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追懐を偲ぶモノ


十一権義会でパズとエリオが得た情報は、七十年前、盛大に行われた黄金卿の委任式の新聞記事だった。果たして、記事の隅には、エルドラド氏の似顔絵が公表されていた。

その顔を、奈落とシルヴィアは今まさに眼前に見ているのだ。


「『名前も、どこで見たのかも覚えてない』。何故人々が貴方の顔を見て口を揃えてそう言ったのか。思い出せなくても無理もないですね、何せ七十年前に見た顔です。霞む霞む」


七十年前に見た顔である事。そしてその記事を見た大半の人々が当時十歳前後であった事。権議会議員委任式という、滅多に見られない忘れ難い行事であった事。

それら三つの要因が重なり合い、このような証言を生んだ。


「五人に一人というのも説明がつきます。当時の貴方の記事を見て、顔を知っているのは大半が八十代以上。そして――どこぞのトリビアジジイの話によりますと、八十代以上の御年配者は、だいたい五人に一人のようです」


朗々としたシルヴィアの声音。その矛先にいるトキナスは肩をすくめて嘆息した。


「全く、よく調べたものだな……」


まあな、と奈落が軽く相槌を打つ。


「けどそれだけじゃねえだろ? まだ謎が残ってる。なぜ権義会議員ともあろうお方が、自分で解決せずに面倒な偽装までして俺に仕事を依頼したのか。そして、結局目的は何なのかだ。――さて。そこでもっかい話を戻して、黄金卿・イルツォル・エルドラド氏の行動の軌跡を追おうじゃねえか」

「その必要はない」


ふと、トキナスが奈落の言に口を挟んだ。


「あとは私が自供しよう。お前の推理は恐らく、どれもが正鵠を射ているだろうからな」


言って、トキナスはその場に座り込んだ。

彼を注視していた奈落はとうに気付いていた。

トキナスが苦しそうに息切れを起こし、その顔色は蒼白であることに。


「私はな……確かに若返ったのだ、貴様の言った方法で。………だが、やはり副作用を完全に無視する事は出来なかった。………魔術は私の身体を蝕み始めたのだ……」

「これは推測だけどな――アンタ、幻影の魔術を使ってるんじゃないか?」

「ご明察だ。――見るか? 私の、いまの姿を……」


苦しそうにあえぎながら言うと、トキナスの容貌が急変した。二十代の顔が虹色に明滅したかと思うと、どろりとそれが溶け崩れたのだ。


代わって現れた姿を見て、奈落は戦慄する。憔悴しきった老人の顔。血色をなくした蒼白の顔はやつれ、頬はこけ、目には生気が窺えない。肌はぼろぼろに崩れ、顔面を覆う皺の一つ一つがひび割れて赤い肉が見え隠れしている。活力は微塵も窺えなかった。手足も同じような状態で、やせ細り、何故生きているのか不思議なくらいだった。


幻影の魔法が解かれた。いま対峙している彼こそが、イルツォル・エルドラドである。

あるいはルダよりも生気のない黒瞳を向け、トキナス――イルツォルは続けた。


「老いとは、醜いものだな……。九十歳を迎えてからこの二年間……私は地獄のような日々を、味わってきた。……魔術の制御が、出来なくなったのだ……。わかるか? いままで七十年間、私を黄金卿たらしめてきた魔術が! みるみるうちに失われていった!」

「だから若返ったのか」

「………そうだ。私は、力に固執した……。貴様にも分かるだろう。………力を喪失する事の……恐れが……ッ!」


壊し屋は無言。肯定も否定も、しなかった。


「だが、この通り……副作用で身体は、以前よりも朽ちていった……。魔術が使えなくなる速度も、増していった………。契約していた七百体の使い魔のうち、いま使えるのはたったの二体だ……。笑い話にもなるまい」

「幻覚の魔術と、転移魔術か。ここにいた英雄も転移させたのか?」


いまにも朽ち果てようとしている老人は、ほんの僅かだけ頷いた。もう首を振るのも辛いのかもしれない。


「一瞬の隙をつき……上空一万メートル地点にまでな……。自身が落下によって、常に移動している状態だからな………奴自身は、座標を定められず転移魔術を使えん………。一度地につき、場所の確認をするまでの、時間稼ぎだがな……」


という事は、英雄も地下二階を目指しているという事か。奈落がその情報を胸中に留めている間に、シルヴィアが疑問を放った。


「そうまでして、鯨召喚に立ち会いたかったのですか?」

「最後の希望だったのだ……ルダとラナは……。召喚魔術ならば、私の制御力が低かろうと……使い魔を召喚出来る。しかも彼女らは……莫大な力を持っていた! 鯨だッ!!」


イルツォルの阿鼻叫喚が祭壇に轟いた。

諦念と苦悩と悲哀と疲弊と疲労を露に、彼は熱に浮かされたように続ける。


「探索を開始してから……一ヵ月後だった……彼女らを見つけたのは……。私は……権力を惜しみなく使い、彼女らを拘束した……」


エルドラドはルダへと視線を転じた。


「鯨の召喚には……時間がかかった……。ラナが契約呪文を、ルダが召喚呪文を担当し……合わせて十六京文字が必要だった……。だが幸い、召喚は……順調に行えた……。だが……契約を終えた頃、現れたのが……」

「ルードラントってわけだ」


先を制して奈落が呟くと、イルツォルは力無く首肯した。

彼が奈落に依頼を委託した際の、矛盾した言動。ルダには二億レートの報酬を約束し、ラナは煮るなり焼くなり好きにしろと暴言を吐いた、その理由。


既にラナの契約呪文を詠唱し終えていたイルツォルにとって、ラナは真実そのままの意味で無価値だった。そしてルダを溺愛したのは、彼女に召喚呪文を詠唱させる前にルードラントに強奪されてしまったから。


「力を無くしていた私は……ろくに抵抗も出来ずに……彼女らを奪われてしまった……。私は焦った……。ルードラントに先を越されては……。そのために、私の意志を代行させようと……壊し屋を雇う事にした……」


それが、奈落。非合法の壊し屋。


「依頼は……すぐにでも……達成するはずだった………。だが……奴らの情報網を……甘く見ていたようだ………」


奈落の脳裏には、ルードラント製薬会社が燃え盛る情景が展開されていた。

自作自演――社屋を焼却してまで会社が壊滅したと謀った、その理由。

ルードラントは事前に情報を入手していたのだ。情報――黄金卿が双子を奪還するために、壊し屋を雇用した事。ルードラントは奪還を危惧し、慌てて機先を制したのだ。

その時既に、彼は契約呪文の詠唱を終了していた。火事現場でラナを救出出来たのはそのためだった。


「火事を起こし……逃走した……ルードラント………。そのおかげで……私は、奴らの妨害から………貴様を救う羽目になった……」


何とか身体を誤魔化すことで限界以上の力を酷使してきた彼にとって、奈落らの支援は全く十全でない。


「何故それほど、力を求めるのでしょうか」

「全ては、十一権義会議員という立場を……失わないためだ………。議員を解任されればどうなるか、知ってるか………?」

「いや……」


短く否定の意を答える奈落は、力無くうずくまるイルツォルを凝視して、瞠目する。彼は涙を流していた。渇ききった肌に吸収されて流れ落ちてはいかないが、大粒の涙だった。


「記憶を、消されるのだ………」

「――何?」

「全ての記憶を、奪われるのだ………。議員として得てきた莫大な情報は、野放しになった個人が持っていていいものではない……。だから、解任された議員は、他の議員によって、魔術で全ての記憶を奪われる………」

「そんな事が……ッ!」


流石の奈落にも動揺が走る。確かに道理には適っている。議員は十一権義会に所蔵されるあらゆる情報の閲覧が許されるのだ。下手をすれば、一言話すだけで莫大な利益を生む事も可能だし、戦争を起こす事さえ出来るかも知れない。

だが、納得は出来ない。


「九十二年という人生を、全て失って………この老いた身体で、一から、人生をやり直せというのか……ッ! だから私は力に拘泥したッ! 九十年を失いたくなかったッ! 消してしまいたい記憶もあるッ! だがそれ以上にッ! イルツォル・エルドラドの人生は、楽しかったのだッ!! 喜んだ! 怒った! 哀しんだ! 憎んだ! 築いた! そして、愛したのだ!! それら全てがいま大切な思い出であり糧だッ!!」


イルツォル・エルドラドは、最後の火を灯すように、必死で叫んだ。

奈落とシルヴィアは、何を言う事も出来ない。何を言う事が出来ようか。彼の半分も生きておらず、全てを失くす覚悟もない――一介の壊し屋に。


「それが全て、失われるというのか………ッ!」


どんな言葉もかけられない奈落の見つめる中、黄金卿はゆっくりと立ち上がった。その二つ名に恥じぬ記憶を秘めた男は、振り返り、天を見上げた。鯨召喚の亀裂を。


「鯨も……いまとなっては、どうでもいいのだ………」

「何を言ってやがる……ッ!」


自分はいま、何を怒っているのだろうか。散々好き勝手をして奈落を翻弄してきたからか。それとも、記憶を守るための抵抗を、諦めてしまった事に対してか。

後者だとしたら、どうしたらいい。鯨召喚を幇助する事になるのだ。それは容認できない。しかし――、

気づけば、イルツォルは苦い笑みを浮かべて、奈落とシルヴィアに向き直っていた。


「私の解任は、決定したのだろう……?」

「それは……」


目線を逸らしたり言葉に詰まったりすれば、それは肯定しているのと同義だ。だが奈落は、そうせざるを得なかった。


「風の噂で聞いた。はは………権義会議員が風の噂だと……。笑い話にも、ならんな……。仮に鯨を得たところで、もう何の意味もない……。全てを失って鯨だけが残るなど……耐えられるかよ。………――――壊し屋・奈落」


初めて名を呼ばれて、奈落は顔を上げる。黄金卿・イルツォル・エルドラドを真っ直ぐに見据える。全ての望みを断たれた彼は、奈落にはあと七十年は浮かべられそうもない万感の思いの込められた複雑な笑みを浮かべて、最後にこう言った。


「すまない……。――さらばだ」


刹那、イルツォル・エルドラドは絶命した。


「――は?」


何が起きたのか、数瞬の間、分からなかった。


突然巻き起こった豪と爆ぜる炎に焼かれ、イルツォルは絶命していた。


誰が手を下したというのか。無論、奈落ではない。


思案し――否、思案するまでもなかった。それを、奈落は次の瞬間に理解したのだ。


天井に走った亀裂から顔を覗かせた、使い魔の王――鯨を仰ぎ見て。


戦慄。


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