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激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase3:命の授業
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Phase3-4:命の授業

 校内に入った直後だった。

『ハハハハ! ハハハハハハ!!』

 鼓膜をつんざくような高笑いが、脳内で炸裂する。

 明らかにこの亡霊は、先ほどまでのカザミとのやり取りを嘲笑している。


 アングは、歯に擦り合わせるように吐き捨てる。

「ようやく出てきたと思ったら……ッ!!」

『なんだ、オレを見限ったんじゃないのかよ? 口だけは達者なダブスタ野郎!!』

 朝練に勤しんでいた部員たちが屯する、貸し出しロッカーの横を通り過ぎる。


 そのかんも、女子とさほど変わらない声色で、汚らしい悪口がぽんぽんと押し寄せてくる。

『今日ここに来たのも女のためだろ。なんだっけ、あのクソダサマッチョマン。あいつと変わんないな思考が!!』

 周囲の者に聞かれないようにするため、唸るような声となってしまう。

「いいか、メーナのことは偶然だ。俺は最初からここに来るつもりだった……ッ!」

『昨日あんな劇的勝利を収めた次の日が、呑気に登校なんて』


 階段を上る。

 脳に侵入されている余波か。踊り場の窓ガラスに、腹を押さえて笑い転げるカウボーイの姿が見えた。

『わ、笑えるー! ぷぎゃ、はははははッッ!!』

「お前、これからずっとそのキャラでいくつもりなのか」

 すぐに彼はむくっと起き上がる。

『ジョイが悪いんだぞ! あいつの口調、最初からオレと被ってるとは思ってたけども! いい歳なのに全然成長してない!!』


 二階。すぐにアング達の教室が見えた。

 中に入ると、机に突っ伏して寝ている一人と、音漏れヘッドホンで音楽を聞いている一人のみ。

 早い時間に来たことと、臨時の登校日であるという事情も重なっている。


『アングゥ……。学生の本分は勉学とは言うけど、張り切りすぎじゃないか?』

 冷やかしの声を無視し、自席へ向かう前に、教室の後方へ。

 ナイフスタンドのように斜めの状態で充電されている端末の列。その自分用を抜いた。


 窓際の席に座り、一見小さいサウンドバーのようにも見えるそれのスイッチを押す。

 ホログラムが縦に伸び、アーカイブリストが表示された。

「お勉強の時間だぞユージーン。お前に聞きたいことは山ほどある」


 指でスライド。タップ。

 続けると、選択した本の概要が表示された。

 これは学校の授業で使う、教育用端末だ。教科書が全てこの中に入っているため、家で学習する際には持ち帰る必要があるが、アングはそんなことをしていなかった。


 見せた表紙は、『世界の歴史』という教科書のもの。

 ユージーンは察したようだ。

『そういうことかよ。話さないって言っただろ?』

「だが全部とまでは言ってない。それに、この世界の基礎すら教えてくれないのは不親切が過ぎるだろ」

 先ほどまでの上機嫌と一転。舌打ち混じりの彼は、明らかに鋭い目つきに変わっていた。


 今まで、テストの点数としか見ていなかった文献。

 感情を取り戻したことにより、アングには、気がかりな部分が生まれていた。今回はその確認だ。

 ページ検索で、適当に50と入力する。



 ちょうどいい題材が現れた。

「インドやナイジェリアでは……。2075年以降、人口が爆発的に増加し、食糧や居住地が不足する事態となった。それを鑑みた政府は、2084年、市民同士で、賞金を賭けた殺し合いゲームをさせ、安定化を図った……」


 読み進めるほど、鼻根から歪んでいく感覚に陥る。

 ユージーンは耳をほじりながら、怠そうに言う。

『あー。この世界のイカれた政策第一位ね』

 そう。自分たちは、このおぞましい歴史に、何の反発心も抱いていなかった。


 そして2070年代という表記は、同じ教科書内で何度も目にしたことがある。検索をかける。

「ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ。2070年代から、海面上昇による浸水被害が顕著化していたが、コスト面の問題により、2076年に対策を放棄。自然による審判をそのまま受け止め、現在は、ビルの屋上を歩道とした画期的な都市として生まれ変わった」


 そして他の国も。

「フランス。2070年代以前は、政府へのデモ活動が常態化していたが、ある日を境に市民の不満は完全に消失。その安定状態は、イレギュラーが発生するまで長く続いた……」

 これまでは流し見程度に見ていた歴史の数々が、今では、踏み入れてはいけない真理に見える。


 今回の復習で、確定的となった事実が一つある。

「どのあたりで人間がおかしくなったのか、大体分かった」

 いま見た項目だけでも、2070年から2076年を範囲として絞り込める。


『アングの熱意に感服したから、一つ補足してやろう』

 突如、消極的だったはずのユージーンが口を開いた。

『2020年代より前の歴史は、まるで無かったみたいにどの教科書にも記されてない。ネットでは大まかに見れるが、特に重要な情報は伏せられているみたいだ。何らかの勢力にとって都合が悪いのか』

「要は、そいつらを見つけ出せばいい……」

 歴史という情報を簡単に改ざんする。

 果てしない闇の深淵を覗き込んだ気分だ。

 アングはアーカイブリストに戻り、一番下のファイルをタップした。



 倫理の教科書。

 適当にページをめくり、人々の価値観に染み込んでいる部分を読む。

「命は資産であるが、社会及び、未来への投資として機能するのであれば、消耗品として使用してもよい」


 ユージーンの鼓動が著しく波打った。

 構わず、隣のページに記されていた部分も同様に行う。

「イレギュラーなる人類不適合者を排除する行為は、廃棄処分、及び正当防衛として見なされる」


 アングは、自分にも、ユージーンにも言い聞かせるように口を開く。

「俺たちは、感情がおかしくなっただけじゃない。歪んだ認識を教養の時点でも植え付けられていた」

 ユージーンが鋭くこちらを睨みつける。

『何だ? 今さら言い訳のつもりか? それともようやく『ごめんなさい』って言いたくなったか? また『仕方なかった』か!?』


 視線を落としたまま沈黙する。

 彼の要望を受け入れることを、ある危機感から封じ込めた。


 その後も彼の挑発的な発言は続く。

『なあアング。根本こんぽんを排除したら全部直るって思ってるんならだいぶ甘いぞ? イレギュラーは見つけ次第処刑される。そんな社会が百年以上も続いた』

 瞳孔の開ききった目が覗き込んでくる。

『つまりずっと前から腐ってるんだ。なら目に見えるもの全部壊しちまったほうがいい。中途半端に処理してたら、変に傷ついちゃうだけだぞ?』

 だからこそ身体を寄越せと言ったのだろうが、彼がレッドを使いこなせているとは到底思えなかった。

 彼の親切を無視する。



「あっ。アングー!!」

 張り詰めた空気を、廊下からの大声が溶解する。

 視線を向ける。そこにいたのは、脚を広げ、堂々と立つジョイ。


 しかし、いつもの上ずった声とは違い、中央を貫く様相だった。

 ズカズカと一直線に近づいてくる。一人で学校へ行ったことを追求されるのか。

 両手でバンッと机を叩き、身を乗り出してくる。


「どういうことだよ、女の子と色々やったって!」

「……は?」

「母さんから聞いたんだ! ああ、僕というものがありながら」

 神にお祈りするような体勢を取り出した。


 アングは片眉だけを引きつらせ、半開きの口のまま思考を整理する。

 真っ先に浮かぶ、あの泥棒少女のからかい顔。バレリーがジョイへ大げさに伝えたのか。

 アングは両手を前に出す。

「ち、違う、あれは!!」


「見直したぜアンちゃん。こりゃあ隅に置けなくなったな」

 遅れて、パッツパツのシャツを纏った男も入ってきた。

 その男……マックスに対して、ユージーンが勢いよく指を差す。

『クソダサマッチョマンだ!!』


 そのクソダサマッチョマンの方を見たジョイが、唇を尖らせて文句を言った。

「マックスが余計なこと吹き込んだんだろ」

「オレっちの教育は放任主義だぜ?」

 アングの傍まで来た彼は、見下ろし、腕の包帯を見た。

「ジョイから聞いたが、結構ひどそうだな」

 アングは、血が滲む部分の横を触る。


 やはり目立つ。

 だが指摘される分には、スタジアムでの怪我としか思われないため、怪しまれずに済む。


 顔馴染みが揃った……と思ったが、アングは周囲を見回す。

「タロウは?」

 マックスが肩をすくめる。

「ああ。昨夜まで編集作業に付き合ってやってたんだけどな。あいつ、自分以外のSNS投稿がバズり始めたからって、飛び出していっちまった。スクープを求めて」

 細々とやっていたチャンネル活動が、ようやく世間に知れ渡ったのだ。必死になることは頷ける。


 マックスは視線を上向かせながら続ける。

「レッちゃんだって、ベッドの中に入る時間くらい欲しいだろうに」

「レッちゃ……?」

「レッド・アーマードこと、通称レッちゃん」

 緊張と苦笑いが混濁してしまう。


 すると彼は、アングの後ろの座席に跨るように座り、前のめりになる。

「なあなあ。どんな奴だと思う」

「は?」

「レッちゃんだよ! オレっちはなあ、大量の女を侍らせたハーレム王だと思ってるんだよ」


 ジョイが目を閉じ、後頭部に両手を回す。

「だとしたらガッカリもの」

「仮にそうだとしても許可しないけどな」

 稀代の女好きは、自分の顔を親指で指した。

「オレが未来のハーレム王だ」


 流石にアングも呆れ、軽く息をついた。

「当てもないくせに何を……」

「それがな、そうでもないんだよ」

 マックスはカフのホログラムを表示し、指先で操作を始めた。

「タロウの家にいた時もずっとこの子たちとやり取りしてた。今度クラブで会う約束も取り付けたんだ」


 ある写真が表示された。

 人混みの中で、マックスを先頭に、三人の女性が寄り添った自撮り写真だ。

 カメラに近いほうから、胸の谷間丸出しのシャツ、へそ出しルック、耳にピアス……。全員、派手な年上に見える。

「誰だ」

「スタジアムで会った」


 アングの心境に、一転してモヤがかかる。

「揉みくちゃにされてる時に言われたんだぜ~? 『あなたの筋肉、素敵です! ずっとさわさわしてたい!』『あたいもあたいも!』……ってさぁ!!」

 自分が地獄のような状況である裏で、この男は、呑気に笑っていた。


 思うところはあるが、アングは深く息をついて自制した。

 元からこういう男。それにこの世界では、何もおかしなことではない。

 正面に向き直り、頬杖をつく。

「よかったな」

「アンちゃんも誘ってあげよう」

「一人でやってろ」

「一人じゃねえ。乱交だぜェ?」


 会話の下品度が加速していくうちに、教室内の人数もある程度は埋まり始めていた。

 その時、教室がざわつき始める。

「何だ……?」

 最初に気づいていたジョイが振り返る。



 前方側の扉付近。

 ふわりと揺らめくピンクブロンドの髪。


 その姿に、マックスが鼻の下を伸ばした。

「あれ……メーナちゃんじゃね!?」

 廊下にいる女子たちからは、綺麗、お人形さんみたいと絶賛の声が上がる。


 普通ならば、こんな辺鄙へんぴな校舎にいるはずがない。

 しかし、百年に一人の逸材と謳われている大女優は、何故だかこの道を選んだ。

 本来ならば、撮影との兼ね合いで、授業から途中参加することが多い。朝早くから顔を出すことは珍しい。


 しかも彼女は、別のクラスだ。

 アングと顔見知りではあるが、妙な噂が立つのを回避するため、彼女の方からこちらに顔を見せることはなかった。

 ゆえにクラスメイトの殆どが、間近で見るのは初めてという状況。


 すると遠目からだが、視線が合った。

 すぐさま早足でこちらへ向かってきた。

「おいおいおいマジか!」

 マックスの声が色めき立つが、アングも彼女の想定外の行動に圧倒されていた。今までの配慮は何だったのかという振る舞いだ。

 ジョイを通り過ぎた位置で彼女は立ち止まった。こちらを見下ろしつつ、少し荒い息を整える。



 吐息混じりの、柔らかな微笑みを向けられた。

 油断した。

 彼女の仕草に、アングの胸が、柄にもなく高鳴りを覚える。



 しかし彼女は、すぐにアングに背を向け、甘い香りを漂わせる。

 その振り返り様、用意していたと思われる挨拶を述べた。

「皆様。今日は休日にも関わらず登校してくださり、ありがとうございます」

 深い一礼。何事かと、ざわめきが一段増す。


 メーナは顔を上げて続ける。

「実は、私が主演を務める映画についてなのですが、一部のシーンを、この学校で撮影することとなりました」

 あまりにも唐突すぎる発表。どよめきへと変容する。

 それは、彼女と一番関係が深いアングも同様である。


「本来は月曜日にまとめて撮影したかったのですが、学生の勉学の機会を奪うわけにはいかないという理事長からの申し立てもあり、エキストラを使用するシーンのみを、本日の撮影とすることと致しました」

 唯一、薄い反応で聞いていたジョイが、仲間内に小声で言う。

「普通逆じゃないか?」

 マックスがやれやれという顔で持論を述べる。

「大人の都合があるんだろ」


 黙り込んでいたアングは、昨晩の彼女からのメッセージが、どういう意味かを考えていた。

 自分が誰かを演じている姿を、強引な手段を使ってでも見て欲しい。そういうことかと想定していた。


 だが、次に彼女の口から飛び出たのは、斜め上の事実だった。

「今日来てくださった皆様にも、背景エキストラとしてですが、それぞれのシーンに振り分けて出演してもらおうと思っています」


 突如湧き上がる、地が裂けんばかりの歓声。

 アングは目を点に、口をあんぐりとさせた。

 自分以外のその他大勢も巻き込んでしまう。強引の規模がもういちレベル高かった。

「では皆さん。出番が来るまで、しばしお待ち下さい」

 振り返ることもなく、メーナは優雅に教室を後にする。


 まだほとぼりが冷めない中、マックスは両拳を天井へ向けて突き上げた。

「マァジかよ目立てるチャンスきたー!」

 ジョイが指を差して突っ込む。

「バカ。目立ったらエキストラにならないだろ!」


 しかし彼も、途端に背筋がピンっと伸びる。

「待てよ。もしかして警備って……」

 彼はさっきまで、不服そうに学校への配属について述べていた。


 いきなり顔面に潤いが宿り、顎に指の付け根を添え、口元を緩ませた。

「ふっふーん。これはちょっと話が変わってきたな~?」

 結果的に、ほぼ全員が彼女に踊らされていた。


 マックスが、アングの腕をブンブンと揺すってくる。

「なあ。今オレっちのこと見てなかったか? そうだよな!! メーナちゃ~ん! 期待してるってことかよー!!」

 明らかな勘違いを無視していると、カフに通知が入った。

 一人ではしゃいでいるマックスから見えないよう、身体の位置をずらして確認する。



 メーナからのメッセージ。

『十一時二十分。二階、南棟の空き教室♪』

 つまり、この時間にここへ来いと言っている。


 ――確信犯め。

 心の中で毒づきつつも、そのことばかり気にするようになってしまった。

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