Phase4-1:誰が為の断罪
女性の正面に飾られた絵画は、ラッパに巻き付いた巨大な蛇が、生まれたままの姿の人々を見下ろし、吟味するという内容だ。
このような構図を、彼女はタロットカードで見たことがあった。模倣作品ではあるが、赤黒いカーペットに彩られたシックな空間においては、それなりの威厳を保っているように見える。
肉厚ながらも容易く切り分けられる、微かに赤みが残る牛肉を口へ運ぶ。
背後から、コース料理を用意したコックが、筆記のメモを手に情報を述べる。
「負傷者が一名と、死亡者一名。後者は……俳優のサム・ターバンだったようです」
マイライズ・ハイスクールの被害者についてである。
彼女の想定範囲に留まる結果となった。
女性は、用意されていたナプキンで、口の周りを拭く。
「ゴードン・ルッツの所在は?」
「私個人の情報網では、流石に……」
首を横に振りながら彼は言った。
むしろこうして情報を遮断できていなければ、統括官の立場としてあまりに杜撰すぎる。
彼女は、皿の中央へ向けてナイフとフォークを揃えて置くと、笑みをこぼしながら振り向いた。
「素晴らしい味わいだった。毎日のように楽しめたらと心の底から思う」
「ありがとうございます」
美しい角度の一礼を見てから、彼女は立ち上がる。
「『ケイオス』にはよろしく伝えておいてくれ」
出口へ向けて歩き出す。
今日はもう店じまいだろう。
他に人はいないうえに、来る気配もない。
*
ワシントン各地には、レジスタンスが隠密行動用に利用するスポットが数多く存在する。
そのうちの一つである廃工場を、カザミが勝手に拝借。
枯れた空気が五感にこびりつく。アングも同行し、この薄暗い空間に居合わせている。
予備バッテリーを使用して起動したパソコン。表示された画面の内容を、カザミは前のめりで興味ありげに見つめた。
「これがナショナルの空港ログ?」
『フライト・プログレス・ストリップと言イマス』
すなわち、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港。ワシントン南部に位置するその空港のデータを、パッチがハッキングで入手した。
アングも、遠目から腕組みしながら画面の方を見る。
色分けされた四角が縦に積み重なるように並び、それぞれには、便名、機種、出発地、到着予定時刻、滑走路といった情報が詰め込まれている。
『ドノ便が離着陸スルノカを詳細に表シタモノで、ホワイトハウスが着陸スル際にも、管制塔用にココへ表示サレマス』
ホワイトハウスは、ワシントンを見下ろすように依然、空を飛び続けている。
イレギュラーからの攻撃から逃れるための策だとしているが、単に権威を誇示するためだという見方も多い。
そこを住まいとしても使用しているゴードン統括官だが、今日は自身の印象を良くするためか、自らワシントンの警察署に赴き、指示を出していると報じられていた。
『タダ、肝心の着陸予定はマダ無イヨウデス』
「でもあいつ、確かに『ホワイトハウスに戻る』って言ってたんだよ!」
カザミが不可解だと思うのと同様に、遠くで聞いていたアングも視線を鋭くしていた。
衝動的になり、ゴードン・ルッツをつい電話越しに威嚇。これは軽率な行動だったかもしれないが、地上に降りている今の状況を考えれば、一刻も早く空に逃げ込みたいと思うのが自然な発想ではある。
「おい」
アングは、自身の隣にいる男を見下ろす。
縄でぐるぐる巻きにされたまま着席している彼は、学校の外でカザミに捕まった男だ。
「着陸の予定はあったのか、答えろ」
そもそもゴードンはあそこを家としているため、ワシントン内にいるのであれば、その日のうちに帰宅するのが当然というもの。
スーツの男は何も発せず、ただニチャリと口角を上げた。
どうしてやろうか。
赤き思考に支配されそうになる中、パッチが吉報を発する。
『追跡情報ヲ読ミ取レマシタ』
彼は同時進行で、このスーツ男から取り上げたカフを解析し、手がかりがないかを探っていた。それが完了したのだ。
インターネット上で見ることができるワシントンの地図に、動く黄色い光点が表示される。
『エージェントとイウダケあり、警備意識モ万全デスネ。車両に専用のGPSガ搭載サレテイルヨウデス』
指定した時間の所在を確認できるものだが、やはりゴードンを乗せていると思われる車は、空港がある南部を目指していた。
すると、今から約三十分前の時間だ。
カザミが反応する。
「あれ? 動きが止まった……」
光点は点滅だけを繰り返し、微動だにしなくなった。
『もしや、我々にカフを奪ワレテイルことを思イ出シ、慌てて車ヲ捨テタとか……』
「ここからは徒歩で逃げてるってこと?」
アングは、斜め窓から霞色の空を見上げた。
「現状、ホワイトハウスが着陸する素振りはない」
ナショナルに向かっているのであれば、あの建物が今の位置から見えているのはおかしいからだ。
「その付近に向かえば、統括官様を引っ捕らえることができる。そうだな?」
だというならば話は早い。アングは行動を起こそうとするが……。
「今はダメ。当然だけど、あの付近はアメリカ政府の管轄下にある。そんなところで堂々と襲撃でもしたら、私ならハチの巣。君も一気に極悪人の仲間入りだよ」
アングを気遣っての発言。
本人も理解したが、決断は断固としていた。
「それが何だっていうんだ?」
「え……?」
今度はパッチが仮定の疑問を示す。
『仮にホワイトハウスへ戻ラナイのダトシテ、彼は何ヲ考エテイルノデショウ?』
「一時的に空港に匿ってもらってから、ほとぼりが冷めたところで国外逃亡を図ろうとしてるのかも……」
カザミが述べた可能性は十分にあり得る。
それを聞いた直後のこと。
くくく……と蔑む笑いがささやかれる。
発信者は、椅子に縛り付けられたままの、スーツの男だった。
カザミがジト目で振り返る。
「隨分と楽しそうね」
「いやはや、滑稽だと思ってな。国外逃亡? 彼がこの国を離れる理由はゼロだというのに……」
やけに自信のある言い切り。
状況に反して、彼は左右の足の爪先をゆらゆら揺らしている。
「だいたい、お前たちがどんな高尚な思想を抱いていようが、統括官を襲撃した時点でゲームエンドだ。世界のイレギュラー迫害は更に加速する」
歯茎まで見えるほどに感情が漏れた。
「お前たちも死のうが生きようが、悪人のレッテルを貼られ続けるんだよ! くくくく……」
なんてことのない戯言か、あるいはやすい挑発か。
いずれにせよ、何も分かっていない。
いったい自分が、どのような意識でこの事態へ向き合おうとしているのか。
感情任せと言うよりは、一つの義務としてだ。
彼の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「こら、だめ!!」
カザミが大声で止めに入る。
アングは正面の男を見据えたまま、意図を説明する。
「情報を引き出すためにこいつを痛めつけて――」
「その手段は取らない! 拷問レベルの激痛と時間量は、イレギュラーへの覚醒を引き起こす一例として、あたし達の経験則で確定してる!!」
初めて耳にする情報。アングは目を丸くする。
単純に強い痛みでイレギュラー化するという一説もあり、わざと自分の身を傷つけて試す者もいたが、彼らに変化が無かったのは時間量が備わっていなかったからか。
「後で報復でもされたら面倒なの!」
「なら餓死するまで閉じ込めとけばいい!」
『暴力デ解決シヨウトスレバ、奴ラに『野蛮人』ダトシテ利用サレルと、何故分カラナイのデス!!』
アングの静かな炎に冷水を浴びせるような、強い疎外感に包まれる。
ゆえに、次のほくそ笑む男の発言は、都合がよかった。
「お仲間と意見が割れちゃったなあ。悔しいねぇ〜」
火に油を注いでくれたからだ。
ドゴォッ!!
アングは、握った拳で、彼の顔面を打ち抜いた。
飛び散る血と一本の歯。見るからに硬い床に、椅子ごと勢いよく倒れ込む。
カザミが言う時間量とまでは達していないのだろう。殴られた本人は高笑いを始めた。
これ以上聞いていれば、また勝手に赤い装甲が張り付いてしまいそうだ。
やろうと思えば一人でもできる。踵を返したアングが早足で出口へと向かう。
しばらく進んだ後、ため息を発してから、カザミが駆け足で追いかけ始めた。




