賢者と小童
非合法の壊し屋・奈落。
彼はルードラント製薬会社の破壊を、依頼人・トキナスより請け負う。
謎の失踪を遂げたルードラントの足取りを掴むべく、
奈落と情報屋・パズは火災跡を訪れる。
調査を進めながらパズの報告を聞く奈落は、
トキナスと言う人間への不信を高めていく――。
そんな中、奈落は一体の使い魔を召喚する。
「放蕩の賢者、飛び跳ねる知、屋根裏の祭唄」
詠唱を終えると同時、奈落の眼前に白光が膨れ上がる。
淡い白を持つ光は球状で、段々と小さくなっていき、密度を濃くしていった。
パズが光の中に、小さな影のようなものを見つけた時だった、ばつんという音と共に、白光の玉が弾けたのは――。
「ほほほけ! ん、ん、んー? ッホ、これは、久々のシャバの空気じゃろうのう」
球を卵と捉えるならば、そこに生じたのは雛だった。
弾けた球から生まれたそれは体長五十センチほどで、ぎょろりと大きな瞳に茶褐色の羽を持つ、一言で言えば梟であった。
しかしその他の特徴が、それが異形である事を明確に示唆していた。
短くも確かに伸びる四肢は人間のそれであり、それらを繋ぐ胴も人間のものと酷似している。
そして奇妙な事に、その異形は人語を介した。
「ほほほけ! 奈落よォ、のォ、随分とこの老いぼれを放置してくれたのォ。言うたろうが。この老いぼれに限り、召喚を維持せいと」
「やかましい。使い魔の召喚維持は体力使うんだよ。だいたいテメエみてえな恒常的役立たずなんざ、召喚してても仕方ねえ」
異形の梟は、奈落が召喚した使い魔である。
つまり主従関係を結んでいるのだが、奈落を辟易させるほどに、
その使い魔の態度は横柄に過ぎた。
「ほけけ。誰が役立たずか。小童が。ん、ん、んー? しかしあれだな奈落よォ、のォ、その恒常的役立たずを召喚したのだな。ツンツン小童が」
梟は奈落の足下へと降り立ち、その翼でぺしぺしと彼の足を叩く。
その梟は人間のように表情を露出しないが、馬鹿にしている事だけは理解できた。
早速、奈落は召喚した事を後悔し始めていた。
「ああ……こいつもう還そうかな」
「ほほほけ! ナマ言ってんじゃねェぞコラ。小童が。ツンツン小童が。ん、ん、んー?」
と、梟は首を左右に百八十度以上曲げながら唸った。
「用事があるのであろう」
「まあ、そうなんだがな……」
「奈落さん、何、この変な使い魔?」
説明を求めるパズは、見れば、苦笑いしながら一歩を退いていた。
声に応じて梟がパズを振り返り直視する。
口をへの字に眉根を寄せるパズを、梟は値踏みするように、腕など組んで睥睨した。
「ほほほ。この小童、なかなか賢そうではないか。ん、ん、んー?」
相変わらず表情を変えずに、梟は首をぐりんぐりんと奇妙に回す。
「しかしだな賢き小童。この老いぼれに向かって変とは、失礼極まりないとは思わんかね。名を名乗れ賢き小童」
梟の横柄なる問い掛けに、答えたのは奈落だった。
「こいつはパズキスト・ケルト。情報屋だ。お前には、こいつに魔術と魔法の知識を教えてやってほしいんだよ。パズも、まあ気は休まらないだろうが、こいつ知識だけは本物だからな。だいたい何でも知ってるぜ」
奈落の言を受けて、パズは梟を観察する。
その老獪な態度から、確かに博識に見える。
ただ仲良くなれそうにはなかった。
梟は首をぐりんぐりんと奇妙に回す。
「ほけけ。良かろう。賢い小童ならば教え甲斐もあるというもの。どれケルトの眷属。問うてみよ。知識を求めよ。博識になれ。この老いぼれのように」
梟はパズの方に歩み寄る。ぎょろりと大きな瞳でパズを凝視しながら。
「じゃあ、魔術で整形は出来るのかい?」
「ほほほ。そんな事も知らんのかね、賢くも愚かなる小童」
「奈落さん、僕こいつ嫌いだなあ」
「その気持ちは俺も、よぉおおおくわかる」
「話を聞きたまえ小童ども。整形。せ・い・け・い。出来るとも。手段は二つある。一つは相手の目に干渉する魔術。情報の書き換えという事だ。錯覚を見せ、姿が変化したように見せる。ようは幻の類だな。もう一つは姿形を直接変化させる事だ」
「あっさり言うね。簡単にできるわけ?」
「ほけほけ。出来るとも。その使い魔さえおれば。但し条件があるのだよ小童。賢き小童。前者は術者と対象者が目を合わせておらねばならぬ。後者は人間には出来ぬ」
何でもない事のように言う梟だが、感じた違和感を、パズは聞き逃さなかった。
「人間には出来ない……?」
「ほけほけ」
梟が首をぐりんぐりんと奇妙に回す。
「副作用という事だよ。形態変化の魔術は確かに可能なのだが、その翌日には術者は死亡する。形態変化とは、つまり突然変異なのだね。それに適応できるほど、人間は便利に出来ていないのじゃろ」
つまり、と奈落が言う。
「魔術で顔を変えた可能性もまず有り得ねえって事になる。目に干渉する魔術じゃあ不特定多数の人間に目撃される事は不可能。後者は言うまでもねえ」
パズがあごに指を当てて、眉間にしわを寄せる。
「そうだね。そもそも、魔術的に可能であったとしても、常識的に『不完全な形で記憶される顔』になんて化けられっこない」
そこまで言って、パズは顔を上げた。
「そういえば、魔法では出来ないの? 顔を変える魔法」
パズにしてみれば当然の問いだったのだが、奈落は思わず渋面した。
それは奈落にとって、パズが無知であるという見解を助長する問いであった。
「お前、そんな事も知らないのか……」
「ほけ。魔法には、単純な破壊としての能力しかないでな。魔術のように空を飛んだり顔を変えたり、傷を治癒する事は出来ぬ」
「へえ、そういうものなんだ。不便だねえ」
「融通の効かぬ暴力なのだよ。そもそも生まれつきの第六感として備わる素質であろう。のォ。便利なはずがなかろうて」
パズと梟の会話を見て、もしかしたらいい組み合わせかもなと奈落は胸中で呟いた。
意気投合して何かを画策されたら、それほど怖いものもないが。
誰からともなく、二人と一匹は再び歩を進め始める。
足跡を辿りながら、奥へと。
「しかし、トキナスについては結局正体不明か」
「また調べてみるよ。それこそ遠出して権議会に頼ってもいいわけだし。ただ今回の依頼人の場合、調査の成果が上がれば上がるほど、正体から遠ざかってくような気がするんだよね……。徒労感よりタチが悪い」
「ほけけけ。ん、ん、んー? 先程から何の話だね。なァ。賢きツンツン小童ども?」
奈落の肩あたりを飛行しながら、梟が興味深そうに尋ねてくる。
それを、奈落は面倒くさそうに手で追い払った。
「あとでパズに経緯を話してもらえ。いまはほかに優先すべき事があるんでな」
「ほけほけ。良かろう、それならば良かろう。約束された解答に限り、待つ事は楽しい。人生の休息点でな」
「……奈落さん、体よく押し付けたね?」
無視した。
それから彼らは歩き続けるも、特に変わった点は発見できなかった。
これまでの道程と同じように、崩れた壁と散乱した瓦礫が広がり、足跡は相変わらずその下敷きだった。
そして――
変化が起きたのは、ルードラント製薬会社に潜入して、二十三分後の事だった。
行進の軌道が辿りついた先、最奥で彼らを向かえたのは広間であった。
「何だ、これ……」
その光景はパズをうならせた。
二百人は収容できそうなその広間の、床一面に描かれていたもの――
それは、何万もの文字から成る、奇妙な紋様だった――。
次回、その頃のシルヴィアは――
そして、奇妙な紋様の意味とは。
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