Phase3-9:命の授業
通報を受け、中央警察署より発進した装甲車両が、法定速度をやや上回る速さで道路を駆け抜けている。
人命が絡んでいるため許される行為だ。サイレンを鳴らしていれば、赤信号でも一般車両が道を譲ってくれるため、迅速に現場へ到達できる。
車内では、マイライズ・ハイスクールの状況を通話で確認したフランが、淡々と説明を行っていた。
「強化イレギュラーの暴動に加えて、レッド・アーマードも目撃されているらしい」
他に同席しているのは、ダンとハル。ダンの為に配属されたエイリン医務官。そして運転手含めての五人。
この装甲車両は、定員が十五名の最大モデルであり、持て余すほどに広々としている。
レッド・アーマードについて、ハルが前のめりになって尋ねる。
「一緒に暴れてるんですか!?」
「いや、両者が戦っているようだ」
二人のやり取りに、ダンはウェハース型のバランス栄養食を噛み砕きながら述べる。
「やはりレッドは、正義の使者なんじゃないか?」
「仮にそうだとしても、警察の技術を盗用してあの装甲を作った可能性は高いため、こちらが捕らえる理由として十分です」
「うーむ、しかしだなぁ……」
悪いことをしているわけでもないのに、捕まえる必要があるのかという不服。
それを感じていると、可愛げのある小柄な女性が、緑色の液体が入った注射器を持って近づいてきた。医務官のエイリンだ。
「投薬の準備が整いました〜!」
「おう、すまないな!!」
わざわざ出撃前にウェハースを食べていたのも、このためのカロリー補給である。ダンは指を舐めた。
エイリンが彼の身体に触れたのを見て、ハルはきょとんとする。
「え。今から治療ですか?」
「そう見えるだろう? ガハハ! だがその見方は間違ってない。エヴォル細胞を駆使し、今から本官の脚は元通りになる!」
そう。この細胞はまだ公にはされていないが、肉体に障害を持つ者への奇跡の特効薬として、一部富裕層から既に期待されている。
かつてイレギュラーとの戦闘に巻き込まれた子供を庇ったことで、機能不全となった両脚。それ以来前線に出れずにいたが、もどかしい時間もとうとう終わりを告げる。
「チクっとしますよ〜」
エイリンの手によって捲られた腰部に、鋭い針がぷすっと入る。
緑の液体が注入されていく。
ハルは、怪訝な目でその様子を見ながら、フランに耳打ちした。
「にわかには信じられないんですけど……大丈夫なんですか?」
「知るか。臨床試験も済んでるはずだ」
投薬は完了した。刺された部分を、アルコールが染み込んだ綿で擦り付けられる。
「筋肉量の増加は全身にいき渡ります~」
「心得てるとも」
その時がくるため、エイリンは距離を取る。対面にいる同僚も含め、今か今かと待つ。
十秒が経過。
肉体に変化は見られない。
臨床試験とはいっても、ダン本人の身体で行ったわけではない。
ダンがすすり笑いと共に両腕を広げる。
「どうしたもんか。特に何も……」
その時だった。
ボコオッ!!
肩から二の腕かけての筋肉が、球のように膨らんだ。
突如として起きた変異に、同僚たちは目を丸くする。
そして、変化を受けた本人にも、明確に感覚の異常が発生し始める。
いたる血管の拡張。
血流の加速。
沸騰。鼓動の連打。
それは、平常時ならば不快感として処理される現象だ。
今は違う。
もっと欲しいとさえ思う。
干からびていた両脚にも、硬質が宿り始める。
わわわと戸惑うハルと、無言の呆然を続けるフラン。
ダンはまだ座ったままだ。しかし……。
次第に彼らを見下ろすようになっていく。
*
退路を塞がれた校内の廊下。
意識の中の住人が警鐘を鳴らしてくる。
『アング! 昨晩の自爆時間を考えたら……! 残る猶予は二、三分だ!! もう時間がないぞ!!』
理性のない怪物だと思っていたが、それを分かっているのか。彼は後ろっ跳びで離れた。
三角定規型の武器を二枚に分離し、別々に投げ放つ。
防ぐだけならば、両腕をクロスさせ、その軌道へ被せればいい。
しかし、今は後ろにメーナがいるだけでなく、相手の武器の特性として、跳弾能力がある。
ガキィンッ! カンッ、カンッ!
レッドの腕で弾かれた尖りは、壁に床にと反射し続け、また戻って来る。
この繰り返し。防御の姿勢を崩すことができない。
『保たないぞ! 炎を使え!!』
一度鎮火させられたということもあって控えていたが、そうするしかない。
彼の提案を受け入れようとしたその時のこと。
アングの足元に向けて、何かが放り投げられた。
それを直視し……思わず声が出た。
旧時代の黒板消し。
認識した直後、チャフの役割をも持つ煙がまた噴き出す。
アナログ視界に切り替えているために障害は起きないものの、単純に白煙で状況が見えなくなる。迫りくる投擲武器の軌道が予測できない。
ゆえに、メーナを覆い尽くすように屈み、敵へ背を向けた。
「ぐっ……くっ!!」
背胴の薄い部分に、刺さるような痛みが突き抜けていく。
実際に刺さっているわけではない。しかし跳弾という特性が極まり、幾度にも分かれて最大の痛みが訪れる。
そんな中、赤の陰に包まれた少女はというと。
ただただ、目の前の金属の顔を見上げ続けている。
そして、何を思ったのか。
胸の装甲に、ひたりと手を当てた。
すると、激痛の嵐が消えた。
心理的な奇跡ではなく、実際に、三角の飛来が止んだのだ。煙も晴れていく。
アングが振り向いた、次の瞬間。
上方。
霧の中から影が現れる。
分離した武器を再び重ね、ケンタウロス型がジャンプ攻撃を仕掛けてきた。
咄嗟にアングは、横薙ぎで右手の爪を振るう。
なんとか受け止めたが、膝がガクつく。
降下というベクトルも重なったせいだ。押し通されそうになる。
凌げ。
凌がなければ、メーナも死ぬ。
自分だけならばまだしも、まだ罪を知らない彼女まで逝かせるわけにはいかない。
『ぬぅううううああああああ!!』
なりふり構っていられない。
声も発し、全てを振り絞ろうとする。
その声はかき消された。
「でやああああああああああああああ!!」
くぐもってはいる。
しかし、アングの全力の発声を上回る、雷鳴のような唸り声が響いた。
それは、瓦礫の向こうから聞こえた。
アングにとっては聞き慣れた大声量……。
本能的にか、強化イレギュラーが振り返った、その直後。
ドグォオッ!!
瓦礫を打ち破る、人の頭より二回りは大きい拳。
運良く、強化イレギュラーの頭部へ、抉るような一撃を与えた。
最後の一押しが両者の距離を離し、人ならざる巨体を床へ引き摺らせる。
「痛~~~~っ! かっったい身体だなしかし!!」
瓦礫の向こうから歩いてきた大きな人物。
彼を見たアングは……予感を超える衝撃を覚えた。
「やはり生身で強化イレギュラー相手は無理があるか!!」
声量から推察し、やはり養父のダン・フルーレ。
だが、三年もの間見てきた車椅子姿とは……。
あまりにかけ離れている。
まず、二足で立っている。彼は誰かの支えでもなければ立つことはできなかった。
そして彼を立たせているのが、アンバランスに発達した筋肉だ。
脚はスポーツ選手並の太さ。そして肩から拳はというと、まるで山脈が出来上がったかのようだ。
こまめにトレーニングはしていた為にボディビルダーのように育ってはいたが、その倍はあるかという大きさまで膨れ上がっている。
頭よりも、肩や拳の方がやや大きい。決して貧弱ではないはずの脚が、頼りなく見えてしまうという異常さだ。
いったい何があったのか。アングには到底理解できない。
そんな彼が、今の殴打で赤く腫れた手を振り、白い歯を見せた。
「おう! よくやってくれたな、レッド・アーマード!!」
もう片方の手を横に振り、理科室に蓋をした瓦礫を、裏拳で粉微塵にした。
「避難は俺に任せろ! 時間がない! バケモンを倒してくれ!!」
姿は変わった。だが愛嬌の良さに違いはなかった。
「よっしゃあ出られる!」
我先にと、中にいたマックスともう一人が、肩を押し付け合いながら走り去っていく。
すると、倒れていた強化イレギュラーが、バネのように勢い良く立ち上がった。
「まずいぞ、さあ来るんだ!」
メーナの肩にデカい指を載せたダンは、顔を見て目を丸くした。
「って、メーナ・シンフォニーか!」
どういうわけか、メーナは不服そうに眉を狭めていた。
その間に、敵は、また馬脚を鳴らして迫りくる。
アングは横から飛び出し、胴体に両手を押し付け、妨害する。
『早くしろ!!』
呼びかけると、ダンはメーナを先導し、裏手側の出口へ。
その途中。
逃げながらも、メーナは振り返り、レッドを見た。
どこか切なげな視線だった。
ともかく、遠慮はいらなくなった。再起不能にするためには、やはりレッドの炎を使うしかない。
掌から炎を出す。ゼロ距離の高熱放射。
レッドの手を起点に、馬の脚が燃え盛り始める。
「ヒヒ、ヒヒヴィィィ!!」
ノイズのように重なる悲鳴を発する強化イレギュラー。
しかし只では終わらない。足元に、銀の筒が排出される。
これは先ほど、レッドの炎を消した、粘着物を発射する兵器だ。またしても鎮火される。
ただ、その粘着物の発射まではタイムラグがある。アングは瞬時に判断した。
筒の上部にあるハッチが開き、小さな発射穴が露出する。
その変化を見たアングは、すぐさま爪先でそれを蹴り飛ばした。
筒は転がり、レッドに向いていたはずの射出口も、さながらルーレットのように回転。バーンズの前右足に当たる。
そしてちょうど良く、蹄へ向けて粘着物が発射。
凄まじき機動力を体現していた一つに、薄桃色のネバネバが付着した。
あとは一方的で済む。
アングは爪を逆立て、振り下ろす。
何の妨害もなく、彼の胴体に三本の抉り傷を刻んだ。
「ウボオォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
延焼し続ける左下半身も相極まり、彼は床に崩れ落ちた。
これ以上は学校に引火する。アングは右手で仰ぎ、炎を消す。
『上出来だぞアング。早くトドメを』
分かっている。
世界の闇が朽ちるのを見るのがさぞ好物なのか。アングは半歩前へ。
問題は、そこからの勇気だった。
息を整えようとはしたが、タイミングがずれる。
かつての担任を見下ろし続ける。
人は、強化イレギュラーになってしまえば、もう元に戻ることはできない。
常識である。個体差などない。
たとえそれが、自分の知り合いだとしてもだ。
彼に愛着はさほどない。むしろ、一々口うるさいと思っていた。
だが、知り合いなのだ。恩師なのだ。
ユージーンの時とは違う。今の自分は、人が持つ、本来の感情を取り戻した。
だというのに、また、殺せというのか。
そして、時は許してくれない。
バーンズの身体の内側から、光の線が迸り始めた。
強化イレギュラーの自爆……。そのタイムリミットが迫る。
急ぎアングは、ダンとメーナが逃げた方向を見た。
まだ二人の人影は見えるが、強化イレギュラーの自爆範囲、半径二十五メートルからは抜け出せている可能性が高い。
だが、その逆の方角……。
誰も気づいていなかったのか。
瓦礫に脚を挟まれた大人の女性が、まだそこにいるではないか。
間違いなく自爆の範囲内だ。
その存在にようやく気づいた一人の警察官が、走って近づいてくる。
どうにか瓦礫を退けようと踏ん張るも、その華奢な身体では持ち上げることができない。
近くに落ちていた鉄の棒を用い、テコの原理で下からすくい上げようとする。
本来の制服に、無理やり黄色の蛍光色を取り入れたファッション……。
運命のいたずらに身の毛がよだつ。
ジョイだ。
アングが植え付けた正義心が、今度は彼に命の危機を招いた。
まさかの事態にユージーンも焦りだす。
『首を切れアング!! 生命循環を止めれば、起爆信号も止まる!!』
即座にアングは、バーンズに対して馬乗りになった。
光が増幅する。
残された時間は少ない。
突き立てた爪を振り上げる。
言われたとおりに首をハネればいい。ただそれだけ……。
身体が震える。
狙いがブレる。
決断と理性に乖離が生じている。
彼の頭を見る。
もはや面影は残っていない。
だが確かに、彼は自分の担任だったのだ。
点数稼ぎだったのかもしれないが、自分の進路について常日頃から指摘する、立派な先生だった。
脳内で、我慢しきれずといった歯ぎしりが響く。
『殺る気が無いならそこをどけ!! オレが終わらせてや――!』
ザシュッ――。
生々しさと裂く感覚が混在。
血の温度が滲み渡るようだった。
自分の執行を確認する。
首から下と、上半身が、完全に分離している。
光は明減を繰り返し、次第に消失。
また人を殺めた。
自分の手で葬る必要があった。
だが、そうして殺した相手は……。
凍りつくような世界の中。
「おーい!!」
随分と、無邪気な足音が近づく。
アングは振り向かない。
容易に想像できるその表情を、今は見たくない。
「まさかこんなにすぐ会えるなんて! 助けてくれてありがとう! 僕、君のファンになっちゃったんだよ!!」
かけられる称賛の言葉が、鎖のように絡みついていく。
続けて言われる。
「これからもいっぱい、悪人をぶっ殺してくれるんだよね!?」
好かれるべき人間じゃない。
なのに何故、こんなに……。
屍を下敷きにしたまま。
脇目も振らず、震えた。
自分は泣いているのか、それとも笑っているのか。
もはや何も分からない。
*
学校から離れ、別の建物があるその敷地内。
木陰に隠れ、不自然にも、双眼鏡で学校の様子を覗き見る人物がそこにはいた。
黒い短髪に黒いスーツ。サングラスに無精ひげ。
あまりにも分かりやすく、どこかの組織の末端員だ。
「作戦失敗です。レッド・アーマードは逃走しました」
耳に挟んだカフで通話している。
「ええ。強化イレギュラーの遺体はそのまま……。はい、分かりました」
通話相手からの命を受けてか。
木に立てかけていたギターケースから、マシンガンを取り出した。
「かくなるうえは、この命尽きても……」
その、次なる行動への意識が強かったためか。
狐面の少女が忍び寄っていたことに全く気づかなかった。
「ハロー」
カザミが軽く挨拶すると、彼は勢い良く振り返る。
対してカザミは、ポケットに手を突っ込んだまま。
右脚を真上へ。高速のハイキックを繰り出す。
「ぐぬう!?」
爪先が、相手の手首を正確に打ち抜く。
持っていた銃がカザミの方へ飛ぶ。難なくキャッチした。
カザミのブーツの爪先からナイフが飛び出す。
相手の頸動脈へ突きつけた。
脚を上げたまま、自身の耳を指差し、もう片方の空いた掌で要求する。
観念したのか、男は特に抵抗も見せず、カフを渡した。
カザミはそれを耳に近づける。
どのような人物とやり取りしていたのか、探ろうとする。相手も、特殊な暗号回線を使用しているからと、直接聞かれていることなど想定していないだろう。
『おい! 聞こえてるのか!!』
まだ、お仲間のカフが奪われたことに気づいていない。
『このままだと、誰が強化イレギュラーを作っているのか嗅ぎつけられる!!』
しかしこの声……。カザミには聞き覚えがあった。
まだ、まさかという疑念の段階にある。
『致命的なミスだぞ! 私がホワイトハウスへ戻る前に――』
その途中のことだ。
背後から歩み寄ってきていた人物に、カフを取り上げられた。
カザミは慌てて振り返るが、その姿を見て、取り戻すのをやめた。
『警察を皆殺しにしてでもいいから、輸送を止めろ!!』
僅かにカザミにも聞こえる。
先ほどのホワイトハウスという単語から、彼女の中では正体が確定した。
『誰を巻き込もうが関係ない!! これは命令だ!!』
そして、その口から繰り出される横暴を。
全てハッキリと、アング・リーは耳にした。
目の下の隈が、以前よりも深みを増しているように見える。
彼は、通話相手の正体が分かっているのか。
いや、もはや関係ないのだろう。
「これ以上の勝手がまかり通ると思ってるのか?」
『な、何者だ貴様!!』
「ご自慢の強化イレギュラーなら俺が葬ってやった」
その低く炭化するような声が、何よりも物語っている。
「次はお前だ」
(つづく)




