断
「ラナ様」
と、シルヴィアは無表情のまま、全方位の敵を睥睨しながら言う。
「私が出口への突破口を開きましょう。ラナ様はその隙に、どこへなりと」
「出来るん、ですか……?」
滝のような汗を拭いながら、ラナは荒い呼吸の合間に問いを重ねた。
「わかりません」
嘘だった。
シルヴィアが不意を突いたところで、稼げる時間は僅かだろう。
「ですが――挑まねば、いかなる活路も見出せません」
◇
シルヴィアの視線を正面から受けて、ラナは身をすくませた。
前後左右に敵が肉薄するこの状況下で、彼女は平気な顔で犠牲を申し出ている。
否、とラナは見解を改める。
犠牲ではない。
彼女は、諦めてなどいないのだから。
足手まとい――ラナの保護を放棄すれば、まだ逃げられそうなものを、それさえ捨てる事なく。
彼女は、なぜそこまでするのだろう。
素性も明かさない自分なんかのために。
「どうして……?」
いつの間にか、疑問は口をついて出ていた。
「ボクのために、ここまで………」
ここまでする義理はないはずだ。
何の利益もないはずだ。
全く理解出来なかった。
だが、問いの矛先であるシルヴィアもまた、首を傾げた。
「仰っている意味がわかりかねます」
その答えに、ラナは苛立たしげに声を荒らげた。
「だから、どうしてボクを助けようとするんですか!?
だいたいおかしいじゃないですか!
こんな素性も知れない子供に皆が躍起になってそれに巻き込まれて!
ボクなんて放っておいても報酬には無関係じゃないですか!
貴方達は!
どうしてそれでも――」
ラナは矢継ぎ早に感情を吐露するが、ふと、口をつぐむ。
小さな口元に、シルヴィアの指が立てられたのだ。
静かにするように、との指示だった。
「――貴方が、それを望んでいるようでしたので」
「………ッ!!」
予期せぬシルヴィアの返答に、ラナは完全に閉口した。
と、それを合図としたかのように、ラナの視界に三つの出来事が展開する。
一つは出入り口。
一息に開け放たれた扉から、奈落とパズ、そしてヒセツが飛び込んできた。
二つ目は彼らの行動。
こちらへとほんの刹那向けられた目は、瞬きの間に敵へと転ぜられた。
奈落は拳を、ヒセツは警棒を用いて数人を行動不能にした。
そして三つ目。
ラナとシルヴィアの頭上で、天井が突然崩れ落ちた。
驚きに目を瞠ると、降りかかってくる瓦礫の隙間に、男の影が見えた。
理解する。
ルードラントの刺客が、魔術か魔法を行使して天井を破壊したのだ。
その場の誰一人として、その不意打ちに対応出来なかった。
奈落の魔術より、
ヒセツの魔法より、
瓦礫の雨がラナとシルヴィアを襲う方が早い。
シルヴィアは身を盾にしてラナを守ろうとする。
だが巨大な礫は、シルヴィアごとラナをも押しつぶすだろう。
絶望的な光景の中心でラナは、自身がやけに冷静でいる事に気づいた。
奈落もパズもヒセツもシルヴィアも、
誰一人として間に合わないが、
誰一人として諦めておらず、
共通する意思はラナの救出である。
(ボクがそれを望んでいるから……?)
義務でも打算でもない。
ラナが望んでいる――ただそれだけの事で、彼らは全力を傾けている。
(それなのに、ボクは何……?)
保身のために嘘をつき、出来るはずの事を何一つやっていない。
ラナはコンマ数秒の間だけ、瞑目する。
束の間の暗闇に身を預け、落ち着いた思考で、しかし確固とした決意を固める。
すなわち、彼らへ、恩を返さねばならないと。
全てを話そう。
開眼する。
その眼には、もう逡巡も疑念も躊躇もなかった。
あるのは一つの意志と、それを反映するかのように発光する、緑淡色の瞳だった。
鼻先から十センチにまで迫った瓦礫を見据えて、ラナは口を開いた。
「ddjjjjjjjjjggggggg!!」
人の口では成し得ぬ、超高速での詠唱。
言葉なのかも判然としない呪文に応え、使い魔が顕現する。
土竜のようなそれは大口を開け、頭上の瓦礫をあっさりと呑みつくした。
ラナが埃を払うように手を振ると、それに合わせて使い魔は姿を消した。
ぱらぱらと落ちて来る砂礫の音を除いて、周囲には水を打ったような静寂が満ちていた。
まるでその場の興奮と焦燥さえ、使い魔に呑み込まれてしまったかのようだった。
奈落達は一様に、目を丸くしてこちらを凝視している。
もう、後戻りは出来ない。
だから全てを――
話そう。
次回、三章完結です。
絡みあった伏線が、ラナの決意によって形を変えていく――。




