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「あああああああああああ………」


満足げな奈落に対して、ヒセツは肺の底から力無い声を絞り出しながら、その場に崩れ落ちた。


「あんたねえ……その所業はヒセツ・ルナの悪行として記録されるのよ……? ちなみに刑軍割引なんて存在しないからね? だから、たちどころにその悪行は上司に知られて……ふふふ、零下の声音でこう囁かれるの。『荷づくりは順調かね?』って……」


若い職員には同情する。

脅迫の末に割引に応じた事で、彼もまた上司に叱咤されるに違いないのだ。

せめて彼の上司がいい人であればいいと、ヒセツは心から願った。


「あの、大丈夫ですか?」


見上げてみると、そこには例の若い職員が心配そうに立っていた。


「ええと?」


と、理解できないでいるヒセツに対して、彼は緊張気味に


「あ、いえ、だって……」


と言葉に窮し、それから早口に言った。


「お一人で崩れ落ちながら独り言というのは若干やはりいささか心配でして」

「お一人って――」


ヒセツが周囲をぐるりと見渡す。

とうに奈落達はフロア奥の階段にまで移動していた。


「――女の子一人置いていくんじゃないわよ!!」


孤独に泣き崩れていた事実に顔を真っ赤にしながら、ヒセツは走って奈落に詰め寄る。

もう我慢の限界だった。

せっかく一時休戦して手を結んだというのに、なぜこうも薄情な扱いをするのかこの男は。

ヒセツは距離を詰めるがままに勢いをつけ、固く握った拳を振りかぶり――


「刑罰執行軍之心得第一条之二十九項」


と、奈落は呪文のように言った。

ヒセツの拳がぴたりと静止する。

まるで奈落の呪文に絡めとられてしまったかのように、振り上げたままの姿勢で彼女は硬直していた。

ただし表情だけは抑えきれない怒りにひきつり、口元がぴくぴくと痙攣していた。


「何であんたはそんなに刑軍の条項に詳しいのよ……ッ」

「ま、色々とな」


奈落は腕組みしながら、余裕で言ってのけた。


「お前もよく覚えてるな」

「一条の二十九項って?」

「私情でぶん殴るのは御法度――まあ人として当然の事だな」


半眼で肩をすくめる奈落を、歯ぎしりしながら睨みつけるヒセツだったが、

やがて諦念も露に嘆息した。


「はあ……もういいわ。それで? これからどうするわけ?」

「聞きわ分けがいいじゃねえか」

「別に。ただルードラント破壊をさっさと済ませる事が出来れば、協定も終わってあんたに刑罰執行を下せると思っただけよ」

「成程な。そいつは聡明だ」


と言って、奈落は咳払いを一つ。


「これから俺達は三手に別れる。まずシルヴィアとラナは宿に待機。俺は聞き込みをしながらルードラントの詳しい居場所を探る。残る二人も捜索に回れ。但しお前らは二人一組だ」


すらすらと指示していく奈落に、ヒセツが疑問を挟んだ。


「何でよ? 三人それぞれで散った方が効率いいじゃない」

「パズは戦闘に関しちゃ素人だからな。魔法使いでもなきゃ魔術師でもない。だからお前は護衛役だ。この街に奴らが潜伏してる以上、単独行動は控えるべきだろ」


しかし、そう答える奈落自身は単独で捜索に当たるという。

だがそれに異論を挟む者はいなかった。

皆、彼の実力を十分に承知しているのだ。


「奈落様」


と、シルヴィアが挙手する。


「現在、一番危険な身上であるのは、恐らくラナ様かと。護衛は私でしょうか?」


それは当然の疑問といえた。

ラナは昨夜の襲撃によって重傷を負ったのだ。

この中では彼女は最も幼く、無力な存在であり、かつ鍵を握る人物だ。

シルヴィアの申し出に対し、しかし奈落は首を横に振った。


「まさか。ラナの護衛はここの警備員だ。何のために街最大規模のホテルを選んだと思ってんだ。一流ホテルなら、警備員もまた一流って事だ」


そこまで言ってから、奈落はしばし沈黙し、やがて渋面した。


「あとは……呼びたくねえが、保険を用意しとくか。戻したばっかなのにな」


彼は右手を胸の高さにまで持ち上げ、静かに詠唱した。


「放蕩の賢者、飛び跳ねる知、屋根裏の祭唄」


詠唱と同時、奈落の右手から淡い緑光が生じ、膨らんでいく。

中心に赤子程度の大きさを持つ影が差すと同時、その光は弾けた。


「ほほけ! おのれツンツン小童が! またもこの老いぼれを暗闇に放り込みおって! ン! ん! んーッ!?」


大きな眼を持つ梟は、光球から現出するなり奈落に烈火の怒りをぶつけた。

翼を慌ただしくはばたかせ、首をぐりんぐりんと忙しく回しながら。


「――ウゼえ」

「ッホ。何がウゼえか愚かなる小童! これは不条理な監禁に対する当然の抗弁である!」

「だから召喚維持には体力使うんだっつの。そう何日も続けられるかッ」


主人と使い魔の口論を聞いて、ヒセツが眉をひそめた。


「というか、使い魔の召喚を一時間以上維持出来るって人間業じゃないわよ……」

「そうなの?」


と、魔術と魔法に関しては全くの無知であるところのパズが尋ねる。


「召喚維持の限界は、だいたい平均五分ってとこかしら。一時間以上も可能なのは、刑罰執行軍の中でも多分大佐以上になるわね。あとはそれこそ、十一権議会議員とか……」


答えながら、思わず自分でも舌を巻く。

知らず、ヒセツは唾を飲み込む。


刑軍手帳の乱用や、使役するはずの使い魔からの反発。

それらは奈落の評価を曇らせるが、その雲の向こうには確かに卓越した力が潜んでいる。


その力を奮い、彼は罪を重ねてきた――


それが昨日までのヒセツの見解であり、その事に疑問を持った事などなかった。


だがヒセツは垣間見たのだ。


誤解という汚泥を被せられた、正しき義の一端を。


気を引き締める。


奈落の指示により、各々の担うべき役割は決まった。

主人と使い魔の口論は、まだしばらく続きそうではあったが。

ルードラントへの刑罰執行を目指しながら、ヒセツ・ルナは答えを模索していく。


正義の所在であるはずの刑罰執行軍内では誰も教えてくれなかった答えを――。



「それは、自分から手を伸ばさない限り、知りえない答えなんだわ」






次回、奈落、そしてヒセツ&パズの二手からの捜査が始まっていく――



続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

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