お母様曰く愛し子でしたので
考えようによってはホラー要素かもしれないけど、おばけちゃんは出ません。
幼い私にお母様は言いました。
「貴方は愛されているの」
誰に、とは聞きませんでした。
幼い頃の私はそれを、お母様からの愛だと信じて疑わなかったから。
お母様は私にいつだって多くの贈り物をしてくれたし、言葉でも態度でも愛されているという実感があったからこそ、私はその言葉を疑う事などなかったのです。
ですが……今にして思えば、その時から既に私は他にもいるのだと、ぼんやりと認識していたのかもしれません。
その認識が確かだと思うようになったのは、お母様が死んだ後の事です。
母が死んだ後、父は即座に愛人を後妻として引き入れた。
更には、二人の間には娘がいた。
異母妹。
母を失って間もないというのに、父は母の存在などなかったかのように振る舞って、後妻と異母妹もまた屋敷の中を我が物顔で、最初からここの主人は自分たちなのだとばかりだった。
そうなれば私の存在は隅に追いやられていくのも当然の事で。
母からもらった贈り物の数々は、異母妹にお姉さまばかりずるいと言われて取り上げられてしまった。
私は最初、当然拒否をした。
だって、お母様はもういない。
いないのだから、それらの贈り物は私にとってお母様との思い出の品。
簡単に手放せるはずがなかったのに。
それに。
それだけじゃない。
他人に譲れない理由が他にもあった。
だからその理由を説明して、異母妹には諦めてもらおうと思ったのだけれど。
パァン!
という音と共に、私の身体は傾いで倒れてしまった。
頬を打たれた、と理解したのは私の身体が完全に床に倒れてからだった。
じんじんと頬が痛みを訴えている。
少し遅れて、目からは涙がこぼれていた。
やったのは後妻だった。
妹が望んでいるのだから、姉なら快く譲るべき。
そんな風に彼女は言いました。
母を亡くしたばかりの子供に、その母との思い出の品々を手放せとはよくもまぁ言えたものです。
いえ、もしかしたら少しだけわかっていたから、親切でそう言った可能性もあったかもしれません。
ですが。
ですがやはり事情を聞きもしないで決めつけるのはいただけません。
それによくよく考えたら、もし表面上とは言え事情を知って親切で言うのなら、やはり自分の娘にその品を譲れとは言うはずがないので。
親切ではなく悪意しかない、と私は判断したのです。
ちなみに父はその光景を見て見ぬ振りをしていました。
父も、私の存在はどうでも良いとみなしたのでしょう。
だからこそ。
私は何も言わずにお母様から頂いた品々を譲る事となったのです。
事情も説明も、何も言わないまま。
言おうとしたのを暴力でもって遮ったのは向こうなので、この先どうなろうと知った事ではありません。
大人の意思で子供の意見を封じ込めたのですから、自業自得というものです。
私だって、そう何度も頬を打たれてまで説明してあげようとは思いませんでしたし。
結果として、異母妹は十日もしないうちに亡くなりました。
あっという間にやつれていく様は異様としか言いようがなく、ろくに立つこともできずベッドに臥して食事もマトモに摂る事もできず、医者が診ても原因がわからず。
本当にあっという間でした。
物言わぬ娘の棺に縋って泣く女の事を哀れだと思わなくもなかったけれど。
ですが、彼女もその直後に「うっ」と小さく呻いたかと思えばその場で動かなくなりました。
黄泉路の旅も母娘とであれば、きっと寂しくはないでしょう。
それに父も。
そう遠くないうちに、きっと追いつくかもしれません。
喪が明けて間もないというのに早々に後妻と再婚をした、という話を耳に挟んだお母様のお父様――私にとっては祖父ですね――は、どうやらすぐさま行動に出ていたようでした。
とはいえ、遠く離れた領地で過ごしていらしたので、馬車で出発してこちらに辿り着いた時には、全てが終わっておりました。
えぇ、お父様もまた、後妻と異母妹の葬儀が終わった直後には具合を悪くしベッドの住人と化していたのです。
それを見たおじい様は、全てを理解したようでした。
速やかに手続きをして、私はおじい様とおばあ様の暮らす領地で生活する事になりました。
お父様?
お父様は……生きているのなら、まだ病院かと思います。そうでなければ土の下でしょうか。
異母妹に差し出すしかなかったお母様から頂いた品々は、彼女の死によって私の手元に戻ってくる事になりました。だからこそ、いつも身につけていたネックレスを私は数日振りに自身の首につける事ができたのです。
「まったく、あいつも愚かな事だ。どうせ迷信だと信じやしなかったのだろう」
おじい様がそんな風に呟いたのを、私は聞かなかった事にしました。
あいつ、というのがお父様の事を示しているとわかった上で私は聞かなかった事にしたのです。後妻に頬を打たれた時に見て見ぬ振りをしたお父様と同じように。
もしかしたら、今からでも私が願えばお父様だけは助かったかもしれません。
でも、そうする理由がなかったから。
後日、噂でお父様が亡くなった、と耳にする事になりました。
私はおじい様やおばあ様から当主としての教育を受けながら、あの家の正当な跡継ぎとなりました。もし異母妹が生きていたのなら、その立場も彼女がそうなっていたのかもしれません。
……ただそれも、私の事を虐げなければ、ではありますが。
私に害を加えた時点で、遅かれ早かれ結末は同じでした。
であれば、そんな未来はやはりどうあっても訪れる事はなかったのでしょう。
異母妹が死んだ理由は簡単です。
お母様が私に贈ってくれた品々のほとんどは、呪われておりました。
確かに見た目は綺麗です。美しい、と思わず目を奪われるような輝きが確かにありました。
けれどもその輝きは妙な凄みというか妖しさを伴ったもので、勘の鋭い者であれば身の危険を感じたことでしょう。嫌な予感がする、と思う者もいたかもしれません。
なんの対処もしないまま無防備に身につければ、大変な事になる。
それは、異母妹が身をもって証明してくれました。
そう、何の護りもない異母妹は、無防備に身につけてしまったからこそ呪いの力で命を落としたのです。
呪いによる衰弱なので、病気とは異なるもの。普通の医者に診せたからとて、治るものでもありません。
首飾り以外にも指輪や耳飾りといった、身につける物はありましたから。一つだけでも危険なのに複数を装着すれば、その力は一気に襲うわけです。
危ないから、と説明しようとした私の言葉を遮ってあの時後妻が私の頬を打たなければ、異母妹ももしかしたら死ぬ事はなかったかもしれませんね。
でも、私の言葉を信じる事もなかったのかもしれない、と思えてしまったので、そうなるとやはり結末は変わらなかったのかも。
呪い、と言われても大半の人はきっと信じやしないでしょうから。
昔々のお話です。
かつての貴族たちは精霊の力を借りて魔法を使う事ができました。
それぞれの家で精霊たちとの付き合い方は異なり、使える魔法も精霊により実に様々だったようです。
でも、目に見えない精霊たちの存在を感じとる事ができる者たちが、年々減っていった事で。
いつしか精霊たちの加護は薄れていったようなのです。
そうして魔法を使える貴族の数が減り、魔法を使える者たちは敬われると同時に恐れられ、魔法を使えない者たちの数が増えていった事もあり、とうとう魔法を使える者たちは異端者として迫害されるようになりました。
その時に身を守るために魔法を使えば、数でもって危険な存在だと討伐される。
そんな争いがあったのだ、と歴史書にはありました。
付き合い方を間違えるつもりがなくとも、やはり人と異なる存在であるが故に。
時として己の身を滅ぼす者も出てしまい、そうして最終的に魔法を使える者たちは途絶えた。
それが、歴史書に記された内容です。
けれど、精霊たちの加護が完全に消えたわけではありませんでした。
周囲に揮える力を持つから恐れられる、と判断した精霊たちは、直接魔法の力を貸し与えるのではなく、別の方法で加護を与える事にした。
ただ、それだけの話なのです。
実際私だって魔法は使えません。
けれど、お母様が私は愛されているのだと、そう告げて教えてくれた時、確かにそこにはお母様以外の声も聞こえていたのです。
姿は見えない精霊だけど。
声だけは、私の耳にちゃんと届いておりました。
でも、精霊の姿も見えない挙句、声も聞こえない者からすればそんなものは与太話としか思わないようで。
お父様も、精霊の声が聞こえない方だったようです。お母様が言っていました。
今こうして声が聞こえる私のような存在を、愛し子と呼ぶのだと。
お母様は亡くなる前に私に教えてくれました。
愛し子は私以外にもいる、と聞いてはいますが、誰も堂々とそんな事を言いだしたりはしません。
貴族たちが精霊の加護を得て魔法を使えていたのは遥か遠い昔の話。今となっては本当に魔法なんてものがあったのか……と歴史家たちも疑っているくらい、魔法は縁遠いものとなってしまったのです。
そんな中で、精霊の愛し子だなんて名乗ればどうなるか。
精霊は本当にいた、と素直に信じてもらうだけであるわけがありません。
ありもしない妄言だと嘲笑う者もいるでしょう。
精霊が本当にいるというのなら、力を示せ、と言う者も現れる事でしょう。
もしそこで魔法が使えなければ嘘だと言われ、仮に、その時だけでも精霊が力を貸して魔法を使えるようにしてくれたとしても。
そうなれば次はどうなるか。
見世物で済めばいいですが、その魔法の力をいかに上手に利用するべきか。
そんな風に話が進むに違いないのです。
かつての王国は途絶え、新たな国となった今、そこに魔法という力を得る事ができたなら。
生活に上手く利用する程度であればいいですが、軍事利用なんて事になればどうなるでしょうか。
きっとその時、私のような精霊にとっての愛し子は人ですらない道具として扱われてしまうかもしれない。
そんな懸念はむしろ長い年月、人間たちを見守ってきた精霊たちの方が余程理解しておりました。
だから、魔法の力はないけれど。
そのかわりに別の加護が与えられたのです。
魔法は使えばその分力を放出する事になるけれど、しかしそうではなくなった事で精霊たちの加護は内にこもる事となり、思った以上に強い加護を得る事になってしまった……というのは、きっと精霊にとっても人間にしても想定外だったのかもしれません。
私は加護の力が強くなりすぎると、外見にも出てしまうようでした。幸いお母様がすぐに気付いて対処をしてくれたから今まで周囲の誰も気付く事はなかったようですが。
私の加護は、周囲の浄化並びに身体能力の強化といったものでした。
それらが強くなりすぎると、それは逆に毒となり得ます。
浄化された清浄な空気は人にとって良いものであるのは確かでしょう。
けれどもあまりにも綺麗すぎると今度は自分自身がその清浄さにやられてしまうかもしれなかった。
川に棲む生き物も、あまりにも綺麗すぎると生きていけませんからね。それと同じように、私の周囲の空気が浄化されすぎるのもよろしくない。
その力が強まって、いずれ私がいるだけで周囲の空気が汚染されていても浄化されるのだから、と人々が環境を破壊するような事になれば。そしてそこで私が死んだりしようものなら。
その時、浄化されていたはずの周辺は、今度は一気に真逆の方向に突き進むわけです。その時にはもうマトモな生き物が暮らせない程汚染されている、なんて可能性もあるかもしれません。
私も正直な話、私の加護で浄化されるのだから、と汚染され尽くした場所に置かれるのは良しとは思えません。私だって綺麗な環境で生活したいです。
空気を浄化、以外の加護も強すぎると困るのです。
力が強すぎて、うっかりで身の回りの物を壊してしまうかもしれない。そうでなくとも、馬鹿みたいな強さを得たとして、そうなればやはり私はもし戦争なんてものが起きてしまえばその時、戦士の一人として戦場に送り出されるかもしれない。
そうでなくとも。
怪我をしてもすぐに治ったり、病気もそう簡単に罹らないなんて事になれば。
見事な実験動物の完成ではありませんか。
加護があるからある程度安全に過ごす事もできますが。
ですがやはり私は人としての範疇で生きていきたいのです。
だからこそ、お母様は私に様々な呪いの品を贈ってくれました。
えぇ、その呪いの品を身につけている間は、加護の力がそちらに向かいますから。
程良く中和できていたのです。
えぇ、それくらいで丁度良かったのですよ。本当に。
「ですから」
私の周囲にいるであろう、目に見えない精霊たちへ私は告げる。
「これ以上の加護は、謹んで遠慮いたしますね。余計な厄介ごとを招きたくもありませんから」
目には見えない。
けれど確かに。
私以外誰もいない部屋の中で、影が蠢いた。
陽炎のように空気が揺らいだ気がしたけれど、姿も見えなければ声だって時々聞こえた気がするだけ。
こちらの声も果たしてどこまで伝わっているかもわからないけれど。
下手に加護が強くなりすぎたせいで、やれ聖女だのなんだのと言われるような事だけは避けたいのです。
そんな私の願いが精霊たちに伝わったかどうかは――
もうしばらくしないとわかりませんね。
次回短編予告
なんか古いゲームの世界に転生しちゃってそこで新たな真実を知ってしまった話。
次回 真実を見ない事にしました
実際ゲームに限った話じゃないけど、裏設定とか明らかになってない情報っていっぱいあるよね、ってだけの話です。
でもその前に短編にし損ねた方の話を投稿したい。
予定としては日・月・火三日更新の三週に分けて全九話。三月中には終わるよ(/・ω・)/
というわけで次回は
どうやら奇跡が起きたようですが……
をお届けします。
真実を見ない事にしましたの投稿は来月。




