表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/68

詐称に暁光を射す

最強と謳われた非合法の壊し屋、奈落。

彼は身元不明の男・トキナスから、高額報酬の依頼を受ける。


ルードラント製薬会社を破壊し、

娘のルダを救助してほしい、というもの。


奈落は従者であるシルヴィアと共に娘の救出に成功するが、

それは双子の娘であるラナであると言い、

トキナスは娘の引き取りを拒否する。


激昂する奈落だったが、

ルードラント製薬会社の破壊とルダの救出依頼を、

継続して引き受ける事に。



ヴェンズの街に敵が潜伏しているという報告を受け、

奈落は仲間達と一路、ルードラントを追う。


しかし、一枚上手を取られた奈落達は、ルードラントの罠にかけられる。


窮地に陥った一同だが、予想だにしない人物に救われる。



それは、記憶喪失だと自供し、

無力だと思われて来た少女――ラナであった。



全てを話す覚悟を決めたラナから、

ようやく真実が語られようとしていた――。


遮光カーテンの隙間から窓外を覗き、ヒセツは溜め息をついた。

見えるのは、ほかの建物よりもわずかに背の高い、宿泊先だったホテル。

ルードラント一味による襲撃で、ホテルの周囲には喧騒が満ちていた。

謎の暴動、との言葉を、ヒセツは往来の端々から聞いた。


今頃は傾いた夕陽を背にして、刑罰執行軍が原因究明にあたっているのだろう。

自分がそこに加わっていない事に歯噛みする。

だが、いま名乗り出るのは得策ではない、とは奈落の言だ。


(ルードラントは必要以上に何かを焦ってる……。そして刑軍は優秀だけれど、捜査が遅い……認めざるを得ないわね)


窓に反射して映る自分は、苦い顔をしている。

ヒセツは目を背けるようにしてカーテンを閉めて、背後を向き直った。


(それに、いまはこっちの方が先決だわ)


六畳程度の狭い居間に、彼らは揃っていた。

身を置いているのは、エリオ・クワブスプの家である。

交渉を行ったパズによれば、宿泊を快諾してくれたらしい。

彼自身は業務が忙しく、帰宅するのはだいぶ遅くなるようだった。


居間のテーブルを囲む椅子は全部で三つ。

奈落とパズ、それからラナが座し、ヒセツとシルヴィアは壁に背を預けている。


全員の視線は、例外なく幼い少女へと向けられている。

皆、厳しい表情だ。

まるで裁判のようだとヒセツは思った。

にもかかわらず、ラナは少しも動揺していないようだった。

覚悟を決めたように背筋を伸ばし、どこか大人びた落ち着きを帯びてさえいる。

口火を切ったのはパズだった。

わずかにパーマがかった髪をいじりながら。


「さて、あれだけのサプライズを披露したんだ。全部話してくれるね?」

「はい」


と、ラナは神妙に頷く。


「結構。じゃあまず――なぜ記憶喪失だなんて嘘をついたのか。ここからだね」


ラナの眉がぴくりと震える。動揺が僅かに顔に出た。


「気づいてたんですか?」

「そりゃ、まあね。だって昨日、ルダと会ったんでしょ?」

「はい。――あ」


一つ確認するだけで、ラナは己の失敗に気づいたようだった。

それだけ彼女の証言には真実味がなく、矛盾が多かった。


「記憶を失ってるなら、ルダと会ってたってそれが誰かは分からないはず。

もちろん自分と全く同じ顔の人物ではある――だけど、それだけだ。

むしろ怖がると思うよ、自分と同じ顔をした人が突然現れたら」


ラナの顔が僅かに紅潮する。

単純なミスだ、見破るなという方が無理というものだろう。

ヒセツの目から見ても、昨夜の様子はとても記憶を失っているようには見えなかった。

間髪いれずに問いを重ねたのは、奈落だった。


「ラナ。君の正体、それからなぜ嘘をついたか――さっき、やっと手がかりを掴んだ」



彼女が嘘をついた理由。

明確ではないが、ある程度の予測はついていた。

奈落の言を受けてシルヴィアが思い出すのは、先程のホテルでの一幕。


ラナが行った魔術だ。


誰よりも間近で、シルヴィアはその魔術を目の当たりにした。

その形式は、見知った魔術と比して多くの差異があった。


「超高速での詠唱、聞いた事もねえ言語、それに何より、瞳に灯った緑淡色の光。

ああはならねえよ――人間ならな」


「黙っていて、すみませんでした」


魔術を行使した時点で、正体を明かす覚悟を決めていたのだろう。

ラナは淀みなく告げた。


「――ボクは、使い魔です」


その答えを予想していたとはいえ、やはり改めて聞いた事で緊張が走る。

全員の肩が強張る。

シルヴィアの見る限り、特にヒセツにはその気配が濃かった。


「貴方達人間の観点から言えば、召喚魔術にあたります。

ボクは独自の言語を用いて、人間よりも速く使い魔を召喚する事が出来ます。

ちょうど、さっきみたいに」


先刻の魔術は、詠唱に一秒も要していない。

それでいて音は細かく刻まれていて、複雑な術式である事が窺えた。

顕現する力は三拍子での詠唱に劣らないだろう。


「成程な」


と、奈落の頷きが聞こえる。

眼に宿る力に衰えは感じられなかったが、その声音には疲労の色が濃い。

間断のない襲撃に加えて、ほとんど無休である。

更に、救出した少女からの虚言の告白だ。

責め立てるような事はしないだろうが、結局のところそれは恩を仇で返す行為だ。

信頼の裏切りが与える精神的負荷は大きいだろう。

奈落は疲労を払拭するかのように頭を振った。


「どうして嘘をついた?」


「貴方が、使い魔は追い出すって言ったから」


「何……?」


奈落は目を細めて、疑問符を浮かべる。

シルヴィアは一つ小さく息をついた。

どうやら彼は思い出せないらしい。

彼女を虚言家たらしめた原因が、自分にある事に。

だが無理からぬ事だろうとシルヴィアは判断する。

ラナの言葉に喚起され、自分もたったいまその事実に思い至ったのだから。


首を傾げる奈落を庇うようにして、シルヴィアは半歩踏み出す。


そして記憶にある言葉を反芻した。







「こんな性悪使い魔だったら別だがな――でしたか」







その場にいる全員が、弾かれたように面を上げる。




陰った笑みを浮かべるラナを除いて――。





次回、正体が明らかになったラナの口から、

ルードラントの目的が明かされる。




続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ