疑惑と思惑
ルードラント製薬会社の破壊と、捕われた少女の救出を請け負った壊し屋・奈落。
彼は意図せず、何もしないまま依頼を完遂してしまう。
その報告を依頼人・トキナスにする奈落だったが、
ルードラントの自滅は自演である疑いが強いと判明する。
そして救出された少女でさえも、
トキナスは人違いであると告げるのだった――。
「寝言は寝て言えと言ったろう。娘の救出も、まだ済んではいない」
彼の返答は、依頼を、何一つ達成していない事を示唆するものだった。
「何、言ってやがる……」
「言葉どおりだ。娘の救出も達成出来ていない」
彼の口が紡ぐ言葉は、単純明瞭で、しかしそれだけに要領を得ない。
写真の少女と同じ容貌の少女を目前にしてなお、彼の口調は揺るがない。
トキナスの言葉に、納得がいこうはずもない。
シルヴィアの胸元を指し、奈落は誰何の声を飛ばした。
「なら、こいつはどこの誰だってんだ?」
「その娘の名はラナ。そちらは興味の対象外でね。私が救出してほしいのは、その双子の姉であるところのルダだ。
解るか? つまり依頼は何一つ遂行されていない」
「双子だと……?」
ラナとルダとは、件の双子の名前だろう。
彼の口振りからして、今幸せそうに寝顔を見せるこの少女がラナか。
だが追及すべき問題は名前ではない。
彼の言葉は、納得できるようなものではなかった。
彼は、双子の一方しか引き取らないと言ったのだ。
「アンタ、自分が何言ってんのか解ってんのか? 二人の娘のうち一人しかいらねえだ?
五億出してまで娘を助けたいとか言いながら、一方は不必要だと。
自分は不審者ですって言ってるようなもんだろう」
静かに激昂する奈落が、不自然な点を列挙し、言及を始める。
「だいたい、誘拐なら刑軍に依頼すればいいはずだ。奴らなら無償で救出してくれるだろうよ。
とりあえず助けてみたら今度はいらねえ? どういう事だ――答えろ」
「それはこちらの事情だ。答える義理は――」
「何より俺が気にいらねえのは――」
彼の言葉を遮って、奈落は明後日の方向を指差して叫んだ。
「お前が関わってるって事なんだよ――ミストラル・レイアッ!」
叫びに応じて起きた変化は三つ。
パズが驚愕に目を見開き、奈落の指差す方向へと視線を転ずる。
対峙するトキナスも、流石に動揺を禁じえない。
瞬きと同時に平素な表情に戻るも、確かに刹那の瞠目を見せた。
そして三つめ――全員の視線が集中する先で、熱に浮かされるように、大気が揺らいだのだ。
その全容は人型に相違ない。
「奈落さんッ」
腰を浮かせて鋭い声を発するのは、パズだ。
「居るのか、彼女が!」
「ああ、間違いねえな。何の根拠も得られないような、小さな違和感。
それに――この独特の甘ったるい空気は、嫌でも想い出させるぜ、あの魔女を」
揺らぐ大気は、やがて色を得る。
流れるような金、陶器のような白、そしてそれを包むグリーンイエローが鮮やかに浮かび上がり、それらがそれぞれ頭髪、肌、ワンピースの色であると解る頃、ミストラル・レイアは登場する。
さながら、それは神の顕現を思わせた。
「よく、気付きましたわね。勘の良さはお変わりないようで」
柔和な笑みを見せながら、ミストラルは歩を進め始めた。
「久しぶりだな。レイン・ベルの抗争以来か――一年ぶりってとこだな」
ミストラルの歩を、奈落は視線で追う。
彼女の歩き方はあまりにも自然で、どこまでも超然としていた。
一縷の隙もなく、無駄がない。
自然すぎるが故の不自然。
彼女はトキナスの横に腰掛け、奈落とパズを交互に睥睨した。
「改めて、お久しぶりですわね。そんなに警戒しないでくださいな。特にパズ君」
「それは無理だ。僕は貴方に随分ひどい目に遭わされてるからね」
パズは剣呑に応じる。
彼はミストラル・レイアに好意的でなかった。
奈落を通じての知り合いだが、彼女と関わって得をした経験が、パズには一度としてなかった。
「単刀直入に聞くが、お前が関わってる理由は?」
「私はただ、彼に強い壊し屋を紹介してほしいと頼まれましたので、貴方を紹介したまでですわ。それ以外に関わりはありませんから、どうぞ安心してくださいまし」
とは言え、奈落に警戒を解く様子はない。
彼女を前に、いくら警戒しても、過ぎる事はない。
ミストラルがトキナスを横目で見やると、同意を求める視線と判断したか、彼はそれに首肯した。
「その通りだ。辣腕の壊し屋というから頼んだのだが……見当違いだったようだ」
挑発的に言い捨てるトキナスが、ふと、椅子から腰を上げた。
「時間をとらせてすまなかった。他をあたる。あとは三人で旧交を温めるといい」
それは、もう話は終わったと言わんばかりの態度である。
奈落からの制止の声が上がるまで、彼は出口への歩みを止めようとはしなかった。
「――待てよ」
「何か? あれだけ文句を言っていたんだ。当然、依頼を受ける気はあるまい」
「確かに納得はしてねえ。だからよ、納得させてみろよ」
「無理をしてまで受ける必要はない。何もお前でなくとも、他に壊し屋はいくらでもいる」
「つっても、俺ほどの壊し屋はいないんじゃねえか? 俺の魔術がどの程度のもんか、謀ったアンタなら分かるはずだろ」
「あら、気付いてましたの」
奈落が言外に含めた非難に、ミストラルが感心の声をあげる。
つい数分前まで、奈落にその確信はなかったが、彼女の関与が明らかになった時点で、疑念はなくなった。
しばし吟味していたトキナスが、先と同じように腰を下ろした。
壊し屋と依頼人、その関係はまだ崩れていない。
奈落は組んだ両手にあごを乗せる。
「俺を納得させてみろよ、依頼人。それが出来なきゃ関係はここで終わりだ」
トキナスから開示された情報はあまりにも少ない。
疑惑で塗り固められて見えなくなった真実を、彼は求めている。
「いいだろう」
次回、奈落とトキナスの主張の行く先は。そして依頼は果たされるのか。
続きを気にしてくれる方、偶然ここに辿りついた方、
いらっしゃいましたら、評価いただけましたら幸いです。