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絶望に抗うモノたち


「頼み……?」


無遠慮に怪訝な眼差しを向けるが、奈落は別段気を悪くした様子を見せずに頷いた。

奈落はルダに頼みがあるという。その場にいた他の誰をも差し置いて、名前を除けば互いに全くの無知である関係のルダに、敢えて依頼をしてきた。


「お前にしか、出来ない事がある」

「私にしか、出来ない事……?」


果たしてそんなものが、あるのか。言われても、思い当たる節は何もなかった。この祭壇に到達する程に優秀な彼らにも不可能で、一体自分のどこが、優位であるというのか。

しかし奈落の言葉で、その疑問は一瞬にして氷解した。


「ラナが唱えた契約呪文を、お前は聞いてるはずだ」

「………ッ!!」


解に辿りつく。まるで道を阻む壁が、瞬時に走った亀裂によって瓦解したかのように。厚く覆われていた向こう側が、見える。彼が何を言わんとしているのか――全てを聞き終える前に、ルダは理解した。だが同時に、それがどれ程矮小な希望であるのかも悟ってしまった。


「――十六京文字、覚えてるか?」


いよいよルダは確信する。導き出された解が誤解などではない唯一無二の正解で、奈落の意図とも完全に合致している事を確信する。


「私に解約呪文を唱えさせて、鯨の召喚を無効にするっていうのね?」

「――出来るか?」


奈落の発案の遂行は、限りなく不可能に近い。それこそ夢物語や絵空事と言っても過言ではない。それを誰より良く知る少女――ラナが自棄を起こしたかのように首を振る。


「そんなの無理ですッ! 十六京文字を唱えるのに、どれだけ時間がかかると思ってるんですか!? その間中、ずっと鯨の足止めをしなくちゃいけないんですよ!?」


奈落の推測に違わず、ルダはラナが唱える契約呪文を聞いていた。もちろん詠唱に費やした時間が、実に八十時間を記録した事も知悉していた。

ルダが早口で唱えたところで、それは五分や十分にはなり得ない。


「………本気ですか、奈落様?」


奈落の背中に、和装の少女が言葉を紡ぐ。語尾を高くする発音は問いの意味を持つが、彼女のそれは問いではなかった。嘘だと言ってほしくて――言われるはずがないと知っていながら、それでも嘘だと言ってほしくて漏れ出た、何かを動かすには余りにも儚い言葉だ。


「それしか、方法がない……」


彼は息を詰めて答える。まるで咽喉の奥に、真黒な綿毛が詰まったかのように。首を振って肩越しに彼が見るのは、少女の姿か――それとも、その奥の鯨か。

可能性は針の穴よりも尚、狭隘だ。

だけど――と、ルダは拳を握る。考えようによっては、それは、実はとても上等な事なのかもしれない。絶望の王と対峙して、それでも希望の片鱗を語れるのだから。

絶望は遥か遠大だ。見下ろせど底は見えず、見上げれど頂は見えない。どれだけ離れても視界から消える事はない、そんな圧倒的な存在。

それに比べて、希望は何と小さい事か。


――上等だ。


小さな希望が確かにそこに在る。絶望と向き合えるだけの存在であると、ルダは認めた。

ルダは立ち上がる。己が意志で両足を使い、大地を踏みしめる。


「覚えてる。十六京文字――舌噛んだら終わりだけど、全速で唱える……ッ!」


宣言にラナが反対の声を上げるが、それを押し切るように振り返ったルダは、人差指を伸ばして彼女の口を塞いだ。


「あのね、それしか方法はないでしょ?」険呑に言い聞かせて、それに――と、ルダは柔和な笑みを浮かべた。「無理だと思ってた自由も、得られたじゃない」


ラナは、きょとんとして眼を瞬かせる。そう。ルードラントから自由を獲得する事だって、彼女達は無理だと諦めていた。だが壊し屋・奈落の協力を得て、それは実現したのだ。


「私はせっかく勝ち取った自由を、こんなところで終わらせたくない。――ラナは?」

「………私も………終わらせたく、ないッ」


決意を固めるラナの顔を美しいと思い、それは自画自賛になるのだろうかと苦笑する。大丈夫。私はまだ、笑える。ラナとともに奈落を振り返る。

一心二体の双子は、壊し屋の声を聞く。


「――詠唱は、どのくらいかかる?」


   ◇


「……最短で、十二時間」


ルダの提示した答えは、絶望的な数字だった。正直に言って、奈落には死守する時間が十二分になったって達成出来る自信はない。ヒセツ達が到着するまで奈落が生き残れたのは、ほんの気紛れで鯨が受動的な態度をとっていたからに他ならない。ワースティヌシンがその気になれば、それこそ家畜を屠殺するように、奈落の意志など歯牙にもかけずに命を奪うだろう。

十六京文字。そして、十二時間。

それは、望みを託すにはあまりにも小さな希望だ。だが、誰一人として悲観的な意見を口に出さなかった。満身創痍の体であろうとも、戦う力を持たなくとも。


――生きている限り、可能性が残されている限り、抗う。


奈落はシルヴィアと、パズと、ヒセツと、ラナと、ルダと、それぞれ視線を交わし合い、意志が一つに結束した事の証として、大きく頷いた。それを合図に、全員が鯨に視線を転ずる。醜悪なるレリーフを頭部に持つ王を、その絶望を破壊するために。

ルダは高速での解約呪文の詠唱を始める。同時、全身に緑淡色の光を発した。

ラナは鯨を見上げる瞳に、緑淡色の光を灯す。短く息を吸い、人の域を越えた呪文を唱える。

パズは柔軟体操を始めて、脳裏では何が出来るかを必死に考える。

シルヴィアは和服の裾を上げ、ルダの盾となるよう立ち位置を取る。

ヒセツは警棒の素振りで、気概を高める。魔法の詠唱のために、息を吸う。

奈落は短く瞑目し、使い魔を探り当てる。詠唱の準備は整った。

鯨・ワースティヌシンは、解約呪文の気配を察知する。レリーフの生物群が、一斉に悲痛の叫びを上げ始めた。


最終局面。絶望的な状況下で、それでも彼らは抗いの手を休めず、絶望の王の前に立った。






――僅か二分と三十三秒。それが……彼らの抗い得た時間だった。







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