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破壊を齎すモノ

そして、現在。

日付が変わり、時刻は一時を五分過ぎている。


奈落は往来に立ち止まったまま、地図と睨み合いを続けていた。

彼の頭上には手の平大の火球を抱えるリスが浮かんでいた。

羽ばたくわけでもなく風船のように空中に漂うその生物は、言うまでもない、奈落が召喚した使い魔だった。


その光源を頼りに地図を確認した奈落は、一つ頷いて背後を振り返った。


「ここで間違いないぜ」


そう告げる奈落の周囲には、目立った建造物は一つもない。

ただでさえ幅のある道で、林立するのは木造家屋ばかりで、しかも風が吹けば飛びそうな程簡素なつくりである。

何より二千人を収容する事など到底かなわない。

せいぜいが五名程度だろう。


だが一時間の末にたどり着いたこの地点を示して、奈落は目的地への到着とした。


それは、どういう事か。


その解答は、奈落の持つ地図に記されている。

パズが十一権義会に調査を依頼し、購入した情報だ。


「さあ、ここで一つの謎が解明されるわけだね」


と、パズが注目を集めるように両手を広げる。

浮浪者の視線がパズに注がれるのが、気配でわかった。

お調子者の彼なら、その視線でさえ感心に満ちた熱い眼差しだと解釈できるのだろう。

実際、彼は気を良くしたのか、歌うような調子で言った。


「ずっとわからなかったルードラント・ビビスの居場所。北と南に別れて捜すも見つからず。

二千人なんて言ったらこの街の人口の五十分の一にもあたるっていうのに」


そう。

組織全体での移動にもかかわらず、ルードラントは発見されなかった。


「地図? もちろん確認したよ。大きい建物をチェックするためにね。

でも残念、二千人を収容出来る建物は、僕らが宿泊を考えていた宿以外にはなかったんだ。

だけどルードラントは確実にいた。だって僕らは襲われたんだから。

ラナとシルヴィアは直接刺客を放たれ、奈落さんなんか罠にはめられて死ぬところだった」


「うるせえ」


と、奈落が呻く。


「確実にいるのに、でも見えない。そうして途方に暮れている、まさにその時。

僕らはある事に気がついた。否、思い出したと言うべきかな。

それも違うなあ……そう、視野に入れた。

この言い方が一番、まさに正鵠を射ているね」


パズはそこで一息をつく。

誰も続きを促そうとはしなかった。

奈落達は彼の居場所を既に知っているし、浮浪者達は何を言っているのかもわからないだろう。

それでもパズは質問を受けたかのように、大きく首を振った。


「うん、じゃあ答えよう。僕らが視野に入れた事――

それは、この街がヴェンズだっていう事実さ。

ルードラントはとりあえず近場に潜んだ――わけじゃない。

敢えてヴェンズを潜伏先に選んだんだ。どうしてかって? 

ここで思い出さなきゃいけないのは、ヴェンズの土地柄。

風通しのいい避暑地を継続するために、建物は軒並み低く、規模の大小は占有する底面積で競われるってところ。

平たく言えば、開発が進まない」


それはエリオ・クワブスプの言葉だった。

しかしその言は、正確ではなかったのだ。


天上へと伸ばす形での開発が困難なら――その逆に目が向くのは当然の帰結だ。


パズは天へと向けた人差指を、ゆっくりと下ろしていき、直下を指し示した。


「地下ですね」


と、シルヴィアが静かな声音で言う。


「ありゃ、おいしいとこ持ってくねー、シルヴィア。でも、そう。つまりそういう事なんだよ。階層を重ねる事が出来ないなら、開発の目が向くのは地下だ。その事に気づいた僕はエリオに調査を頼んだ」


奈落が持っていた地図を、パズはつまんで取り上げる。


「そしたら案の定、地下ホテルの建設計画なんて資料が出てきた。

規模はかなり大きいね、何せ三千人に対応可能な敷地面積を有するらしいし。

だけど着工から一年で、計画は頓挫してる。原因はスポンサー同士の対立。

ああだこうだと醜い議論してるうちに開発計画は凍結し、土地の権利の行き先も不透明になっちゃったらしいね。

だもんだから、地下に出来た巨大な空洞は、誰の目にも触れずに放置される事になった」


「で、その計画に名を連ねたスポンサーの一人が、ルードラント・ビビスだった」


「……奈落さんも良いとこ持ってくね。まあ、その通り。つまりその場所は、ルードラントにとって誰にも見つからない巨大な隠れ家となったってわけ」


「そうね。そしてここが、ルードラントの部屋の真上ってわけね?」


尋ねながら、ヒセツは脳裏に地図を描く。

出発前にパズから見せられた地図には、巨大なロビーから十本の線が伸びている様が見て取れた。

各線の左右には宿泊部屋がずらりと並んでおり、その十線は再び束となって一つの部屋に通じていた。

支配人室となるはずだったその部屋に、ルードラント・ビビスは潜伏しているのだろうと一行は推測していた。


その支配人室は、ヒセツの足裏から五メートルを下った位置にある。


ルードラント製薬会社に所属する二千人の配下は、今頃ロビーに殺到しているに相違ないだろう。

囮である刑罰執行軍は、ヒセツが密告した正面口からの突入をかけているだろうから。


巨大空洞の一端に人員が集中している以上、もう一端が手薄になる事は必定。


ルードラント自身も前線の戦闘に参加している可能性もあるが、それならばそれで構わない。

もしそうならば、支配人室横の関係者通路から、更に地下へと降りる。

地下二階に広がるのは劇場だ。

歌劇、演奏会、舞踊などの社交場として用いられるはずだった空間だが、掘削した時点で工事が中断したために、そこにはただ広大な空間が広がっているだけとなっているらしい。


そしてそこには、恐らく――ルダがいる。

鯨を召喚するための儀式場として使用されている可能性が高いと、奈落は踏んでいた。

収容人数千人を数える広大な空間に、小さな少女が一人、延々と呪文を唱えているのだ――。


ヒセツは拳を握る。

全ての決着はもう、目と鼻の先にある。


時刻は一時十五分。

鯨召喚まで、あと六時間。


「ここを降りたら、もう後戻りは出来ねえ。刻限も迫ってるしな。さて、覚悟はいいか?」


奈落は一同を見まわして、視線をやや下方へと向ける。

彼が相対したのは、ラナだ。


「ラナ。君の覚悟もいいか?」


「はい」


と、ラナは緊張を帯びた声で応じる。


「ボクはルードラントを恐れません……ッ!」


「おいおい違うだろ?」


奈落は大仰に肩をすくめた。


「え?」


「ルードラントの鼻っ柱を折る、その覚悟を決めるんだよ」


口の端を吊り上げて言う奈落にラナはぽかんとしていたが、すぐに表情を引き締めた。


「はい!」


「いい覚悟だ」


意気込むラナの頭を撫でて、奈落は踵を返す。


見据えるのは己が足元。

大地に視線を固定したまま、奈落は背後に問う。


「降りたい奴はいるか?」


「それはこの件から? それとも地下に?」


と、パズが苦笑する。


「どっちだと思うんだ?」


「どっちにしても愚問だね」


「違いねえ」


短いやり取りの後、奈落は短く詠唱する。


「――顕気」


と。静電気をまとった両手の平で、視界を遮る頭髪を後頭部へと撫でつける。

活力を宿した一対の眼が露わになり、黒髪は怒髪天を突くが如く逆立つ。

壊し屋・奈落が、ここに顕現する。


「行くぜ。くだらねえ野心を全部、ぶっ壊しに」


奈落は両手を大地へとかざして詠唱する。

結末への最短距離を進むために。


「栄華の栄光、示すは具現、振るうは奔流!」


詠唱を終えると同時、奈落の両手から眩いばかりの光熱波が放たれた。


振り下ろされる鉄槌の如く、

光熱波は凄まじい轟音を伴って、

容易にコンクリートを破砕し、

吹き荒ぶ風を生んだ。


無残な姿となった瓦礫と砂塵が風に打たれ、一帯に撒き散らされる。


穿たれ口を開けた大きな穴に――


奈落は躊躇う事なく身を躍らせた。



「さて…と。――そんじゃあ、壊すとしようかァァッ!」


さあ、ここまでくれば、後はもう勢いのままに。

謎解きと破壊を展開していきます。



続きを気にしていただける方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

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