目算と現実
非合法の壊し屋・奈落。
彼はルードラント製薬会社の破壊を、依頼人・トキナスより要請される。
謎や嘘の言動を多用するトキナスに怒りを露わにする奈落だったが、
舌戦の末、依頼を請け負う事に決めたのだった。
その頃、
刑罰執行軍として奈落への制裁を試みたヒセツは、
一人、悔恨に暮れていた――。
刑軍。
刑罰執行軍の略称であり、俗世では略称が親しまれている。
刑罰執行軍とは、名のとおり刑罰を執行する機関であり、国の治安維持を目的とする。
犯罪者の探索、追跡、確保を行い、その後、刑罰を執行する。
刑軍の特徴として挙げられるのが執行権と呼ばれる権利である。
この権限により、刑軍隊員は独断で刑罰を下す事を許可されている。
もちろん容疑者に対する証拠、罪状の確認と認識を終えた段階で正当化されるものだが、
この権限は法的に強大な力を持つ。
これによって、犯罪の発生率は大いに減少した。
だがそれ故に、刑罰執行軍の隊員には公平性、倫理性、人間性はもちろん、善悪を厳しく客観的に判断できる能力が最低限要求されるのである。
彼女――ヒセツ・ルナは、そんな厳しい環境下に身を置いたばかりの新米である。
◆
悔恨と屈辱と動揺を胸の内に抱えて宿に戻るなり、
ヒセツは糸の切れた操り人形のようにベッドへ倒れこんだ。
しばらく客を迎えていなかったのか、ぶわっとホコリが舞い上がる。
軽く咳き込みながらもホコリを払おうとはせずに、枕に顔を埋めた。
「奈落………非合法の、壊し屋………」
標的の家を突き止めたまでは良かった。
が、実際に出会ってからの失態を思い出すと、穴があれば一目散に入りたくなってくる。
結局。
彼の使い魔が消えるまでヒセツは捕らえられていた。
その間に奈落は逃走し、しばらく待ち伏せてみたが戻る気配もなく。
ファーストコンタクトは、落胆という一言で片付けられた。
懸案すべきは、もっぱら彼に対しての今後の策だった。
彼の住居から宿への帰途、そればかりを思案していたが、打開策どころか妥協案さえ浮かんでこない。
「あんなに……常識無視に、強いなんて………」
昼間の戦闘を思い出す。
彼の挙措の一つ一つを。
単純な力だけでなく、咄嗟の機転、判断力、周到な誘導。
多角的に一律的に、彼の存在は常軌を逸脱していた。
新米とはいえ刑軍であり魔法使いである私に、傷一つ負う事なく勝利して、
素人とはいえ三十人もの人間を、ただ数分で、傷一つ負う事なく勝利した。
舞うように、誘うように、たゆたうように、流れるように、それが自然体であるかのごとく立ち回る彼は、十二分に達人の域にまで達している。
そんな人間に、魔術師に、非合法に、壊し屋に――私は勝たねばならない。
「でも………」
考えるのは、後にしよう。
ヒセツは出口の見えない迷路に辟易していた。
今は、身体も精神も休息を訴えていた。
仮眠をとろう。
三時間で十分だ。
今は、休もう。
すみません、小休止を挟みました。
次回、視点は奈落に戻ります。
続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、
いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。