橋
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ヴェンズという街は南北に長く、高低差の少ない扁平な土地を持つ。
東西に伸びるイネククル川が街を分断するように流れており、
その川幅は五十メートルを超える。
大理石で固められた巨大な三本の石橋が南北の土地を結び、街の中心部でもあるその場所に、自然と人々は集まった。
いまでは橋の上に市が開かれ、活況を帯びている。
いつの頃からか暗黙の了解が生まれた。
両端の橋は通行専用となり、
中央の橋は市場となり、
いまでは橋上市として世間の注目を浴びている。
建造物は軒並み低く設計されており、規模の大小は主に占有する底面積で競われた。
だから風の通りを妨げるものもなく、川の存在もあり――
ヴェンズは通年を通して気温の低い納涼都市で知られている。
夏になれば避暑や橋上市を目的とした観光客で賑わうが、その時期までにはまだあと二カ月は早い。
パズとヒセツが道中ですれ違うのは、大きな旅行鞄や地図を携えた観光客ではなく、買い物袋を提げた地元の買い物客が中心だった。
イネククル川を基点にして、
奈落は北側を、
パズとヒセツは南側を、それぞれ聞き込みの拠点とした。
宿泊するホテルが北側に位置したため、パズとヒセツは中央の橋を南下している。
往来には所狭しと屋台や陳列用の敷布が並び、各々が声を張り上げて商品を勧めていた。
パズは全ての店を一瞥するだけで通り過ぎて行った。
見たところ食料に衣服、それから観光土産が主な取扱品で、それらの半分以下の規模で並ぶのが日用品店や書店、それから各種専門店だった。
客層は老若男女を問わず、大抵の買い出しがこの橋上市で済ませられるのであろう事は、想像に難くない。
パズは中天を過ぎた太陽を仰ぎ見る。
時刻は午後三時半。
彼は情報収集のために目的地へと急ぐつもりだったのだが、それをさせない人物がいるのだ。
ふと、歓声が上がる。パズが半眼で見やる先に、ヒセツの姿はあった。
「く、蔵前織のワンピースが三千五百レート!?」
「お嬢さん目が高いねえ! わかるかい!」
「こっちのバレッタは童話工房じゃない! それで五千二百レートって!」
「ようし! 二つで七千五百レートだ!」
「買ったわ!!」
声高らかなヒセツの様子に、パズは深く嘆息した。
握り拳を作って宣言したヒセツの両脇には、既に買い物袋が三つ並んでいる。
そんな彼女の購買欲の余波はパズをも巻き込んで、彼の両手さえ彼女の荷物で塞がれている。
購入する品々が粗悪品や偽物ではないのが、唯一の救いだった。
橋上市に並ぶ店舗は簡素な屋台ばかりだが、商品の質は保証されている。
イネククル川を水路として利用する事で、港からの流通コストを最小限に抑えているのだ。
そのため、橋上市の品々はどれもヒセツをうならせるほど安価なのである。
いまも眼下を見下ろせば、商品を積載した船群が絶え間なく続く様子が見て取れる。
「あ! あっちには禁断の果実だって有名な――」
「いい加減にしてくれないかなあ……」
飽きる事なく視線を右往左往させるヒセツに、パズは憮然として呻く。
ヒセツは気分を害したのか、腰に手を当てて険呑な口調で応じた。
「何よ。私だって情報収集してるわよ? 買う時に店の御主人に聞いてるもの」
「だから、それじゃあ非効率的なんだってば」
肩を落としながら言って、パズは市場から抜けるようにして歩き始める。
ヒセツは禁断の果実とやらに後ろ髪を引かれていたようだったが、やがてパズの後を追いかけた。
「そういえば、目的地があるって言ってたわね」
「まあね。そこで情報集めるのが一番手っ取り早いよ。質も量も文句なしにね」
振り返らないまま答えるパズに、ヒセツは早足で追いついて横に並んだ。
「どこよ?」
「十一権議会支部」
と、端的に答える。
まるでそこに目指す先があるかのように、人差指で宙を指しながら。
「ヴェンズにはそれがあるじゃないか」
「あるじゃないかって言われても……」
この街初めてだもの、とヒセツは口を尖らせた。
「まあ確かに、権議会から情報を買えば間違いないわね。――でも、予約もなしに受け付けてくれるかしら?」
「僕なら大丈夫。十一権議会で諜報員やってた事あるから、顔がきくんだよ」
「アンタ達、本当に何者なのよ……」
ヒセツは目を丸くする。
アンタ達というのは、言うまでもなくパズと奈落を示唆しているのだろう。
長時間に及ぶ使い魔の召喚維持や、数十人を相手取って傷一つ負わない奈落。
末端とは言えど、かつて情報の金字塔――
十一権議会に在籍していた情報屋・パズ。
パズは苦笑する。
それだけの能力でもなければ、そもそもルードラントの破壊など引き受けたりはしないだろう。
「そこに刑軍のヒセツが加われば、百人力だね」
茶化して言ったつもりだったが、ヒセツは顔をしかめた。
まるで同じ失敗を繰り返す生徒に対する、教師のような眼を向けていた。
「アンタ、年いくつ?」
「十五歳だけど、それが何か? 年下の方が好み? 参ったなあ」
「違うわよ!」
と、言下に否定するヒセツ。
「でもアンタの言う通り、私の方が年上よ。だからその『ヒセツ』って呼び方、何とかならないかしら」
「おや、案外狭量だね」
意外そうな口ぶりで、パズはヒセツの顔を覗き込んだ。
彼女の表情は険しいままだ。
パズはその眼差しを受けて立ち止まる。己が足元を見下ろし、しばし考え込む。二、三本の指で口元を撫でるのが、思案する時の癖だった。そして弾けるような笑顔で言った。
「じゃあヒセツたんで!」
買い物袋が顔面に命中した。
「次呼んだら――」
ヒセツが息を切らせて絶叫する。
「殺すわよ!?」
次回、一方で奈落は、華やかさの裏側を見る――
続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、
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