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最悪の再会

「――ルードラント製薬会社が、燃えています」


手甲をはめる手が思わず止まった。

窓の外に視線を転じる。一瞬。赤色の惨事が、炎としてその一辺を垣間見せた。


惨劇が、ルードラント本社を襲っていた。

製薬会社を防護し続けた鉄壁は無残に崩壊し、その内側に佇む城のごとき屋敷は、業火に彩られていた。


奈落が到着したころには、何十人という単位で野次馬が群がっていた。

しかしその中に、崩れた壁を越えようとする者は一人としてない。

こんな状況でさえ、人々はルードラントを恐れていた。

我関せずの徹底ぶりに舌打ちし、奈落は崩落した堅固な壁に駆け寄る。

見れば、壁の厚さは少なくとも二メートルはある。


奈落の胸中に懐疑が生じた。


そんな代物が、果たして火事で崩れ去るだろうか。

当然、答えは否だ。

小さく再度舌打ちする。


壁が外的要因によって破壊されたのは明白だ。

ならばこの火事も放火と見て相違ないだろう。

焦燥にかられ、シルヴィアとともに奈落は壁を飛び越えた。

視界の遮蔽物をまたいだ事で、本社の様子が、より鮮明に展開される。

十年前を想起させる惨状だった。

赤という赤が、熱という熱が屋敷を支配し取り囲んでいる。

愚民に罰を下す神の如く、炎がその力を誰にでもなく見せ付けていた。

十年前の地獄と同様の光景が、今、現実として彼の前に踊り狂う。

酷薄な記憶に顔をしかめるが、今ここで苦悶を享受し私情に立ち止まれば、掴める情報も逃してしまう。


「奈落様。最善の行為が立ち止まりであるとお考えでしょうか」

「――解ってるよ」


頭を振って苦悶を振り払う。

気を取り直し、事情に通じた者がいないか、奈落は周囲をぐるりと見回した。


そして一つだけ、人影を見つけた。


それを認め、奈落が息を呑む。

追い払ったばかりの凄惨な記憶が、瞬時に蘇った。

一気に緊張が全身を走りぬける。

暗然たる胸中を代弁して、握る手には嫌な汗が浮かび始めている。

頬から首筋にまで伝う汗を感じながら、自嘲気味に呟いた。


「何てこった……」


奈落の動揺に、しかし人影は慌てた様子もない。

ただ、火中の屋敷を背景に立っていた。


その影はあの時のように鎧は纏っていない。

だが、隻腕だけは隠しようもなかった。


過去と現在が、一致を見せる。


「何でここにいるんだ? ………英雄・カルキ・ユーリッツァ」


英雄、カルキ・ユーリッツァ――

十年間、奈落が探し続けてきた、伝説の英雄。


あの日の惨事を忘れた瞬間などなかった。

盲目的に憧れを抱いていた英雄に、ものの見事に裏切られたあの日。

当時は恐怖と混乱のせいで、理由を問い質す事すら出来なかった。

自分の住んでいた辺境の町を焼き尽くし、町民を残らず惨殺した理由を。

人々を救う立場であるはずの英雄が、あの様な惨事を起こした理由を。


だが、今は違う。


あれから十年の時を経た今、自分はもう子供ではない。

壊し屋として力をつけた。

それは、奴を倒すための力――。


白くなるまで強く握り締めていた手を開く。

背後に控えるシルヴィアに下がるよう指示する。

この逢瀬にだけは、いかに彼女とて関わる事は許されない。

この瞬間を、どれだけ待ちわびた事か!


「……俺を………覚えてるか?」

「………」

「リリスト………。十年前、英雄であるはずのアンタは、なぜ、リリストの町を、焼き払った……? なぜ皆を、斬った――殺した?」


一字一句、聞き逃す事など有り得ないとばかりに丁寧に紡ぎだす。

問いに、英雄はわずかに顔をしかめた。

が、それも一瞬の事で、英雄は人形のように表情を消した。

畏怖を禁じえないがっしりとした体躯を微動だにすらさせず――

英雄は口を開いた。


「貴様には、それを知る資格がない」

「―――ッ」


全身に戦慄が走った。

冷淡で淡白な口調。

それは、彼が十年間求め続けた声。

しかし紡がれたのは求めた解答ではなかった。

撥ね付けるような、神経を逆撫でする言葉。


「貴様、あの時の子供か。なぜここにいる」


言葉とともに、鋭い眼光が奈落を射抜く。

冷徹な瞳が静かに細められる。

たったそれだけの一挙動で、奈落の全身が凍りついた。

並大抵の意気では、容易く消沈する。

視線のみで圧倒する、その在り方が、カルキ・ユーリッツァが嘘偽りなく英雄であるのだという事を、雄弁に語っていた。

奈落は震える身体を叱咤し、怒りを声に乗せた。


「ふ――ざ、けるな。俺の事は問題じゃない! 質問に答えろカルキ・ユーリッツァ! 皆を殺して、リリストの町を焼いたのは、何故だッ!!」

「言ったろう。貴様に、それを知る資格はない」


彼が長年の間、内に秘めてきた問いを、英雄は言下に切り捨てた。

英雄の表情に変化は見られない。

それは同時に、奈落の問いになど関心はないのだと、はっきりと表明していた。

それで、奈落の激情が理性の臨界点を超えた。


「ふっざけるなあああああッ!!」


過去と現在とが乖離する。


かつての自分は震えるだけで、何をする事も出来なかった。


今は違う。


今なら出来るはずだ。


英雄という名の悪魔を、一発ぶん殴る――ッ!


続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

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