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相対者に宣戦を布告する

膠着状態に入った奈落とヒセツを警戒しながら、動く影があった。


驚愕冷めやらぬラナを立ち上がらせ、ラナを背後に庇うように立ったシルヴィア。

そして奈落からは見えなかったが、投擲されたナイフを拾い上げ、ヒセツの首元に突きつけたパズ。


「いくらもやしっ子の僕でも、この距離で仕損じる事はないよ」


視認できなくとも、パズの声でヒセツが動けなくなったと判断する。

警棒から手を放した奈落は、改めてヒセツへと向き直った。


「いったい、何の真似かしら?」


苦言を呈するヒセツだが、奈落はそれを一笑に付した。


「臭い芝居はよせよ。さっき言ったろ? 俺らの行動はルードラントに筒抜けだってな。なぜだと思う? 簡単な事だ。裏切り者がいたのさ」


ヒセツは警棒を握る手に力を込める。

だが打てば響くように、首元のナイフの切っ先が沈み込む。

一ミリ程度の動きだが、ヒセツにはその差異がはっきりと認識出来るのだろう。

彼女はごくりと唾を飲み込み、わざとらしい笑みを浮かべた。


「私がその裏切り者だって言うの? 確かに私は刑罰執行軍よ。本当は敵対する間柄なのも承知してる。でも、だからって決めつけるのは――」


「臭い芝居はよせって言ってんだろ、なあ――ルードラント?」


「ルードラント!?」


オウム返しに悲鳴を上げたのは、ただ一人状況を理解していないラナだった。


「奈落様の言葉を代弁すると――」


と、シルヴィアの静謐な声音がヒセツへと突き刺さる。


「ネタは上がってんだよォこんの腐れゴミ畜生がぁ……と」


「いやそこまで言ってねえ。口調も微妙に違うし」


「何馬鹿な事言ってるのよ!? 頭でもおかしくなったの!? 私がルードラントに見えるっていうわけ!?」


身体は微動だにせず、しかし全力で抗弁するヒセツ。


だがその様相に緊張する事は、奈落にはどうしても出来なかった。

それはもはや冤罪の訴えですらない。

ただの三文芝居だ。


嘆息交じりに答えたのは、ヒセツの背後でナイフを構えるパズだった。


「初めに妙だと気づいたのは、十一権義会支部での一件。立ちくらみを起こしたっていうヒセツに、僕が優しく『大丈夫ぅ?』って聞いたら、『ああ』だって。ヒセツらしくない、実に男らしい応答だったと思うよ」


「そんなの誰にでも――」


「あるよね。誰にだって口が変に回る事くらいあるさ」


言い繕うヒセツを遮って、パズは先んじて肯定する。

肯定した上で、更に続けた。


「でもとにかく違和感を覚えた。そこで僕は咄嗟に、ヒセツたんって呼んでみた。貴方は知らないだろうけど、本物のヒセツに、呼んだら殺すとまで言われた呼び方だよ。いやあまさに命懸けだったね。でも僕はこうして生きてる」


おどけるパズに、ヒセツの抵抗もまだ続く。


「あの時は、そんな場合じゃ――」


「なかったよね。確かにそんな場合じゃなかった。でも違和感は助長するばかりだった。そしていまこの場で、君は決定的なミスを二つ犯した」


パズは二本の指を立て、うち一本を折り曲げた。


「一つ目。さっきまでラナちゃんって呼んでたのに、いつの間にかラナになってる」


ヒセツは負けじと口を開きかけるが、間髪入れずにパズが二本目の指を折り曲げる。


「二つ目。正直これは賭けだったけどね。君は煙草を吸った」


奈落から見て明らかに、ヒセツの顔色が変わった。


「まさか――」


呻くヒセツの背後で、パズが舌を出す。


「手癖悪いんだよねー、僕」


それは、奈落とパズとで示し合わせた細工だった。

ホテル襲撃からの帰途、パズはヒセツへの違和感を奈落に告げていた。

そこでふと思い立ったのが、ヒセツの私物ではない何かを、彼女の身に忍び込ませる事だった。

奈落もパズも禁煙者だったが、幸いにして、エリオ・クワブスプは喫煙者だった。


「禁煙者のはずのヒセツが煙草を吸った。それが何を示唆しているか、もう説明しなくても解るよね?」


ヒセツは苦渋に皺を寄せていたが、やがて諦念も露に、力無く笑みを浮かべた。


「たまたま吸ってみたくなった――……なんつう言い訳は、通用しねーわな」


その身体はヒセツのもので、その声色は相違なくヒセツであるというのに、そこに立つのはヒセツ・ルナではなかった。

ルードラント・ビビス。

奈落の破壊の対象である。


ヒセツ――否、ルードラントが、その瞳――澄んでいるはずが、どこか濁って見えたのは気のせいか――をラナに向けると、彼女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。


覚悟を決めたとはいえ、唐突な闖入に恐怖が先立っているのだろう。


ラナから視線を外したルードラントは、奈落に向き直った。


「しっかし、よく解ったじゃねーの。意識支配の魔術って結構レアだし、そんな推理が立つとは思わんかったぜ?」


「へえ。やっぱりそうなのか……」


と、感心して頷く奈落に疑問を感じたのか、ルードラントは眉根を寄せた。

まるで詐欺師にでもあったかのような表情だった。

だがそれは、比喩ではない。

なぜなら彼の自供を得て、ルードランの存在に、ようやく確信したのだから。

ルードラントの背後で、パズが思わず吹き出す。


「ヒセツたんが禁煙者かどうかなんて知らないよ、僕達」


「な、何、この……ッ!!」


「まあその可愛い顔で喫煙者なんて、僕はあまり歓迎しないけどね」


などとおどけながら、パズは空いている手でポケットを探る。

取り出した一枚の紙片をルードラントの眼前に持っていくと、彼の顔面にはっきりと焦燥と苦渋とが満ちていった。


「これ何だかわかる?」


「そういう事かよ……。権義会から買ったってか……ッ」


「いやあ、お買い得だったもんでね」


ひらひらと揺れる紙片には、ルードラントにとって致命的な情報がびっしりと書き込んであった。

それは彼の使用する魔術の一覧だった。

詠唱の文言、それにより発生する効果、そして召喚維持の限界時間。

その中に、意識支配の魔術についての記述はあった。


エリオ・クワブスプから購入した、ルードラントの資料の一部である。


それは、ルードラントの弾圧に苦患を強いられてきた者達の叫びの結晶だ。

彼から受けた魔術を、苦しみを、それが小さな情報であっても、やがてルードラントを打倒するのに役立つのならと、年月をかけて十一権義会に積み重なっていった。

少しずつ収集された断片的な情報は、蓄積され、やがてルードラントを脅かすほどの情報源とまでなったのだ。


「資料によれば、意識支配の使い魔は七分が限界みたいだね。呼び方がラナちゃんからラナに変わってから、現在六分四十秒。カウントダウン・スタート」


ルードラントの意識支配が解けるまでの時間を数え始めるパズ。


動く事の出来ないルードラントに、奈落は気だるそうに、しかし険を込めて尋ねる。


「何のために、鯨召喚なんざしてんだ?」


「吐くわきゃねーだろ」


と、ルードラントは挑発的に舌を出して見せた。

あと十四秒。


「随分御執心みたいじゃねえか。最初は魔紋陣で召喚しようとしたんだろ?」


ルードラント製薬会社の一室に描かれた、巨大な魔紋陣を思い出す。


「だが鯨召喚にはあまりにも非効率的だった。そこでラナとルダを知って、奪ったわけだ」


「ウゼえ。お喋りな奴は嫌いなんだよ、特にテメ―は」


「最後には術者も喰らうって聞くぜ?」


「……あくまで伝説だ。確証はねーよ」


「従う保証はねえだろ」


「従わねー保証もな」


あと、五秒。


「――ぶっ壊すぜ? てめえの野心全部」


「――言ってろ」


「ゼロ」


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