Phase3-1:命の授業
Phase3-1:命の授業
いまだ洗い流されていない血溜まりを、担架の車輪が引き伸ばしていく。
押している本人は上機嫌であった。鼻歌が自然と出てしまうほどに足取りも軽い。
担架の上には、シーツで頭から足の爪先までを隠された、重症患者が寝かされている。
前を見据えつつ、時折その新たな友を見下ろし、サイラックは口元の緩みを堪えられなかった。
ここは彼が勤務する病院だが、今はまるで野戦病院のようだ。
廊下のいたる壁に、出血、熱傷、部位損壊……。多種多様な患者がもたれかかっている。
焦げた異臭が漂うロビーに入ったが、歩けるスペースも、人二人が横に並べるかどうか。明らかに人手が足りていない。
郊外からロボットドクターが派遣されるまではしばらくこの惨状だろう。今は無視し、節電モードで薄暗いロビーを駆け抜けようとする。
「ドクター・サイラック!」
出入り口の自動ドア目前で、看護師の一人に呼び止められた。
サイラックは動きを止め、笑みのまま、女性の方に向き直る。
「帰宅なさったのでは?」
「ああ。気分転換に、もう一人くらい治療してあげようと思いまして~」
早めに切り上げようと担架を押す。
しかし彼女は、片手を前に出してまで道を塞いできた。
「待ってください! 処理が分からなくて、のたうち回ったままの患者さんがいるんです。いま、担当医を呼んできますね!」
可否も聞かず、彼女は緊急治療室のある方へ走っていった。
サイラックは、やれやれと側頭部を掌で撫でる。
ロボットドクターに聞いたほうが早い気もするが、メモリに無い症状に対して、独自の計算で正解を導き出すモデルは、かなりの値がつく。節約しているのだ。
助言程度なら医師の成長にも繋がるため、協力してやろうと思った。
見渡すと、自動ドアの奥向こう。
一際まばゆい地点に目がいった。
サイラックは白衣のポケットに手を突っ込み、外へと出る。
スタジアムでは人が死にすぎた。
ゆえに火葬場も足りず、病院を臨時の代替施設としているのだ。
駐車場にて横並びの、五台の移動式焼却炉。継ぎ目や排気口から白い光が漏れている。
大規模犯罪が行われた際は効率を重視するため、主流はプラズマレーザー焼却だ。焦げた臭いまではカットできないが、肉も骨も、排気ガスすら分解する。
折り畳まれた遺体たちが、文字通り無に帰していく。
それを少し離れた位置で、ジッと、指を咥えて見ている少年がいた。
サイラックは彼の隣まで歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「ありゃー。ご家族はどれ?」
少年は、左から二番目の機械を指差す。
今ごろ彼の家族は、原子レベルまで分解されているはずだ。
「ボク苦しいねぇ。でも、ここからが正念場だよ」
彼の頭を撫でながら、サイラックは、霞む夜空を見上げた。
「ワタシの父親はネグレクトだったんだ。母親も献身的とは言い難かったし、何をするにも自分の努力次第でねぇ~……。だから成長した際には、思い切って、ニューヨークへと飛び出した!」
「成功した?」
サイラックは、話の途中で作った握り拳を、パァっと開いた。
「いんや~! ハイスクールにも入ってないガキを招き入れてくれるところなんてそりゃあない! 晴れてホームレスの仲間入りだ!!」
ビターエンドだと思ったのだろう。少年は特に表情を変えぬまま、家族の方へ向き直した。
「けど、それが運命の転機だった」
話はまだ終わっていない。
続きがあることを悟り、少年は再びこちらを見上げる。
サイラックはそれを確認すると、力強く拳を何度も何度も握りしめた。
「出会ったホームレス達が友となり、ワタシのために、身体を張ってくれた! おかげで見る見るうちにワタシの技術は向上し、この病院でも随一と呼ばれるだけの権威を得た!」
夜空に斜めの光が走った。流れ星だろうか。
サイラックは、あの光にも言い聞かせるように声を張り上げる。
「そう! 今のワタシがあるのは、友たちのおかげなんだ!」
少年は、咥えていた指を離し、問いかける。
「じゃあ、友達を見つければいいの?」
サイラックが、目を見開きながら顔を近づける。
「それもなるべく多く! 君が有用だと感じるもの、全てが、君にとっての友になるんだ!!」
人と人の繋がりの壮大さを表現するため、サイラックは両腕を大きく広げてみせた。
回転する非常灯の赤が、サイラックの笑みに彩りを与える。
持ち帰ろうとしていた『新たな友』も、これに共感してくれているのだろう。
手がピク、ピク……と、不均等に動いていた。
*
アングが家に戻った頃には、既に深夜の時間帯だ。
ジョイもバレリーも、そしてダンも……。それぞれの寝室で眠りについている。
そのほうが都合は良かった。
今のアングには、少しでも情報が欲しかったためだ。
まず、帰る途中に乗れたバス内で確認した、ネット上の情報についてだ。
植物型の強化イレギュラーを倒した後、約十名の野次馬にレッドの姿を撮影された。
そのうちの何名かはSNSに貼り付けたようで、これは現実で起きているイレギュラー事案とも重なり、フェイクではないと立証されつつある。
一時間程度で、爆発的な拡散。
そしてそれに波及するかたちで、先んじて投稿されていたタロウの動画も、多くの動画再生数を叩き出すこととなった。
コメント欄や、各種SNSのつぶやきを流し見る。
最悪のケースを予想したが、レッドの正体がアング・リーである、という事実も予想も、まだ姿を見せていない。唯一の吉報である。
ただネットの情報とは、流れ着いたものを掬っているだけの言わば受け身。
本当に全てを暴くつもりならば、それ以上のことをする必要がある。今はその第一歩だ。
一階の廊下。
壁越しに、地鳴りのようないびきが聞こえてくる。
無論、ダンとバレリーの寝室だ。
壁と向かい合わせになりながら、カフで横長のホログラムを展開。同期先を検索する。
一番上に表示されたのが、この寝室内にあるデスクトップパソコンだ。迷うことなくタップする。
パソコンの電力が通ってさえいれば、近距離でのデータ共有が可能。一部機能をカフ側から操作できる。
だが、今のままで見られるのはロック画面までだ。何をするにも、パスワードというセキュリティを突破する必要がある。
タロウの改造カフならば強行侵入できるのだが。ともかく試しに、ダンの誕生日を八桁表記で入力。
画面いっぱいに広がる、ボディービルダーのムキムキ背中。
壁紙が表示された。つまり、一発で開通した。
心配になる杜撰さだ。これで本当にベテラン警察官なのか。
しかし、彼がベテランであるという事実が、アングをここに向かわせたのだ。
あの単純パスワードだけで閲覧できる範囲は絞られているはずだが、それでも何らかの情報を探れる可能性はある。
疑っているわけではないが、メール一覧から、既読表示のあるものを見てみる。
ゴミ箱欄に放り込まれ、完全に削除されていないものも読み漁る。
極めて健全……。
白の絵の具に白を混ぜたような真っ白さだ。一応、やり取りをしている人物の名前をコピーし、カフのメモに保存する。
ダン個人の評価としてはホッとするが、このままでは進展がない。
今度はブラウザを開く。ブックマーク一覧を見てみると、『脚が不自由な人でもできるトレーニング法』、『今からできる白髪対策』、『腹筋崩壊レベルのコメディアン』など、彼の私情にまつわるものばかり。
そんな中……一番下。
まるで使わないからと言わんばかりに、スクロールしなければ見えない位置に、硬い文面のリンクがあった。
開いてみて……。
アングは思わず、唾を飲み込んだ。
『MPD専用データベース』。
これは、警察関係者だけが閲覧可能な、データベースのトップ画面に相違ない。
ただ、赤字でこうも記されている。
『MPDネットワークとの接続が確認できません』
さらに今回は、パスワードに加えて、職員番号の入力欄まである。
メモ帳やその他テキストアプリを漁ってみたが、使用された痕跡がない。一旦手詰まりだ。
このデータベースが、世界の真実に直結する可能性は薄い。
だがもし、警察絡みで動きがあれば。
ここから深淵へ繋がる糸を見つけ出せるのでは……。
活路を見出した直後のことだ。
ダンのパソコンにではない。アングのカフに、メールが受信された。
送信者は、マイライズ・ハイスクール……。
件名には、『【緊急】』という注釈までなされている。
あり得ない時間だ。
日曜とはいえ深夜。この時間ならば、寝ている学生もいる。
アングは眉を狭めながら、内容を確認する。
かいつまんで述べるとこうだ。
『10月10日(月曜日)を休校とし、本日10月9日(日曜日)を、臨時登校日とする』
急すぎる。
一限から放課後までを丸ごと休日と入れ替える。
一週間前だとしても遅い告知を、当日に行う。
今のアングの警戒心ならば、ある可能性を導き出してしまう。
そもそもこれは、本当に全ての生徒に送られているものなのか。
自分を誘い込むための罠なのではないか。
チャットアプリを開く。
タロウとマックスのグループチャット……。そこに入り、急ぎ、確認の文章を入力。
送信ボタンに指を落とそうとする。
そのとき、別の人物からのメッセージが届いた。
どちらを優先するべきか悩む。
送ってしまえば戻れない。一旦、受信したものを確認する。
メーナからの連絡。
フレンドリスト上で、送られてきた短文を見ることができる。
『明日は必ず来てね♪』
早鐘が落ち着く。
タロウ達に送ろうとしていた文章も消した。
考えられるのは、彼女が持ち前のハリウッド力で、何かを仕掛けたということ。
あのお転婆っぷりにはとにかく手がかかる。だが……。
貴重な癒やしのようにも思えた。
全生徒が来るのかどうかは分からぬままだが、メーナとのチャット欄を開きつつ、アングは自室へと入った。
*
高層マンションの中腹。
メーナはキングサイズのベッドに寝転がり、天井を見つめながら、網膜上のホログラムで変化を待ちわびていた。
案外と早く、既読のチェックマークがついた。
彼女が記憶している中だと最速。目を見開いて固まる。
この素っ気なさ。間違いなくアング本人だ。
じわりと感情が込み上げ、頬がほころんでしまう。
自宅にいるとはいえ下品なニヤケ顔だ。なんとか落ち着いた感じを取り戻そうとする。
「っ~~~~~!!」
しかしどうしようもなく甘く疼いてしまい、横に置いていた抱き枕を引き寄せ、全身を埋める。
踵でパタパタとベッドを叩く。
帰宅後、すぐにジョンソン監督へ連絡し、承諾させた。
問題はその後だ。今回の件をマイライズ・ハイスクールの理事長に直談判し、どうにか時間を確保できないか聞かなければならなかった。
日が回る直前という電話だったが、連絡が取れ、一旦は保留。
数分後に折り返しが来て、条件付きで可能だと言われた。
アングへの想いもそうだが、自分の要望を叶えられたことで、達成感という充実も重なっていた。
思えば、恵まれた血筋であった。
それに甘えない。立派な住まいだけを貰い、メーナは、自分の力で生きていくと決めたのだ。
ホログラムを消し、自分の手を表裏共に見回す。
まだカーテンを閉めていなかった。パトカーの赤青が街下を駆け抜ける。
雨が降ってきた。
雷も鳴った。
「早く会いたいな……」
嬉しすぎて、何ひとつ気にならなかった。




