第1話 飛ばされて、異京都
虫の集る街灯の明かりが頭上から頼りなく俺を照らしている。
どうやら仰向けに倒れているらしい。あまり星の見えない夜空が視界一杯に広がっている。
……夜空?
変だな。ついさっきまで昼間だったはずだ。意識が飛んだ感じはしなかったが、まさか、俺はずっと気絶していたのか?
「何者だ、お主。健をどこへやった!」
声が聞こえた。起き上がると、そこは学園のスカイテラスではなく、最低限の遊具しか置かれていない殺風景な公園だった。
声がした方を見る。そこには三人の女性が一様に俺を睥睨していた。
「なにを黙っておる。健をどこへやったのかと訊いている!」
警戒色を剥き出しにして問うてきたのは、白髪のロングヘアーをした長身の美女だった。肌は透き通るように白く健康的で、俺を睨む切れ長の吊り上った赤眼は瞳孔が細い。なんか爬虫類みたいだな。
着ている服は胸元をはだけたワイシャツとミニスカート。思わず見入ってしまいそうな美貌もそうだが、なによりあの胸……でかいだろ。誘波、いや郷野よりあるんじゃないか? 目のやり場に困るからボタンを全部留めてもらいたい。
「お願い! 健くんを返して!」
俺が白髪の美女を直視できないでいると、その隣の少女がヒステリーに叫んだ。俺と同じか一つ二つ年上くらいだろうか。黒と緑のアーガイルワンピースで身を包み、藤色の髪をサイドテールに結っている。なんか知らんが、赤紫色の瞳には大粒の涙を浮かべているぞ。
「ねえ、健お兄ちゃんをどこへやったの? 早く教えてよ。教えくれないなら……どうなるか」
冷酷な怒り口調でそう言ってきたのは、青紫色の癖毛をした幼い少女だ。蜘蛛の巣柄の黒いワンピースを纏ったその子はリーゼよりも背が低い。小学生か? それにしては口調にどこか大人びた冷たさを感じるけど……。
「待て待て、ちょっと落ち着こうな。さっきから言ってるそのタケルってのは誰のことだ?」
俺は立ち上がって『まあまあ』というように両手を軽く前後に振った。三人ともとんでもない美少女だ。でもなんで詰問されてんだ俺? さっぱり状況が掴めない。
わかることは、この三人の美少女が恐らく異世界人だということくらいか。じゃあ異世界に飛ばされたのかと言うと、首を傾げるしかない。周りの景色はどう見ても日本だからだ。公園の先にある理髪店の看板は日本語で書かれているし……。
「お主、シラを切る気か? だったら力づくで吐かせるしかないな。まり子」
「うん、任せてシロちゃん」
シロちゃんと呼ばれた白髪の女性がまり子と呼ばれたちびっ子に目配せする。瞬間、まり子ちゃんの瞳が紫色に輝き、俺はなにか強力な波動でも受けたかのように突き飛ばされた。
「がっ!?」
公園のジャングルジムに背中から激突し、呻く。だが地面には落ちない。見えない力で押さえつけられているのか、俺の体はジャングルジムに磔にされている。
そこへ――タン!
白髪の女性が地面を蹴って切迫する。その右腕がまるで龍の腕のように変化した。
「ちょ、なにを……」
「どうせお主は上級シェイドが化けた姿なのだろう? 元の姿を見せてはどうだ?」
白い鱗に覆われた無骨な腕が振るわれ、立てた鋭い爪が俺の左肩を浅く抉った。制服が破け、痛撃が走り、鮮血が飛び散る。
「む?」
「あれ? 赤い血……?」
白髪の女性――シロちゃんが眉を顰め、まり子ちゃんの瞳から輝きが消える。俺は磔にされていたジャングルジムからずり落ちた。
「シェイドの血って紫だよね? じゃあ、この人は人間ってこと?」
サイドテールの少女が困惑顔で言う。彼女はどうか知らないが、シロちゃんとまり子ちゃんは相当な能力者だな。
「さっきからわけがわかんねえんだけど、そっちがやる気だってんなら受けて立つぜ。いきなり人に襲いかかってくるような異世界人を、異界監査官として放っておくわけにはいかないからな」
彼女たちにも彼女たちなりの事情がありそうな雰囲気をしているが、話し合いをする空気ではない。そういや、見知らぬ場所に飛ばされて美人美少女に襲われるってシチュエーション、リーゼの時とちょっと似てるな。
「異世界人? なにを言っておる。シェイドではない……となるとエスパーか?」
「は? そっちこそなに言ってんだよ。タケルだのシェイドだの、俺にわかる言葉で喋ってくれ。もしくは説明してくれ」
「シェイドを知らんのか? お主本当に地球人か?」
「当たり前だ。あ、いや、半分違うけど、俺は立派な日本人だ」
…………。
「「ん?」」
なにかがおかしい。どうやら同じことをシロちゃんも思ったのか、怪訝な顔をしている。
その時だった。
ゾワゾワとした悪寒が背筋を駆けた。
シロちゃんやまり子ちゃんも気づいたのか、周囲を見回す。
周りの暗闇から湧き出すように、ゾンビのような怪物が這い出てきた。こいつら、あの時のゾンビもどきじゃないか。どういうことだ? 『次元の門』は開いてないぞ?
影霊か? いやそれともなにか違うし、『混沌の闇』の〝穴〟も開いてない。
「まさかさっきのトンボが呼んだものか?」
シロちゃんが警戒するようにゾンビもどきたちを睨む。
「これがシェイドよ、お兄さん。本当に知らないの?」
まり子ちゃんが疑いの眼差しで訊いてくるが、知らんもんは知らん。
だが、一つ可能性が生まれた。ここは、俺の知る世界じゃないかもしれない。そうだとしたら確認すべきことがある。
「これ、あんたらのお友達か?」
「そんなわけなかろう」
シロちゃんが即否定した。
「じゃあこれだけ訊くけど、こいつらは保護しなきゃいけないものか?」
「違う、こいつらシェイドは人を襲う怪物。倒すべきものだ」
「なるほどね」
それだけわかれば充分だ。俺は魔力を右手に集中させる。イメージを編み込み、武具として具象させる。
〈魔武具生成〉――日本刀。
俺の右手に、見事な反りをした銀色の片刃剣が出現した。
「え?」
「お主、どこから武器を?」
「やっぱりお兄さんもエスパーなんだ?」
三者三様の驚き。初見の人はみんなそんな反応するよな。エスパーかと言われれば、まあ超能力者に近い感じだけど。
「お互いにいろいろ訊きたいことがあるだろうけど、それはこいつらをどうにかしてからだ」
日本刀を構え、疾走る。次々と群がってくるゾンビもどきたちを、俺は日本刀を一閃してバッサバッサと着実に両断していく。
「凄い……」
「あの者、なかなかに戦い慣れておる」
「けど、健お兄ちゃんに比べたらまだまだね」
感嘆の声を背に受ける。つーか、手伝ってくれませんかね? これ倒すべき敵じゃなかったの?
ほどなくしてシロちゃんとまり子ちゃんも加勢し、殲滅まで然程時間はかからなかった。
「ふう……」
俺は肩の力を抜き、大きく息を吐いた。
そして、提案する。
「なあ、落ち着いて話をしてみないか? どうもなんか情報に齟齬がある」
俺の提案に、三人は顔を見合わせてから承諾してくれた。
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