表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase4:誰が為の断罪
31/35

Phase4-1:誰が為の断罪

 女性の正面に飾られた絵画は、ラッパに巻き付いた巨大な蛇が、生まれたままの姿の人々を見下ろし、吟味するという内容だ。

 このような構図を、彼女はタロットカードで見たことがあった。模倣作品ではあるが、赤黒いカーペットに彩られたシックな空間においては、それなりの威厳を保っているように見える。


 肉厚ながらも容易く切り分けられる、微かに赤みが残る牛肉を口へ運ぶ。

 背後から、コース料理を用意したコックが、筆記のメモを手に情報を述べる。

「負傷者が一名と、死亡者一名。後者は……俳優のサム・ターバンだったようです」

 マイライズ・ハイスクールの被害者についてである。

 彼女の想定範囲に留まる結果となった。


 女性は、用意されていたナプキンで、口の周りを拭く。

「ゴードン・ルッツの所在は?」

わたくし個人の情報網では、流石に……」

 首を横に振りながら彼は言った。

 むしろこうして情報を遮断できていなければ、統括官の立場としてあまりに杜撰すぎる。


 彼女は、皿の中央へ向けてナイフとフォークを揃えて置くと、笑みをこぼしながら振り向いた。

「素晴らしい味わいだった。毎日のように楽しめたらと心の底から思う」

「ありがとうございます」

 美しい角度の一礼を見てから、彼女は立ち上がる。

「『ケイオス』にはよろしく伝えておいてくれ」

 出口へ向けて歩き出す。



 今日はもう店じまいだろう。

 他に人はいないうえに、来る気配もない。





 ワシントン各地には、レジスタンスが隠密行動用に利用するスポットが数多く存在する。

 そのうちの一つである廃工場を、カザミが勝手に拝借。

 枯れた空気が五感にこびりつく。アングも同行し、この薄暗い空間に居合わせている。


 予備バッテリーを使用して起動したパソコン。表示された画面の内容を、カザミは前のめりで興味ありげに見つめた。

「これがナショナルの空港ログ?」

『フライト・プログレス・ストリップと言イマス』


 すなわち、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港。ワシントン南部に位置するその空港のデータを、パッチがハッキングで入手した。

 アングも、遠目から腕組みしながら画面の方を見る。

 色分けされた四角が縦に積み重なるように並び、それぞれには、便名、機種、出発地、到着予定時刻、滑走路といった情報が詰め込まれている。


『ドノ便が離着陸スルノカを詳細に表シタモノで、ホワイトハウスが着陸スル際にも、管制塔用にココへ表示サレマス』

 ホワイトハウスは、ワシントンを見下ろすように依然、空を飛び続けている。

 イレギュラーからの攻撃から逃れるための策だとしているが、単に権威を誇示するためだという見方も多い。

 そこを住まいとしても使用しているゴードン統括官だが、今日は自身の印象を良くするためか、自らワシントンの警察署に赴き、指示を出していると報じられていた。


『タダ、肝心の着陸予定はマダ無イヨウデス』

「でもあいつ、確かに『ホワイトハウスに戻る』って言ってたんだよ!」

 カザミが不可解だと思うのと同様に、遠くで聞いていたアングも視線を鋭くしていた。

 衝動的になり、ゴードン・ルッツをつい電話越しに威嚇。これは軽率な行動だったかもしれないが、地上に降りている今の状況を考えれば、一刻も早く空に逃げ込みたいと思うのが自然な発想ではある。


「おい」

 アングは、自身の隣にいる男を見下ろす。

 縄でぐるぐる巻きにされたまま着席している彼は、学校の外でカザミに捕まった男だ。

「着陸の予定はあったのか、答えろ」

 そもそもゴードンはあそこを家としているため、ワシントン内にいるのであれば、その日のうちに帰宅するのが当然というもの。

 スーツの男は何も発せず、ただニチャリと口角を上げた。



 どうしてやろうか。

 赤き思考に支配されそうになる中、パッチが吉報を発する。

『追跡情報ヲ読ミ取レマシタ』

 彼は同時進行で、このスーツ男から取り上げたカフを解析し、手がかりがないかを探っていた。それが完了したのだ。


 インターネット上で見ることができるワシントンの地図に、動く黄色い光点が表示される。

『エージェントとイウダケあり、警備意識モ万全デスネ。車両に専用のGPSガ搭載サレテイルヨウデス』

 指定した時間の所在を確認できるものだが、やはりゴードンを乗せていると思われる車は、空港がある南部を目指していた。

 すると、今から約三十分前の時間だ。


 カザミが反応する。

「あれ? 動きが止まった……」

 光点は点滅だけを繰り返し、微動だにしなくなった。

『もしや、我々にカフを奪ワレテイルことを思イ出シ、慌てて車ヲ捨テタとか……』

「ここからは徒歩で逃げてるってこと?」


 アングは、斜め窓から霞色の空を見上げた。

「現状、ホワイトハウスが着陸する素振りはない」

 ナショナルに向かっているのであれば、あの建物が今の位置から見えているのはおかしいからだ。

「その付近に向かえば、統括官様を引っ捕らえることができる。そうだな?」

 だというならば話は早い。アングは行動を起こそうとするが……。

「今はダメ。当然だけど、あの付近はアメリカ政府の管轄下にある。そんなところで堂々と襲撃でもしたら、私ならハチの巣。君も一気に極悪人の仲間入りだよ」


 アングを気遣っての発言。

 本人も理解したが、決断は断固としていた。

「それが何だっていうんだ?」

「え……?」


 今度はパッチが仮定の疑問を示す。

『仮にホワイトハウスへ戻ラナイのダトシテ、彼は何ヲ考エテイルノデショウ?』

「一時的に空港に匿ってもらってから、ほとぼりが冷めたところで国外逃亡を図ろうとしてるのかも……」

 カザミが述べた可能性は十分にあり得る。


 それを聞いた直後のこと。

 くくく……と蔑む笑いがささやかれる。

 発信者は、椅子に縛り付けられたままの、スーツの男だった。


 カザミがジト目で振り返る。

「隨分と楽しそうね」

「いやはや、滑稽だと思ってな。国外逃亡? 彼がこの国を離れる理由はゼロだというのに……」


 やけに自信のある言い切り。

 状況に反して、彼は左右の足の爪先をゆらゆら揺らしている。

「だいたい、お前たちがどんな高尚な思想を抱いていようが、統括官を襲撃した時点でゲームエンドだ。世界のイレギュラー迫害は更に加速する」

 歯茎まで見えるほどに感情が漏れた。

「お前たちも死のうが生きようが、悪人のレッテルを貼られ続けるんだよ! くくくく……」



 なんてことのない戯言か、あるいはやすい挑発か。

 いずれにせよ、何も分かっていない。

 いったい自分が、どのような意識でこの事態へ向き合おうとしているのか。


 感情任せと言うよりは、一つの義務としてだ。

 彼の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「こら、だめ!!」

 カザミが大声で止めに入る。

 アングは正面の男を見据えたまま、意図を説明する。

「情報を引き出すためにこいつを痛めつけて――」

「その手段は取らない! 拷問レベルの激痛と時間量は、イレギュラーへの覚醒を引き起こす一例として、あたし達の経験則で確定してる!!」


 初めて耳にする情報。アングは目を丸くする。

 単純に強い痛みでイレギュラー化するという一説もあり、わざと自分の身を傷つけて試す者もいたが、彼らに変化が無かったのは時間量が備わっていなかったからか。

「後で報復でもされたら面倒なの!」

「なら餓死するまで閉じ込めとけばいい!」

『暴力デ解決シヨウトスレバ、奴ラに『野蛮人』ダトシテ利用サレルと、何故分カラナイのデス!!』


 アングの静かな炎に冷水を浴びせるような、強い疎外感に包まれる。

 ゆえに、次のほくそ笑む男の発言は、都合がよかった。

「お仲間と意見が割れちゃったなあ。悔しいねぇ〜」



 火に油を注いでくれたからだ。

 ドゴォッ!!

 アングは、握った拳で、彼の顔面を打ち抜いた。

 飛び散る血と一本の歯。見るからに硬い床に、椅子ごと勢いよく倒れ込む。

 カザミが言う時間量とまでは達していないのだろう。殴られた本人は高笑いを始めた。


 これ以上聞いていれば、また勝手に赤い装甲が張り付いてしまいそうだ。

 やろうと思えば一人でもできる。きびすを返したアングが早足で出口へと向かう。

 しばらく進んだ後、ため息を発してから、カザミが駆け足で追いかけ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ