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第3話 本場の味

 白峯とばりなる人物の屋敷は公園からそれなりに距離があるようだった。近くの駅まで歩き、そこから電車に乗って西大路へ。電車を降りてからもさらに歩く。

 途中、俺の腹が、ぐ~、と情けなく鳴った。アルヴィーたち三人の視線が俺に集中する。

「いや、まあ、昼なにも食べてないからな。それなのに誘波のアホに運動させられたから腹も減るって」

「イザナミって?」

 風月が首を傾げる。

「俺は自分の世界じゃ異世界人を保護したりする組織の一員だってことは話したよな? その組織のお偉いさんだよ。アホだけど」

「ほう、目上の者をアホ呼ばわりか。そのイザナミ殿も苦労しておるのぅ」

 アルヴィーさんは厳しかった。普通ならそうだろうけど、あいつはアホで充分だ。いや寧ろ足りないな。

 俺があいつを呼称するにふさわしい言葉を探していると、またも我が胃袋が物欲を全開に主張してきた。収まれ恥ずかしい!

 まり子ちゃんが呆れたように提言する。

「ねえ、なにか食べてく? レージさんのお腹の音聞いてたらわたしまでお腹減っちゃった……フフッ」

 俺はとりあえず腹を両手で押さえながら「すんません」と謝った。

 とその時、なにやら焼き立てっぽい芳しい香りが鼻孔をくすぐった。

「お? 丁度いいところに屋台があるな。アレは……たこ焼きか?」

 関西なんて行ったことないから、本場のたこ焼きってものを一度食べてみたかったんだよな。大阪じゃなくて京都だけど、本場の味から外れるとは思えんし。あれ? でも京風なんてものもあったっけ? まあそれはそれでいいや。

 俺は財布の中身を確認する。幸いこの世界も日本だけあって『円』が通じるんだ。

 恐らく店名だろう、『いちむら』と書かれた旗の立てられた移動屋台に歩み寄る。すると屋台の中から景気のいい声をかけられた。

「いらっしゃい! ぎょうさん買うてってやー!」

「すみません、たこ焼き四パックください」

 どうせだから三人の分も奢ってあげることにした。最初三人には遠慮されたが、お世話になるんだからこれくらいはしないとな。実は給料をもらったばっかりで懐が豊かなのだ。

「んー? 誰や思うたら、東條はんトコの(あね)さんたちやないの」

 たこ焼きを焼いていたエプロン姿の青髪の青年が親しい感じでそう言った。

「こんばんは、市村さん」

「たこ焼き屋、今日も繁盛しておるな。ウマいから当然だが」

「わたしの分はタコ多めでお願いね! たこ焼き屋さん」

 三人もただの顔見知りって感じの反応じゃないな。知り合いか? それとも常連なんだろうか。

「おおきに。ほんで、今日は東條はんの姿が見えへんけどどないしたんや? なんで知らん顔の兄ちゃんと一緒に……ハッ! そうか、そういうことやな。ついに東條はん、女遊びが過ぎて見限られたっちゅうわけか。可哀想に、今度たこ焼き差し入れに行かへんとなぁ!」

 おお、本場の関西弁だ。稲葉のエセとはやっぱり違うなぁ……と暢気に感動していると、アルヴィーが慌てたように手を振った。

「ち、違う! これには訳があって……」

「ええて、ええて、皆まで言わんでもわしにはわかる。東條はんには内緒にしとくさかい、それでええやろ?」

「誤解だ! なぜそこで神父のように微笑むのだ? 私は健を見限ったりなどせぬ!」

「そうよ! わたしが健くんを見捨てるわけがないじゃないですか! 好きでこんな人といるわけじゃないんです! 勝手なこと言わないで!」

「健お兄ちゃんが急にいなくなったから、仕方なくこの人と一緒にいるだけなんだけど? 次に変なこと言ったら念動力(サイコキネシス)で捻じ切るけどいい? 『痛い』じゃ済まさないからね」

 女性陣たちが物凄い剣幕で否定するので、市村と呼ばれたたこ焼き屋の青年は青い顔で「冗談やて、冗談……」と言って冷や汗を流していた。どうでもいいけど風月みゆきさん、あなたさりげなく『こんな人』とか口走らなかった? 俺落ち込むよ? そしてまり子ちゃんやっぱ恐えぇ……。

「ほんなら、なんでこんなどこの馬のホネともわからんような男と一緒におるんや?」

「おいコラたこ焼き屋、一応俺は客だってこと忘れてないか?」

「うっさいボケ! ほれ、たこ焼き四パック。八百円や。早よぉカネ出しておくんなはれ」

 たこ焼き四パックが詰まった袋を粗雑に渡されてしまった。なにこの扱い? 深夜のコンビニの店員でももっと丁寧だぞ。

 俺は苛立ちを通り越して呆れながら八百円丁度を支払い、女性陣にたこ焼きを配る。一パック六個入りで二百円。値段だけは良心的だな。

 こんな捻くれたやつが焼いたたこ焼きが美味しいわけがない、と思いながら一口。

 ……。

 …………。

 …………うんめえぇ。

 しっかりとした生地に自家製と思われるソースが程よく絡みついていて、口内で旨味がこれでもかってくらい蕩け広がる。ほっくほくの中身には厚切りのタコが入っており、コリコリした触感がまた堪らない。たこ焼きの上で踊る鰹節と青海苔も食欲を誘ういい演出を醸し出していて、ついつい次を口に入れたくなる魅力に取り憑かれてしまいそうだ。

 悔しいが、美味い。流石は本場。学園祭で食べたものなんて最早カスだ。

「どや? 美味かったか?」

 一口食べて黙っている俺に、市村が感想を促してくる。

「他のたこ焼きが食えなくなったらどうしてくれるんだ」

 素直に答えるのが癪だったので遠回しに言ってみた。すると市村はニッコニコになって、

「せやったらまたわしんとこに食いに来いや。待っといたるさかいな、いつでも来てくらはい」

 この商売上手め。「まあまあかな」と言えればよかったんだが、そんな曖昧な言葉を口にできないほどこいつのたこ焼きは美味かった。

「おっと、えらいすんまへん。話がずれてもうたな。ほんで東條はんは結局どないしたん?」

 市村が話の軌道修正をすると、アルヴィーが口の中のたこ焼きを呑み込んでから答える。

「ああ、実はかくかくしかじかで……」

「なるほどぉ、これこれこういうことっちゅうわけやな。姐さん」

 すげぇ、この世界の関西人は本当に『かくかくしかじか』で通じるんだな。帰ったら稲葉に試してみよう。

「つまりや、この愛想悪い兄ちゃんは異世界人で、東條はんと入れ替わってしもたっちゅうことやろ? そいで東條はんを助けるためにもう一度入れ替わりの現象を起こす。……よぉわかりましたわ。ほんならわしも手伝ったろうやないの」

「いいのか? ていうか、こんな話を信じるのか?」

「あの義理堅い姐さんたちがあんたみたいな知らん男につき添っとるんや。そないけったいな話でもない限りありえへんことやろ、違うんけ?」

 俺に確認されても適当に「はぁ」としか答えられないんだが……。

「わしゃあ、こう見えても『浪速の銃狂い』って呼ばれとるエスパーやねん。いろいろ情報集めといたるさかい、どんと泥船に乗ったつもりで任しとき!」

 沈みそうだな、この船。まあわざとボケたみたいだからツッコマないけど。

 ツッコミが返ってこないことに若干の寂しさを滲ませていた市村に礼を言い、俺たちは目的地である白峯とばりの屋敷に向けて歩を進めた。

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