虚言と鍵
ルードラント製薬会社の破壊と、捕われた少女の救出を請け負った壊し屋・奈落。
彼は意図せず、何もしないまま依頼を完遂してしまう。
その報告を依頼人・トキナスに行ったが、
依頼は何一つ済んでいないと彼は言う。
不満を訴える奈落に対し、
トキナスは、一度は奈落への依頼を諦める。
離れて行こうとするトキナスに、
しかし奈落は「待った」をかける。
「俺を納得させてみろよ」と、奈落は挑発的に告げるのだった――。
「俺を納得させてみろよ、依頼人。それが出来なきゃ関係はここで終わりだ」
「いいだろう」
と、トキナスは言う。
「その写真は私の娘のルダだ。そこで眠っているのはラナだ。救出してほしいのはルダだけだ」
「まだ、娘のうち半分を求める理由を聞いていないな」
「ルダが必要で、ラナが不必要だからだ」
「アンタにとっての必要有無の基準はどこにある」
「答える義理はないな。だが何でもいい。
愛らしさでも、頭の良さでも、そちらで納得のできる理由を設定してくれて構わない」
「設定ね」
と奈落は繰り返す。
「聞きたいのは上塗りじゃないんだがな」
「依頼に必要なだけの情報は開示している。そう思わないか?」
その言葉を受け、奈落は言葉に窮する。
確かに彼の言は正しかった。
例え疑惑に満ちていようと、破壊の対象と報酬が設定されている限り、トキナスの依頼は受けるに足る。
しかし、それを承知していて尚、口を挟む者が居た。
パズだ。
「わかりました、いいでしょう。信じましょう。ルードラントに誘拐されたのは、貴方の娘のルダであるという虚言を。貴方が、愛せない娘であるラナを放置する非道な親だという妄想を。但し認めてもらおうか。それらは虚言であり妄想であると」
吊りあがった眼が鋭さを増す。
内に秘める鋭さは、時に奈落をも圧倒する。
トキナスもまた、その鋭さに穿たれたようだった。
「――いいだろう。私は虚言家である」
パズはトキナスに視線を据えたまま、奈落へと言葉を放つ。
「奈落さん、これで十分じゃないか。認めた以上、あとは僕が調べればいいだけの話だよ」
奈落は苦笑しながら応じた。
「お前がそう言うなら、いいんだろうな」
「随分その小僧を信頼しているな。壊し屋はお前だろう」
「こう見えて、パズは冷静――というよりも冷酷でね、俺よりずっと。
そいつが十分だと言った事に、何を差し挟む余地もねえさ」
そう告げた奈落は、だが、と付け加えた。
「最後に一つ要求がある。報酬を上げろ」
「………貪欲だな。五億では足りないと言うのか」
「別に俺の欲が深いわけじゃねえ。ただ、依頼内容と報酬とが不等価だって言ってんだ」
「ルードラントの破壊に対して、十分過ぎる対価だと思うが?」
「そのルードラント製薬会社に、英雄・カルキ・ユーリッツァが関与しているとしても?」
「……何だと?」
今度こそ、トキナスは驚愕の声をあげる。
それは同席するパズもミストラルも同様で、一同の視線が奈落の口元に釘付けになった。
「それは、本当ですの?」
「ああ。昨日の火事で、ラナを寄越した人物がカルキ・ユーリッツァだった。
間違いなく奴はルードラントに一枚噛んでるぜ。という事は、俺は近日中に、
かの英雄と対峙しなきゃならねえ。そいつを考えると、五億じゃとても足りねえな」
トキナスが英雄の存在を知り、閉口し、それから再び言葉を発するまでに要した時間は、奈落の予想よりも幾分か早かった。
いいだろう、とトキナスは言った。
動揺を抑えた、平板な口調に戻っていた。
「報酬は十億に引き上げる。但し期限を設けさせてもらう」
「期限?」
「こちらも時間を持て余しているわけではないのでな。
丼勘定でいい、壊し屋、依頼達成にかかる期間は、最短でどの程度だ」
トキナスの眼前で、奈落は胸中で計画を練る。
自分の力量、おおよその敵の戦力、調査の時間、破壊に必要な準備等を概算し、
描く軌道通りに全てが起こった場合について考える。
やがて打ち出した数字を、奈落は慎重に告げた。
「最短で一ヶ月だな」
本当は三週間だったが、多くの不確定要素を考慮した結果、一週間の余裕を持った方がいいだろうと判断した。
案件を思えば、一ヶ月でも早期解決の範囲内だろう。
「成程。ならば一週間だ」
「ちょい待て」
「それ以上は待てない。妥協する気もない。お前が言える台詞は『はい』か『いいえ』だ」
有無を言わせぬ物言いに、奈落が閉口する。
「じゃあ僕が問おうか。それだけ早く期日を設定する理由を聞かせてもらいたいね」
「断る」
パズの言葉にも耳を貸さずに、トキナスは瞑想するように閉眼した。
それは表明だった。
最早議論を許さないという、強引な閉塞。
その様子を見て、ミストラルが苦笑する。
「この方が眼を閉じた時は、本当にもう意見の一切を聞き捨てますわよ。
――奈落君、貴方の返答の仕方は、わかっているでしょうね?」
ミストラルに続いて、パズもその碧眼を奈落へと向ける。
そして奈落はトキナスを見る。
眼前の隔絶を。
閉塞の扉を開けるには、鍵が必要だった。
そうして奈落は全てを思う。
鍵を持つに必要な全てを。
それらは唯一無二の鍵となり、奈落はそれを鍵穴へと導く。
「――いいぜ。契約成立だ」
鍵が開く。
奈落の言を受けて、トキナスが両眼を開く。
扉が開く。
そして、彼はその扉の向こう側へ行く必要があった――。
次回、消えたルードラントを追うべく、
壊し屋・奈落の本当の仕事が始まっていく――。
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