供述に違和を放つ
「どうして嘘をついた?」
「貴方が、使い魔は追い出すって言ったから」
「何……?」
奈落は目を細めて、疑問符を浮かべる。
シルヴィアは一つ小さく息をついた。
どうやら彼は思い出せないらしい。
彼女を虚言家たらしめた原因が、自分にある事に。
「こんな性悪使い魔だったら別だがな――でしたか」
その場にいる全員が弾かれたように面を上げる。
陰った笑みを浮かべるラナを除いて。
◇
シルヴィアの言は正鵠を射ていた。
奈落がラナに放った言葉の中で、彼女を苦しめ得た言葉があるとすれば、それに違いない。
主人に対して無礼な発言を繰り返した使い魔へ向けた、冗談めいた一言だ。
だが得心すると同時に、奈落の胸中に焦燥にも似た疑念が差した。
「その程度なのか……?」
と、奈落は呟く。
「そんな馬鹿みてえな冗談を鵜呑みに――」
「しました」
ラナは即答する。
「それだけじゃありませんけど。シルヴィアさんが、『こんな愛くるしい女の子を見たら、奈落さんは目の色変えるだろう』って言ってましたから」
ヒセツが無言で睨みつけてきたが、とりあえずは無視した。
シルヴィアはヒセツからは見えないように親指をぐっと立てた。
それも無視した。
「奈落さんにとってそれだけの理由でも、ボクは守ってくれる人を失うわけにはいかなかったんです。
だから家に置いてもらえるよう、人間のふりをしました。
あの時のボクは自我が弱かったから、そんな幼稚な結論に達したんです。
――だから、そう、最初はそれだけの理由でした」
奈落は片眉をあげる。
まるで問いを誘導するような話し方だった。
恐らく彼女は、しっかりと話の筋道を立てていたのだろう。
こうして正体を吐露する場を、何度もシミュレートしたのだろう。
そしてそれは、彼女の迷いの表れから生じたものだ。
「問います」
と、シルヴィアが二本の指を立てる。
「まず一つ目。自我が弱かったとはどういう意味でしょうか。二つ目。最初は――というと、正体を隠した理由は複数あるのでしょうか?」
問いに、ラナはゆっくりと頷く。
躊躇ではない。
話に傾注させるために、わざと大きな動作をしてみせただけだろう。
つまり、隠されていた情報の核心に迫ろうという事か。
「もうわかってると思いますけど、ルダも使い魔です。ボクと同じ――というか。ラナとルダ、ボク達は同時存在、二人で一つの使い魔なんです」
「二人で一つ?」
と、パズが問いを返す。
「その感覚を説明するのは難しいんですけど、とにかくその点が、ボク達を特異な存在にしてるんです」
「貴方達双子は、他の使い魔とは違うって事?」
と、ヒセツ。
「簡単に言えば、二人で協力して、一人じゃ出来ない大きな召喚魔術を行う事が出来る――」
「――って事は」
と、奈落が一つの解答を導き出す。
「ルードラントの目的は、強力な使い魔の召喚ってとこか」
だが、ラナはその問いに首肯しなかった。
どこを見るともなく、テーブルの中央に視線を据えたまま、微動だにしない。
肯定も否定もしないまま、ラナは沈黙に没した。
いまさら、何を躊躇する事があるのか。
奈落が問いを重ねようとすると、ラナはそれを遮断するように口を開いた。
しかしそれは、奈落の求めた答えとは違っていた。
「まず、一つ目の問いに答えます。大規模な召喚を行う時、ボクが契約呪文を、ルダが召喚呪文を唱える、そういう手順が決まっていて、詠唱の前後と最中は、それしか出来なくなります。つまり、自我が極端に弱まります。奈落さんに助けられた時のボクが、まさにそうでした」
「言い換えれば、あの時点でルードラントは契約呪文を唱え終えてたって事か?」
今度は、ラナは浅く頷いた。
「そしていま、ルダを利用して召喚呪文を唱えています」
唐突に、奈落の思考が凍結する。
それは、何気ない言い回しだった。
だがはっきりと、彼女の言葉は奈落の胸中に違和感の種を植え付け、そして不吉を養分に急速に成長した。
ガタンッと大きな音がする。
驚いて我に返ると、いつの間にか立ち上がっていた。
大きな音は、後ろへ転倒した椅子が床に衝突した音だったようだ。
「ちょっと待て……ッ!」
奈落は椅子を起こそうともせず、ラナに厳しい表情を向ける。
ラナもまた、その視線を受け止めるにふさわしい表情を浮かべていた。
何を聞き咎めたのか把握しかねているヒセツやパズが、いまにも問いを放とうと口を開きかけている。それよりも早く、奈落はラナへ言及した。
「どうして『唱えた』じゃねえんだ……?」
「現在進行形で詠唱してるからです」
「『唱えている』だと……ッ? いったい、何万字の詠唱をしてやがる!?」
◇
奈落の叫びに応じて、パズは脳裏に思い出す。
魔術は詠唱の長短によって、召喚する使い魔の能力が変化する事。
それから、完全な状態で召喚するには約五万字を要する事。
一般的に行われる魔術では、使い魔は本来の五十分の一程度の能力しか発揮できないという。つまり、ルードラントの目的は使い魔の完全召喚という事だろうか。
五万字を延々と唱えて。
だがラナの回答は、パズの予想をはるかに上回った。
読み慣れた詩歌を吟じるように、ラナはすらすらと告げた。
「16京文字。正しくは163,250,702,101,389,967文字です」
次回、ルードラントが召喚を画策する使い魔とは――
彼らの旅路に絶望の影が差す。
続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、
いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。




