐに伝えられるし」

「いいんですか、とばりさん? 彼氏とかいるんじゃ……?」

「え? いないけど」

 女神だ! ここに女神がご降臨あそばされた!

「その代り条件があるわ」

「家事全般は任せてください。ちょっと前まで一人暮らし者だったので得意です」

 喜びのあまりガッツポーズをする俺に、とばりさんはふるふると首を横に振った。

「ううん、そうじゃなくって。私の実験とか研究とか、そういうのを手伝ってほしいの」

「実験とか研究とかですね。オーケーです。是非手伝わせてくださ…………ん?」

 実験とか研究の手伝い? あれ? 俺、嫌な予感してきたよ。

「本当! 助かったわ」両手を合わせて大喜びするとばりさん。「彼もそろそろ限界だったのよね。異世界人の零児くんのことも調べられるし一石二鳥ね♪」

「へ? 彼? 限界? なんのこ――」


 バン!


 突然、リビングのとばりさんが最初に出てきた扉が乱暴に開かれた。

 そこにいたのは、黄褐色に染めた髪に色黒の肌をした男だった。紺色のジャケットに白い長ズボン、細身ながらも無駄なく筋肉がついていて屈強そうな印象がある。

 だが、男はなぜかハァハァと息を乱し、目を血走らせ、全身に脂汗を掻いていた。

「不破くん、どうしたの? そんな変質者みたいに息を荒げて」

「し、白峯さん、実験中にオレを放置してどっか行くのやめてもらえませんか! 装置が暴走して、お……オレ、ホント死にそうにげほっ! ゴホッ! ハァ……ハァ……」

「あらら? ごめんなさい。実験装置は?」

「ゴホッ! 止まらなかったのでぶっ壊してきました……ウ、ウウッ」

 不破と呼ばれた男は顔色悪くそう返した。とばりさんは「困ったわね~」と指で顎を持ち上げている。まさか、次にああなるのは俺じゃないだろうね?

「あの人、誰だ。助手かなんかですか?」

「え? あー、違うわ。彼は警察の人」

「はい?」

 警察関係者がなんでこんなところで実験体にされてヘンタイじみた様子になってるんだ? わけがわからん。

 俺と不破って男の視線が合う。

 瞬間、ピキーンと俺は感覚的に悟った。


 この人、苦労人だ。


 どうやら不破さんも俺と同じ感覚を覚えたようで、すっくと立ち上がって俺の前に歩み寄ってくる。

「……お前、見かけない顔だな。名前は?」

「白峰零児だ。あんたは?」

「不破ライだ」

 お互い名乗った後、しばらく無言で見詰め合う。ゴゴゴゴ、そんな文字が頭上に表示されていそうな緊迫感に、女性陣たちも沈黙して息を呑んだ。

 やがて、不破さんが口を開く。

「飲みに行かねえか?」

「よろこんで」

 俺は即答した。この人、なんか知らんけど俺と同じ匂いがするんだよ。無性に話がしてみたい。初対面でこんなこと思ったのは初めてだ。

「あ、でも見ての通り俺は未成年だから」

「んなもんどうでもいいだろ。酒が飲めないんならジュースか茶でも飲めばいいじゃねえか。違うか?」

 不破さんはそう言ってとばりさんを向く。

「そういうことなんで白峯さん、ちょっとこの親戚のガキ借りてっていいですか?」

 あ、苗字同じだから親戚だと思われてる。たぶん漢字は違うけど。

「いいわよ。彼、この街初めてだからいろいろ案内してあげてね、不破くん」

「ちょ、オレだって東京もんなんですけど」

「お願いねー」

「……はい」

 有無を言わせない無邪気な笑顔に不破さんは負けた。やっぱり、この人似てる。俺に。

「じゃあ、みゆきちゃんたちも今日はもう遅いから、早く帰った方がいいわね」

 とばりさんが手を叩いて解散を宣言する。不破さんは「あ? なんでアルヴィーやチビたちがいるんだ? 東條はどうした?」と今さら気づいたように混乱していた。


 その後――

「――そこであんのアホナミのボケが言うんれふよ。ふざけんなっつう話れすよね」

「わかる、わかるぞ、その気持ち。オレだってなぁ、村上の野郎がなぁ」

「上司は俺らをなんらと思ってんれひょうね」

「……零児、オレに合わせて無理にウーロン茶で酔ったフリしなくていいぞぉ」

「あ、そうですか」

 お互いの素性はよく知らず、波長だけの合った飲み会は不破さんが酔い潰れるまで続いたとか。


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