その敵は敵とは異なり――
非合法の壊し屋・奈落。
彼はトキナスという謎多き男から、ルードラント製薬会社の破壊の依頼を請け負う。
夜。期せずして相対する事と成った奈落とルードラントだったが、
注目を集める事をお互いに嫌う両者の戦いは、
野次馬が集まって来た事で、一時は収束を見た――
◆
「悪いね朝早くに。――寝てた?」
来訪者を迎えた奈落は、シャツ一枚にスラックスという出で立ちで、ひどい寝癖を冠に戴いていた。
苦笑する来訪者は、すっかり身支度を整えたパズである。
パズの推測は正しく、今日の奈落の目覚ましは彼のノックだった。
「ああ……。どうした、まだ明け方じゃねえか」
「明け方って、もう八時過ぎなんだけどね。シルヴィアに起こしてもらわなかったわけ?」
「ああ、起こすなって言ったんだ。昨日色々あってな。寝たの三時過ぎなんだわ」
欠伸交じりにそう言う奈落に、パズが鋭い視線を向ける。
「って事は、公園での事件、やっぱり奈落さん絡みか」
「ん、まぁな。さすがだな、情報が早い。……あがれよ」
まだ眠気が払えない奈落は、そうパズに促して、居間のソファに対面して腰掛けた。
否、奈落の場合は腰掛けるというよりも寝転がるの方が克明か。
「昨夜の事件を知っているのなら話が早い。その事で吉報だよ」
「吉報?」
オウム返しに訊ねる。
「ええ、そりゃもう。この仕事は急展開を迎えるね」
「いいから話せ。何だ?」
そうしてパズは、噛んで含めるように、一字一句を丁寧に唱えた。
「端的に言おう。ルードラントの潜伏先が、割れた」
「マジかッ!」
予想もしない報告に、奈落はソファからその身を躍らせた。
姿勢を正して改めて座し、奈落はパズに視線を向ける。
もはや眠気など微塵も感じさせない、鋭さを帯びた黒瞳だった。
「でかしたぞパズ。それで、奴はどこだ」
「そうがっつかないでよ。ヴェンズだよ、ヴェンズ。今朝方、女の子と獣車から降りる男を目撃した人がいてね。その人にラナの写真を見せたら、これがビンゴってわけ」
何でもない事のように言うパズだが、その功績は驚愕に値する。
今朝の目撃情報を今朝入手し、
今朝実際に会い、
今朝その情報を奈落のもとへと届ける――
並みの人間には到底真似できないだろう。
奈落はしきりに感心して、それからあごに指を当てる。
「ヴェンズなら、獣車で五時間……意外と近いな」
「すぐに出る?」
「ああ。いつまでも奴が同じ場所にいるとは限らねえし。全速で追って最速で壊す」
決意表明する奈落は拳を握り、もう一方の手の平に打ちつけた。
満足そうに頷くパズは、準備に取り掛かろうとする奈落に手を差し出す。
「そう言うと思って、既に入手済み」
言うと、まるで手品のように獣車用切符が四枚、パズの手中に現れた。
言うまでもなくそれは奈落とパズ、それからシルヴィアとラナをヴェンズへと運ぶ切符である。
情報屋はそれを、得意げにひらひらと左右に振った。
「冴えてるな情報屋。報酬は弾むぜ」
「くれぐれもツケと報酬は別口でお願いしたいね」
無視した。
だが応じる声があった。
奈落の代わりにとでも言うように発された声は、玄関の方から聞こえた。
「その切符、もう一枚用意できるかしら」
意外な声を耳朶に打ち、奈落とパズ、その両者が驚愕する。
奈落は着替えを取ろうと中腰になったところで、
パズは切符を持ったままで、
時が凍ったかのように静止した。
両者とも彼女を見る眼を点にしたまま、状況を把握しかねていた。
それだけ、その闖入者は予想外だった。
来訪者は急いで来たのか息を弾ませて、肩を浅く上下させている。
額に汗を浮かせ、両膝に両手を乗せて何とか立っている――
しかし、その顔は真っ直ぐに奈落を見据えていた。
その眼の活力は少しも衰えを感じさせず、焔の如き熱をさえ帯びている。
制服すら着用せず、
ナッツ色のワンピースにスニーカーという不恰好な出で立ちで、
奈落邸の玄関口に、
ヒセツ・ルナは立っていた。
「お前、朝っぱらから何でこんなとこに……」
まだ衝撃から立ち直りきっていない奈落は、闖入者に呆然と問うていた。
「走ってる間にも考えたの。正義と、罪について!」
「……何の話だ?」
奈落は眉根を寄せるが、彼女は構う事なく続けた。
「さっきの公園での事件、犯人はアンタになってたわ。
本当は私なのに、火柱をあげたのは壊し屋・奈落という事になってた。
そうしてアンタはまた一つ罪を重ねた!」
「まあ、状況証拠からそうなるだろうな」
にべもなく言う奈落だが、ヒセツはそれに異を唱える。
「でもそれはアンタの罪じゃない! 誤解が真実を覆っているのよ、それでわかったの、私は誤解に罪をなすりつけられた真実を、見ようともしていなかったって。それは大事な事なのよ。とても大事な事。でも簡単にアンタを良い人間だと思う事も出来ないのよ。つまりね、正直、まだ整理がついていないわ。でも私の信じていたものが、確かに今朝、そうついさっきよ、見事に崩れ去った。それだけは確かなの。――だから、だから!」
◇
何が言いたいのか、自分でも良く理解できていなかった。
奈落邸までの道程で考え続けたが、結局、明確な答えは出なかった。
彼女がいま言及している問題は、そんな、わずかな時間で解けるような簡単なものではないのだ。
だから整理されないままにぶつける言葉は支離滅裂で、
奈落もその隣りの少年も、呆気にとられた顔をしている。
だが、それでも伝えねばならなかったのだ。
ヒセツが捕えた真実の一端を、誤解の土の中から掘り出すために。
例え方法が不器用でも、
全容が見えなくても、
少しでも、
出来るだけ多く、
それは白日の下へ露にされるべきなのだ。
彼女の考える真実の在り方というものは、そういった性質を持つのだから。
いま、ぶつけたい言葉はただ一言。
結論を出せないからこそ、いまこそ言うべき言葉は決した。
簡潔に、
素早く、
わかりやすく、
それでいて丁寧に、
伝えるべき事だけを言えばいい。
さあ大きく息を吸おう。
肺を膨らませよう。
そして祈るように叫べばいいのだ。
「つまり――――――――私も一緒についていくわ!!」
言った。
次回、転章の最終話です。
刑罰執行軍の少女と非合法の壊し屋――
交わる事のなかった意志が、一つの方向を向き始める。
続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、
いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。




