表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
激昂のイレギュラー  作者: 亜空獅堂
Phase2:人殺し
21/35

Phase2-9:人殺し

 凶暴な行動とは裏腹に、アングは、スタジアムでの戦闘との決定的な違いに気づいていた。


 レッドの攻撃に、火炎性が伴っていない。

 あの時は、爪の軌道に合わせて炎が追随し、接触点で爆発も発生していた。

 それが今はどうだ。装着時にわずかに小火ぼやが散ったくらいで、ただの物理攻撃のみ。

 本来の性能を発揮するための、何かが足りていない。


 ゴプ、ゴプ、プ……。

 前方から、不気味な膨張音。

 合わせて、怪人の左肩が脈を打つ。内部で何かが生成されているのか。


 寄り道をしていなければとっくに処理できていたはずだ。

 焦るアングの意識が言葉をぶつける。

『何してる、燃やせ!!』

「知るかよそんなの!!」

 ユージーンは引っ掻きを止めず、アングの不信感を増幅させる。

「この辺りにばら撒かれるだけなら、家族みんなでお引越しを楽しめばいい!!」


 周囲を顧みないスタンスは変わっていない。

 だが、本気でそう思っているのか?


 彼の言葉は言い訳でしかない。

『鬱憤はさっきので出し尽くしたか!!』


 強い声量で言い放つと、彼は、こちらを見据えるように目を剥いてきた。

 ようやく話を聞く気になったらしい。

『おかしいとは思ってたぞ……。これが怒りとかいう感情で動く兵器なのは分かった。俺がイレギュラーになるのを待っていたのもだ!!』


 彼は復讐を強調し、楽しんで戦っているように見えた。

 それではダメなのだ。

『だが今はどうした。自分のやりたいこともろくにできない。自分でも何でか分かってない。ただ闇雲になぶって、叫んでるだけだ!!』

 自分のほうが詳しいというツラをしていた。それは事実だ。


 だが、慣れているわけではない。

 このような振る舞いをする理由も、一つしかない。

 アングは、喉から絞り出すように指摘する。

『無理に狂人を装うのはやめろ……!!』


 ユージーンの顔から冷静さが消えた。

 思えば、生じた違和感は、フルーレ邸の時点であった。

『お前は、ジョイの恋愛観を小馬鹿にするような奴じゃなかった』

 アングの意識が人差し指を突きつける。

『むしろ応援までしてたはずだ、俺は迷惑だったが!!』

「価値観が変わったんだ……!! アングもそのうち同感するよ!!」

『あの獣みたいな食べ方も見習えっていうのか!』


 目覚めてからの彼は、全てがおかしかった。

『お前のその怒りには迷いが混ざってる!! 機能していない!! だから意図的に俺を怒らせ続けて、永遠に身体を頂戴する魂胆だな!?』


 図星。

 だからこそ彼は目を見開き、歯ぎしりをする。

「分かったところで関係ないね!! オマエはこうして今も、怒りの感情を引き出し続けてる!! それってすごく都合のいいことなんだよオレにとってはッ!!」

 吐き捨て、強化イレギュラーの方に向き直ろうとする。



 続けさせるわけにはいかない。

 そう思った直後、黒の空間が揺らいだ。

 アングの肉体として見えていたユージーンの姿が、何重にもブレて重なる。

 空間の異常……。彼の鼓動と同期しているように思える揺らぎに合わせ、両手を伸ばす。



 今まで立ちはだかっていた障壁を、軽々と通り抜けた。

 背後から、彼の両脇に腕を差し込む。

「なに……!?」

 ユージーンが急速に振り返る。

 羽交い締めの体勢。同じ身体を持つ、二つの魂がせめぎ合う。


「何のつもりだアングゥゥゥ!! オレが代わりにやってやってるんだぞ!!」

 睨んだ視線が衝突する。

 黙り込むアングに対し、続ける。

「オマエはただ、オレのやることを見ていればいいんだァッ!!」

 彼の言動、全てを一身に受け止めた。

 心が傷つくことはなかった。



 もはや強がりにしか見えない。

 拘束したまま、自ら後ろに倒れ込んだ。

 「なっ……!?」



 引っ張り出した。

 四年前の、胸を赤く染めた彼の姿だ。


 アングの背中が、目視できない床と衝突する。

 衝撃で彼を放した。ユージーンも腹を打ち付けられ、身を震わせた。


 現実のレッドは、抜け殻のように背を丸め、止まってしまった。

 少年はそれを良しとしない。

『離せ……。オレが……!!』

 差し込む、よこしまな光へ手を伸ばす。

『オレがやらなくちゃいけないんだ……!!』

 取り返しのつかない一線を越えようとしている。


 アングは、遮るように彼の手首を掴んだ。

 ハッとなったユージーンが、尖りの消えた目をこちらに向ける。

『お前の感情は紛い物だ、ユージーン……』

 彼の手をそっと、虚空の床へ置かせる。

 代わりに自分が立ち上がった。


『アング……。や、やめろ!!』

 その制止を受け入れはしない。

 開けた前方……。丸まった背で、目を覆いたくなる光景へ歩き始める。


 しばらくは、一切の妨害がなかった。

 だが長くは続かない。

 震えた息から始まり、爆発する。

『知ったばかりのガキが……!!』


 起き上がる気配がアングの耳に入る。

『待ってた未来はどうだった? 最悪だったよなあ!? それをオマエは繰り返そうとしてるってことに、まだ気づかないのか!!』


 振り返らずに進む。

 しかし、駆け足のユージーンが横切り、立ち塞がるように両腕を広げた。

『これからやろうとしてることは、いことでもなんでもない!! 偽善だ!! 間違ってた自分を正当化させようっていう手段でしかない!!』


 分かっていたことだ。

 アングは通り過ぎようとする。

 ユージーンは位置を変え、今度は、光すら遮ってみせた。

『そんな自己弁護は時間の無駄だ!! アング。オマエの身体は、オレが全部燃やし尽くすための土台でしかない! 生贄だ!! それ以外に価値なんてないんだ!!』


 言葉だけは受け止める。

 それだけだ。

 案の定、彼は痺れを切らす。

『分かったんなら、そのふざけた考えをとっとと放棄しろクソ野郎ッ!!』


 地の底から這い上がってきたようだった。

 か細さから一転し、空気を震わせるような大声。



 その熱だけが空回りしている。

 アングは、問い詰めるように言う。

『それがお前の精一杯だ』


 震える瞳と、噛み締める唇。

 何かを堪えているようにしか見えない表情が、アングの脳裏に焼き付く。

 目を閉じ、彼を置いていく。



 ――理不尽な話だ。

 みんなで相談して決めた。

 お前も笑って受け入れた。

 お前が死んで、みんなが、最高の瞬間を味わうことができた。


 ……光が近づく。

 あの日の栄光に似ている。

 スタジアムにて、言われた言葉を思い出す。



『言ったな? 人の為になるのなら、人を殺してもいいって』


『じゃあオレは?』


『オレは死んでもよかったってか!? アングゥッ!!』



 ――そんなわけない。

 お前は死んじゃいけなかった。

 生きて、自分にしかできないことを見つけるべきだった。


 それを止めなかった。殺したのは誰だ。

 あいつの人生を滅茶苦茶にしたのは誰だ。



 ここにいる。

 自分の考えが大好きでたまらなかった。

 最低最悪のクソ野郎。


 ……光に溶け込む。

 そんな奴はいなくなればいい。

 一生分の呪いを、報いを受けてしまえばいい。


 だから誰にも譲らない。

 この役目だけは……ッ!!




 心臓が一段高く鳴る。

 赤の鎧と共鳴。爪先に炎が宿るのを確認し、顔を上げた。


 本来の視界の広さに戻っている。

 ボロボロながら、死の連鎖を巻き起こそうとする異形が目の前にいる。

 肩……。子房と化した部分がうごめいている。


 中身が空気に流れ出るのを止めなければならない。焼けば毒性ごと消せる。

 ならば斬り裂くよりも、子房を掴み、即座に炙ってみせれば……。


 そう思考した瞬間のことだ。

 蘇生していた指のツタが、レッドの上半身に巻き付く。

 両腕が窮屈なかたちで押さえ込まれた。


 身を捩る。いざ捕まると、アーマードを纏っている状態なのにほどけない。

 生身なら一瞬でへし折られる。それほどに強い締め付けだ。

 そしてこのまま、彼は、花と化した頭部を近づけてくる。


 これまでは折り畳まっていた花弁が、一片一片、生き物が口を開くように広がる。

 ……見えてしまった。

 不揃いなまつ毛、歯並び。食虫植物のように口を開け、舌をだらりと垂らす姿。



 彼は息を吐いている。

 緑の飛沫を混じっているように見える。

 あれを間近で吸い込めば、装甲を纏っているとはいえ、どうなるか分からない。

 だが今の時点で、死は免れている。


 彼は、こちらが動けていない隙に、致命傷を狙うべきだった。

 レッドの身体の節々から、炎が噴射される。

 それは、ツタにとっては最悪の相性。瞬く間に燃え広がり、アングの拘束が解けた。


 炎の制御に一抹の不安はあったが、簡単に成し遂げた。

 アング・リーという男を消し炭にしたい。

 その心ひとつで、全てが叶ってしまう。


 目の前の異形を見据える。

 彼もまた、元は何の罪もない人間だ。


 せめて一撃で。

 握った右拳を炎が包む。


 そのまま、彼の腹部を狙う。

 ズゴォッ――!!

 何の障害もなく肉体を貫通した。


 一突きで、二つの感触があった。

 中で硬い何かが弾け、もう一つは、心臓と思われる弾力のある物体が裂けたこと。

 引き抜く時に緑の血はなかった。高熱で蒸発したのだろう。


 頭部である花が、だらりと斜めに傾く。

 命は途絶えた。



 だが……。

 子房の中で生成されていた物質は違う。反比例し、今にも皮を食い破るまで活性化し始めた。


 急ぎ、膨らむ肩を両手で掴む。

 今度は掌から炎を放つ。植物性の身体は簡単に引火。

 だがこの区域を汚染させないためには、毒を生成する根本ねもと……つまり、骨まで焼き切らなければならない。



 そう決めた矢先だった。

 フラッシュバック……。

 知らない女性の記憶が、脳裏になだれ込む。


 デモのプラカード。

 拉致。

 薄暗闇の手術室。

 傷口。

 コンテナの闇……。


 これは、銃型を葬った際と同じ現象。

 人の魂を吸うレッドが、特に強烈な光景を見せつけてくる。


 この記憶の奔流に呼応するかのようだった。

 枯れ果てるよりも前に、子房の皮に亀裂が生まれた。


 ……プシュッ。

 緑の、空気が見えた。

 慌ててアングは左手で塞ぐが、視覚化された毒が、漂っているのが見える。

 右手の爪で薙ぎ払い、どうにか引火させた。拡散を防ぐ。


 彼女の気高き想いが、何者かに歪められ、世界に放たれようとしている。

 かつて見た、ユージーンの笑顔が脳裏をよぎる。


 人とイレギュラーは違うと思っていた。

 同じだ。

 いかに逞しく生きようが、この世界の闇が、それを良しとしない。

 理不尽にも人を殺す。そんなことがあっていいわけがない。許されるべきではない。



 自分への憎しみ。

 世界への怒り。

 全てを重ねる。


 装甲の、閉じていた口が開く。

「がぁあああああああああああッ!!」

 牙が見えたのを境に、全ての火力が増大した。


 業火が、怪人の全身を焼却する。表面は焦げとなって砕け落ち始める。

 そこから毒はもう発生しない。


 押さえるのは左手で任せ、右手を振り上げる。

 最後の押し潰しも、力を緩められなかった。


 ドグォォォンッ――!!

 掌ごと地面へ叩きつけ、円周の衝撃が辺りに飛ぶ。標識や窓ガラスが一斉に割れ落ちる。

 残ったのは、微かに伝った小火と、骨も見えない灰のみ。


 同時に、かつてここに、人だった者がいたという実感が胃を蝕む。

 焼き払ったのは自分だ。自分が請け負わねばならなかった。


 やがて、強化イレギュラーの自爆範囲外へ逃れていた人々が、戻って来る。

 赤の装甲を見ては、指を差したり、カフで撮影したりする。



 今まで自分も味わってきた。

 人を殺し、喝采を浴びる世界なのだ。


 正義の味方気取りになるつもりはない。

 少し、目眩も走った。

 息を整えながら、逃げ込むように路地裏へ消えた。





 闇夜の一角が歪んでいることを、誰も認識できない。

 それは、逃亡者を追跡し、宙を漂っていた。組織が導き出した予測を確定事項とするためだ。


 存在しないものとされた男、レイシキ。

 彼のHUDによる目線が、ある光景を捉える。



 逃亡者は、誰も追ってきていないことを確認すると、赤の装甲を解除した。

 傍らの壁に身を預け、手を付く。


 そこまでを認識し、レイシキは、脳内演算を実行する。

 無数のネットワークと数字が、彼の視界を覆い尽くす。


 強化イレギュラーの指定座標。

 ワシントン内の決済記録。

 レッド・アーマードの装着者適正リスト上位。

 トラッキングデータを基に算出した不自然な移動経路。



 ――特定。

 レッド・アーマードの装着者、アング・リー。





 乾く息に、ようやく生気が灯る。

 外気に触れることの重みをアングは痛感していた。


「ぐっ……!?」

 不意に、左腕に染みる痛みが走る。

 包帯を見ると、白地に、再び血の色が侵食していた。


 傷が開いたのか。それとも、レッドの力を使った副作用か。

 或いは、人として生きている、証明。


 外傷はさほど重要ではない。

 右手を開閉させ、今の調子を確かめる。

 スタジアムでの戦闘後とは違う。この精神は、自分の身体とよく馴染んでいる。

「なんだ……。自分でやったほうがある程度マシか」

『アング』


 ユージーンの声は、変わらず奥で鳴り響いている。

『オレにやらせろ。後悔することになるぞ』

 ただ、耳障りさは明らかに消え失せていた。



 あの日、ユージーンの意志を尊重した。

 その栄光は偽りだった。

「何でかは話してくれないんだろう?」


 彼の肩がビクッと跳ねる。

 そこから彼は黙秘を貫く。


 肉体の馴染みとは別に、レッドを装着しての疲労感はまだ残っている。

 壁に手をつきながら、どうにか、誰にも見られない闇へ入ろうとする。



 ――いいさ。

 黙ったままでいればいい。

 俺が全て見つけ出してやる――。





 自宅内の薄暗い手術室。

 大好きなバラード曲を最大音量で流し、血でゴム手袋を濡らす。

 これが、六時間半の激務を終えてもなお鼻歌を口ずさむ、サイラック・スティッチャーの退勤後の姿だ。


 スタジアムでの壮絶な事案により、良質な重症患者が続々と転がり込んできた。

 本来であれば、その患者たちへの応急処置を終えてから退勤するべきである。



 だが。

 気分転換という名の依頼遂行は何よりも優先される。他の者に任せた。


 また、重症患者の中から、サイラックは特に活きの良い一人を選び、ここへ運び込んだ。

 手術台に寝かせ、血を肌を入れ替え、腹を開き、各部位に必須物質を入れ……。

 あとは、部分的な調整を施せば、完成する。


 天井の角に取り付けられたスピーカーから、祝福するように歌詞が流れ込んでくる。

 いずれの曲も、友情を称え、友へ依存し、絶対的な絆を述べるもの。



 そう。彼らは友なのだ。

 自分に体内を弄られた。これは、サイラック・スティッチャーという男の生き様を受け入れてくれたのと同義である。


 作品が完成するたびに、サイラックは感謝する。

 身を捧げてくれた友。そして、自分に生を授けてくれた神へ。

 自分は、このために生きているのだ。


 次の段階へ移る前に、サイラックは、壁際のモニターを確認した。

「廊下での戦闘を想定……。んー? どこでしょー……?」

 どこだろうと構わないが、依頼主が最も満足できる結果を生み出さなければならない。

 自分の脳に叩き込むため、表示した依頼文を読み上げた。



 『発生予定地』の欄。

「ワシントン西部、マイライズ・ハイスクール……」



(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ