Phase4-4:誰が為の断罪
ランプの電灯がなければ何も見えない暗闇の墓場が、まるで夜空の雲にも影を落としているようだった。
アングの足取りは、入場口を越えて間もない、並木の合間で止まっていた。ここは管理もまるでなっていない格安の霊園であり、いつの間にやら、開放時間が記されていた看板すら失くなっていた。
一応の目的地として定めていた墓は、ここから見える、なだらかな坂道を上がった場所にある。
アングは、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら、その位置をただ見つめていた。
ここに来るまでの二、三時間は、ワシントン内をただただ歩き続けた。カザミからの連絡を待つという事情もあったが、寒さを凌ぐ為には最も効率の良い動きだった。
不思議と冷静でいられているアングとは対照的に、取り乱している人物がいる。
ユージーンだ。
霊体として、アングの意識下でのみ隣に並ぶ。
『もう……ここを離れたらどうだ』
フルーレ邸でアングが取った行動以降、彼は口を閉ざしていた。それが今になっての文句。
だが、カザミからの回りくどい連絡は、日付が変わったばかりの今も来ていない。
「俺が何の為にここへ来たのかは分かってるはずだ」
『ああ! 人のプライバシーを覗き見て、優越感に浸ろうっていうんだろ!?』
罵声としてアングの脳を塗りたくる。
『大きな選択ミスをしたな間抜けなアング君!! オレの怒りは極限まで達しようとしている!! その澄ました顔をレロレロギャグ顔にして、恥かかせてやるぞ!!』
「ならそうしてみせろよ」
今の彼にはそれができない。
アングも同様に、この世界に対する怒りを身に纏ったからだ。
「俺を心の底から憎んでるなら簡単にできるはずだろ」
たじろぐ声が漏れ聞こえた、その直後のこと。
ユージーンは息を呑んだ。
視線が、坂の上の墓へと移行する。
二人の人影が見える。
一本ずつ、白いバラを手に、地面に埋め込まれた墓石へと近づいていく。
隣の息が揺れる。
遠くにいる夫婦は互いに見合い、持っていた花を墓の上へと手向けた。
しばらく、名前が刻まれている部分だろうか。そこを愛ある眼差しで見つめてから、二人で黒の石を撫で……。
最終的に、墓石を間に配置するかたちで、自撮り撮影を敢行した。
空中に映し出されたホログラムを見ながら、ピースサイン。
悲しみなど欠片も見えず、屈託のない笑顔だ。
一連の動きを見てもなお、ユージーンは沈黙を続け……。
やがて、膝を抱え込むようにその場でしゃがみ込み、下を向いた。
『……なんて話してたと思う?』
揺れる声が続く。
『寂しいな、とか、どうか安らかに眠って……とか? 違うね。みんなの為に死ねてよかった。あたし達の誇りだよって……! 歪んだ価値観を崇め讃えてるんだ!!』
震える人差し指が、彼の間違っていないであろう仮説を指し示す。
『オマエが見せてるのは、死んだ息子の為に涙も流してくれない……そういう現実なんだぞッ!!』
言葉の一つ一つが鈍器のように重たい。畳み掛けるように。
アングは唇を噛み締め、影が落ちたような低い声で応じる。
「両親の姿を……見せてやりたかったんだ。お前の家に電話した時も、『息子の友達でいてくれてありがとう』って、真っ先に感謝された。お前のことを、本当に大事に思ってたんだな、って……」
『オマエが……!』
彼自身の瞳孔は小さくなるままに、ユージーンは吐き捨てる。
『オマエが、ボクを殺さなければ……!! こんなに辛いとも、親がイカレてるなんていう見え方もしなくて済んだんだ!!』
顔を上げた。
霊体であるはずなのに、ボロボロと、大粒の涙がこぼれ落ちている。
『謝罪の言葉一つ言えない……臆病者がッ!!』
否定せずに聞き続ける。拳を握りしめる。
痕がつくほどに、爪が掌の肉に食い込んでいく。
「ああそうだ。……俺のせいだ」
内から溢れそうな感情を必死に押し殺す。
「お前に呪い殺されても仕方ない。だがなユージーン……。俺が謝ったら、その隙を見計らって……また主導権を奪うつもりだろう」
彼はただ歯を噛み締め、睨み返してきた。
抜け目なさを評価しつつ、続ける。
「これは俺の戦いだ。この醜い光景は……お前の言うとおり、俺が作ったようなものだからな」
撮影した写真を確認する二人の姿を、目に焼き付ける。
「あの二人が、ちゃんと……悲しんで泣けるようになるまで、お前の望み通り、立ち塞がる闇を全て葬り続けてやる」
ユージーンの両親が辺りを見回し始めた。
本来ならばこの場にいるはずの人物、アングがいないからだ。
元々は、アングと共にユージーンへ会いに行く、という流れだった。深夜前に勤務が終わる職に彼らが就いているため、都合が合ったのだ。
アングのカフに、お誂え向きのタイミングで通知が入った。
天駆けるワンダーフォックスとのチャット欄だが、『もう一度あの場所で』という映画の商品リンクと、工場の絵文字が並べて投稿されている。
ついに作戦が始まる。
アングはホログラムを閉じた後、隣の空間へと視線をやる。
彼は背を丸くし、嗚咽を耐えるようにして震えていた。
果たして、このやり方は正しかったのか。
分からぬままに振り返り、集合場所へ向かおうとする。
『隠してることを……教えてやってもいいぞ』
それは不意の、震え混じりな独白。
アングは足を止めた。彼の隠していることとはすなわち、レッドや母リリアンの真実。
視界に入り込めない程度に、視線を声の主へと向ける。
『けど、全部を知った時……きっとオマエはもう、戦いたくないと思い始める』
それは、アングの覚悟を再確認するかのような口ぶり。
一際鼓動が激しく蠢いたが、その後続の言葉を聞き、落ち着いた。
答えは決まっている。
「なら必要ない」
アングにとって、今、重要なこととは一体何か。
また闇の中へと消える。
相反するように、決意を証明するための殺意が、再び燃え上がり始める。
*
以下は、ワシントン警察が全署へと一斉転送した緊急の通達。その要約である。
『失踪していたゴードン・ルッツ統括官の発見。及び、不審な行動について』
ロナルド・レーガーン・ワシントン・ナショナル空港におけるショッピングエリアにて、ゴードン統括官の短い滞在が確認された。
添付された写真は、午前十二時十分時点の監視カメラが撮影した姿だ。ほとんどの店舗は閉まっている状態であり、この場に足を踏み入れること自体が不可解である。
しかも、ただ単に映り込んでいるというわけではない。彼は、カメラのある方向をマジマジと見つめ、そこから二分もの間、立ち続けていた。何らかのSOSだった可能性が高い。
その後の彼は、今までの硬直が嘘のように走り始めた。用意されていた車両に乗り、向かった方角は北西部。
この報告が本庁へと送られるまでに、三十五分もの時間を要したことは重大な問題だが、同じナンバーの車両が、ワシントン南西部に乗り捨てられていることも判明した。
南西部の警察署は、至急、全捜査員を総動員せよ。
中央署の特別対策班も、直ちに現場へと向かえ。
*
タロウのスクープ捜索は、ことごとく失敗に終わっていた。
レッドの動画を投稿した後、開示したコメント欄の情報と、自分の推理をもとにワシントン内を練り歩き続けていた。
いずれも空振りに終わった。
というのも、提供された情報はほとんどが嘘偽り。あるいは見間違いだったからだ。これもバズりにバズり散らかした代償と言える。
見晴らしの良いビルの屋上へと上がり、何か異変が起きている場所を探したりもした。適当に買い溜めたジャンクフードを持っての張り込みだ。
結局、マイライズ・ハイスクールでの戦闘が発生するまで、レッドの出現自体が無かった。
自分の学校でテロが起きたと分かった際に駆け込んでいく選択肢もあったが、既に先を越された二番煎じのスクープは、撮影したところで価値が落ちる。スタジアムの動画が数千万回のアクセス数を稼げたのも、レッドが初物だったからだ。
そんな彼との再会はまた果たせず、いよいよ、自分の家へ戻ろうとしていた。
歩道をトボトボと進んでいると、やけにパトカーのサイレンが視界を通り過ぎていく。ゴードンが失踪した件についてだろう。
そのことについて速報で述べた動画を軽く見てみたが、大した再生数は稼げていない。
一人のおっさんのことなど、ユーザーはどうでもいい。
何より、レッド・アーマードという魔性に皆が取り憑かれているという実感があった。もうただ街で暴れ回り、最後に爆発するだけの強化イレギュラーではアクセス数を稼げない。
新たな対抗馬として彗星の如く現れ、ミステリアスな存在かつ、スーパーヒーローのような風貌を持つレッドは、素材としてあまりにも良かった。
あのパトカーを追って、レッドに会える保障があるのだとしたら乗っかってやってもいい。その程度の認識だった。
横断歩道の前で、信号が青になるのを待つ。
その間に、自分のチャンネルのコメント欄を見てみる。
もはやフェイクどころか、意味のない戯言の割合が増えている。すぐに閉じようとした。
が……。
あるユーザーの名前が、タロウの目に止まった。
ワシントンの市外局番、『202』から始まる十桁の数字のみの名前。
やはり電話番号を連想してしまうが、仮にそうだとしてこの人物は、誰かから電話がかかってくるリスクを想定していないのだろうか。
そして肝心のコメント内容はというと、これまたチャレンジングなものだった。
『レッド・アーマードの重大な情報を私は持っている。知りたければ返信か、いいねを押せ』
自信満々かつ上から目線の口調。インターネットの住人の中でもとりわけ嘲笑されるタイプだ。
タロウは彼を荒らしだと完全に認定し、皮肉の意味も込めていいねを付けた。清々しい心持ちで青信号を渡ろうとする。
直後。
テケテケテケテケテン!!
中毒性の高い着信音がタイミング良く鳴り、思わず足が止まってしまった。
この深夜という時間帯でだ。悪友以外ではありえないことだが、誰なのか。ホログラム上で確認してみるとする。
表示された名……。
いや、番号だ。
食い入るように見た。既視感が走った。
つい先ほど見たばかり。忘れるはずもない。
例の荒らしがユーザー名として使用していた十桁の番号……。偶然の一致にしてはあり得なさすぎる。
何かピリつく空気というものを感じた。スナイパーに狙われでもしているのか?
だとしたら出ないほうが危険かと思い、タロウは歩道へと一歩下がってから、受話器を上げるマークを押した。
「もしもーし」
『タロウ・サキヤマだな?』
低く加工された合成音声だ。
タロウは『TruthHunterX』という名義でチャンネルを開いているが、この人物は、本名を知っている。
少し面白くなってきたとすら感じた。
タロウの口角が吊り上がる。
「困りますよ~荒らしさん。ネットから永久追放されたいんですか?」
『仮にアクションが無くとも、一時を回った際には電話をかけるつもりだった』
「へ~? そんで、ご要件はレッドのことについて?」
クククッ……と、合成音声であるのにご満悦な様子が感じ取れた。
『貴様が望む情報を私は持っている。今すぐ所定の住所に移動しろ』
彼は間髪入れず、ワシントン内のとある住所を読み上げ始めた。
慌ててタロウもメモ帳を起動し、記録する。
『いいか、改めて言うぞ。今すぐ来るんだ。貴様のチャンネルをスターダムに押し上げる、最後の機会だと思え!』
最後は、隠していた傲慢さが溢れ出ているようだった。一方的に通話を切られた。
ここまでしてくるのだ。確かに、単なる荒らしではないと感じた。
しかしこうも思う。仮にレッドがヒーローではなくヒール側だとして、あんな動画をアップした輩は処理せねばならない、と考えていたら?
爪先をコツコツと地面に当てて迷う。話には乗らず、こんな仕掛けを作った連中が何者か、逆に遠くから突き止めてやろうか。
もしかしたら新たな動画のネタになるかもしれない。やや重たい足取りながらも、今度こそ青信号の横断歩道を渡り始めた……。
次の瞬間。
ドゴォォォッ!!
タロウの左後方から、凄まじき爆音と、赤白い光が発せられた。
当然勢いよく振り返る。爆ぜたばかりの建物の壁が、引火しながら道路や歩道へと落ちていく。
……スクープだ!!
よもやよもやの事件発生の瞬間。タロウは、信号を無視して逃げようとする車を避けつつ、建物とは対面側の歩道へ移動する。
被害に見舞われたのは何らかの小売店だ。店員か客かも分からない人物が、絶叫する火達磨となって店から飛び出てきた。硬いアスファルトの上でジタバタと仰け反り、身体の火を消そうとしている。
シャッターチャンス!
助けたりなどするはずもなく、タロウは首から提げていた一眼レフで火達磨を連写。
しかし、周囲一帯が吹き飛ばない程度の爆発。炎。
ここ最近の情勢を鑑みれば、やはりこう思ってしまう。
まさかレッド……?
一つの予想が脳裏をよぎったその時。
気づいた。
炎の中に、悠然と立つ人影がある。
それも、通常の人間が描く曲線的なシルエットではなく、所々が角張り、分厚くなった装甲を纏っている。
やはりそうなのか。だが、何故こんなことを?
疑問が湧いて出てきつつも、タロウは、対面の彼をレンズ越しにズームで凝視。
それは、期待に応えてくれたかのようだった。
主犯の装甲と目が合った。
そしてタロウは、確信した。
レッドじゃない。
シンメトリーだった赤のフォルムと違い、彼の左肩には……魚介生物か。あるいは化け物じみた生物の白骨のような物が載っている。
装甲胸部には、血が滴るようなハートマークが描かれ、腰部には、交差する銀色のベルト。
等間隔に横線が刻み込まれた剣も左側に携え、靴の爪先はピエロのように尖り、反り立っている。
そして、炎が逆光となっている影響で、全てが黒くも見えたが、見つめていくにつれ判別できた。
装甲の色は赤ではなく、ましてや、警察に拘束された青でもない。
緑だ。
さしずめ、グリーン・アーマードでも呼んでみせようか。




