詐称に暁光を射す
最強と謳われた非合法の壊し屋、奈落。
彼は身元不明の男・トキナスから、高額報酬の依頼を受ける。
ルードラント製薬会社を破壊し、
娘のルダを救助してほしい、というもの。
奈落は従者であるシルヴィアと共に娘の救出に成功するが、
それは双子の娘であるラナであると言い、
トキナスは娘の引き取りを拒否する。
激昂する奈落だったが、
ルードラント製薬会社の破壊とルダの救出依頼を、
継続して引き受ける事に。
ヴェンズの街に敵が潜伏しているという報告を受け、
奈落は仲間達と一路、ルードラントを追う。
しかし、一枚上手を取られた奈落達は、ルードラントの罠にかけられる。
窮地に陥った一同だが、予想だにしない人物に救われる。
それは、記憶喪失だと自供し、
無力だと思われて来た少女――ラナであった。
全てを話す覚悟を決めたラナから、
ようやく真実が語られようとしていた――。
遮光カーテンの隙間から窓外を覗き、ヒセツは溜め息をついた。
見えるのは、ほかの建物よりもわずかに背の高い、宿泊先だったホテル。
ルードラント一味による襲撃で、ホテルの周囲には喧騒が満ちていた。
謎の暴動、との言葉を、ヒセツは往来の端々から聞いた。
今頃は傾いた夕陽を背にして、刑罰執行軍が原因究明にあたっているのだろう。
自分がそこに加わっていない事に歯噛みする。
だが、いま名乗り出るのは得策ではない、とは奈落の言だ。
(ルードラントは必要以上に何かを焦ってる……。そして刑軍は優秀だけれど、捜査が遅い……認めざるを得ないわね)
窓に反射して映る自分は、苦い顔をしている。
ヒセツは目を背けるようにしてカーテンを閉めて、背後を向き直った。
(それに、いまはこっちの方が先決だわ)
六畳程度の狭い居間に、彼らは揃っていた。
身を置いているのは、エリオ・クワブスプの家である。
交渉を行ったパズによれば、宿泊を快諾してくれたらしい。
彼自身は業務が忙しく、帰宅するのはだいぶ遅くなるようだった。
居間のテーブルを囲む椅子は全部で三つ。
奈落とパズ、それからラナが座し、ヒセツとシルヴィアは壁に背を預けている。
全員の視線は、例外なく幼い少女へと向けられている。
皆、厳しい表情だ。
まるで裁判のようだとヒセツは思った。
にもかかわらず、ラナは少しも動揺していないようだった。
覚悟を決めたように背筋を伸ばし、どこか大人びた落ち着きを帯びてさえいる。
口火を切ったのはパズだった。
わずかにパーマがかった髪をいじりながら。
「さて、あれだけのサプライズを披露したんだ。全部話してくれるね?」
「はい」
と、ラナは神妙に頷く。
「結構。じゃあまず――なぜ記憶喪失だなんて嘘をついたのか。ここからだね」
ラナの眉がぴくりと震える。動揺が僅かに顔に出た。
「気づいてたんですか?」
「そりゃ、まあね。だって昨日、ルダと会ったんでしょ?」
「はい。――あ」
一つ確認するだけで、ラナは己の失敗に気づいたようだった。
それだけ彼女の証言には真実味がなく、矛盾が多かった。
「記憶を失ってるなら、ルダと会ってたってそれが誰かは分からないはず。
もちろん自分と全く同じ顔の人物ではある――だけど、それだけだ。
むしろ怖がると思うよ、自分と同じ顔をした人が突然現れたら」
ラナの顔が僅かに紅潮する。
単純なミスだ、見破るなという方が無理というものだろう。
ヒセツの目から見ても、昨夜の様子はとても記憶を失っているようには見えなかった。
間髪いれずに問いを重ねたのは、奈落だった。
「ラナ。君の正体、それからなぜ嘘をついたか――さっき、やっと手がかりを掴んだ」
◇
彼女が嘘をついた理由。
明確ではないが、ある程度の予測はついていた。
奈落の言を受けてシルヴィアが思い出すのは、先程のホテルでの一幕。
ラナが行った魔術だ。
誰よりも間近で、シルヴィアはその魔術を目の当たりにした。
その形式は、見知った魔術と比して多くの差異があった。
「超高速での詠唱、聞いた事もねえ言語、それに何より、瞳に灯った緑淡色の光。
ああはならねえよ――人間ならな」
「黙っていて、すみませんでした」
魔術を行使した時点で、正体を明かす覚悟を決めていたのだろう。
ラナは淀みなく告げた。
「――ボクは、使い魔です」
その答えを予想していたとはいえ、やはり改めて聞いた事で緊張が走る。
全員の肩が強張る。
シルヴィアの見る限り、特にヒセツにはその気配が濃かった。
「貴方達人間の観点から言えば、召喚魔術にあたります。
ボクは独自の言語を用いて、人間よりも速く使い魔を召喚する事が出来ます。
ちょうど、さっきみたいに」
先刻の魔術は、詠唱に一秒も要していない。
それでいて音は細かく刻まれていて、複雑な術式である事が窺えた。
顕現する力は三拍子での詠唱に劣らないだろう。
「成程な」
と、奈落の頷きが聞こえる。
眼に宿る力に衰えは感じられなかったが、その声音には疲労の色が濃い。
間断のない襲撃に加えて、ほとんど無休である。
更に、救出した少女からの虚言の告白だ。
責め立てるような事はしないだろうが、結局のところそれは恩を仇で返す行為だ。
信頼の裏切りが与える精神的負荷は大きいだろう。
奈落は疲労を払拭するかのように頭を振った。
「どうして嘘をついた?」
「貴方が、使い魔は追い出すって言ったから」
「何……?」
奈落は目を細めて、疑問符を浮かべる。
シルヴィアは一つ小さく息をついた。
どうやら彼は思い出せないらしい。
彼女を虚言家たらしめた原因が、自分にある事に。
だが無理からぬ事だろうとシルヴィアは判断する。
ラナの言葉に喚起され、自分もたったいまその事実に思い至ったのだから。
首を傾げる奈落を庇うようにして、シルヴィアは半歩踏み出す。
そして記憶にある言葉を反芻した。
「こんな性悪使い魔だったら別だがな――でしたか」
その場にいる全員が、弾かれたように面を上げる。
陰った笑みを浮かべるラナを除いて――。
次回、正体が明らかになったラナの口から、
ルードラントの目的が明かされる。
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