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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase4:誰が為の断罪
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Phase4-5:誰が為の断罪

 小雨が降ってきた。パーカーに備え付けられたフードを被ることで、どうにか頭頂の濡れは凌いでいる。

 アングは、先ほどまでカザミやパッチと共に滞在していた、廃工場へ戻ってきた。

 湿り気を帯びたためか、錆びた臭いが充満している。鼻にツンっとした不快がまとわりつく。

 中に明かりが無いのは当然だ。夕方にパッチがパソコンを使用できていたのは、臨時のバッテリーを使用したからだと説明された。



 だが、これはどういうことか。

 人はいる。犬の餌置きもある。

 縄で拘束された哀れな敗北者が、それにかぶりついているだけだ。


 つまり、アングを呼びつけた張本人も、その相棒ロボットもここにはいない。

 向こうの到着が遅れているのかとも思ったが、霊園からここまでの移動まで、アングも五十分を要した。それより遅れるなどあるというのか。


『おいまさか……置いていかれたんじゃないだろうな?』

 ユージーンの危惧を聞き流しつつ、真相を突き止めるために使うのは、目の前の汚らしい犬ではない。

 アングはカフを起動した。なるべく使って欲しくなさそうにしていたが、関係ない。

 間髪入れず、彼女に電話をかける。

 呼び出し音のセットが三回分過ぎ去る。


 四回目の途中、ようやく通話状態へと切り替わった。

 真っ先に耳に入ってきたのは、低く唸る音の上に重なる、まるで狼の遠吠えのような高周波音。

 赤信号にでも出くわしたのか。音が遠ざかってからようやく声が発せられる。


『……はい』

「話が違うぞ。囮役ならやってもらうかもみたいなことを言ってたよな?」

 問いかけへの返しが鈍い。双方の雨の落下音が、微妙にズレている。



 息を吸う音の後、彼女は言葉を発した。

『ごめん。やっぱり君を……この作戦に参加させるわけにはいかない』



 アングの神妙な面構えは変わらなかった。

 ただ、頬の血管が痙攣を起こすだけだ。

「理由は?」

 もし、妥当な回答があるのならば、甘んじて受け入れる可能性もあった。



 しかし彼女は、濁した吐息だけで終わった。

 アングの顔中の筋肉が張り詰めていく。

 どこにいるのかなど教えてくれないだろう。自らの意志で通話を切った。


 苛立ちを憶えたのは脳内の住人も同じだ。

『化かしやがったな、あの狐女……! だがどう探せばいい。それとも、統括官殿が拘束されたのを狙って、あの女ごと襲撃するか?』

 それも一つの手ではあるが、なるべく彼女との無益な戦闘は避けたいというのがアングの本心である。


 手詰まりになりかけたその時、カフから通知音が鳴った。

 ホログラムへ、指を縦になぞって出てきた文面は、マックスからのもの。



『タロロンがまた面白いことしてるぞ!』


 タロウといえば、スタジアムの事件以来会ってはいないが、スクープを求めて街へ駆り出したと聞いた。

 そして彼は、昨夜には、レッドが映り込んだ動画を投稿……。



 良からぬ事態を想定した。

 アングは、マックスのメッセージと共に添付されたリンクを開く。

 やはりタロウのチャンネルによる映像が流れ始める。



 昨夜のものとは明らかに違う。

 あれは録画済みのものを投稿した形式だった。今回は……ライブ配信だ。

 そして、明暗の度合いも真逆。夜という時間である以上は当然だが、映っているのは、かすかな電灯を頼りにするしかない薄暗闇。

 狭い道を通る光景。目を凝らさなければよく見えない。


 だが、映像が捉えている中央……。

 そこだけは、AIによる補正が働いているのか、色味がハッキリと浮かび上がるようにリアルタイムで修正されていた。

 何かの後ろ姿であり、振り返ろうとしていた。


『うおっ!』

 慌てる声と同時にカメラが大きくブレ、視界が低くなる。ゴミ箱の陰に隠れたようだ。

 息遣いだけの様子で四秒経過した後、そっ、と覗き込む。


 まだその人物は、こちらを向いていた。

 その頭部が世界中に晒される。



 アングは絶句した。

 赤きモノアイ。

 全身を彩る、毒々しい緑の装甲。

 尖ったフォルムから漂う、禍々しい威圧感。


 警察のアーマードではないと何故だか分かってしまう。

 それが雨というシャワーを浴びながら、何の焦りもなく路地の真ん中で佇んでいるのだ。


 やがて彼は、まるで何事もなかったかのように歩行を再開した。

 タロウも追跡を続けてしまう。攻撃されないのをいいことに欲で目が眩んだか。


 映像のアーマードを見たユージーンは、驚愕の声を漏らす。

『な、何だこいつ……。オレは知らないぞ!!』

 この驚きようから、彼は本当に関与していないと考えられる。


 緑の正体が何者かなど、今のアングにはどうでもよかった。

 とにかくタロウが危ない。幸い、この狭い道には見覚えがある。

 まだ子供だったジョイと正義活動をしていた頃、この辺りに犯罪者予備軍が屯しているとして、穴場にしていた場所だ。

 地図上では、フルーレ邸から真っ直ぐ東の地点。この廃工場からも遠くはなく、かつて、ホワイトハウスが地上に居座っていた跡地からも近い。

 アングは急ぎ、配信されている場所へ向かおうと踵を返す。



「可哀想に。ここを出ていったのは三十分も前だぞぉ?」

 突然、背後から冷やかしの言葉が投げかけられた。

 アングは無言で振り返り、汚物を見る目で、ゴードンの部下を見下ろす。


 こんな男に構っている暇などないというのに。

 しかし身体は勝手に動き、早足で彼の元へ。

「あんなかわい子ちゃんに見限られちゃって、気分はどう――」



 言い終わる前に蹴りをかました。

 彼の餌に対してだ。

 衝撃により、中に入っていた白く粘ついた固形物が、遠くの壁に付着。皿は弧を描いて転がった。

 彼にとって唯一の食料源である。足首も縛られている彼は、ミミズのように地面を這い、汚れのついた固形物へ向かうしかないのだ。


『野垂れ死ねクソが!!』

 自分の代わりに、脳の中の共犯者が吐き捨ててくれた。

 アングは足早にこの場を後にする。

 雨脚が強くなってきた。





 部下の手際の良さについて、ゴードンは、もはや不気味だとすら思うようになっていた。

 最後の賭けとしてジョリントの案に乗ったが、その時既に、空港には、逃走用のワゴン車が用意されていた。

 久しぶりの運転ということで何度か柵にぶつかりながらも、ゴードンはスムーズに目的地へ……。



 進めなかった。

 ワシントン中心部へと向かう橋を渡った直後、深夜帯にも関わらず、車列の波に巻き込まれた。そこからは全く進まず。

 アクセル一踏ひとふみを五秒から十秒の間隔で行うという、果てしない虚無を味わう羽目になっていた。


 指定された場所は、通常ならば、二十分もあれば到着する距離。今はその倍以上の時間を消費している。

 この待ち時間を利用し、ジャーナリスト気取りの学生に呼び出しの電話をかけたりもしたが、だとしても想定を下回る進み具合だ。


 ようやく公的機関の建物が見える位置まで来たところで、赤く光る棒を振る誘導員を見つけた。

 ゴードンは用意されていたマスクを口につけ、車の窓を開ける。

「おい! 何が起きている!!」

「いたずらですよ。爆走するバイクが、かったいワイヤーを道路上に撒き散らしまして……」


 ゴードンは身を乗り出す。まさに視線の先。

 十字路のド真ん中で、銀の糸がクモの巣のように、幾重にも張り巡らされていた。警察官と思わしき人物が、チェーンソーを使って斬ろうとしている。


 驚くべきは、ただ火花を散らし、抉ることしかできていないという点だ。誘導員の言うとおり、硬い。

 このままのペースでは、日が昇りかねない。


 ただ、ガード・アーマードのビーム兵器さえ使用すれば、一瞬で焼き切れるのでは。

 ゴードンはたまらず提案した。

「アーマードでもなんでも使って除去しろ!!」

「お出かけ中の統括官が認可を下ろさないと、出動できないんですよ!!」



 それは、遅れてやってきた墓穴ぼけつ

 レッドを炙り出すためにガード・アーマードの出動を制限したが、ここに来てその弊害が、自分の身に振りかかってきた。


 ならば今すぐにでも……と考えたところで、脳内に着信音が鳴り響く。

 ジョリントからだと音声アナウンスが知らせた。

 ゴードンは、車の窓を閉めてから通話を開始する。


『ゴードン統括官。今すぐ車から降り、東の方角へ五分ほど歩いた場所にある教会へ入ってください』

「当初の目的地と違うぞ!!」

『私がタロウ・サキヤマをそちらへ移動させました。警察もその場に向かわせます』

 簡潔が過ぎる状況の説明。確かに彼は手際が良く、一見、全てを完璧にこなしているように思える。



 だが、本当にそうか?

 仲介人にホームレスを使用して隙を見せ、マイライズ・ハイスクールでのレッド強奪は失敗。ホワイトハウスの降下を実行できずに見送り、挙句の果てには、この渋滞を予期することもできなかった。

 思えば、彼の不手際が招いた事態の数々が、積み重なっているではないか。


 従わないほうがいいのでは、とすら感じた。

 ゴードンは、ハンドルを両手でギギッ、と握りしめる。

『統括官。移動を』

「私が教会に向かったほうがいいという、明確な証拠を出せ」



 優秀なはずの秘書は返答しない。

 やはり彼は、自分を引きずり下ろそうとしている。懸念が募り続ける、そんな中。


 一瞬、視界を、眩い赤の光がかすめていった。

 誘導員が振っている赤い棒ではない。もっと光量があり……。



 その小さい円状の光は、ゴードンの左胸に照準を合わせていた。

 気づいてすぐに戦慄が走る。まさか、狙撃用のレーザーサイト……。

 急ぎ、助手席に倒れ込むようにして頭を抱えた。


 どこかから状況が見えているのか、ジョリントが大声で警告。

『安全な教会へ!! 早く!!』

 この焦りようから、彼が仕向けた刺客ではないと確信した。

 後続車両への迷惑など関係ない。ゴードンは車から転がり出たのち、極端な猫背のまま走り出す。

 強い雨を浴びながら、他の近くの建物に逃げ込んだほうがいいのではとも思ったが、深夜という時間帯であるため、どこもかしこも閉まっていた。


 死に物狂いで走った結果、結局、赤いレーザーサイトは追従してこず、無事に目的地までたどり着けた。

 だが今時の教会。ここも閉まっているのではと疑いつつ、木製の扉を押してみる。


 いとも容易く、重たい扉が前にズレた。

 しかも中は、シャンデリアによる明かりで受け入れが十分な態勢だ。

 これもジョリントの事前準備か。末恐ろしさを感じつつも、ゴードンは中へ入り、扉を閉める。

 部下の発言が正しければ、この中に、ジャーナリスト気取りの学生がいるはず。



 だが、全く見当たらない。

 並ぶ椅子に誰かが座っているわけでもない。

 それも、自ら声を出そうという気が失せるほどに静まった空気だ。ゴードンは息を震わせながら、忍び足で前へ。

 入口と祭壇の、ちょうど間まで進むことができた。



 一つの影が落ちてきたのはその時である。

「んなっ……!?」

 それは、ゴードンの視線の先で着地。何事もなかったかのようにゆらりと立ち上がる。


 華奢な身なり。ジーンズによって強調されたしなやかな腰つきと、なでやかな短髪の払いが目に入った。

 目を見開くゴードンは結論づける。

「女……!?」

「何か問題ある?」

 それも最も特徴的なのは、表情を伺うことができない、白地に橙の狐の仮面だ。建物の裏手から侵入したのか。

 何より、狐の仮面という特徴は、ゴードンにも聞き覚えがある。


「報告の一部にあったな……。トラックを止めたのは、狐面の女だと」

「あー。やっぱりアレって、そういう意味合いも兼ねてのやつだったんだ。まんまとハメられたなー」

 どこか余裕めいた調子のまま、彼女は、ライダースジャケットのポケットから、ある小さい物体を取り出した。

 黒く、指で摘める程度の太さ。何なのかをすぐには判別できない。



 しかし、彼女がスイッチを押すと……正体は明かされた。

 赤い光点が、ゴードンの胸元を一直線に照らす。

 これは、会議や授業などで、発言者が特定の部分を強調するために使用する道具……レーザーポインターだ。

 ゴードンがスナイパーライフルだと思っていた物の正体である。

「狙撃手が、自分から狙ってます、なんて見せびらかすわけないでしょ?」


 つまりゴードンは、ジョリントは、まんまとハメられたのだ。

 彼女のハッタリによってである。

「あっ。ちなみに、警察は来ないよ。ハッキングで空港から警察への連絡を遅らせたし、何より、向こうが急いで向かってる場所も、加工画像に踊らされてるだけだから」

「二箇所同時にハッキングしたというのは流石に嘘っぱちだ!」

「警察にイレギュラーが紛れ込んでたら……とか、少しは考えない?」

 彼女の言葉が真実ならば、どちらにしろ詰んでいる。


 ゴードンは、イレギュラーという存在を見くびっていた。

 せいぜい、強化イレギュラーを作る為の素材。蹂躙されるだけのほこり。騙されて終わる間抜け……。



 自分がそうなようにだ。

 権力という絶対的なものがある分だけ、こちらが優位だと思っていた。

 後悔とおごりがない交ぜとなり、震えが止まらない。

「何が望みだ……。金か? それとも貴様もイレギュラーで、敵討ちか何かか!」



 狐の少女は、ピクッと肩を揺らし……。

 だが小さく息をつき、また別の物を取り出した。


 一枚の、曲線を描くほどに軽い、長方形の紙だ。

 それを見えやすいよう、前に突き出してきた。

「これに心当たりは?」

 いきなりの問いかけ。

 答える義理など無いとも思ったが、もしこれが目当てならば、命だけは許してくれるかも知れない。ゴードンは細目でその物体を見る。


 横に長い絵が印刷されていた。

 金塊を乗せたサングラス付きの車が、ワインを飲みながら爆走するという、派手でイカれたデザイン。

 アメリカのトップであるゴードンには、見覚えがあった。

「ミ……ミズーリの……州政府が販売している、宝くじだろう?」


 誤魔化さずに答えたが、彼女は何のリアクションも示さない。何故かゴードンの意識がざわめくだけである。

「こ……これが、何だというのだ!」

 仮面のせいで表情も読み取れないが、その俯き具合は、僅かな情報を噛み砕いているようにも見えた。


 彼女の顔がまたゴードンの方に向けられる。

「質問を変える。無実の人を拉致して、実験材料にしてる奴について」

「何の話だ……! 私にはさっぱりだぞ!」

「じゃあこう言えば分かるでしょ、強化イレギュラーを作ってるのはッ!!」

「それも知らん! そのあたりの手続きは、全て秘書がやってくれていたのだ!!」

 怒気が強まっていく彼女の声に、負けじと否定で返した。


 しかし、彼女がゆっくりと首を傾げる仕草を見せると、その意気込みも反転。

 引きつった笑みが浮かんだ。

「わわわたぁしに聞くより、そいつを捕まえたほうがいいぞ! ふふふ……!!」

 この時間に価値を見出だせなくなったのか。狐女は、宝くじをポケットの中へしまう。

「ならその秘書さんを捕まえるために、ご同行願いましょうか?」


 少女はズボンのポケットに手を突っ込みながら、こちらへ近づいてきた。

 結局は捕まる。しかし、『これでいい』とも感じ始めていた。

 Mが率いる組織、あるいはレッドに葬られるくらいならば、まだ話の分かりそうな小娘に取り押さえられたほうがいい。


 あわよくば、世間にはひた隠しにしている情報を、彼女に明け渡す。

 そして、自分の人生をメチャクチャにした奴らに、報いを……。



 その時。

 ガッシャァァァンッ!!

 安堵を完膚なきまでに打ち破る、破壊の高音が響き渡った。

 その余波は、視界にも、鋭い結晶としてなだれ込む。壁に設置されていたステンドグラスが割れたのだ。


 見上げている隙に、両者の足元からちょうど間の位置へ、何かが転がった。

 野球ボールとほぼ同じサイズの球体。黒い表面の中に、まるで日食の光輪が如く、一周しない程度の霞んだ白線が浮かんでいる。



 そして、すぐに変化が生じた。

 まるで大気を吸っているかのようだ。

 球体の周囲に、肉眼で視認できるほどの灰紫色の線が現れ、球体ごと揺らめき始める。



 何か危ない。

 ゴードンは背を向けて、元きた扉の方へ走り出す。

 狐面の少女は、ジャケットの襟元と、僧帽筋を覆う白いプロテクターを磁力でくっつける。



 爆音……というよりは、巨大なウーファーが発する重低音だ。

 ブォォォォンッ!!

 起動したその球体は、耳の鼓膜を引き摺り落とすかのようなサウンドを発し、辺り一帯に衝撃波を放った。

 これによりゴードンは、教会入口の扉まで吹き飛ばされ、激突。

 一方の少女は、ジャケットの細工か、電磁バリアで衝撃を防いだ。

 それでも勢いが強いためか、爪先を床に擦り付け、後ずさりするかたちとなった。


 役目を終えた球体は、ゴトゴトとうごめいたかと思うと、独りでに舞い上がる。

 割れたスタンドガラスの方へ吸い込まれていくのを見送ったが、その際、ゴードンは目撃した。


 こちらを覗き込む、しゃがんだ人影がいる。

 ゴードンは青ざめた。



 何者かは分からないが、間違いなく、自分を狙っている。

「ひ、ひぃぃぃぃぃ……ッッ!」

 いかなる時も上から目線で、という矜持は音を立てて崩れ去る。

 悲鳴と共に、ゴードンは外へと逃げ出した。





 近くの教会から、慈悲とは言い難い破壊音が聞こえる。

 アングは、六階建てのマンション、その屋上に侵入。上からの方が捜索しやすいという理由で見下ろし、異変を見定めていた。


 タロウは、途中で緑のアーマードを見失った。

 今もまだ配信はついているが、見つかる気配も、タロウが襲われる危機も去ったように見える。



 つまり事態は、ゴードンをどう処理するかの段階に戻ったというわけだ。

 雨で濡れた前髪が視界を阻害する中、隙間から、その存在を視認する。


 必死に逃げ惑う、小太りで初老の男……。

 間違いようがない。

 ちょうどお誂え向きにマンションの真下だ。先ほどまでタロウが通っていた細い通路へ、彼は入り込んでいく。

 見下ろすこちらに気づかずに、背を向けたまま。



 それすら許せずにいる。

「襲われる側になった気分はどうだッ!!」

 出せるだけの全ての声量を言い放った。

 彼の愚かな足取りが止まり、怯えきった表情のまま、こちらを見上げる。


 アングが冷徹に見下みくだす。

「散々人を不幸にし続けて……無事におうちへ帰れると思うなよ」

 空が雷鳴と共に白く光る。

 パーカーのポケットから、赤のルービックキューブを取り出す。



 顔の右半分が隠れるような位置まで掲げた。

「お前の全てを終わらせてやる」


 飛び出たスイッチを親指で押す。

 集まった四角が分離を始めると共に、アングは、それを真上へほうった。

 装着者である本人も、一切の躊躇なく、前方へその身を投げる。


 キューブの破片たちが、急速に形を変える。

 アングの身体を追いかける。貼り付く。

 全ての部位が赤き鎧となったその時。

 雨粒は蒸発。結合部から火炎が噴き荒れた。



 重力に身を委ね、降下する。

 両の爪を逆立てた。

 愚者へ罰を与えるためだ。

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