雑言に隠遁を看破する
「………そう、か。そういう――事か」
これで、繋がる。
何気ない動作が、何気ない言葉が、重要なフラグとなって謎を解明していく。
いくつものピースが、やがて一枚の絵を完成させていく。
誤解と誤認と勘違いが生み出した、複雑怪奇なこの迷宮の出口を。
奈落は、遂に見つけ出した。
だが、英雄やルードラント各々の目的を別にして、まだ一つだけ解明していない謎がある。
確実に足枷となる――すなわち、ルードラントの居場所だ。
今日一日の聞き込みで得た情報は、敵側が撹乱のために流布した風説だろう。
つまり、また一から捜索し直さねばならない。
残り約九時間で、それが可能なのか――。
奈落の思考は、唐突に開け放たれた扉によって打ち消された。
ルードラントの襲撃かと身を強張らせたが、杞憂だった。
扉の向こうから現われたのは、十一権義会の制服に身を包んだ禿頭の大男だった。
初見だが、パズから聞かされた特徴と照合し、彼がこの家の主――エリオ・クワブスプであると知れた。
「何だ、いるじゃねえか。少しも話し声がしねえもんだからよ、誰もいねえと思ったぜ」
がははと大笑して禿頭を叩くエリオの登場で、一帯の緊張感が霧散した。
全員、気づかないうちに詰めていた息を大きく吐き出して肩を降ろす。
「見事に緊張感吹き飛ばしてくれたね、エリオ。仕事は終わりかい?」
パスが苦笑しながら問うと、エリオは大きく頷いた。
「おう。新人に仕事丸投げしてきたぜ。嫌でも仕事覚えるだろうよ。がはは」
権義会の激務にもかかわらず、彼は全く疲労を感じさせなかった。
その巨躯には無限の体力が凝縮されて押し込まれているに違いない。
感心して見ていると、エリオは奈落と視線を合わせてきた。
「お前さんが奈落か?」
「ん、ああ」
と、頷きを返す。
「パズから極貧の壊し屋だって聞いてるぜ」
「おいパズ」
即座にパズを睨みつける奈落だが、パズは余裕に満ちた笑みでそっぽを向いた。
「否定できる要素があるならどうぞ?」
などと言ってくるものだから全力で否定にかかろうとしたが、残念ながら事実なだけに何も言い返せなかった。
諦めて舌打ちする奈落の頭を、エリオはまるで子供扱いするように撫でまわした。
「な、やめろってッ」
二メートルを超える身長を有するエリオにとっては、成人している奈落でさえも小柄な部類に入るのだろう。
「がはは。まあいいじゃねえか。ところでお前さん、橋上市には行ったかい?」
「観光に来てるわけじゃねえんだ」
何とか頭の手を撥ね退けて、奈落は言い返した。
だがエリオは奈落に構う事をやめようとはしない。
今度は活を入れるかのように、背中を大きな手で叩いてきた。
「――痛ッ」
「ヴェンズに来たら橋上市には行かんと駄目だ。パズとヒセツって娘っ子は行ったみてえじゃねえか。まあ逆に言えば真っ平らだからな、開発が進まないもんで、それ以外に見るものがねえ。がはははは」
『――あ』
声を挙げたのが同時だったのは、長年の付き合いによるものか。
奈落とパズはお互いに目を見合わせ、各々で思い至った結論が同じである事を確かめる。
エリオの言葉に喚起され、一つの仮説が浮かび上がってきた。
言うまでもない、残る唯一の謎、ルードラントの居場所だ。
たったいままで何の手がかりもなかったが、ある地点が怪しいと、高速展開していくパズルの全容が、確かに伝えてきていた。
◇
引き金になった当のエリオは口を半開きにして、言葉の応酬を始めた奈落とパズを見ていた。
「もしルードラントがヴェンズを選んだ事に、理由があるとしたら――」
「考えてみれば、逆に理由がなきゃおかしいね。どこでもいいなら、獣車で五時間なんていう近場に身を潜めないでもっと遠くへ行くべきだ」
「ならなぜヴェンズなのか――つまり、隠れ家がある」
「でも社員の二千人を収容出来るような建造物は、ホテルを除けばヴェンズには見当たらない――」
「その隠れ家は大規模なはずだ」
「で、エリオの言ったように、ヴェンズは開発が進まない」
「高い建造物が造れない」
「――とすれば」
奈落は不敵な笑みを浮かべ、パズは生意気そうな笑みを浮かべる。
今度こそ、捕えた。ルードラントへの道は、完全に開かれたのだ。
あとはお互いに方針を立てるでもなく、まるで何もかもを承知していたかのように行動を開始した。
パズは軽快に立ち上がり、エリオの背中を叩いた。
本当は肩を叩くつもりだったのだろうが、その巨体の肩に手は届かなかった。
「行くよエリオ」
そう言い捨てて、返事も待たずにパズは玄関に向かって早足に歩いていく。
エリオは状況についていけないまま、とりあえず慌ててパズの後を追った。
「おい待てよパズ! どこに行こうってんだ?」
「残業だよ」
と、悪戯っぽく、そして楽しそうにパズは答えた。
その笑顔を見て、エリオは苦笑する。
その表情を浮かべた時のパズは、絶対に主張を翻さない。
どんな諫言もどんな甘言も耳に入れず、彼は己が為すべき行動を貫徹する。
だから今日は残業なのだ。
それこそエリオの意思などとは別の次元で、それは決定した。
「全く……俺は帰ってきたばかりなんだがなあ!」
不平を言いながらも、パズを追いかけるエリオの口元にも笑みが浮かんでいた。
何か、これから派手な事が起こる確信を得て。




