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威風と一分

非合法の壊し屋・奈落。

彼はルードラント製薬会社の破壊と、双子の娘の救出を、

依頼人・トキナスより請け負う。


ルードラント製薬会社が不可解な炎上を迎えてから一日。

夜。役者がそろい始める。



ラナを迎えに来たというルダはルードラントを慕い、

その招聘を拒むラナはルードラントへ対立を宣言し、

それを嘲笑するルードラントはラナへ致命の魔法を放ち、

それに激情したヒセツはルードラントと対峙し、壊し屋を呼ぶ。


そして――

壊し屋がそれに応える。




――夜の帳が落ち込む深夜。


眼前。


月光に照らされた背中、赤黒いコートが、夜の風にたなびいていた。





ヒセツとラナに急迫していた脅威を弾き飛ばした壊し屋は、ジンと痛む手を振った。


「よぉ、生きてるか?」


赤黒いコート、逆立てた黒髪、吊りあがった眼、射抜くように鋭い黒瞳。

壊し屋・奈落がそこにいた。

ぞんざいな口調とともに振り返った奈落は、次の瞬間苦笑に顔を歪めた。


「なぁに泣いてんだよ、テメエは」


視線の先では、ヒセツの頬に一筋の涙が伝っていた。

刑軍とはいえ、死の恐怖と直面して、平気でいられるはずがない。

その表情は呆然としていて、奈落の登場を理解してさえいないように見えた。

だが確かに現れたのだ、奈落という救い手は。


「でも待て。何でお前がここにいる」


苦笑から一変、奈落はただ苦いだけの表情を浮かべる。


「まさか、夜襲でもかけるつもりだったンか」

「……うるさい」


ヒセツは認めたくない事実から逃げるようにしてそっぽを向いた。


「図星なのかよ……」


げんなりとして、奈落はうめいた。


「うるさいわねッ。……だいたい来るのが遅いのよ、この犯罪者」


声に覇気は感じられないものの、減らず口を叩く余裕はあるようだ。

奈落はとりあえずヒセツから視線を転じ、前方へと向き直った。

十メートルとない距離に、男と少女――ルダが立っている。


いまいち、状況は把握できかねていた。

轟音に目覚めて窓外を見れば、龍の如き火柱があがっていた。

胸騒ぎがして寝室を見ればラナが失踪していた。

コートを羽織って全速力で火柱を目指して走り、いまに至る。


「ルダが逃げ出しラナと接触、それをあの男に見つかっちまった。連れ戻そうとしてるところにヒセツ――お前が介入したと、こんなとこか?」


背後に問うと、息を切らし震える口調でヒセツが一喝する。


「何を呑気に構えてんのよ……ッ。後ろに死にかけの女の子がいるでしょうッ」

「ああ、ラナの事か。それならいま治療中だ」

「……いま?」


疑問を発するヒセツは、緩慢に四肢を動かし、時間をかけて背後を振り返り、ようやく理解したようだった。

彼女が見たのは、少女の患部に、発光する小さな両手を掲げる奇妙な梟の姿だった。

梟は治療を続けながら、その首をぐりんぐりんと奇妙に回す。


「ほけほけ。この老いぼれ、実は治癒の使い魔でな」

「治りそうか?」

「タイミングがいい。夕飯まで済んだいま、まさに朝飯前でな」

「優秀な老いぼれだ。――任せた」


奈落はそう言い置いて、改めてヒセツに問いを向ける。


「それでどうなんだ、俺の仮説は」

「名前は知らないし、状況もわからないわよ……。ただ、あの子、妙だわ……」

「妙?」


と、奈落はオウム返しに尋ねる。


「だから、私にもわからないわよ……ッ」

「自分で確認しろってか。まあいいけどな」


言って、奈落は両拳を合わせて関節を鳴らす。


「とりあえず、あとは任せな。こっからは壊し屋の仕事だ」


奈落は前方を鋭く睨みつける。

ルダは救出対象。

男の方は、昨夜の火事場で英雄と並んでいた男だった。

昨夜は確認しなかったが、ここにいる以上はルードラントの関係者あるいは本人だろう。

それだけ事情が掴めれば十全だ。


あとは、壊す。


「さて、お前がルードラントか?」

「いい線行ってんな。だが残念。人違いってな」


男の応答に、奈落は首を傾げる。

会話をするのは今回が初めてだが、何か違和感が生じた。

判然としないが、小さな違和感だ。

情勢を左右する程ではないだろう。


「ならテメエはどうでもいい。さっさと帰れ」

「どうでもいいたぁ心外だな」


自尊心を傷つけられたか、男の口調にトゲが加わる。

が、それこそ奈落にはどうでもいい事だった。


「テメエの主張なんか知るかよ。とりあえずルダ返せ」


言って、余裕を崩さない奈落は、要求するように右手を出した。

が、次の瞬間、動揺が走る。

その要求を却下したのは男――の隣のルダだった。


「嫌よ。アタシはルードラントのところに帰るんだから」


奈落は首を傾げる。

彼女――ルダは、ルードラントに無理矢理誘拐されたのではなかったか。

少なくとも情報ではそういう事になっていた。

が、どうやらそれは微妙に的を射損ねていたらしい。

ルダの思いがけない態度に、奈落の口調に険がこもる。


「わがまま言ってねえで、こっち来い。俺は壊し屋をやってる奈落で、お前の親から連れ戻すように頼まれてんだよ」

「私には親なんかいないッ」


と、つっぱねるようにして断言するルダ。

奈落は胸中であのペテン野郎やっぱ嘘かよとトキナスに罵詈雑言を送った。

それほど難解でもないだろうに、状況の把握は困難だった。

その原因となっているのがルダだ。

彼女の態度は、前情報から想像していたものとかけ離れていた。

嘆息。

しかし、壊し屋として行うべき仕事に変わりはない。


「まあいい。いいか、俺は仕事でお前を連れ戻す。テメエの意向なんざ知らねえ」

「やれるもんなら、やってみなよ」


強気で言い放つルダに、奈落は、やってやるよと答え、

刹那、

ルダの隣に立つ男を吹き飛ばしていた。


「……………え?」


ルダの理解は、奈落の挙措に追いついていない。

地を蹴り、残像すら残す速度で肉薄し、打撃を加え遥か後方へ男を吹き飛ばした。

その一連の流れは、ルダの眼に、突然男と奈落が入れ代わったように見えた事だろう。


「これで満足か?」


脇で呆然とするルダに、奈落は誇るでもなく言った。


「いやいや、まだまだ不満だね」


答えたのは、言うまでもなくルダではない。

声の発生源に視線を投げ、奈落はチッと舌打ちした。

不死身の体力だとでもいうのか、男は平然とその先に立っていた。


「一分でケリをつけるぞ」

「やってみろよ」


男が、奈落へ向けて早口に唱えた。



「我、御するは原典より在るもの――対象を貫け光刃」



男の眼前に光の槍が展開する。



それは目標を奈落と定めるやいなや――



音さえ貫く速度をもって射出された。







次回、二章完結です。



続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。


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