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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase1:幸せな世界
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Phase1-7:幸せな世界

 ズシッ……という重みの音を残し、青いアーマードが歩みを止めた。

 ハルは装甲のバイザー越しに、目の前の巨体を凝視する。

『んー……。え、えーっと……』


 警察が定めたフォルムとはあまりに違う。

 全身を包むのは、所々が水色に光り輝く高彩度の青。

 頭部からは、凍てつく氷のように鋭利な四本の角が飛び出している。それとは対照的な赤いモノアイがより色濃く見える。

 なにより、体全体が、分解した宝石を再びツギハギで繋げたような複雑さを見せていた。


 思考が止まりかける。台本にこんな予定はない。

 だが、観客も次の展開を待っている。ここで沈黙しては司会として失格。

 ハルはハッと機転を回し、また明るく客席の方へ向き直った。


『こ、この通り! ガード・アーマードにはカスタム機能が搭載されていて、カラーリングや形状を変更することも――』

『ハル・フラットリーか?』


 横からの介入。

 極限まで低く加工された、地の底から這い上がってきたかのような合成音声だ。


 ハルはぎこちない動作でそちらを見直す。

 装着してからは目立ったミスもしていないはずなのに、まるで頭ごなしに説教されているような錯覚に陥る。


 だが、彼女は腰の左右に両拳を当て、あくまで強がってみせた。

『ふふん、少し間違えていますね! ワタシの名前はハル・フラットといいまして、ワシントンの南西地域にて勤務する――』

 これまでの無様な経歴を並べ立て、和やかなムードに戻そうとした、その時だった。



 ゴッ……!!

 鈍い音が、マイクを通して会場に響き渡る。


『ぎぇ!?』

 生身であれば、脳が揺れるどころか骨が砕けていたかもしれない。

 立ち尽くしていた青鎧が突如として腕を振りかぶり、ぎこちないフックをハルの側頭部へ直撃させたのだ。


 不意打ちを食らったハルだが、よろけた反動を利用し、そのままステージ袖へ滑り込む。

 うつ伏せで倒れる。『やられたふり』を装いつつ、待機していたスタッフへ、必死のささやき声で呼びかけた。

『台本にありませんよ……! いきなり殴ってきて、どうしろと……!』


 スタッフは警察関係者ではない。

 ハルと同等の困惑を首の傾げで表現した。

「なに言ってるんですか、そっちのサプライズでしょう?」



 再び唇へ運ぼうとしていたワイングラスを、ピタリと止めた。

 ステージ上で、青いアーマードが白のガード・アーマードを殴り飛ばした、その瞬間だ。


 VIPルームのソファに沈み込み、ゴードン・ルッツ統括官は優雅にワイングラスを傾けていた。

 眼下で繰り広げられる幼稚な演出。警察の新兵器発表会など、大半を把握している彼にとっては暇つぶしの一つに過ぎない。


 そう見る気を失いかけていたが、ゴードンは割れんばかりの勢いでグラスをサイドテーブルに置き、身を乗り出した。

 オペラグラスを覗き込み、ステージを視認する。


 レンズ越しに映る、やけに彩度の高い、ハッキリとした蒼。

 量産型の安っぽい白とは違う。その装甲が放つ異彩は、ゴードンの視線を床に泳がせるのに最適すぎた。



 連想してしまう。

 自分たちが血眼(ちまなこ)になって探し求めている『アレ』を。



「ゴードン様」

 不意に横から声をかけられた。

 両脇に侍らせていたバニーガール達の間を縫うようにして、一人の青年が歩み寄ってきていた。


 彼は秘書のジョリント。

 中性的な美貌を持つこの男は、秘書という身分でありながら、常に丈の長いコートを身にまとい、両手にはピッチリとした黒革の手袋を嵌めている。


 そのシックな装いと、佇まい。

 顔の良さも相まって、バニーガール達の熱い視線は、長であるゴードンよりもこの秘書に向けられていた。

 ゴードンはそれを腹立たしく思いつつも、ジョリントが深刻な顔で身を低くしたため、仕方なく耳を貸す体勢を取る。

 囁きの報告が脳内へ吸い込まれる。



 摂取していたアルコールが逆流しそうになった。

 秘書が告げたのは、ゴードンが隠し持つ『切り札』にして、扱いを間違えれば自身をも吹き飛ばす『爆弾』――。

 その所在に関する緊急事態だった。


 ゴードンは、焦燥で震える身体を無理やり押し殺し、秘書の顔を睨みつける。

「何故ここで? 一体なんのメリットがあるッ!!」



 アング・リーを追跡していた最中、カザミは確かに目撃していた。

 うずくまり、体内から、金属同士を擦り合わせたような妙な音を発する男性の姿を。


 それは紛れもなく、間違いようのない『あの兆候』だ。

 カザミは、アリーナ席の端へと到着して停止する。その呼吸は乱れ一つない。

 奥の席を確認する。やはり、彼はまだそこにいた。

 前の席の他人の背中に、執拗に頭を擦り付けている。


 最悪に発展する前に、ケリをつける必要がある。

 カザミは、手のひらの中の赤を見つめた。

 今の自分には、全てを果たせるだけの『力』がある。


 遂に手にした。ようやく見つけ出した。

 まずは手始めに、この性能を自分のものにしてみせる。

 胸の奥に火が灯る。カザミはキューブの中央部分を親指で押す。



 ――何も起きない。


 信念が空を切った。何度押しても結果は変わらない。

 よく見れば、二十七個のブロックはまばらな配列のままで、六面の色が揃っていなかった。

 警察のデータベースから盗んだ情報によれば、ガード・キューブはルービックキューブを模しているだけで、パズルとしての機能はないはずだ。

 まさか、このレッド・キューブに限っては、パズルを解けというのか。


 この事実が、ようやくカザミに焦りを与えた。

「嘘でしょ、嘘でしょ……!?」

 とにかく、キューブの列を闇雲に回転させる。

 色は揃うどころか、離れ、遠ざかっていく。あいにく、自力でパズルを完成させられるような地頭は持ち合わせていなかった。


 その時。

 スタジアムのスピーカーから、唐突に音楽が鳴り響いた。

 兵器の発表の場とはあまりに不釣り合いな、女性歌手のゴスペル・ボイスも聞こえる。


 無茶なタイミングで作られた、安っぽい感動と荘厳。

 その脈絡のなさに皆が呆気に取られる中、カザミの背筋にだけは戦慄が走る。


 周囲の誰もが気にしていない。皆、演出だと思っている。

 だが、カザミだけは理解していた。



 終わりの合図だ。

「ウブゥッ、ガバッ……アァァアッ……!」


 男の背中が跳ねた。

 丸められた背が、身震いにしては激しすぎる動きでビクついている。


 やがて肉の中で、何かが変質を始めた。

 骨にしては多すぎる。筋肉を内側から食い破らんと、何かが(うごめ)き始めている。


 他の部位も続く。

 頭部の丸みは失せ、前へと鋭く突き出る形状へ。指の先端には風穴が空き、頭頂までもが同じだ。

 脳味噌があるはずの場所が一瞬で焦げつき、黒煙を上げた。

 人肌が、錆びついた銅へと見る間に侵食されていく。


 周囲の人々がようやくその異変に気づき、離れ始める。

 だが、「おい見ろよあれ」と、汚いものから離れる程度の足取りだ。


 まだ歪な状態の男が、途端に勢いよく天を仰いだ。



「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 咆哮。

 声は明確な殺意へと転換され、視認できるほどの、稲妻を伴った衝撃波となって発せられた。


 男の周囲、三席分に相当する範囲が、木屑のように吹き飛ぶ。

 波動を直に浴びた者は、皮膚が、肉が剥がれ落ち、声もなく絶命した。


 範囲外にも暴風が吹き荒れる。

 カザミは腕で顔を庇い、踏ん張った。


 風が止む。

 腕を下ろし、そして目撃する。


 獣のように手を逆立てて立つ、人ではない何か。

 胴体は銃身。頭頂と指先は黒光りした銃口。足の指は弾倉を模した形。

 銃そのものが人の形を成したような、異形の怪人。


 一人の一般人が、その怪物を指差して叫んだ。

「強化イレギュラーだ!!」


 その単語を聞き、遠くにいる人々はようやく理解が追いついただろう。

 まばらに「おお……」と小さいどよめきが上がる。互いに顔を見合わせながら、人々は迷うようにして会場出口へと歩き出した。





 爆音と喧騒が渦巻く中、ハルは片膝を突いて状況を確認した。

『こ、こんな場所で……!?』

 驚きの正体は、視線の先にいる怪物の存在だけではない。

 こうも大量の人々が敷き詰められた空間で、いまだかつてない最大級のテロ行為が遂行されたという事実も含まれる。ショーの成功も、昇進の話も、もはや全てが水泡に帰す。

 そしてハルに殴りかかった青い巨体はというと、なぜか動きを止め、怪物が(うごめ)く様子を黙って見つめている。


 この隙を突こうというのか。ステージ下と裏手から、予備のガード・アーマードを装着した三人の隊員が飛び出した。

 ステージ下からは銃型武装を構えた二人。裏手からは電磁波を放つ警棒を持った一人。


『何をやっているハル巡査!』

 マジマジと見ていたハルのもとに、目の覚める通信連絡が入る。

『か、監査官!』

『急いであの強化イレギュラーを止めろ! 何のためのアーマードだ!』

『ジェットパックの使用は!?』

『いま許可が必要だと思うか!?』


 それもそうである。

 ハルは、腰に携えていた二丁の大型ピストルを引き抜いた。

 ひた隠しにしていたもう一つのサプライズをここで解禁する。


『点火!』

 事前登録されていた音声認識システムに反応し、背部の四角いバックパックが形を変えた。

 装甲の下からスラスターが出現。そこから炎が轟く。

 爆発的な推力が、ハルの白い装甲を空へと押し上げた。一気に、逃げる人々と強化イレギュラーを同時に見下ろせる位置へ。

『罪のない人を襲う愚か者! 投降しなさーい!!』

 ハルは斜め下へ向けて引き金を引いた。


 只の拳銃ではない。放たれたのは光の束だ。

 実弾では視認できない速さの軌跡も、光となればその鮮烈さで分かる。四、五発と連続で飛んでいく。


 怪物の肩や腕に全て着弾。

 焼き切れる音がした時には、既に硬質な皮膚を貫通し、傷口を蒸発・炭化させた。


『グァ、ガアアアアアアッ!』

 強化イレギュラーは怪獣のように首を振り、空に向かって吠えた。

 効いている。

 確信したハルは、追撃のために照準を定め直す。


 ゴト、ゴト……。

 背中で、奇妙な振動がした。

 エンジンの不調ではない。何かが取り付き、揺すっているような違和感。

 ハルが背後を振り返ろうとした、次の瞬間。



 ジェットパックが、へし折れた。

『へ……?』

 作り立ての武装だ。壊れたというのはあり得ない。


『うわわああああ!!』

 引っ張られた感覚をそのまま伴い、ハルは上を向きながら落ちていく。

 その最中、ハルは見てしまった。



 すぐ真上。

 自分が先程まで浮いていた傍の空間に、ゆらりと歪む、『人一人分』のぼやけを。





 あの警察官による攻撃は、かえって事態の悪化を招いただけだった。

 変異するだけで静かだった強化イレギュラーが、今や喚き散らし、大気を震わせている。


 怪物は長大化した腕を利用し、最も近くにいた女性に狙いを定めた。

 五本の指先が槍のように突き出される。



 ズリュッ、という血みどろの音。

 胸を、腕を、まとめて串刺しにされ、そのまま持ち上げられる。

「いぎゃああああああああああ!?」

 喉が千切れんばかりの断末魔の始まり。

 それすらも認識できていないのだろう。近くにいた人は浴びた血飛沫に顔をしかめ、手で拭いていた。


 もっと必死に逃げて欲しいのに。

 彼女の出さざるを得なかった絶叫を受けても、人々の歩幅は早歩きから変わらない。


 戦力差は歴然だ。それでも止めなければならない。

 最高効率で間合いを詰めるため、カザミは素早く周囲を見回す。

 ちょうどいい柱がある。壁も近い。

 両太ももに付けている黒いボックス型の装置を起動。ワイヤーが射出される。

 線は柱に絡みつく。


 一方の怪物は、串刺しにした女性の身体を利用し、何かをしようとしていた。

 銃口となった指先の穴が、黄色く発光し始めているのだ。

 何かの発動を予感させるように、口を限界までかっ開き――。



 カザミが横から飛び込んだ。

 壁を蹴った反動と、ワイヤーの巻き取りを利用した高速の跳躍。

 ブーツの爪先から、ナイフとほぼ同じ、短い刃が飛び出す。


 狙いは、皮膚の薄そうな腰回り。

 先端が突き刺さる。

 巨体が大きくよろけ、転倒。これで企みは止められたか。



 そう思っていたカザミを嘲笑うかのように。

 倒れながら、怪物は、引き金の形状をした『歯』を噛み締めた。


 カザミも見落としていた。

 装飾などではない。口内にある牙こそが、発射のトリガーになっているのだ。



 瞬間。

 貫かれたままだった女性の身体が、内部からの爆破によって六つに弾け飛んだ。

 切断面から煙が噴き出ている。


 カザミの脳裏に、最悪の惨劇がよぎった。

 あれはもはやただの肉片ではない。どうにかしなければとすぐさま身体が動く。


 両太ももの装置から、二本のワイヤーを射出。落下する部位の左脚と右腕にそれぞれ巻き付ける。

 直後、地面を蹴ってバク宙。

 回転の遠心力で浮遊物が最も高く持ち上がったと同時に、ブーツの踵から突き出ていた刃が横向きに展開する。


 それらがワイヤーを切断。

 二つの肉片は、人から離れた遥か上空へと投げ飛ばされた。


 だが、できるのはここまでだ。

 観客たちは相変わらず、呑気に避難を続けている。


 もうどうしようもない。

 分かっていても、カザミはたまらず叫んだ。

「速く逃げて!! 走ってェェッ!!」


 数人が、ようやく走り出してくれた。

 それだけであった。

 バラバラになった四つの肉塊が、地面へと落下する。



 同時。

 瞬間的な発光。

 次に見えたのは、赤の気体、液体、そして固形物。

 それぞれがぶち撒けられた地獄絵図。

 カザミが空へ逃がした二つ以外、逃げ遅れた人々を同じ肉塊へと変えていく。

 大量の屍が一瞬にして生み出されてしまった。





 少し目を離した隙に何が起きたのか。

 蹴られた痛みは引けてきたが、代わってアングにまとわりついたのは焦げた異臭。

 黒ずむ地面、人の肉が燃え広がっていくその光景は、さながら火葬場のようであった。


 警察の発表に見とれていた者たちはほぼ全員が背を向け、帰路につこうとしている。

 ちゃんと列を保って進んでいる。みな行儀が良い。


 納得の判断だ。

 視線の先にいる怪物は、ニュースでたびたび報じられている強化イレギュラーで相違ない。殺されるかもしれないのに留まる理由はない。

 おそらく、タロウやマックスも同じ感覚で逃げているだろう。


 だが自分は、奪われたキューブを取り戻さなければならない。

 人の波を掻き分けながら、アングはアリーナ席の方へ視線を向ける。


 見つけた。

 たった一人、強化イレギュラーを真正面から見据えている後ろ姿。

 間違いない。彼女こそ、自分が捕まえねばならない張本人。

 アングは腹をさすりながら彼女に近づこうとする。


 その時、ちょうど横顔が見えた。

 焼死体となった人々を彼女は見ていた。

 小さくなった瞳が激しく揺らいでいた。



 何故そんな顔をしている?

 自分とは関係のない赤の他人が死んだ。確かに助けられなかったことは名残惜しいが、それだけのことだ。

 いったい何を『―しむ』必要が――。



「っ……!?」


 何の単語が起点だったのか。

 脳に杭でも刺されたかのような衝撃が走った。

 頭部全体に熱が迸る。



「がッ……!? あああああああああああ!!」

 アングは頭を抱え、その場にうずくまった。



 立てない。息ができない。

 死ぬ。

 その認識と共に、今度は身体全体に悪寒が走る。

 初めて訪れた死への『―怖』。


 今まで感じていた吐き気や、女子に蹴られた痛みなど、比較にならない。

 それらは不快感ですらなかったのだと今なら分かる。

 完全なる別物。

 圧倒的な『絶―』。


 痛みだけではない。知らない無数の叫びが、声色が、唸りが、混ざり合うように脳を侵食する。

 そこに無いはずのものまで見え始める。

 血に滲む目。

 懇願する叫ぶ口。

 裂かれた臓。



 ――何だ。

 何なんだ、これは。

 俺はいったい、何を味わっているんだ。

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