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最強と謳われた非合法の壊し屋、奈落。

彼は身元不明の男・トキナスから、高額報酬の依頼を受ける。


ルードラント製薬会社を破壊し、

娘のルダを救助してほしい、というもの。


奈落は従者であるシルヴィアと共に娘の救出に成功するが、

それは双子の娘であるラナであると言い、

トキナスは娘の引き取りを拒否する。


激昂する奈落だったが、

ルードラント製薬会社の破壊とルダの救出依頼を、

継続して引き受ける事に。



ヴェンズの街に敵が潜伏しているという報告を受け、

奈落は仲間達と一路、ルードラントを追う。



そして――

仲間である情報屋・パズと刑罰執行軍・ヒセツが、

十一権議会からルードラントに関する情報を購入していた矢先のことだった。



奈落の向かった鉄塔が、爆音と共に崩壊を始めたのは――






一階から八階までは何ら異常はなかった。


扉を開けるも、人の姿は見受けられなかった。

だが奈落の見る限り、塔内には寝食の跡が目立った。

恐らく放棄された段階で、浮浪者が住み着き始めたのだろう。

食べかすが転がっていたが、まだ腐ってはいなかった。


最近までここに暮らしていたという事か。


(――って事は、ルードラントに追い出された……?)


一階層ごとに疑念を濃くしながら、奈落は九階の扉に手をかける。

工事は十階に着手する前に中止になったようだから、これが最上階となる。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか――)


奈落はドアノブを回し、慎重に扉を開ける。


油断していたわけではない。


不意の一撃がある事も想定して、致命的な急所は庇えるような体勢をとっていた。


だが、心構えが足りなかった感も否めない。


事実、奈落はずらりと砲口を並べた使い魔の隊列に、一瞬とは言え忘我したのだから。





理解が追い付くより早く――





視界を光が埋め尽くした。




   ◇




冗談のような光景が窓外に展開する。

突如、鉄塔の最上階が強烈な光に包まれ、あっけなく崩れ去ったのである。


飛び散る破片は下界の往来を襲っているだろうが、いまその心配をしている余裕はなかった。

真っ先に部屋を飛び出していったヒセツを見やって、パズは舌打ちする。


「エリオ!」


叫びの対象となった禿頭の大男は、突然の光景にも関わらず落ち着いたものだった。

心得たもので、汗一つかいていない禿頭を撫でつけ、パズに数枚の紙片を差し出した。


「おう、持ってけ。もともと渡すつもりだったしな」


乱暴に受け取り、パズは内容を検めるでもなくそれをポケットにねじ込む。

見なくともわかっていた。

ルードラントの情報の複写だ。

あの短時間でこんなものまで用意した手腕に驚くが、

それを称賛しているだけの時間はなかった。


ヒセツに続いて部屋を出ようとするパズは、しかし足を止めた。

パズの細腕が、エリオの大きな手にがっしりと掴まれていた。

当然、振り解く事など出来ない。


「急いでるッ!」


「解ってらあ、んな事。だがとっておきの情報がある。聞かなきゃ後悔するぜ」


「………高いんじゃないの?」



エリオの真剣な眼差しに、パズは毒気を抜かれた。

大男は手を放したが、パズはもう走ろうとはしなかった。

その様子に、エリオは満足げに大きく頷く。


「高くねえよ。つうか、サービスだ。どうせ一週間後には公表される情報だしな」


「黙ってたってすぐに知れ渡る情報を、敢えていま伝えたいってわけ?」


「そうだ」


と、十一権議会ヴェンズ支部支部長・エリオ・クワブスプは断言する。


「何さ……?」




「十一権議会議員・通称を黄金卿、イルツォル・エルドラドが解任される」




「………ッ!?」


瞠目し、パズは声もあげられずに絶句した。

がくん、と突然視界が低くなる。

何が起きたのかと思ったが、自分の腰が抜けたのだ。

バランスを失い、ふらふらと数歩を後退していき――

壁に背を預けられなければ、そのまま尻餅をついていただろう。


力無い笑みを浮かべ、だがそれすらも維持できず、顔をくしゃくしゃにした。


「次から次へと、いったい何なのさ……。おかしいって。いくら何でも!」


自嘲気味に、パズは言う。


「いったい何が起こっていて、


何と何が無関係で、


何と何が関係していて、


何が原因でどういう結果が待ってるのさ、ねえ……?」



黄金卿・イルツォル・エルドラド。

十一権議会の頂点に立つ、十一名の議員のうちの一人。

つまり、世界最高峰の魔術師あるいは魔法使いである。

最強に数えられるその男に、何かが起こった。

そして最大の権力を失おうとしている。

それもまた、ルードラントと関連性があるのだろうか。

それとも、偶然の一致なのか。

ただの奇跡的な偶然であってほしいと、パズは心中で毒づいた。


「へばってる暇はねえぞ、ほれ」


とんでもない爆弾発言をした当人が、急かすように肩を叩く。

彼はがははと笑った。


「おしなべて複雑な因果で結ばれた情報も、紐解いて繋ぎゃ一本の線だ」

「それ、昔僕が言った言葉じゃないか……」

「わかってるじゃねえか」


エリオは口の端を吊り上げて、禿頭を叩いた。

そして


「わかってるじゃねえか」


ともう一度繰り返した。


「……確かに」


呼応するように、パズも笑みを浮かべた。

そう。

わかっている。

どんな謎も、因果は必ず成立するのだ。


礼を言って、パズは応接室の扉を潜り抜けた。

と、眼前の障害物にぶつかりそうになり、たたらを踏む。

ぶつからなかった事に感心してしまう程――とうに走り去ったと思っていたが――ヒセツは扉から至近の場所にうずくまっていた。

間断のない面倒事にパズは慨嘆しながらも、ヒセツの顔を覗き込んだ。


「何してんのさ!? 大丈夫かい?」


「あ、ああ……大丈夫。ただの立ちくらみよ」


それならいいけど、とパズは言い捨てて、出口へ続く廊下を駆け出した。



「早く来なよ! ヒセツたん!」

「いま行くわよ!!」



権議会支部の外へ出ると、パズは開口一番悪態をついた。


「何なんだ、この人だかり!」


パズとヒセツの進行を妨げるように、往来は人で埋め尽くされていた。

疑問を放ったが、その答えなどすぐに知れた。

人々の間に伝播しているのは動揺であり、示し合わせたように同じ方向を向いている。

言うまでもない、遥か遠方で崩れ去った鉄塔の様子見だ。


列を為していた権議会への訪問者が、一様に野次馬となって街路を塞いでいた。


と、パズの背中にヒセツがもたれかかってきた。


また立ちくらみでも起こしたのだろう。

うっとおしそうに撥ね退けて、パズは振り向きざま、ヒセツの頬を平手で打った。


「何を呆けてるのさ! 何のためにここにいるんだ君は!」


檄を飛ばすパズの眼前で、ヒセツは呆然としながら頬に手を当てる。

打たれて熱を持った事を確かめるように、しばし撫でて――

弾かれたようにパズを睨みつけた。


「何すんのよ!!」


「君が役に立たないからだろッ? 悔しけりゃ、この人波をどうにかしてくれない?」


「はあ!?」


と、ヒセツは声を荒らげるが、ふと我に返った。

周囲の群衆を見まわし、きょとんとして頷く。



「――そんなの簡単じゃないの」



ヒセツが胸元から小さな手帳を取り出すのを見て、パズは


「あ」


と小さく呟いた。

ホテルのロビーでの一件を思い出して、得心する。

ヒセツはパズの前に押し出て、その手帳を――

刑罰執行軍である事の証を大きく掲げた。


「刑罰執行軍よッ!」


声高に叫ぶと、まるで一つの生き物のように、群衆の視線が一気にヒセツに集中した。


「道を――」


全ての視線を受け止め、刑罰執行軍はその権威を振りかざす。




「開けなさい!!」




その叫びに呼応して、人々を支配していた動揺が、瞬時に義務へと転ずる。

ヒセツとパズの周囲に不可視の壁が出来上がったかのように、人波が引いた。

彼らはまだ若い下士官に対しても、十分な敬意を持っているのだ。

ヒセツは背後のパズを振り返る。


「ほらね、どう?」

「初めて尊敬したよ」


降参するようにパズが諸手を挙げると、ヒセツは勝ち誇るように笑みを浮かべた。

しかしその口元も、すぐに引き結ばれる。


事態は一刻を争う。


こんな昼間に、人々の関心を集めてまで、ルードラントは攻撃を開始した。

手段を選ばなくなってきている。

前に向き直り、パズとヒセツは走り出した。

人波がそれに合わせて割れて行く。

視線の先、崩れ落ちた鉄塔は絶望的な黒煙を吐き始めていた――。





次回、奈落は窮地を切り抜けられたのか。

ヒセツとパズは、間に合うのか。


そして再び陰謀が、醜悪に蠕動を始める――




続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

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