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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase1:幸せな世界
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Phase1-6:幸せな世界

 ステージ裏の薄闇の中で、ハル・フラットは、それはもう過去最大級に意気込んでいた。

 司会兼、実演者。この大役で十分な成果を果たすことができれば、下っ端続きの自分にもそれなりのキャリアが与えられるはずだ。


 これまで警察官として真面目に取り組んできたが、何かと失敗続き。犯人を追いかければマンホールに落ち、パトカーを運転すれば玉突き事故。

 挙句の果てには、パジャマで出勤までしてしまう始末。自身の不器用と不用意がことごとく裏目となった。


 だが今回は違う。警察が開発した物をいかにカッコよく見せるか。それだけを意識すればいい。

 というよりも、今回まで失敗してしまったら、本当に見限られてしまう。ハルは自身の両頬をビシバシと叩いた。

 空に向けて結ばれた前髪の束が反動で揺れる。

 ちなみに今回の役割は、警察内の誰もやりたがらず、くじ引きで決まったものだ。


「よし……!」

 目線の先にいる係員が腕を下ろす。出番の合図だ。

 ハルは駆け足でステージへと飛び出し、アタッシュケースが置かれている場所で止まった。

 数万人の観客は、ここから見渡すと豆粒のように見える。緊張は少し和らいだ。

「みなさん、おはようございまーす! ワタシはハル・フラットと言いまして、ワシントンの南西地域にて勤務する――」

「誰もあんたに興味ないぞー!」

「早く本命出せー!」


 ハルの自己紹介は、発表にしか興味がなさそうな前列の男たちによって一瞬にして押し退けられた。

 よく観ると、他の豆粒たちも似たような態度。ハルのやる気は一瞬で青ざめた。

「あ、いやぁでも、もう少し焦らせって言われてて……」


 そうボソッと言うと、今回の企画用に支給されたカフから音声が届く。

 ハルは不意に耳元を触り、視線も泳ぎ始める。

「えっ。言うなそんなこと? もういいから披露しろ……。監査官、でもぉ……」


 気づいた時にはもう遅い。

 ハルはスローモーションのように視線を動かし、観客席を見渡す。

 裏からの指示を聞いているという事実と、フラン監査官の存在を、マイクが拾ってしまった。聞いていた人々はみな目が点になっている。


「わ、わわわ、ごめんなさぁい!」

 ハルは勢いよく頭を下げた。もはや誰に対する謝罪なのかも分からない。

 ただ、何故か会場からは指笛と歓声を浴びることとなった。





 アングにとっては最悪の事態だ。発表会が始まってしまった。

 行き交う人々は、警察の発表が何なのかをちゃんと見るため、駆け足で自分の席へと戻っていく。

 人に紛れて煙に巻くという手段は潰えた。もはや、アングと泥棒娘の間に遮るものなど無い。


 しかしこうも思う。

 彼女こそ、群衆を利用して接近を試みていたはずだ。

 ならば逆に、人の一人や二人なら個別に認識されるであろう現状況であれば、彼女も好き勝手できないのでは。

 そう判断したアングは足を止め、思い切って振り返る。そのまま彼女の接近を待ち始める。

 少女の余裕の笑みは消え、神妙な面構えに変わっている。アングの勘は冴えていたか。


 すると彼女もまた、一時的に静止。風変わりの金属製のブーツを見せつけるように、右脚をゆらりと持ち上げ始める。

 風変わり……。それには理由があった。



 ジャキッ。

 ブーツの踵部分が、いきなり音を立てて変形。内部から凶悪な刃が飛び出す。

 明らかに人を刺せる。

 いや、それどころか骨ごと切断できる……。それほどまでに鋭利な形。


 舐めるなという凶悪な意志を感じた。おそらく彼女は、本気で『殺る』。

 読みが覆ったアングは、どうにかという気持ちで辺りを見渡す。


 ここで、一筋の希望に気づく。

 赤いマークと、関係者用通路という文字が記された扉だ。

 この会場自体が『警察』というお題目ではあるが、その更に深部へ逃げ込んでしまえば、彼女も追跡を断念するかもしれない。

 撒くにはうってつけだ。アングは瞬時の判断で進路を変え、扉の中へ。



 ゴスッ。

 すぐに重い衝撃が脳を揺らした。正面衝突だ。

 比較的長身な男性の胸板に額をぶつけ、その反動で通路の境目まで後退。

 対する男は微動だにせず、開いた扉の縁を片手で掴み、アングに当たらないようにしてくれた。


「あぁ、失礼。大丈夫か?」

 男が心配の問いかけをする。

 アングはズキズキと痛む額を擦りながら、男を見上げた。


 男は、仮面を被っていた。

 黒いペイントで笑顔を模した、妙な仮面。

 しかし仕立ての良いスーツ姿だったため、そこらの一般人ではないのだとすぐに理解する。

「だが、こちらはスタジアム関係者と、我々警察官以外立ち入りができない。すぐに戻ってくれると助かる」


 変な仮面だとか、そんな格好で本当に警察なのかとか。

 突っ込みどころは多くある。だがそれ以上に……。

 ある不可解な一致に思考が向かってしまう。


「……そういうことか」

「ん?」

「あの泥棒も仮面を被ってた。つまりあんたもグルってことだ!」


 半歩ほど距離を取ったアングに対し、仮面の男は何のたじろぎもしない。

 しばしの沈黙の後、仮面の口に相当する部分を、黒い手袋の人差し指でコン、コンと叩く。

「気に障るのであれば先に謝っておくが、君こそ泥棒ではないのか?」

「はぁ……?」

 それは、自分以上に考えが飛躍していると思った。


 だが仮面の男は緩やかに腕を上げ、ある方向を指差す。

 釣られて、アングもそちらを見る。

 始まったばかりの発表会は、観客の要望に応え、重大局面を迎えようとしていた。





 ステージ上。

 なんとか平常を取り戻したハルは、足元のジュラルミンケースを手に取り、ケースを開く。

「え~、こちらが! 今回皆様にお見せする、警察の最新兵器!」

 そして、手のひらに収まるそれを掲げてみせた。


 白、黒、灰色の配色で統一。

 ルービックキューブと酷似した、立方体の物体だ。





 一方、ステージの照明やカーテンの操作を担うコントロールルーム。

 ステージ裏と直通であるため、室内は最小限の照明だ。中継のモニターだけがほんのりと空間を灯す。

 そのモニター越しにハルの発表を拝見していたスタッフたちが、失笑を漏らした。

「新兵器? あれが?」

「おいおい、警察も随分舐め腐ってきたな」

 とてもではないが、あんなおもちゃのような物で、昨今のイレギュラー犯罪に対抗できるとは思えない。

 それに付き合わされている自分たちもなんとも愚か……。



 そう思っていた矢先のことだ。

 ひた、ひた……という小さな足取り。

 スタッフ達はすぐに察知し、顔を上げる。


 一人の少女が佇んでいた。

 背は低い。胸の膨らみ具合や顔の端正さから成長は見て取れるが、まだ幼さが残る。


 だというのに、身を包むのは、この場に似つかわしくない喪服のような紺色ドレス。

 対比するように、胸の丈まであるロングヘア、左側だけで結ばれたサイドテールは、色素が薄い。

 しかし、まるで雪の精霊かと思わせる、輝きを放つような水色。

 彼女は背中で両手を組み、スタッフたちへ向けて、愛らしい笑みを浮かべていた。


 どんなに可愛らしくとも、ここは関係者以外立入禁止のエリアだ。

 機材の前に座っていたスタッフの一人が、椅子から身を乗り出して声を掛ける。

「お嬢ちゃん、迷子かい? でもここに入っちゃいけないよ」


 彼女の笑顔は、まるで凍りついたように、一切の動きを見せない。

 表情の代わりに、背に回していた手がゆっくりと動き出す。


 何か大きめの物体が手の中にある。

 薄暗い空間では曖昧だったが、それが前へと差し出されるにつれ、モニターの明かりを受けて配色が露わになった。



 水色、青、白。

 寒色だけで統一された、正六面体のパズル。

 ステージ上のそれと同じく、見た目はまるで――ルービックキューブだ。





 逆立つざわめき。

 アングは思わず身震いした。


 偶然。あまりに偶然が過ぎる。

 手のひらに収まるサイズ。立方体の形状。

 しかもハル・フラットは、アング同様、それをただのパズルとして見ていない。何かの道具、装置として扱っている。


 唯一の違いは、中央のキューブが飛び出していないこと。

 しかし彼女は既に、その中央部へ親指をかけている。

 ともかく、中央部分を押し、何も起きなければ、ほぼアングのレッド・キューブと一致する。


 だがそうはならなかった。

 ハルが親指で、主張するパネルを押し込んだ、その瞬間。


 

 ガコォンッ!!


 只のおもちゃではあり得ない。その大きさとも不釣り合いな機械音がスタジアムに鳴り響く。

 同時に、二十七個のブロックが弾け飛ぶように分離し、それぞれが独立した挙動を取りながら空を舞う。


 それだけでは終わらない。小さな立方体だったパーツ群が、空中で変形を始めたのだ。

 ある物は鋭く伸び、ある物はより細かく。色味も増え、そして多くの物が曲面を描く。


 それらから伸びた光のラインが、壇上の彼女の身体各部を捉える。

 ガイドに沿い、磁力で引っ張られるようにして付着を開始。


 肩、腕、脚、腰、胸……。

 連結のたびに、心地よく結合の音が鳴る。

 顔面も覆い隠し、一切の隙間なく、彼女の肢体を金属の殻に閉じ込めた。


 行程が完了。目元のモノアイ部分が水色の光を放つ。

 まるで正義を象徴する白の装甲。肩や腰などにあるグレー、黒のアクセント。

 そのフォルムから、クールなヒーローのような姿を連想させる。



 だが、アングにだけは違って見えた。

 所々に見える……特に膝下の白色は、剥き出しの人骨を思わせる違和感を秘めていた。


 冷めきっていたはずの会場の空気は、一転して熱気と化す。

 アングの鈍い感覚と相反し、一連の変身は、数万の観客を一斉に唸らせた。


 ハルは両腕を広げ、自身の風貌を見せつけた。

『どうですかー! いま装着したのはガード・アーマードという名称で、既に量産体制に入っています!』

 声を響き渡らせた後、彼女はやかましい動きを一度止め、解説を始める。

『いかなる状況であっても、ロボットが人間に物理的危害を与えてはならないという原則から、私たちには、敵対勢力に対して実行できる武力に限界がありました』

 鋼鉄の拳を強く握りしめる。

『しかし! こうして生身の人間に装甲を与えることで、それを補うどころか、当初想定していた以上の力を持つことができるようになりました! そしてこれを着用するのが、特殊装甲部隊、SAUに所属することとなる、ガード・ポリス達なのです!』


 スピーチの締めとして、拳を天へ突き上げた。

 今日一番の、いや、スポーツの逆転劇すら凌駕する熱狂がスタジアムを包み込む。

 ここにいる殆どの人間が、今回の発表に期待していなかったらこその大勝と言えるかもしれない。



 会場の雰囲気とは裏腹に、アング自身は何が何だか分からなくなっている。

 あのお披露目されている物体が警察肝いりの代物だというのなら、自分が持っている『これ』は何なのか。同じように変身できるというのか。


 それとも、本当にただの赤いルービックキューブなのか?

 自分が今まで抱いていた想像は、全て単なる誇大妄想だったとでもいうのか?


 混乱の中、アングはハッと思い出す。

 つい今まで、警察を名乗る怪しい仮面の男に追求されていた。慎重に背後を振り返る。


 幻影か何かだったのだろうか。

 いま見えているのは、曲がり角へと続く無機質な通路のみ。彼は一切の痕跡を見せず姿を消していた。

 からかわれたような気分だが、アングにとっては好都合だ。

 この隙に深部へ逃げ込める。アングは奥へと進もうと足を上げ――。



 その一歩が床を踏みしめる直前、手首に強い締め付けが走った。


 心臓が跳ねる。

 急ぎ振り返った視線の先に、彼女がいた。

 キューブを狙うあの泥棒が、遂にアングの懐へと入り込んできたのだ。


 至近距離で見上げるその瞳は、アングの眉間の奥まで訴えかけてくるような、強い眼光を放っていた。

「面倒なことになりたくないなら、そのキューブをあたしに渡してッ!」


 ここまでの道のりで何があったのか。

 彼女の全ての言動に、先程までの余裕は見られない。

 その肉薄した様子を見て、アングの認識は確定した。

 やはりこの赤い立方体には『何か』がある。ただのパズルなどではない。


 もしかしたら、彼女は親切心で言っているのかもしれない。

 しかし彼女の態度が強引であることに変わりはないため、反発心に火をつけた。

 アングは、彼女の細い腕を掴み返す。

「じゃあ、まずはこれが何なのか! どういう理由で母さんが持っていたのかを教えろッ!!」


 彼女の返答を待たずして、次の段階へと移行する。

 観客席から、先ほどとは違う、困惑を含んだざわめきが発生。

 アングも少女も、釣られてステージの方を見る。



 壇上に、もう一つの影が現れていた。

 装甲を纏ったハル以上の威圧感を放つ、全く別の存在。

 それが重い足取りでハルへ近づいている。



 ……風を切る音。

 直後、アングの手から重みが消えた。

「なっ……!?」

 ステージに気を取られていた、その一瞬の隙を狙われた。

 死角を突き、少女がレッド・キューブを掠め取ったのだ。

「お前……ッ!」

 アングが取り返そうと身を乗り出す。


 その姿勢が仇となる。

「ごめんね!」


 ズグォゥッ!

 カウンターの膝蹴りが突き上げられた。

「ぐ、ぉおおぉ……!?」

 硬いニーパッドが、アングのみぞおちを鋭く抉る。

 元気な謝罪とは裏腹の、とんだ暴力行為。くぐもった叫びを上げながらアングは崩れ落ちる。

 両膝をついて腹を押さえるアングを尻目に、泥棒娘は狐の如く走り去った。





 ステージへと向けられた喝采がいまだ止まない。

 すっかり主役となったハルは、でへへと照れながら装甲の側頭部を撫でていた。

『では皆さんに、このガード・アーマードがどれだけの性能を誇るのか、お見せしようと思います!』

 ハルは観客席から見て右側の袖へ向けて、招くように腕を伸ばす。


 自信満々に待ち構え――。

 そして、思わず二度見した。

 予定では、握力パフォーマンス用の金庫や、射撃用標的、ドローンなどが運ばれてくるはずだった。



 近づいてきたのは、運搬用の台車を押した係員ではない。

 ステージの木製部分を軋ませる、重量のある足音。


 明らかに自分の身の丈よりも大きい、『青いアーマード』だ。

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