決意を宿すモノ
◇
「求むるは刃、鉄の光条、我が手中に為せッ!」
「氷室の砥ぎ師、摩耗、ジドーの牙ッ!」
両者の剣が交錯する。
キン――ッと澄ました音を奏でて、刃が打ち鳴らされる。
つばぜり合いはしない。
初撃が有効打とならなかったと認識するや、互いに飛び退く。
視界には崩落した天井による粉塵が舞い、敵の姿を捉えられない。
だが悠長に煙が晴れるのを待つわけにはいかない。
互いが互いの有効射程圏内に立っているのだから。
間隙を見せれば、確実にそこを縫ってくるだろう。
奈落は舌打ちする。
推測通りの位置にルードラントは――直接の面識がない上に視界が悪いために本人であるとの確証はないが――いたが、まさか初撃を防がれるとは思わなかった。
致命打は与えられないにしても、戦闘に支障をきたす程度の傷を負わせるつもりだった。
こちらの奇襲を想定していなければ、この対応は出来ない。
奈落は剣の使い魔を収めて、素早く別の使い魔を召喚する。
「偽らぬ系譜、伝承にあるは、大気の大槌!」
奈落の意志を反映して、大気が圧縮されていく。
巨大な槌を思わせる大気の塊は命を吹き込まれ、ルードラント目がけて――猛進。
「七里の乳母、護王、エンディヴィスタの両腕!」
大気の塊は、しかしルードラントの使い魔に阻まれ、霧散する。
召喚された巨大な三対の腕が、ルードラントを包み込むように守護したのだ。
奈落は胸中でルードラントへの評価を改める。
彼の魔術師としての腕は、相当なものだ。
本気で戦えばこちらとて無傷では済まないだろう。
舞台裏に隠れながら暗躍するものだから、戦闘の技術は低いだろうと打診していたのだが。
二体目の使い魔の激突も互角に終わり、続けて召喚しようと両者が口を開く。
しかし、彼らよりも数段早く召喚を済ませた者がいた。
遅れて奈落の背後に降り立った使い魔の少女――ラナである。
「rrrrrkkkvvvvvv!!」
人間には発音出来ない音と速度での詠唱に導かれ、使い魔が姿を現す。
小さなヒョウタンの様な身体の使い魔は、くびれた部分に象眼された眼で辺りを見回し、そっと息を吐く。
次の刹那――驚異的な吸引力を見せつけ、一帯の粉塵を全て呑みつくした。
明らかに体積以上の塵を体内に宿したヒョウタンは、満足げにげっぷとともに姿を消す。
「……お前の使い魔、食いっ気ばっかなのか?」
晴れた視界の先にルードラントを見据えながら、背後のラナに問う。
「そ、そんな事はないんですけど……」
と、ラナは赤面しながら弁解した。
「テメーら、人ン家入るのは玄関からだって、子供でも知ってんだろーがよ……ッ」
年の頃三十前半、短く刈り込んだ金髪、視線を隠すサングラス。
赤いジャケットに包まれた身体は中肉中背で猫背ぎみ。
両手の五指に見られるのは派手な色彩の指輪。
奈落から見ても趣味の悪い格好の男が、激昂する。
「よく言うよ。ここ、貴方の家じゃないみたいだけど?」
と、パズが皮肉を返す。
「その口振り――……もう何もかもお見通しってかッ、畜生がああああッ!!」
手近にあった書棚が殴りつけられ、本が床に散乱する。
血走った眼で奈落を睥睨する彼の行動は、ほとんど癇癪に近かった。
「ラナちゃん、あの男がルードラントで間違いないわね?」
奈落が目端に捉えたヒセツは、油断なく警棒を構えていた。
「はい……ッ!」
背後から届く、緊迫した声。
ルードラントと向き合う事は、ラナにとって酷薄な記憶との相対に等しい。
共闘する仲間を得たとはいえ、彼女自身の能力に、何ら変化した点はないのだ。
覚悟の度合いは盤石なものへと成長したかもしれないが、悲しいかな、どれだけ高貴なものであろうとも、それは精神論に過ぎない。
殺風景なこの部屋を、奈落はありがたいと思った。
三十人程度が余裕を持って横になれそうな広さに、石壁がむき出しで、片隅に寝具と文机、棚が二台のみ。
もしもこの部屋にルードラント愛用の調度品が並んでいれば、それらはラナにとって支配の記憶を呼び覚ます鍵となりかねない。
それらを承知で、奈落は敢えてラナへと問いを放つ。
「どうだ、ラナ。ルードラント・ビビスが、怖いか――?」
◇
怖いか、と奈落は背中越しに尋ねてきた。
有り体に言ってしまえば、怖い。
それが偽らざる本心だった。
鼻っ柱を折る覚悟を固めたが、いざルードラントを眼前にすると、胸の奥に締め付けるような圧迫感を感じる。
肉体的には、彼の強欲に虐げられてきた頃と何ら変化していないのだ。
恐怖を克服し自信を得るには、己が細腕はあまりにも頼りない。
泳ぎそうになる眼を必死で抑えてルードラントへ固定し、
震えそうになる両足は必要以上に開いて過剰に力を込めている。
自制するのが難しい程に、ルードラントが怖い。
だけど――と、ラナは胸裏に己が意志を呟く。
奈落もヒセツも、パズもシルヴィアも――鯨の召喚阻止に全力を注いでいる。
奈落と鯨との力量差と、ラナとルードラントの力量差と。
どちらがより遠大なのかを問えば答えは明白で、もちろん前者に他ならない。
それ程、鯨の存在は圧倒的なのだ。
それでも奈落は諦念を享受しない。
その差を認知しながらも、抵抗の手を休めない。
それなら――
ボクとルードラントの差だって、
恐れるには不十分な差でしかない!
ルードラントは怖い。
それは覆らない。
だがラナは、奈落に対して今一度嘘をつく。
それは自分を擁護するための嘘ではない。
良心の呵責に悩まされる嘘ではない。
誰かが不幸になり、怒り、落胆し、悲しむような嘘ではない。
己を奮い立たせ、克己するための嘘だ。
薄弱な自分をこそ、偽るための嘘だ。
さあ、言ってやれ。
大きな声で、はっきりと。
誤解のつけいる隙のない叫びを!
ラナは大きく息を吸い、いつか真実に変わるであろう嘘をつく。
「怖く――ありませんッ!!」
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