表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/68

彼女と彼女

非合法の壊し屋・奈落。

彼はルードラント製薬会社の破壊と、娘の救出を、

依頼人・トキナスより請け負う。


謎を多く残す依頼人だったが、

10億という報酬に釣られた奈落は、


謎の失踪を遂げたルードラントの足取りを掴むべく、

調査を開始する。


しかし成果を得られぬまま帰宅を余儀なくされ、

そこで奈落を迎えたのは、火中より救い出して以来昏倒を続けていたラナであった。


一切の記憶を失ったと自供するラナの身柄に対し、

奈落はひとまずの保護を決めるのだった。


しかし――






夜の帳が落ち込んで、日中から一転、世界は闇色に満ちていた。

人の姿のない、閑静というよりも寂しいといった感の街路を、ラナは一人歩いていた。

何ら特別な意図のない、ただの散策である。

二日間とはいえ昏睡状態にあった彼女の身体は凝り固まっていて、

それをほぐすための軽い運動だ。


ただ、反対されるだろう事は容易に想像できたので、奈落には何も言わず、黙って出てきていた。

なればこその、誰もが寝静まった時間帯での散策だった。

日付が変わって二時間といったところか。

周囲に人影はなく、家々から漏れる明かりもなかった。

目を盗むように出てきたのには、奈落に対して負い目を感じていたからに他ならない。



家に泊めてもらうためとはいえ、彼に嘘をついてしまったのだから。



奈落やシルヴィア、パズに胸中で幾度となく謝った。

良心の呵責に、今にも押しつぶされてしまいそうだった。



――ボクは、記憶喪失なんかじゃない。

ルードラントの目的だって、覚えている。



ラナの記憶は、奈落がいま最も求めている類の情報であった。

それを記憶喪失と偽り秘する事は、奈落への離反とも判断できる。

それでも、言えない理由がラナにはあった。

全て吐露してしまえばどれだけ楽になれるだろう。

何度も口を開きそうになって、必死に押し留めた。

奈落にしたって、飛躍的に仕事が進むに違いないというのに。


恩を仇で返していた。


それでも、ラナは口を固く閉ざす。

真実の供述は、ラナを路頭に迷わせる結果へと直結するのだから。

正体を知られれば、ボクは彼らに追い出されるに違いない。



――実際、奈落もシルヴィアもボクにそう言ったのだ。



だから、これからもラナは嘘をつき続ける。

人気のない路地を行く。

こうして歩けるのも、帰れば迎えてくれる人がいるからこそ出来る。

人との縁が、彼女の警戒心を弛緩させていた。


雲はない。

ほのかに照らす月明かりが、道を判別できる程度の明度を、地上に確保している。

だから間もなく気付いた。

足を向ける先に立つ、夜気に沈んだ人影に。


全身に緊張が走る。

まさか人に遭遇するとは思っていなかった。

目を丸くすると同時に自分の軽率さを呪ったが、もはや後の祭りだ。

聞こえた音は、嘘をついてまで手中に収めた平穏が、いとも容易く崩れ去る音か。


恐怖で、ぴたりと足が止まる。


地に縫い付けられたように足は動かなかった。

うつむく視界に、人影の足先が入り込んだ――

相手は臆する事なく近づいてきているようだ。

迷いのない足音が刻まれるうちに、人影はラナの眼前にまで迫った。

焦燥で、動悸が早鐘のように激しくなる。

ラナは固く眼を閉じた。

再び目を開けた時には、人影は消えていてくれるのではないか――

逃避でしかない、そんな幻想を想いながら。


が、それは確かに存在している。

耳障りにすら思う鼓動を遮って、人影が声を放った。


「ねえ、顔上げてくんない?」


まるで旧知の仲であるとばかりの、気安げな口調だった。

それはかえってラナの緊張を煽っていた。

それは、相手に、それだけの余裕がある事の証左なのだ。


従順であれ。


逆らう事を恐れた彼女はそんな強迫観念にかられた。

恐怖に震えながら、ラナはゆっくりと顔を上向かせ、ゆっくりと目を開けた。

そして。


――私が目の前に立っていた。


「え……?」


呆気に取られ、ラナは間抜けな呟きをもらす。

一瞬、本気で自分の像が鏡に映りこんでいるのかと思った。

そう錯覚してもおかしくないほどに、眼前の人影はラナと酷似していた。

鋭い観察眼の持ち主ならば、姿勢の差異には気付くかもしれない。

遠慮がちな性格を象徴するようにラナが猫背なのに対し、人影は自信を双肩に担うかのように胸を張っていた。

そして唯一、一見して分かる相違点と言えば――

ラナがツインテールにまとめている長髪を、人影は腰まで下ろしている点か。


ラナの表情が、たちまち歓喜のそれへと変化した。


「――ルダっ!」


人影――ルダは、ラナの豹変ぶりに口元をほころばせた。


「もしかして、今まで気付いてなかったの?」


ルダ。

ラナと双子の関係に当たる少女。

姿形はもとより、声質までがそっくりだった。

髪形まで揃えれば、他人に彼女らを区別する事は不可能だろう。


二人の邂逅で、閑散とした夜に暖とした空気が流れ込んだ。


「本当にルダ? どうしてここにいるの? あの人に、捕まってたんじゃ……」


解放されたラナと違い、ルダにはまだルードラントの言う価値が残っていたはずだ。

ルードラント製薬会社が全焼したとは奈落から聞いたが、それはルードラントの自作自演。

ルダは未だ捕らわれの身となっているはずだった。


「ねえ、ルダ。どうしてここにいるの?」


幼いがゆえの率直な問い。

刹那、ルダは表情を曇らせるが、その理由を察するには、ラナは無垢に過ぎた。

風の日の月の如く、ルダの表情は一瞬で明るいそれへと戻る。


「それなんだけど、歩きながら話そ」


聡明な彼女にしては珍しい、もったいぶった言い方だった。

それを怪訝に思いながらも、ラナは首肯してルダと並んで歩き出した。


月光に照らされ伸びる影の長さは、一ミリさえ相違はなかった。



全く同じ身長、



全く同じ声質、



全く同じ――。




ラナとルダ――双子の歩みは遅々としていた。







次回、ルダの登場は何を意味するのか。

そして双子の邂逅に、ある人物が絡み合っていく――


続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ