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第9話 シェイド

 気がついた時、そこはどこかの病室だった。

「痛っ」

 身を起こすと激痛が走る。見れば全身を包帯でぐるぐる巻きだった。全治何ヶ月だろうか? 我ながらずいぶんとこっ酷くやられたもんだ。

「気ぃついたか、兄ちゃん?」

 ノックもなく病室の扉が開き、青髪ロン毛の青年が無遠慮に入ってきた。

「あんた、たこ焼き屋の市村」

「市村『さん』やボケ。年上の恩人に対する礼儀っちゅうもんがあるやろ? 誰のおかげで助かった命やと思っとる?」

 一応病院という場所を考慮してか静かに怒鳴る市村。凄まじい恩着せがましさに俺の天邪鬼精神が全力で反旗を翻しそうだ。

 だがここは我慢しよう。助けられたのは事実なんだ。

「市村さん、ここは?」

「病院や。見てわからへんの? こら重症やね」

「いやそうじゃなくて、どこの病院なんだ?」

「大阪や。見てわからへんの? こら重症やね」

「わかるかっ! ――痛っ!?」

 お、大声を出すと傷口に響くな。あれ? なんか前にも似たようなことが……まあいいか。

「ま、冗談抜きで兄ちゃんけっこうな重傷やったんやで。今日一日は安静にしとかんとイってまうで? ええんか? わしゃ知らんよ?」

「いやよくない。ていうか、一日でいいのかよ」

 実は思ってたより大したことなかったんじゃ……。

「わしの知り合いに治療系のエスパーがおんねんけど、本来は全治数ヶ月の傷をあっちゅう間に治したんや。あとでお礼言っとき」

 その人には頭を下げて礼を言おう。市村にはなんとなく癪だから有耶無耶に流しておくか。本人もそこまで求めてない雰囲気だし。

「それよりもや、なんであんなとこで兄ちゃん一人がシェイドと戦っとったんか詳しく聞かせてもらおうやないの」

 市村は壁に立てかけてあったパイプ椅子を取り寄せて横柄に腰かけた。警察の取調べみたいでいい気分じゃなかったが、俺は京都の三条でジャッロレオーネに襲われたところから掻い摘んで説明した。

「へぇ。そんであのシェイドのねえちゃん脅して、敵のボスの居場所吐かせようとしたらそのボスに不意打ちくろたわけか。――アホかお前ェ!!」

 ゴチン!! 目から火花が出そうなほどの拳骨が頭に叩き込まれた。

「な、なにすんだよ!?」

 こっちは怪我人だぞ!

「シェイドっちゅうもんはな、人間の敵や! 残虐なバケモンや! あいつらの心に、人間で言うやさしさなんか微塵もない! 理屈抜きで殺らなあかん存在やねん! まあ中には姐さんやまり子ちゃんみたいな話のわかるヤツもおるけど、大半は人間をゴキブリのように思っとるヤツらや。初めから襲って来よる輩は百パー大半の方と思ってええ」

「っ!」

 市村のあまりの剣幕に俺は思わずたじろいだ。ここまで嫌悪感全開ではなかったが、同じシェイドのアルヴィーですら似たようなことを言っていた気がする。アルヴィーやまり子ちゃんと最初に出会ってしまったせいか、意思疎通のできるシェイドは普通に人間と共存してるもんだと思っていた。

 だが、違っていた。

 ジャッロレオーネやレオの方こそが一般的なシェイドだった。

「脅しなんて生温いことしてどないすんねん! そんなんが通じる連中やったらわしらエスパーも苦労せんわい! 兄ちゃんはあそこでシェイドの姉ちゃんを殺っとくべきやった。そしたら奴らの戦力を一つ欠くことができたっちゅうのに!」

 パイプ椅子から立ち上がった市村に胸倉を掴まれる。

 険悪な顔が眼前に迫る。

「……兄ちゃんは異世界人やったな? せやから人型のシェイド殺すの躊躇うんはしゃーない、なんて甘ったれたことは言わせへんぞ。シェイドについてはとっくに姐さんらから聞いてるやろ。せやったらどう対処したらええかかもわかるやろ? シェイド相手にはこっちも残忍であれ。非情であれ。理屈抜きで戦うしかあらへん。くだらん情に感けて容赦を捨てるアホは早死にするだけや!」

 殴りつけるような説教の連打にぐーの音も出ない。

 だが、市村の言いたいことはわかる。

「容赦を捨てたつもりなんてねえよ」

「あぁ?」

「これでもさんざん異世界を相手取ってきたんだ。この世界にはこの世界のルールがあることくらい理解してる。自分の世界のルールを他世界に押しつけるつもりもない。シェイドが倒すべき相手なら倒すさ。容赦もしない。だけどな、それでもな」

 ナイフのように鋭い眼光で睥睨してくる市村を、俺もまっすぐ睨み返す。


「それでも俺は、〝人〟は殺さない」


 これは信念だ。俺の世界のルールを押しつけているわけじゃない。俺だけが守っていればそれでいい。そのせいで殺されるのはまっぴら御免だが、もしそうなったとしても後悔だけはしない。

 市村は面くらったようにきょとんとした後、俺の胸倉を放してパイプ椅子に戻った。

「〝人〟は殺さへん……やと? そら当然や。この世界かて殺人は立派な罪やからな。せやけどもし人の姿したシェイドのことを〝人〟言うたんなら――おどれは相当な変人やぞ。馬鹿馬鹿しぃて笑う気もせぇへんわ」

 熱が冷めたように呆れ顔の横で「ないない」と手を振る市村。

「変人結構。俺は異世界人だ」

「違いない」

 市村は馬鹿にするような笑みで唇を歪める。しかしすぐに「けどよ」と言葉を続けた。

「そういう『強者の台詞』は本当に実現できるくらい強うなってから言うもんやで。殺されかけてた兄ちゃんが言ってもアホにしか聞こえへん」

「まあな。俺は弱い」

「せやけど、そういうアホは嫌いやない。『人々の笑顔を守るために戦う』っちゅう正義の味方ヅラしたエスパーもわしの知り合いにおるしのォ。ま、わしもほとんどヒーローみたいなもんでっけどな」

 クツクツと一通り笑った市村は、おもむろにパイプ椅子を片づけてから踵を返した。

「……まあ、アレや。どうしてもとどめが刺せへんちゅうんやったら、そんときはわしらが代わりにとどめ刺したる。ほな、行こか」

 そしてよく意味の理解できない台詞を口にした。

「はい? 行くってどこに?」

「情報収集や情報収集。言うたやろ。兄ちゃんと東條はんが元通りの世界に戻れるよう協力するってよぉ」

「いや俺、まだ怪我が……」

「アホやなー。そないなもん気合いで治してまえ!」

「なんて無茶振り!?」

「ほんならたこ焼き食ったら治るんちゃうの?」

「なにその『肉食ったら治る』理論!? ――って痛い!?」

 激しいツッコミ衝動のせいで痛みをぶり返す俺を、市村さんは容赦なく病室から連れ出すのだった。

 この人は、鬼だ……。


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