Phase3-8:命の授業
咆哮と武器による攻撃が地続きで行われる。
三角定規型の武器の振り下ろしを、アングは白刃取りの要領で、挟み込んで止めた。
レッドの装甲の分だけ力は増しているはずだが、本気で力を入れなければ負ける。押さえるために全身が震える。
そのせめぎ合いの間に、内なるかつての友へ、一縷の望みをぶつける。
『言えユージーン……! 強化イレギュラーを元に戻す方法を……!!』
『分かりきってることをオレに説明させる気か……!』
瞬間的に力を入れて身体をよじり、反動を使って扉側へと怪人を押し払う。
正面で見合うなか、ユージーンが断ずる。
『そんな方法は無い。殺すか、もろとも吹き飛ぶかだ……!』
強化イレギュラーと化したバーンズは、空いている状態の左手で、股間部の体毛の中をまさぐる。
そこに別の人間の頭部がぶら下がっていたはずだが、羊のように不自然に盛り上がった毛で埋もれている。
ヌッと取り出したのは、円筒状の金属物体。
それをこちらへ向けて投擲した。
何らかの爆弾か。アングはそれを手の甲で弾き、教室後方へ飛ばす。
そして同じ側の掌で、学校が燃えない程度の火球を形成する。
これを牽制として叩き込もうという魂胆だったが……。
その掌に、何かが付着した。
振り向くと、白い、粘質性のある物体が纏わりついていた。
『なにッ……!?』
先ほど、アングが弾き飛ばした円筒状の物体の上部に、小さな穴が露出していた。
そこから発射されたのだ。この白い物質により、膨らませていたはずの炎が消火されてしまう。
驚いている間に、ケンタウロス型の怪人が飛びかかってきた。
気配を察知。急ぎ正面へ向き直ったアングは、指の関節部からザシュッと爪を伸ばし、敵の攻撃を凌ぐ。
爪同士の間を、鋭利な武器の先端が潜ってくる。
アングは上半身を横に反らして回避しつつ、相手の腕を掴む。
もはやエイリアンのように裂けたバーンズの口角が、レッドの頭部を食わんと、噛み締めと共に迫ってくる。
閉じたタイミングで、アングは、自身の掌についた粘り気を相手の口へ押し付けた。
これで彼の噛みつき攻撃は遮断されたが、粘り気を通じて、二つの身体が繋がってしまう。
だがアングは引き剥がさない。逆に彼の身体と共に前へ突っ込む。
正面の、クラス用掲示板がある壁へと押し付ける。
ドゴォォゥ!
勢いのまま、二つの身体が壁を突き破り、廊下へと転がり出た。
高音ノイズで作られた馬の嘶きが発せられるなか、アングが馬乗りとなる。
『バーンズ先生! やめろ!!』
武器で突こうとしてくるのを、どうにか手首を掴んで押さえ込む。
『俺の声が……分からないのかッ!!』
左手で拳を作り、殴りかかろうと振り上げる。
しかし、馬脚への意識が希薄だった。
浮上した蹄が、レッドの腹を容赦なく襲う。
蹴り飛ばされたアングは、天井に叩きつけられ、めり込んだ。
その威力は、赤の装甲による防壁をも無力化し、内側に衝撃が走る。
『がっ……!?』
中にいるアングが血を吐く。
落下した直後、バーンズが脚の関節を何度も折り曲げ、立ち上がる。
振り返り、四足、馬の走行で距離を取っていく。
『ま……待て……!!』
よろけながらもアングは起き上がった。このまま逃がすわけにはいかない。
視線を落とすと、壁が砕けたことで落ちていた、太いコンクリートの破片がある。
それをアングは急いで掴み、逃げおおせようとしているケンタウロスを捉える。
内部モニターが表示した、予測到達位置の赤いマーカー。
そこへ向けて投げた。
狙いは良く、ちょうど彼の腰部のどこかへ当たろうとしていた。
……が、想定外の事態が起きる。
彼の腰部が、あり得ない方向へと舵を切った。
それは、身体が斜めの角度に傾きでもしなければ……という限定的な条件だったはず。
それを実現してみせた。
なんとケンタウロス型は、蹄を横の壁にめり込ませ、垂直に疾走を始めたのだ。
これにより、狙い澄ましたはずの投擲は空を切った。
逃走が難なく行われてしまう。まずい。
咄嗟にアングも走り出したが、相手は馬の走力。追いつく気配などまるでない。
ここで状況の変化に気づく。アングは、自身の右掌を見下ろした。
先ほどの蹴りによる突き放しで、粘着性の物質は剥がれて落ちていた。
一つの案が咄嗟に思いつく。アングは走行中に、軽く跳躍する。
かつて、日本の漫画を原作としたゲームで見たことがある移動法だ。
そして、後方へ向けた掌にて、小爆発を発生させる。
ドォンッ!!
これによる推進力が重なり、加速を伴う。レッドの装甲が前へと押し出される。
一度着地してから、同じような動作を今度は左手で行い、一気に距離を詰める。
ものの見事に作戦がハマった。そのまま殴りかかろうとする。
しかし、彼の下半身から、何かが産み落とされた。
それは一見すると、兵器ではない。
今ではほぼ使わなくなったとされる、チョークで書かれたものを消すために用いる、黒板消しの形そのものだ。押し当てる方が上向きで設置された。
アングが上を通過するよりも前に、それは起動した。
白い煙幕だ。
一転して視界が悪くなるが、既に照準は捉えている。
『悪あがきか! こんな煙で……!!』
今度は逃さない。
最悪なのは、他の生徒や教師たちに被害が及ぶことだ。
心を鬼にして、アングは白い爪先を突き立てる。
煙を直に浴びる位置へと到達した。
その時だ。
レッドの内側から見たデジタルの視界……HUDが、赤い警告文と共にノイズまみれと化した。
『なっ……!?』
この異常による動揺で、爪の引っ掻きも空振るだけとなった。
着地と同時に、ユージーンが、異常の原因について叫ぶ。
『スモークだけじゃない! チャフ・グレネードの性能も備わってる!!』
チャフ・グレネードとは、起爆と共に細かい金属片をばら撒き、電子機器へ悪影響を及ぼす武器だ。
全身の動き自体に不具合は見られないが、内部モニターがだけが干渉した。相手の動きが分からない今、立ち尽くすことしかできない。
『アナログの視界に切り替える!』
ユージーンが機転を回し、視界が僅かながら明瞭化する。
だが、モノアイの色をそのまま通した結果か、見えるもの全てが緑一色のフィルターで覆い尽くされるという、気味の悪い状態へと変貌した。
そして同時に、強化イレギュラーの思わぬ行動を目撃した。
二枚に重なった三角定規の武器。その一枚の角度を広げ、床に突き刺す。
まるでコンパスのように、彼の周囲の床を、円状に切り抜こうとしているのだ。
この行動が意味するもの。すなわち……。
一階への逃亡。
ちょうど真下で、映画の撮影が行われていたはずだ。
『よせ!!』
手を前に出して走り出す。
しかしもう遅い。
穴は切り抜かれ、その巨大な躯体が落ちた。
*
大勢の生徒が上階から押し寄せてきたこともあり、撮影は一時中断を余儀なくされた。
メーナを含めた一同が困惑するなか、ジョンソン監督が、ある筋肉質な生徒に事情を聞きに行った。
――あれは確か、アング君の友人の、マックス・バリスト。
そうメーナが思い出していた最中のことだ。
突如、メーナの前方にて、天井の崩落と共に巨大な物体が落ちてきた。
人と認識するまでには時間がかかった。あまりに大きかったからだ。
ジョンソンとマックスは、慌てて隣の理科室へと逃げ込んだ。
落ちてきた、人と馬が繋がった存在。その『人の部分』が顔を上げる。
目は軍帽で隠れて見えないが、口から見える歯は、鋭利な刃物のように尖っていた。粘ついたよだれと、白い息が追従する。
釘付けのあまり、逃げるという選択肢を忘れていた。
「ウボォオオオォォオォォォオオオオ!!」
轟く唸り声と共に飛びかかられる。
近づく絶命の予感――。
あと少し。
瞳に触れるかというところで、武器の先端が止まった。
一転して、怪物の声に、困惑の色が重なる。彼は背後を見た。
赤き鎧が、怪物の後ろ足を、両手で掴んでいた。
背負い投げるようにして持ち上げ、背後の床へ叩きつける。
その一撃だけで、床のヒビ割れが、メーナの足元まで到達した。
『何してるんだあんたは……!!』
レッド・アーマードは、怪物を見下ろしながらそう語りかけるも、頭部へと拳を振り下ろす。
しかし鋭利な牙が食らいつき、殴打を止めた。
レッドが左右に身をよじるも、離れない。
『教師の仕事を……! 誇りに思ってたんじゃないのか!!』
ゆえに前蹴りを放ち、強引に距離を取った。
すると、レッドがこちらに気づいた。
緑色の複眼が視線を合わせてくる。
『離れろ!! 行けッ!!』
そう声で突き放してから、また怪物の方へ向き直る。
極めて低い声。
しかし、なぜこう思うのだろうか。
「あなた、どこかで会ったことが……?」
その必死の挙動と不器用さ、そして発言の内容が、記憶の中にある光を呼び起こす。
指摘された彼は、まさかと言わんばかりに振り返ってきた。
その背後。
馬の脚が、カメラを置く脚立のようにせり立ち、反動をつけた。
強化イレギュラーが跳び上がり、レッドの背部を狙う。
遅れて赤の装甲が振り返る。
防御の体勢もままならず、直撃が迫る……。
その両者の間に、二つの物体が飛び込んできた。
何らかの液体によって溶け、泡立っている金属が詰められた瓶。
そしてもう一つが、火のついたライター。
両者が接触したその時。
パァンッ!!
小さな爆発が発生。範囲内にいた二人が直撃を食らう。
レッドは両足を深く突き立てるようにして衝撃を受け止め、メーナの傍で踏みとどまる。
対して強化イレギュラーは、人肌が剥き出しになっている部分も多く、ダメージが大きかったようだ。のたうち回っている。
レッドが顔を上げ、瓶とライターが投げられた理科室。
そこから慌ただしい具合に出てくる一人の人物を凝視する。
メーナの共演者である、オレンジ色の髪の俳優、サム。
元はと言えば、彼がスケジュールの都合で困っているという事実が、今回の撮影を後押しするきっかけとなった。
彼は爆撃を食らった怪人を見て、乾いた笑いを発する。
「ふ、はは……! 理科の成績だけは十点満点だったんだ」
すると、メーナ達を見て、掌を伸ばした。
「ああ、ライター持ってたことは秘密にしてよ! でも見たかよメーナちゃん! なんか顔は知ってるーってくらいの俳優が、知恵を働かせて強化イレギュラーを撃破!」
くーっ、と両拳でガッツポーズを作る。
「これが話題になったら、俺も何かの作品で主演に……!!」
意気込むまでが彼の人生だった。
牙が貫いたのは、彼の首元。
音もなく、猟奇的な怪物は、背後から忍び寄っていたのだ。
舞う血しぶき。倒れる共演者。
犬が餌を貪るように、むしゃむしゃと順調に平らげていく。
「ぎぃぁあああああああああ!!」
内側から貫くような叫びが、左右の壁に反響する。
死の淵に立った時、人はイレギュラーになってしまうと聞いたことがある。
急ぎ、レッドが怪物を突き飛ばす。
被害者の首から、蛇口のように血が湧き出ている。
辛うじてピクピクと痙攣してはいるが、助からないと確信したのか。苦渋の声を鳴らす。
今日は初めて見る驚きの数々ばかりだ。
脳波検出で、脳内チップのカフを起動。
網膜録画で撮影を開始する。
外から見ると、瞳の外周と中心に、青い光が灯るのが分かる。
その様子を目撃したレッドが、肩を乱暴に掴んできた。
『何してる!?』
「いちおう撮影を……」
『ふざけるな……!!』
文句と共に手首を引っ張られる。
せめて、死ぬ瞬間くらいは映像に収めたかった。
すると彼を食らった怪物が、ヌウッと顔を上げた。
持っていた三角定規のような物体を、横向きに放り投げた。
それは直線ではなく、横に山なり。ブーメランのような軌道を描いていく。
レッドが裏拳で弾き飛ばす。
すぐには壁に刺さらず、尖っていない部分に当たると、ピンボールのように不規則に跳ね返った。
五度目の反射を迎え、ようやく先端が天井に刺さる。
その時、メーナは視認した。
二つの三角定規が二股を描くように重なっている、V字の底の部分……。
接合部に何かが刺さっている。
掌に収まるほどの大きさで、パイナップル状の深緑。
百五十年前の抗争を再現した映画で見たことがある。
あの名称は確か……。
「手榴弾……?」
呟きを受け、レッドが即座に確認する。
メーナの身体に覆いかぶさってきた。
直後に起爆。
手榴弾は、爆発及び衝撃波だけでなく、鋼鉄の破片を飛ばすことで殺傷力を高める。
それらはこちらにも飛んできたが、全て赤い光沢の金属により、小気味よい反発音に変わった。
レッド・アーマードが守ってくれたのだ。
ただ、それよりも問題となったのが、この衝撃による余波だ。
理科室に保管された何らかの化学物質に引火したのか、連鎖爆発が発生する。
この威力も加わり、先ほどの強化イレギュラーが降下してきた穴と繋がる範囲の、全ての天井が崩落し始める。
降り注ぐ中、怪人は四つ足のパワーを存分に使い、大跳躍。メーナとレッドの背後へと着地する。
そして瓦礫の山は、二つある理科室の扉を両方とも動かせなくした。
ジョンソンやマックスがまだ中にいる。彼らは完全に閉じ込められてしまった。
そして、その瓦礫を背にしたことにより、メーナ達も、退路のない状況へと追い込まれた。
*
強化イレギュラーの出現地点とされる西棟とは真逆。ジョイは東棟の二階で警備をしていた。
どうにか敵を仕留めてやりたいという気持ちも、レッド・アーマードの勇姿を拝みたいという気持ちもあったものの、アーマードを持たぬ自分では役に立たない。おとなしく避難誘導に徹していた。
「そう! こっちの階段から!! なんでもいいから走って!!」
こちらの東棟では、生徒よりも、待機していた撮影スタッフや教師が多い。
ゆえに、警察制服姿の生徒が大人に呼びかけるという、奇妙な図式となっていた。腕を大きく回して先導し続ける。
ようやく人の波が消え、空っぽ廊下の中央で一人立つという美しい状況が訪れた。ジョイは一息つく。
「よし。あとは一階に下りて確認を……」
階段のある方へ歩き始め、すぐのこと。
「……入……した……。…………を…………ている」
かすかに声が聞こえた。
それは、全員を避難させたと思っていた、職員室から聞こえてくる。
何か怪しい。
ジョイはホルスターから拳銃を引き抜き、壁に背を預けるようにしてから中を覗き見る。
誰もいないはずの室内に、一人だけぽつんと奥の方に立ち、教師用のパソコンを拝見している。
こめかみに指を当てていることから、ハイエンドモデルのカフで通話をしているのだろうと推理できた。
視認の段階では、丈の長いコートを着ているということだけが分かる。
「この一件を率いているのはMだが、全てが彼女の一存というわけでもない」
扉まで近づけたことで、何を話しているのかが分かった。
声色は、男性と女性の中間程度と判別できる。
なるべく足音を立てず、デスクを遮蔽として段階的に近づく。
「今はレッドに……。いや、ゴードン統括官は地上に降り立っている。タイミングは今だけだ」
こちらを向きさえすれば、顔の詳細を把握できるという位置まで近づけた。
こちらもそのタイミングである。
ジョイは銃を構えて立ち上がった。
「ヘイ! そこで止まれ!!」
勢いよく振り向いた人物の顔は、瞳も口も見えない真っ黒。
覆面を被っていた。
そしてそこからの動きは、一切の躊躇がなかった。
まず、窓側のデスクがある方へ向けて走り出す。
そのデスクを、高跳びのベリーロールで飛び越えた。
全身を窓ガラスにぶつけ、かち割ったのだ。
確かに二階という位置。着地さえ誤らなければやり過ごせるという点ではジョイも理解できるが、あの体勢からならば難しい。
ジョイは急いで窓際へ駆け寄り、身を乗り出す。
彼は、ワゴン車の上でローリングを行い、衝撃を和らげていた。
偶然配置されていた車とも思ったが、彼は即座に車の鍵を開け、運転席に座った。
侵入でもあの車を踏み台として使っていたのだとしたら、合点がいく。
ジョイは遅れて発砲を始める。
本来なら頭部に命中という位置は、ガラスのヒビ割れだけで遮られる。
「防弾ガラスか!!」
気づきの発声の後、ワゴン車は、スポーツカー並の加速で走り去ってしまった。
「くっそー、逃した~!」
せめてあの人間だけでも捕まえたかった。
だがふと思い出す。
思えば彼は、教師のデスクの上にあるパソコンを見ながら通話していたのだ。
つまり、その画面に何が映っているのかを確認すれば、先ほどの怪しい会話以外に、もう一つ手がかりを得ることができるというわけだ。
しめしめと両手を擦り合わせながら、点きっぱなしのパソコンへと近づく。
画面を見る。
思わずジョイは、まばたきを繰り返した。
いったい何故彼は、こんなものを見ていたのか。
一人ずつ確認していた可能性もあるが、フォルダ内の最後にクリックされた痕跡として、灰色のハイライトが浮かび上がっていたのは、この画像ファイル。
「マックス……?」
映っていたのは、ジョイの友人の生徒名簿だ。




