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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase4:誰が為の断罪
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Phase4-2:誰が為の断罪

「こら弟くん! ねえってば!!」

 足取りの速さを、軋んだ足音が追従する。

 廃工場の錆びた壁を背景に、カザミは、怒りに呑まれた青年を大声で呼び止める。

「学校の騒動が許せないのは分かるけど、少しは落ち着いてよ!」


 何かが逆鱗の端に触れたのか。

 彼は足を止め、しばらく立ち尽くしてから、こちらへと振り返った。

「俺に構うな」

「いや、どう動くか言ってもらわないと、こっちの行動に関わるんだけど!!」

「決まってるだろ。俺一人で奴を見つけ出して、消し炭にする!!」


 充血すら誘発しそうな、激しく迸る視線。

 これは、同じ調子で発言するのは良くない。カザミは声色を意図的に緩くする。

「う、うーん。気持ちは分かるけどさ。殺さず捕まえれるに越したことはないと思わない?」


 刺さるような視線が離れていかない。

 カザミは、めげずに言葉を並べ連ねる。

「アメリカ地域のトップ。強化イレギュラーの派遣請負人……。この世界の謎について絶対何かしら知ってるんだから、情報源として生かしたまま残しといたほうがいい」

「お前は当事者じゃないから冷静でいられるんだ」


 不満で返した後、アングは、離れていた距離から半分ほど詰めてきた。

「バーンズ先生を使って俺の学校は襲われた! まだ不十分な動機だっていうのか!?」

「だから、理解してないわけじゃ……」

 カザミが眉をひそめ、どう宥めようか悩んだ、そのタイミングのことだ。



 彼はしたり顔で鼻を鳴らした。

「殺したい相手を目の前にしても、自分は冷静でいられます。そう言いたげだな」



 バキッ、と。

 ひび割れる音を立てたのは、抱いていた親切心だった。

 カザミの口角が強張っていく。

「なんですって?」


 ひと呼吸分のがやけに重たく感じる。

 彼は、不用意な発言を続けた。

「写真を見たぞ。他の家族はどこに行った?」


 カザミの拠点で伏せていた、写真立てのことだ。

 確かに彼に見られた。慌てて止めたが、内容を把握するには事足りる時間だった。

「……今は関係ない」

「世界がどうなろうと知らないみたいに言ってたな。それも踏まえたら、もう目的は一つしか思い浮かばない」


 隠していたわけではない。

 見えないようにしていただけだ。

 常に『あの時』が見えていれば、心が追いつかなくなるから。


 一瞬だけ、彼の下唇がせり上がり、目には憐れみの色が見えた。

「なあ、分かってくれるだろ? 俺が一矢報いれば、今ならまだ、被害を最小限に食い止められるかもしれないんだ」

 彼の危機感は十分承知している。

 なるべく手助けしたいとまで思っていた。



 だが。

「お前みたいになる前に早く――」


 我慢の限界が来た。

 目を見開いたカザミは、ワイヤーをアングの胸元に伸ばし、シャツの布に引っ掛ける。

 巻き取りの反動で、無理矢理に彼の身体を引き寄せた。


 そして、片手で胸ぐらを掴んだ。

 威勢良く見下ろすように声を張っていた彼が、今度は見下される側になっている。



 久方ぶりの感情に視界が揺れる。

 言葉は容易に返せる。

「分かってんのよこっちも……。口でどう誤魔化したって、結局あたしも、家族を殺した奴に報いを与えてやりたい。バラバラにしてやりたいってッ!!」


 全てをぶちまけてしまった。

 世界に興味はないが、裏で糸を引いている黒幕たちは、家族を地獄に向かわせた主犯だけは、生かしておけない。

 カザミ・シルヴァが戦う真なる理由。


 更なる罵倒を繰り出そうともしたが、唇を震わせるに留めた。

 彼の胸からパッと手を離す。

「ごめん、突然」


 同年代で、同じような境遇で、唯一信頼を置けそうだという人物に対する動きとしては、あまりにリスクがある。

 カザミは口を手の甲で押さえ、背を向けた。

「こんなことでムキになってるんだから、君の言うとおりかも」

「お、おい……」

 彼も反省はしているようで、声に焦りが滲み出ている。根の優しさが窺える。


 ただ、カザミの視線は、下がり続ける一方だ。

 少し浮かれていた。

 深入りは控えようとも思った。

「……統括官の身柄確保はあたしがやる。君には場のかき乱しとか……そういうのなら頼むかもしれない」

 無論、入念なリサーチをしてから作戦は考える。ゴードンがどこにいるのかも分からないのが現状況。


「それっぽいメッセージは送るから、明日まで自由に時間潰してて」

 そのまま、廃工場の中へと歩みを進める。

 怒鳴って以降、彼の表情を見ることはなかった。

 今は、想像に委ねたほうがいい。





 また一台、赤のランプを灯す救急車両が到着した。

 強化イレギュラーの出現により、学びの地は、壮絶な事件現場と化した。

 しかも、怪物の正体は担任のバーンズだったと後からジョイは知ったが、やはり人の本質というものは、最後に何をするかで決まるのだなぁとも思った。


 中での現場検証は鑑識班に任せ、ゼオン・マクラウド率いる特別対策班とジョイは、エントランス前に集まっていた。

「これは大きな一歩だ。我々『特対』が、世界で初めて強化イレギュラーの遺体を確保した」


 指揮官の言葉に、その立役者であるジョイの父、ダンが胸を張る。

 彼はまた車椅子姿に戻っていた。

「レッドに感謝せねばな!」


 笑顔の仮面の視線が、ダンの方へ向く。

「私からも、彼には一言かけてやりたいところなのですが?」

 彼は自身の側頭部を撫でた。

「ああ……。近づいたら、走って逃げていったよ」


 フランがたまらず目を剥いた。

「追わなかったんですか!?」

「追えなかったんだ! ちょいと薬の量が足りなかったんじゃないかあ? 筋肉が失くなっちまった」

 ジョイも、レッドが逃走する場面を見ていた。

 彼の言うとおり、ダンの肥大した筋肉は一気に縮小化。脚に至っては元の萎びた具合へと戻った。

 薬ひとつでこうも変わるものなのか。エヴォル細胞というものの性能に、ジョイは関心する。


「エヴォル細胞の摂取量は活動予想時間ごとに調整するとして……」

 ゼオンが静かに発言を再開すると、不意に、視線がジョイの方へと向けられた。

「素晴らしい働きだった」

 驚く間もなく言われた称賛の言葉。頭で理解するにはしばらくかかり……。


 やがて、自分の側頭部を撫で、デヘヘとなった。人々への避難誘導と、瓦礫に挟まれた女性を助けた件についてのお褒めだ。

 スタジアムで『期待しているよ』とゼオンに言われたばかりだったが、それをすぐに結果で見せつけることができたということでもあるため、より充実した感覚が滲み出る。


 しかし、それとは対照的な視線もまた、こちらを刺してきていた。

 フランだ。彼ともスタジアムで会い、無断でガード・アーマードを装着する瞬間を見られた。

 別に今回はアーマードを使用したというわけではないのだが、そのやや細目な様相は、やはり疑いということか。ジョイは冷や汗と苦笑いが同時に漏れる。


 ゼオンの発言は続く。

「今回の事件について、何か君だけが見た、特殊な情報はないか?」

「えっ? あっ、はい! あります!」

 大勢を避難させた後という状況から察して、ジョイのみが知る情報だ。

「職員室に、覆面の人間が侵入してたんです! 僕の姿を見るや否や、窓から飛び降りていっちゃいましたけど……」


 ダンが自分の髭をさする。

「窓ガラスが割れているとは聞いたが、やはり共犯者がいたのか……?」

「その人物は中で何を?」

 更にゼオンが問うてきた。当然這い寄ってくる疑問だ。

「あー……」


 しかしジョイは、発言に躊躇した。

 何故か。それは、あの覆面の人物が見ていた画面のせいだ。

 見間違いようがないほどに、ジョイの友人であるマックスの顔写真が映っていた。まるで彼を狙っているかのように。

 とはいえ、偶然かもしれない。そもそも学校に通う生徒の写真を犯罪者が見ていたというのは、その状況だけで事案足りうる。警察官としてちゃんと切り出す必要がある。

「実は……」



「ゼオン本部長! 大変です!」

 だが、思わぬ遮りが走った。

 彼女、ハル・フラットも同じようにこの場に集まってきていたが、元の職場からの着信を受けて、「はい、はい」「えぇ!?」と時たまに声を上げていた。


 そして彼女の口から、思わぬ展開を聞かされる。

「ゴードン統括官がいなくなりました!!」

 辺りに一気に緊張が漂う。

「一時間ほど前に自ら署を出て以降、消息が途絶えた模様です!」


 大人たちは皆、疑問を隠せない。フランが引きつった顔で腕を組む。

「きな臭いな……。このテロ事件の最中さなかでの失踪だと?」

 この事態を受けてもゼオンの声は変わらぬトーンだった。

「一旦署に戻る。フランは、西署の面々に、捜索出動を出すよう伝えろ」



 各々が散らばっていく。

 ダンに関しては、ハルが車椅子の後ろに回って押し始める。

 しかしここで、彼がジョイの方へ手を伸ばし、やや乱暴にコンタクトを図ってきた。

「おいジョイ! ジョイ!! 最後に言いかけたのって何だったんだ? んん?」


 統括官失踪の衝撃ですっかり埋もれてしまった、覆面の人物が何をしていたのかについて。

 しかし、やはり単なる早とちりだったのではと思えてきた。偶然マックスの写真を開いていただけだ。

 地域のトップの失踪と、一人の学生の話。どちらを重視するべきかなど明白である。

「身長……を言おうとしたけど、僕より高かったってことしか分かんないや」

「まあ、よくあることだな」

「ささ! 車に戻りますよ!」

 話が一区切りしたところで、また部下に押されていった。



 見送ったジョイの耳に、少し遠くから、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「まーじですか監督ゥ!?」

 その方向を見る。襲撃された人々の為に、安い飲料水を有料で提供している配給カーの前だ。二人の若者と一人の大人が何やら会話をしている。

 若者に関しては、大女優メーナと、車に寄りかかる友人のマックス。すぐに認識できた。


「そりゃあ、君の機転で助かったわけだから、何のお礼もしないわけにはいかないだろう」

 父からの報告で知っていた。怪物からマックスと共に逃げていたのは、映画監督のジョンソン。

 つまりあの初老の男がそうだ。ジョンソンは顎に指の関節を当てながら前のめりになり、マックスの身体を吟味。


「よく見たら、マッスル俳優顔負けの筋肉じゃないか! こういう分かりやすいのはスクリーンでよくえるから……」

 うーん、と唸ってから、彼の逞しい上腕二頭筋を指差した。

「終盤でメーナちゃんを付け狙うギャング役に君を採用しよう!!」

「いいんすか!」

「普段はこんなことしないよ~? ワンシーンの存在感で一躍有名人になっちゃうかもねー!」


 拳を振り上げて「よっしゃー!」と歓喜するマックスとは真逆に、傍にいるメーナは、片手を軽く添えてあくびをした。

 全く会話に介入していなかったようだが、見るに見かねた監督が声をかける。

「メーナちゃんもいいんだよね?」

「それより監督」

 彼女は、掌に載せた小型プロジェクターで、空中に映像を投影した。



 バーンズに首を喰われる俳優の姿だ。

 それを見せながら、彼女の顔に微笑みが戻る。

「サムさんの死ぬ瞬間を録画しておいたものです。シナリオを修正して映画に使用しましょう」


 しかし、ジョンソンの口はAの字に曲がった。

「この後のシーンを撮り直すことになるんだよ? メーナちゃんはもう働かなくても貯金たんまりだろうに。何でまだこだわるのか理解できな……」

 と思いきや、にやけ顔で上半身をぐにゃりと曲げた。

「なーんてね!! 今の僕は気分が良い! 追加の編集作業も自分でやっちゃう!! サム君の遺作という話題性で稼いじゃうぞぉ〜!!」


 すっかり映画作りの長が有頂天になったところで、会話は落ち着いたようだ。ジョイは近づいていく。

 真っ先にマックスが気づき、手を挙げた。

「女の人を助けたんだって? またモテちまうな! 可哀想なジョイ!」

 アング一筋という信念は揺るがないため、中々につまらない話題だ。


 ゆえに、折角なのでと、あのことについて聞く。

「いちおう聞くけどさ、マックス。何か命を狙われるようなことはしてないよね?」

 筋肉質な友は、顎を高く上げた。

「ああん? 命ィ? んなことあるわけ……」



 反射的な否定だったが、次第に声から勢いが失くなっていく。

「いや。うん? まあでも別にそんな……」


 やけに視線が右往左往しているな、というところで、ジョイは気づいた。

 会話の様子を、メーナがジッと直視している。

 別に聞かれてもいいかという意識だったが、こうも気にされることと、何よりマックスの反応が怪しい。

 一旦彼の左肩を掴み、人通りの少ない、配給車両の裏まで連れて行く。


「女にしか興味ないって!」

 バタバタと抵抗するマックスを木に押しつけ、真剣に問い詰める。

「少しでも心当たりがあるんだったら言って欲しい! 君に危険が迫っているかもしれない!」

 彼は一転して目を丸くした。

「きけ……!? ま、マジかよ」

 消え入るような声量に変わってしまった彼は、キョロキョロと辺りを見回す。

 直後、カフのホログラムを展開した。いそいそと何かのアプリを操作。



 そして、ある画面をジョイに見せ、耳打ちした。

「出会い系のアプリなんだけどよー。オレっち、一歳だけ逆サバしててさ」


 まばたきを繰り返すジョイ。

 確かにこういったアプリは、十八歳以上の使用は禁止とされているのが常で、立派な違反行為ではある。

「なあ、オレら友達だろ? 見逃してくれよ! もっと女と遊びてえよぉ」


 彼が危惧しているのは、こうした法律や規則を破れば、最悪、処刑が認可されるということについてだ。

 ただ、これを他の重犯罪と同等の扱いで処理するのは無理があるうえに、人に迷惑をかけているわけでもない。そこが一番の判断基準だ。

 処刑よりも軽い処罰で罰金刑はあるが……ジョイは眉を狭めて手を離した。

「映画に出るんなら、もっとクリーンな存在であれよ」

「何者も、オレっちを止めることはできねえぜ!」

 追求は終わったと察し、マックスは、口笛を吹きながら悠々と去っていった。



 呆れ混じりの溜息をついたジョイだが、ふと考える。

 ではあの覆面の人物は、アプリのマナー違反をしているマックスを処罰するためだけに、わざわざ学校へ乗り込んだのか。

 やはりそんなわけがない。きっと別の理由があるのだろうが、今は何も推理できない。

 空に赤みが差してきた。ジョイは、いつ家に帰るか考え始めた。

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