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痕跡と悪報

非合法の壊し屋・奈落。

彼はルードラント製薬会社の破壊を、依頼人・トキナスより要請される。

謎や嘘の言動を多用するトキナスに怒りを露わにする奈落だったが、

舌戦の末、依頼を請け負う事に決めたのだった。



奈落がまず始めたのは情報収集だった。

ルードラントが姿をくらませてしまった以上、現状での打開策は皆無といえる。

居場所が掴めていないとあっては、壊すも何もあったものではない。

時間は刻一刻と過ぎていく。

一刻も早く、八方塞を打破する必要があった。


シルヴィアと双子の少女――ラナを先に帰し、奈落はパズと共に火災跡を訪れていた。

自明の理だが、現場とはとかく証拠が残存しやすい。

とはいえ、原因不明の大火事に見舞われた、権力者の屋敷である。

もちろん、刑軍や十一権議会が事後処理をするために一般の立ち入りを禁止していた。

が、奈落は非合法であるのだから規制に従う必要はない

――などと開き直っていたりする。


情報屋・パズに事後処理予定の時間帯を調べさせ、合間を縫うように人が居なくなる時間――つまり今――無人の屋敷へと彼らは侵入を果たした。


広大な敷地を持つ社内は見事に陥落していた。

荒れ狂う炎に蹂躙された生々しい傷跡で満ちている。

窓ガラスは変形し、壁は崩れ炭化し、瓦礫が散り、もはや廃墟そのものだ。

今にも崩れてきそうなボロボロの天井に留意しながら、二人は廊下を進む。


「がさつだね、意外と。会社全体での夜逃げだっていうのに、計画性が見受けられない」


横目で、パズが話を振ってきた。


「ああ、確かにな……」


と応じながら、奈落は視線を全体にぐるりと巡らせる。

周囲には奇妙な点がいくつか見受けられた。

まず、床に残された痕跡だ。

見れば、綺麗に列を三つ成して行進した足跡が残っている。

これでは、総勢二千人の社員が、火事場にもかかわらず、規則正しく同じ軌道で歩いた事になる。

更におかしな事に、廊下に転がる瓦礫には、一つの足跡もなかった。

全ての足跡が、瓦礫の下に刻まれているのだ。


まるで、

瓦礫の原因である火災が起こる前に、

全員が承知の上で脱出し、

それから火をつけたかのように。


「一番おかしいのは、その証拠が残っちまってる点だな」


奈落とパズは、その足跡の行く先を追っていた。


「それなんだよね。これだけ大規模な偽装をしているにもかかわらず、

その偽装を、十分に演出できていない。まるで、時間がなかったみたいに」


「時間がない――何かに急かされるようにして脱出した……?」


「ルードラントは脅威に晒されていた。その脅威から逃れるために、偽装工作を謀った」


「自分が死んだ事になれば、その脅威とやらも諦めるだろうと踏んでってとこか。

そんでその脅威ってやつは、もうすぐそこにまで迫っていた……」


「だとしたら状況は厄介だね。ルードラントを脅威に晒すような存在がいるとしたら、

僕らはそれにも対峙する事になる――かもしれない」


奈落は無言で頷く。

ルードラントの破壊は、思った以上に複雑な案件であるようだった。

ルードラントの組織力に対しては、刑軍でさえ容易に踏み込めずにいた。

その彼に逃走を余儀なくさせるような存在がいる――恐らくはカルキ・ユーリッツァとは別に。

慎重に足跡を辿りながら、パズは思い出したように口を開いた。


「そういえば、依頼人も相当に厄介な人間みたいだよ。昨日、少し調べてみた」

「十一権議会か?」


あらゆる情報を収集し、その管理を一手に担うのが十一権議会である。

膨大な量の情報は兆単位で細分化され、その全てに対して時価が設定されている。

所持する情報は、文字通りあらゆるものを網羅する。

全国民の個人情報、王都の内情、刑罰執行軍の抱える軍事機密……。

果ては未来の情報さえ把握しているのではないかとの噂が、後を絶たなくなるほどである。


十一権議会から情報を購入すれば、トキナスの素性など容易に知れるだろう。

しかし、パズは肩をすくめてそれを否定した。


「いや、この街には権議会の支部がないからね。

それに、質より量で聞き込み重視っていうのが奈落さんの指示だったし」


「そういや、そんな事言ったっけな。で、口振りからして進展あったみたいじゃねえか」


パズは頷く。


「昨日預かった顔写真を見せて回ってみた。

とりあえず二百人に訊いてみたら、妙な結果が出てね。

二百人中実に四十三人、だいたい五人に一人は『見た事がある』と答えた」


「――ちょい待て。何だと?」


奈落が眉をしかめ、露骨に不審の眼差しを送る。

それが本当なら、彼の身元などすぐに調べがつく。

にもかかわらず、トキナスは未だに身元不明の正体不明だ。


「見た事があるって言っても、どうにも証言が曖昧なんだ。

皆が声を揃えて言うんだよ、『見た事はある。でも、それが誰だか思い出せない』。

あまつさえ、『いつ見たのかも覚えていない』と来た。

もちろん、偽名だと思われるトキナスの名前を出しても、誰もが首を傾げるばかりだった。

非常に興味深いね」


パズの言葉を、奈落は吟味する。それは、とても奇妙な話だった。

トキナスは、パズの調査をもってしてなお身元が判明していない。

そこから類推するに、彼は表社会には出てこない人間なのだろうと思う。

しかし、その仮定の一方で彼は不特定多数の人間に目撃されている。


それも、五人に一人の割合でしか覚えられず、またどこの誰か思い出せないという形で。


「仮説1.トキナスは旅人で、多数の人間が目撃している」

「そう考えるのは無理があるね。彼の顔には、これといって秀でた特徴はないし。例え彼が放浪の身だとしても、街の通行人に紛れ、誰の目にもとまらず、誰の記憶にも残る事はないだろうね」


ならば、と間髪入れずに奈落。


「仮説2.実はとんでもない有名人である」

「だったらどうして僕らが知らないわけ」

「だとすると、魔術で顔を変えたとかな」


その言葉に、パズは苦虫を噛み潰したような表情になる。


「魔術ねえ……」

「ああ、そうか。お前、魔法や魔術に関しての知識はないんだっけか」


パズは降参するように両手を挙げる。情報屋にも得手不得手がある。


「その辺の知識はさっぱり。魔術で美容整形できるわけ?」

「ああ、例えば――――――――説明面倒だな」


少し待ってろと言って、辟易する奈落は、その場に立ち止まる。

パズも歩を止めて奈落へと向き直り、その様子を観察する。

碧眼の向いた先、奈落はその黒瞳を閉じていた。

彼と五年以上の付き合いになるパズには、それが使い魔を召喚する際の動作だとわかった。

数瞬の間を置いて、奈落は魔術を詠唱する。


「放蕩の賢者、飛び跳ねる知、屋根裏の祭唄」


詠唱を終えると同時、奈落の眼前に白光が膨れ上がる。


淡い白を持つ光は球状で、段々と小さくなっていき、密度を濃くしていった。


パズが光の中に、小さな影のようなものを見つけた時だった、ばつんという音と共に、白光の玉が弾けたのは――。





次回、奈落の呼びだす使い魔、そして火災跡に見つけたものとは――。



続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、

いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。

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