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その敵は敵とは異なり――

非合法の壊し屋・奈落。

彼はトキナスという謎多き男から、ルードラント製薬会社の破壊の依頼を請け負う。


夜。期せずして相対する事と成った奈落とルードラントだったが、


注目を集める事をお互いに嫌う両者の戦いは、

野次馬が集まって来た事で、一時は収束を見た――






「悪いね朝早くに。――寝てた?」


来訪者を迎えた奈落は、シャツ一枚にスラックスという出で立ちで、ひどい寝癖を冠に戴いていた。

苦笑する来訪者は、すっかり身支度を整えたパズである。

パズの推測は正しく、今日の奈落の目覚ましは彼のノックだった。


「ああ……。どうした、まだ明け方じゃねえか」

「明け方って、もう八時過ぎなんだけどね。シルヴィアに起こしてもらわなかったわけ?」

「ああ、起こすなって言ったんだ。昨日色々あってな。寝たの三時過ぎなんだわ」


欠伸交じりにそう言う奈落に、パズが鋭い視線を向ける。


「って事は、公園での事件、やっぱり奈落さん絡みか」

「ん、まぁな。さすがだな、情報が早い。……あがれよ」


まだ眠気が払えない奈落は、そうパズに促して、居間のソファに対面して腰掛けた。

否、奈落の場合は腰掛けるというよりも寝転がるの方が克明か。


「昨夜の事件を知っているのなら話が早い。その事で吉報だよ」

「吉報?」


オウム返しに訊ねる。


「ええ、そりゃもう。この仕事は急展開を迎えるね」

「いいから話せ。何だ?」


そうしてパズは、噛んで含めるように、一字一句を丁寧に唱えた。


「端的に言おう。ルードラントの潜伏先が、割れた」

「マジかッ!」


予想もしない報告に、奈落はソファからその身を躍らせた。

姿勢を正して改めて座し、奈落はパズに視線を向ける。

もはや眠気など微塵も感じさせない、鋭さを帯びた黒瞳だった。


「でかしたぞパズ。それで、奴はどこだ」

「そうがっつかないでよ。ヴェンズだよ、ヴェンズ。今朝方、女の子と獣車から降りる男を目撃した人がいてね。その人にラナの写真を見せたら、これがビンゴってわけ」


何でもない事のように言うパズだが、その功績は驚愕に値する。

今朝の目撃情報を今朝入手し、

今朝実際に会い、

今朝その情報を奈落のもとへと届ける――

並みの人間には到底真似できないだろう。

奈落はしきりに感心して、それからあごに指を当てる。


「ヴェンズなら、獣車で五時間……意外と近いな」

「すぐに出る?」

「ああ。いつまでも奴が同じ場所にいるとは限らねえし。全速で追って最速で壊す」


決意表明する奈落は拳を握り、もう一方の手の平に打ちつけた。

満足そうに頷くパズは、準備に取り掛かろうとする奈落に手を差し出す。


「そう言うと思って、既に入手済み」


言うと、まるで手品のように獣車用切符が四枚、パズの手中に現れた。

言うまでもなくそれは奈落とパズ、それからシルヴィアとラナをヴェンズへと運ぶ切符である。

情報屋はそれを、得意げにひらひらと左右に振った。


「冴えてるな情報屋。報酬は弾むぜ」

「くれぐれもツケと報酬は別口でお願いしたいね」


無視した。

だが応じる声があった。

奈落の代わりにとでも言うように発された声は、玄関の方から聞こえた。


「その切符、もう一枚用意できるかしら」


意外な声を耳朶に打ち、奈落とパズ、その両者が驚愕する。

奈落は着替えを取ろうと中腰になったところで、

パズは切符を持ったままで、

時が凍ったかのように静止した。

両者とも彼女を見る眼を点にしたまま、状況を把握しかねていた。

それだけ、その闖入者は予想外だった。

来訪者は急いで来たのか息を弾ませて、肩を浅く上下させている。

額に汗を浮かせ、両膝に両手を乗せて何とか立っている――

しかし、その顔は真っ直ぐに奈落を見据えていた。

その眼の活力は少しも衰えを感じさせず、焔の如き熱をさえ帯びている。


制服すら着用せず、

ナッツ色のワンピースにスニーカーという不恰好な出で立ちで、

奈落邸の玄関口に、

ヒセツ・ルナは立っていた。


「お前、朝っぱらから何でこんなとこに……」


まだ衝撃から立ち直りきっていない奈落は、闖入者に呆然と問うていた。


「走ってる間にも考えたの。正義と、罪について!」

「……何の話だ?」


奈落は眉根を寄せるが、彼女は構う事なく続けた。


「さっきの公園での事件、犯人はアンタになってたわ。

本当は私なのに、火柱をあげたのは壊し屋・奈落という事になってた。

そうしてアンタはまた一つ罪を重ねた!」


「まあ、状況証拠からそうなるだろうな」


にべもなく言う奈落だが、ヒセツはそれに異を唱える。


「でもそれはアンタの罪じゃない! 誤解が真実を覆っているのよ、それでわかったの、私は誤解に罪をなすりつけられた真実を、見ようともしていなかったって。それは大事な事なのよ。とても大事な事。でも簡単にアンタを良い人間だと思う事も出来ないのよ。つまりね、正直、まだ整理がついていないわ。でも私の信じていたものが、確かに今朝、そうついさっきよ、見事に崩れ去った。それだけは確かなの。――だから、だから!」





何が言いたいのか、自分でも良く理解できていなかった。

奈落邸までの道程で考え続けたが、結局、明確な答えは出なかった。

彼女がいま言及している問題は、そんな、わずかな時間で解けるような簡単なものではないのだ。

だから整理されないままにぶつける言葉は支離滅裂で、

奈落もその隣りの少年も、呆気にとられた顔をしている。


だが、それでも伝えねばならなかったのだ。


ヒセツが捕えた真実の一端を、誤解の土の中から掘り出すために。

例え方法が不器用でも、

全容が見えなくても、

少しでも、

出来るだけ多く、

それは白日の下へ露にされるべきなのだ。


彼女の考える真実の在り方というものは、そういった性質を持つのだから。


いま、ぶつけたい言葉はただ一言。


結論を出せないからこそ、いまこそ言うべき言葉は決した。


簡潔に、

素早く、

わかりやすく、

それでいて丁寧に、

伝えるべき事だけを言えばいい。



さあ大きく息を吸おう。


肺を膨らませよう。


そして祈るように叫べばいいのだ。



「つまり――――――――私も一緒についていくわ!!」



言った。




次回、転章の最終話です。

刑罰執行軍の少女と非合法の壊し屋――

交わる事のなかった意志が、一つの方向を向き始める。


続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。


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